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残酷な歳月
(二十九)
つねに冷静で優秀な外科医としてのメスを持つ手に精神的な影響など、するはずも無いと、誰もが認める、ジュノの外科医としての技術!
りつ子の葬儀もすみ、仕事の忙しさが、そんなジュノ自身の気持ちを気づかえるほどの余裕もないまま、変わらない日常が続いていた。
そんなある日!アメリカにいる、悪友のマークから、
「あまりにも突然の知らせが来た!」
加奈子とロイは、なかば、狂気が宿ったような、クライミングをして過ごしている姿が、異常だという!死をも恐れない、クライミング生活!
『そんな中で起きてしまった滑落事故』
どこまでの付き合いがあったかはジュノにはわからないが、りつ子の死をもおそらくは知っただろう、ふたりの友人の不幸によって、マークの正気を逸した、ジュノへの言葉が心に突き刺さるように伝える電話は、ジュノを攻める言葉がつづいた。
その言葉ひとつ、ひとつが、ジュノは、まるで自分ではない誰かが?
この体の中に入れ替わって、潜んでしまったように、体が重い日々が続いて、やっと、なんとか体を起き上がらせて、ベットに座った。
「ひどく気分が悪い!」
「体中がギスギスと痛み、悪寒がする」
そして思う事は、私は何のために生きているのかと、深い疑問を持った、ひどく混乱する理解出来ない感情は、何処か深い谷底に引きずり込まれるような、体ごと落ちて行く、そんな感覚に悩まされた。
見えない暗闇がジュノはただ、怯えさせて、何かに引きずり込まれてしまいそうな、不安感が立て続けに襲って来る!
体と意識が上手くかみ合わない、どうする事も出来ない、体調の変化が、次々と起きて、ひどいめまいで、意識がうすれて、気絶した。
どのくらいの時間、ジュノは倒れていたのか?
体が氷のように冷たい!
立て続けに起きる、悪寒に震えながら、一瞬、自分が誰なのか、分からない、呆然とした姿のジュノ!今まで、考えた事もなかった。
『ジュノ自身の生きて行く、目的がわからない』
すべての景色が灰色に見える!
恐怖なのかさえも、判断が出来ないジュノ!
何もかもが『無』であり、『幻』であって欲しいように思えて、ひどく、心が、混乱した。
そして、ジュノの中で、今までに、感じた事がない
『絶望感』
誰にも説明の出来ない体と心の感覚と怒りの感情、まるで、ジュノ自身のすべてが、粉々に砕けて、消えてしまいそうな恐怖と不安感が襲ってきた。
その感覚は、何度も、何度も、繰り返し、起きて来る事を、ジュノは自分では、どうする事も出来ずに、そして、自分がなぜ!ここにいるのかが、思い出せなかった。
時間が過ぎて、少しずつ、ジュノとしての記憶を取り戻したが、体は、相変わらず重くて、自分の意志のままに動かせないほど、見えない何かに、がんじがらめになって、全身の痛みと身動きの出来ない不自由さがただ、腹立たしくて、子供のようないらだちで、周りにいる人に、あたりたい衝動を抑えられずにいた。
ジュノ自身、あの時から、どのくらいの時間が過ぎているのか、その時、この部屋に入ってきたのは、あの、『ヒマラヤ杉医院』の看護師、多々良さんだった。
そして、韓国の父と母が、ジュノのそばにいてくれたのだ。
今までの、ジュノの鉄人的な体力と精神、神業のような、外科医として仕事の、すべてがジュノは無意味に思えるほど、疲れ果てていたのだった。
『ただここから逃れたい!逃げ出したい!』
今、ジュノに係る、すべての責任から逃げたい!
まるで、子供帰りしてしまった、ジュノの精神が壊れた瞬間の姿だった。
ジュノがすべての責任から逃れる事で起きる、さまざまな重大さを、推し量れるほど、冷静なジュノはもう、そこにはいなかった。
ただ、自分がいるこの場所から逃げ出したい、ただそれだけを考えるジュノ、やっと体を動かせるまでの体の回復を取り戻した頃、ジュノは漠然とした事ではあったが、何処かへ旅に出るか、又、放浪する精神をどう立て直す事が出来るのかを、考えていた。
そう、すべてを、リセットして、生まれ変わらなくては、この先の人生をジュノは、生きては行けなかった。
ずっと、心と体はまるで、別々の生き物のように、ジュノの意思と関係なく、ただ、そこに存在するだけのものになっていた。
だが、ジュノ自身の心、そして胸の奥の深いところで囁く!何かが?、そして、いつの間にか、又、気を失って、倒れていた。
ジュノが、気づいた時は、病院のベットの中にいた、誰が、どのように世話をしてくれた、考える気持ちの余裕もなく・・・
きっとある、何かが変わる、いつも、そんな囁きが聴こえていた。
もう耐えられないのです
今の美しき人は
苦しみと心をひとつに
出来るほど強い精神は
何処を捜してもないのです
優しい父も母も私に
求めるのは完全なる姿だ
この体が引き裂かれた
美しき人の孤独が
際立つ憂いは静かなる心の叫び
つづく