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残酷な歳月 10 (小説)

2015-12-03 13:56:58 | 小説、残酷な歳月(1話~15話話)

残酷な歳月
 (十)

私を抱きかかえて、高く、高く、天に向けて、放り出すような、瞬間で、私は夢の中で、泣きながら、消えて行くすべての姿を追う、ジュノはやがて、私は、誰なのかさえ、疑うほど、混乱して、目覚める。

やがて、体の回復と共に、ジュノに精神的な落ちつきをもたらせ、今、自分が置かれている立場を、持ち前の賢さで、自覚して、寛之である事を、
『自ら封印して』
今、目の前にいる、ふたりを、両親だと思うように、自分に言い聞かせた。

そんなある日、何気なく、聴いてしまった噂話で、ジュノは、今の父が、ジュノの主治医で、とても、助からないと、誰もが思っていた、
『私に難しい手術を施して、奇跡的に助けた!』
『誰もが不可能と言った、脳の損傷を修復!』

今の父は「神のやどる手」と、称賛されている、脳外科の名医だという事を知った!

しかも、驚くことに、ジュノに対して、施した手術は、ある意味、今の父の、これまでの研究のすべてを注いで、すばらしい成果を得た事を知った。

ジュノは三十七歳の今でも、あの衝撃的な事実を知った時の気持ちを忘れられない!
これからも、「あのような、凄い手術を」出来る外科医は出てこないだろう!

子供だった私は、あの人が、父で、私を助ける為の冒険的な、大手術をしてくれた事を、喜ぶべきなのか?、だが、あの時は、不安や疑惑のほうが大きかった。

『なぜ!私はここにいるのか?、私は誰なのか?、』
『意識の中にある自分は、何処に行ってしまったのか!』
『幸せな日々、私は日本で生まれた、日本人のはずだ!』
『私の家族は何処に消えてしまったのだろう?』
『私を優しく、愛してくれた人たちは、何処に行ったのか?』

そんな疑問と恐怖、不安と不信、そんな思いが繰り返し、浮かんで来る事を、ジュノと寛之の中でせめぎあいながら、少しずつ、心と精神を入れ替えて、ジュノが目覚める。

ソウルでの生活は、今の両親との、どこか、かみ合わない、親子関係のぎこちなさを、お互い隠すように、又、実の両親、妹の事、あの事故までの、ジュノ(寛之)の生きてきた日常を、話す事は、暗黙のうちに、タブーなのだと、子供心に思い、一言の、問いも、又、大杉さんは、なぜ、ここには、来ないのかを、深い疑念を抱きながらも、二十六年が過ぎて行った。

そして、昨年の夏の終わり、何かに、導かれるような思いから、加奈子を誘って、穂高の滝谷を登ってからの、この一年は、ジュノの生きる歯車がまるで、狂ってしまったように、二十六年の歳月を、誰もがひた隠しにして来た事が、もう、苦しさのマグマを抑える事が出来なくなったように狂い、動き出した。

岳沢小屋での一夜は、ジュノにとって、夢と現実の中を彷徨いながら、いい知れぬ,もののけか、悪魔のささやきのように、闇の中で描く、絵を観る思いだった。

その恐怖感は、暗闇の中で、見る壁のしみさえも、私の疲れた精神をなぶりものにして、もてあそぶ、魔物の揺れ動く姿が見えた気がする。

昨夜から一言も、話すことなく、押し黙って、寝ている大杉さんを、佐高さんが、責任を持って、お送りいたしますとの、言葉に、頼って、ジュノは、上高地へ急ぎ下山した。

ここをすこしでも早く、離れたい、背中から襲う、見えない恐怖、そんな思いが強かった。

山小屋の一夜
闇は壁のシミさえも
悪魔の囁き
吹く風が恐怖を招く
夜明けが待ちどうしくて
偽りの夜明けを見る
美しき人の歪んだ記憶
それは貴女が愛おしくて
去って行った君を思う
美しき人の後悔

理不尽な運命に、細く、もろい、精神力になってしまった、この一年の過酷なまでのジュノへの仕打ちは、悪魔の存在を思うほど、ジュノは痛めつけられて、自分を愛し、心から求めてくる者の存在を、すべて拒否した。
どんなに心を通わせ、愛を交わした人でさえ、この体に触れられる事が恐怖に感じた
自滅して行く感情を、辛うじて、冷静さを保つ事が出来るのは、外科医としての誇りと意識だけがジュノを生きさせていた。

