LOHAS!

生活が変わる?

待ってたぞ! 勝ち点3

2009-03-29 | スポーツ
     
  5万7276人の大観衆が固唾を飲んだ

FKのチャンスをもぎ取ったのは玉田だった。

ボールの前には俊輔とヤットが立っている   

シーンと静まりかえった埼玉スタジアム

        

俊輔は目の前のボールを少しだけ転がした。

「あ」「うん」の呼吸でヤットがそのボールを止めた。

すかさず俊輔が左足で蹴り上げた 




     は・は・はいった~  


バーレーン選手184センチのDFマルズーキに当たってのラッキーなゴールではあったけど・・・

ホームでのこの瞬間をどんなに待っていたか 


試合前・・・足の痛みが出てきているにもかかわらず居残り練習で黙々とダミーの“壁”を立ててFKをけり込んでいた俊輔

その努力が そして勝ちたい というひたむきな思いが「壁」をも打ち破って勝ち点3を引き寄せた 
 

   やったぁ~~


試合内容は何度も攻め込みながら  なかなか突破できない
というイライラ感はあったけど終始ボール支配率が高かったのは日本だった
スピード感もあって見応えのあるいい試合だった 

FWのシュート技術に課題が残ったのとミドルシュートが少なかったのがちょっとさみしかったけど 

ただただ・・・このまま勝利して終わってほしいと祈るような気持ちだった

バーレーンのカウンターが怖い 

なんせ終了間際のバーレーンの攻撃に今まで何度悔しい思いをしたことか 

ロスタイムは3分  試合終了のホイッスルがやっと鳴った

最終予選A組バーレーン戦1-0で快勝! ホームで初勝利だ




この日は実は高校の同窓会だった  二次会へと流れていったのは90%以上

いつもならその中にいるはずの私なのにバーレーン戦  のことが気になって仕方がない

いそいそと懐かしい友人達に別れを告げて帰った  

    LIVEで見れて ヨカッタぁ~   150

「チェ/28歳の革命」

2009-03-14 | 読書・音楽・映画
「チェ/28歳の革命」「チェ/39歳 別れの手紙」の映画が上映されることを知ったとき嬉しさとともに


  今、なぜ ゲバラなんだろう?

という思いが駆け巡り・・・今なおこれほどまでに人気がある革命家ゲバラの存在の大きさに驚いた

エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ(Ernesto Rafael "Che" Guevara de la Serna)
は1928年6月14日 に、アルゼンチン第二の都市ロサリオの裕福な家庭に生まれた。

ブエノスアイレス大学で医学を学び医者となるんだけど 
学生時代から彼は多くの本を読み  好奇心旺盛で冒険ともいえる旅を何回も繰り返していた

そして! アルゼンチン人である彼が「キューバ革命」の英雄となったことはあまりにも有名だ 

しかし革命後のキューバでの要職を捨て革命闘争の次の地として選んだボリビアへ旅立ち、1967年10月9日39歳という若さで捕えられ処刑された。

そんなゲバラに魅力を感じた  スティーヴン・ソダーバーグ監督は彼の半生を映画にしようと7~8年かけてその構想を温めリサーチし、完成させたのがこの2部作である。

ゲバラ役はベニチオ・デル・トロに託した 

「チェ/28歳の革命」の映画ではデル・トロという俳優を全く知らない私はヒゲを生やした人が多くてどれがゲバラなのか最初わかりにくかった。

ゲバラはもっと若くってかっこよくてチャミングで魅力的で・・・etcなので実物が登場してたらきっとすぐにわかっただろうと思う


 ゲバラ本人



それでもドキュメンタリータッチな映像のためかだんだんとデル・トロがゲバラ本人に見えてきた

国連での演説場面は圧巻で、もはやゲバラその人になってしまっていた  不思議だ

デル・トロ


映画俳優ってすごいな  きっとデル・トロにはいろんな多くのプレッシャーがあったと思う

世界的なカリスマともいえるゲバラを演じるわけなのだから・・・

年齢差もあるしそれほど似ているともいえないデル・トロ・・・20キロ体重を落としたとか

なのにとうとうゲバラになりきって演じきってしまった

「チェ/28歳の革命」ではアメリカ合衆国の影響が強かったフルヘンシオ・バティスタ政権を打倒するに至るというまさしくサクセスストーリー  な展開なので安心してゲバラの雄姿にほれぼれしながら見ていた

サンタクラーラへの侵攻前、彼の2度目の妻となるアレイダと出会うのだが・・・

彼女がゲバラの気をひく気持ち よ~くわかる 


フィデル・カストロはゲバラを「静かな男」だったと評している

その「静かな男」ゲバラはキューバの仲間達に対して、アルゼンチン人が相手に語りかけるときの習慣である「チェ(ねえ)」 という言葉を口癖にして友好を深めていたのだそうだ

「チェ」はゲバラのシンボルになってしまった

キューバの人達が彼を身近に感じこよなく愛していたという証しだと思う。

それにしてもアルゼンチン人であるゲバラがなぜキューバ革命に参戦したのだろうか 

それには学生時代南米をモーターサイクルで旅をした時の体験と深い関わりがあると思う。(『モーターサイクル・ダイアリーズ』で2004年に上映もされました)

感受性が強い若いゲバラは南米を旅する中  虐げられた人々を目の当たりにし、自身の命をかけて民衆のために働くこと ・・・それこそが彼の使命になったのではないだろうか

  あの時  たまたま「キューバ」だったのかもしれない