横濱・櫻木町コティベーカリーぶろぐ

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新・ショッピングモール 「MARK IS みなとみらい」 6月オープン!

2013年05月31日 18時20分39秒 | 街のこと
  6月に、横浜美術館の向いにオープンする
「MARK IS みなとみらい」(マークイズみなとみらい)
これまで工事の囲いに覆われていましたが
ようやく全貌を現しました!

横浜美術館の並木の緑によく映えています。

横浜美術館の向いは、これまでずっと空き地になっていました。
この場所が有効に使われたのは、
横浜博の翌年・1990年に開催された
バルセロナ&ヨコハマシティクリエーション BAY’90
だけでした。
みんなで作る横濱写真アルバム には
この時の画像が数枚投稿されていました、とても懐かしい画像です。


美術館の向いにふさわしい素敵な建物で
特に屋上の透明なテラス屋根が印象的です。
 
報道向け資料に、
この施設の詳細が掲載されています。

新ショッピングモールの誕生で
みなとみらいが更に賑やかになりそうです。

1980年代頃の荒涼とした港の風景からは
今の街は、とても想像できませんでした。



   

☆臨時休業のお知らせ☆

2013年05月24日 20時28分44秒 | 店のこと

誠に勝手ながら
5月27日(月)臨時休業させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

地方発送につきましては
5月28日(火)発送分からの受付になります。
ご了承ください。





              
横浜桜木町シベリアのコテイベーカリーHP  


☆5月19日は桶狭間の戦いの日☆

2013年05月18日 22時44分23秒 | 好きなもの

織田信長は、永禄3年(1560)5月19日、
桶狭間の戦いで今川氏を破り
戦国時代の重要な転機を作りました。

前夜の5月18日夜半に清洲城で軍議を開いた信長は
19日未明、清洲城で「敦盛」を舞った後
小姓5騎のみ従えて桶狭間に向かって飛び出します。
その時の様子を『信長公記』では次のように伝えています。

【原文】此時、信長敦盛の舞を遊ばし候。
人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。
一度生を得て滅せぬ者のあるべきか、と候て、
螺ふけ、具足よこせと仰せられ、御物具召され、たちながら御食をまいり、
御甲めし候ひて御出陣なさる。  

【現代語訳】人間の一生は、五十年に過ぎない。
天上世界の時間の流れとくらべたら、まるで夢や幻のようなものであり、
命あるものはすべて滅びてしまうものなのだ。
まず謡曲「敦盛」のこの一節を謡い舞い、
法螺貝を吹け、具足をよこせとおっしゃって、具足を着け、
立ったままご飯を食したあと甲冑を着けて出陣された。
 


後を追う軍勢を熱田神宮で集結させた信長は
戦勝祈願を行いました。
信長3000の兵に対して今川義元の2万5000の大軍でしたが
義元を討ち取り天下に名をあげました。
その戦勝のお礼として寄進したのがこの築地塀(信長塀)です。
日本の歴史上最も華々しい逆転劇と言われる有名な戦いとなりました。

いっそのこと、5月19日は逆転勝利の日にしたいくらいですね(笑)

土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねて作られています。
兵庫西宮神社の大練塀、京都三十三間堂の太閤塀とともに
日本三大土塀とされています。


かなり長い土塀で、伏見通沿いの
「自動車のお祓い入り口」から奥をのぞくと
こんな風に塀の端が見えました。
熱田神宮境内案内

5月は信長月!と言うくらいいろいろな出来事がありますね~
・5月11日 安土城完成(1579年・天正11年)
・5月12日 信長の誕生日(1534年・天文3年)
・5月19日 桶狭間の戦い(1560年・永禄3年)
・5月21日 長篠の戦い(1575年 天正3年)
・5月27日 安土宗論(1579年・天正11年)

そして6月2日は『本能寺の変』で命日。
京都の元本能寺には、この日に信長茶寮がオープンするそうです!
以前は観光的なものは何もなく、記念碑しかなかったので
これで史跡も有効活用されますね⇒参考2011年6月記事






☆今日は織田信長の誕生日☆

2013年05月12日 17時51分48秒 | 好きなもの

織田信長は天文3年(1534年)5月12日、
尾張国の織田信秀の嫡男として生まれました。

生誕の地は那古野城(現在の名古屋市中区)というのが通説でした。
この画像は、名古屋城二ノ丸にある『那古野城址の碑』です。
碑面にかすかに「那」「古」の文字が残っているのですが
ちょうど松の枝の影になってしまい残念ながら写っていません(ノ_-。) 

『那古野城』は今川氏のお城でしたが、
信長の父・信秀によって奪われました。
この事件が天文元年(1532年)
信長が生まれる2年前となり
那古野城生誕が通説になっていました。


ところが現在
信長生誕の地は勝幡城(しょばたじょう)
という説が有力になってきているそうです。

最新の研究によると、那古野城が奪われたのは
天文7年(1538年)という説が有力。
するとこの事件は信長が4歳の時になり、
信長は父(信秀)が那古野城を奪う前にいた
『勝幡城』で生まれた
…という事になるそうです。


今も名古屋市西区に『那古野』という街が残っています。

那古野で見つけた『屋根神さま』

屋根の上に祭られた祠で、いろいろなタイプがあるようです。

木造から鉄筋の家になっても奉られていました。
那古野は近代的な建物群のすぐ傍に
古い町並みが残る、魅力ある街でした。



テレビ神奈川の人気歴史バラエティー番組 戦国鍋TV
この番組の中にも
いろいろな信長様が登場してファンを楽しませてくれました。

放送は終了し、現在は再放送中ですが
今年の1月に開催された
武士ロックフェスティバル DVD も、5月8日に発売され、
楽天ブックスデイリーランキング1位を獲得しました