ジュノの中の、あの事故の記憶はなぜ、現実と違いすぎるのか、幼かった頃の父母、妹の、姿さえ、ジュノの中の曖昧さが、増幅して、苦しめてくる。

心のやすらぎを求めてきたはずの、父の命日に、あの穂高の吊尾根も、ジュノには、混乱を大きくするだけの辛い場所で、残酷なだけの場所だった。

いつの間にか、ふりだした雨にうたれて、山道を急ぎ足で、上高地へ向かう、たったひとりのジュノに、説明の出来ない感情と誰かの存在を感じて、何度も、悪寒と恐怖感を振り払いながら、重い体で気ばかりがあせる。

実の母の葬儀のあと、前にもまして、ソウルの両親との、距離感、気まずさがましてしまったと、ジュノは勝手に思ってしまい、連絡も、遠慮がちになる。
『ジュノは、孤独だった!』
『誰ひとり、信じられる人がいない、寂しさと孤独!』

見渡せば、ジュノのまわりには誰もいなかった。
孤独はジュノの人格さえ変えてしまうように、ひどく、無口になっていた。
誰からも、忘れられた存在のように、ジュノ自身が思ってしまう。

だが、ジュノは、以前にもして、多くの仕事をこなし、外科医としての腕の冴えは、とぎすまされて行った。
『それは、まるで、別人のジュノの存在を示すように!』

日常の苦しみの姿を隠した、ジュノの姿!
それはまるで、すべての事を、ジュノの中から消してしまいたい!
怒りが医師としての『魂の叫びだった』

二十七年の押し隠していた、悔恨の怒りをあらわすように。
何も、あきらかにされてはいない現実が、ジュノを苦しめて行く耐え難い孤独にたえる日々が続き、過ぎて行く時間は、かわりなく過ぎて行った。

しばらく、音信不通だった、アメリカに住む、加奈子とジュノの共通の友人である、言わば、アメリカ時代の悪友でもあるマークから、突然の連絡を受けた。

今の、ジュノにとっては加奈子の近況を聞く事は、気分の好いものではない、聞きたくないこと!
たとえどんな好意的な話でも、不快で疑念に満ちた言葉に、ジュノには聞えてしまう。
加奈子に新しい恋人、ロイの出現!

ジュノとも、アメリカ時代は、加奈子は、ロッククライミングに行きたがったが、ジュノは、あの事故以来、出来れば、登山や岩登りは避けたい事!

けれど、加奈子が大好きな岩場、ヨセミテ、エルキャピタンへ、ジュノは加奈子の希望を叶えたいと思う時に、何度か、ふたりで登った。
その同じ場所に通う姿!
ふたりの不自然な交際が気になると伝えて来た。

君は今何に怒り
私を許さないで
気に添わぬ恋に
自らを隠してはしゃぐ
孤独だけが包む
美しき人の懺悔も
届かない心の叫び
美しき人の寂しさに
君はあの時から
心のすべてを残して

(心療内科医として)
ジュノの心の痛みや精神の混乱がどうであれ、日常は否応なく過ぎて行く、私の内部が混乱と不安に満ちていても、その事が、かえって、ジュノには少しだけ楽なように思える。

岳沢から帰っても、大杉さんからは、何の連絡もないまま、幾日もすぎて、ジュノの中で、どこか、いらだつ思いと執拗に迫る不安感が、定まらない心が、まるで誰かに追い回されているような感覚で、時には、パニック状態になる事もあるが、それとて、ジュノは外科医としての揺ぎない、芸術的とまで言われる仕事には、支障をきたすことはなかった。

しいて言えば、心療内科医としてのジュノは、むしろ、患者さんと向き合い、交わす言葉の中で、ジュノ自身が
『ふと、心が楽になる瞬間がある。』

ある女性のカウンセリングでの表情が、とても、
『印象的で、ジュノとの共通点があるように感じた。』

なぜか、そんな感情になる事で、親しみを感じるのだろうか!


      つづく




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