Chiakiの徒然日記

放送前・公式発表前の作品(エピソード)に関するネタバレコメントはお控えください。

懐かしい!

2019年10月30日 | 遠い日への回想

Yahoo!のトップページに懐かしい名前を見つけた。



記事から写真を拝借。
大学生時代に暮らしていた家から徒歩数分のところにある会社。
当初は私もなんて読むのか分からなかった。
大学3年生になって、コンビニでアルバイトをするようになってから知った。
というのも、この会社からのフィルム現像依頼が大量にあったのだ。
当時はデジカメの黎明期。
携帯電話はぼちぼち普及し始めていたが、カメラが搭載されるのはまだ先。

フィルムの本数分、申込用紙を書いて貰わなきゃいけないのだが、まぁそこは「地元」(=その周辺)では知られた企業。
念のため1枚だけ企業名と電話番号を記入して貰ったが、その他は全て企業名だけ。
申込用紙が複写式で、引換券も兼ねているのでこれは仕方がない。
その申込用紙が書かれた袋に入れたフィルムがそのまま現像・プリントされて入ってくるのだから。
その企業名が「みよまる」とひらがなで、ほぼ殴り書き状態。
あるとき思いきって、「もしかして、あの、『△、□、○』の…?」と聞いてみた。
殴り書きの割には陽気な従業員さんは
「そうそう!一見しただけじゃ読めないよね!」
とニコニコ。
「○」と「まる」が一致したことで、頭をフル回転させて導き出したのだが、当たっていて嬉しかった。

数年前に広島に行ったときも、まだ会社が健在で嬉しかった。
そしてネットニュースでも拾い上げてくれて嬉しい。
ひらがなの「みよまる」の殴り書きを思い出したので、記事にしてみた。

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ポケベルか~。

2019年10月01日 | 遠い日への回想
遺影に「1141064」30日終了、ポケベル葬

一応、私もポケベル世代になるのだろうけど、所有したことはない。
父がポケベルの会社に出向していた時期があり、その関連で父がポケベルを持っていた。
ポケベルが普通の人にも浸透するよりずっと前のことだけど。
まだ暗号めいた語呂合わせも何もなかったので、単に「電話して欲しい番号」を入力するだけだった。
何度かそれで連絡を取ったこともある。

そして、おそらく最後に利用したと思うのが、私の高校合格発表時。
まだ新聞に合格者の名簿が掲載されていた時期なので、夕刊が発行されれば父はすぐに確認できる。
だけど自分でちゃんと報告したいと思った。
会社に電話するか?となったが、生憎その時間は会議中の可能性が高いとのことだった。
仕方ないので、父がポケベルを会社に持って行って、私がそれに「暗号」を送信することにした。
不合格だったら、というのは決めていなかった。
合格のときは「555」と送るね!とだけ決めていた。
(ちなみに、「救急戦隊ゴーゴーファイブ」の放送はこれより7年後のこと)
ま、無事に「555」を送ることが出来たわけだけど。
私がメッセージを送ってくることを忘れていたらしく、父はビックリしたらしい。
まぁ、普段持たないポケベルがいきなりポケットで震えたら、そらビックリするわな。

友達も誰もポケベルを持っていなかったので、誰かにメッセージを送るということはなかった。
ポケベルが昨日まで使えていたということに驚いた。
父が出向していた会社もとっくになくなているし、周りにもポケベルなんてない。
それでも、現役で使っていたという人もいるんだろうな。
なんだか1つの時代がまた終わったという感じで、感慨深い。
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ハードルが高かった

2019年09月24日 | 遠い日への回想
ある記事で、「皆勤賞」という話題を目にした。
私は「皆勤賞」を取ったことはない。
一応、学校にはそういうものがあったのだろうけど、該当者がいないという、とてつもないハードルの高さだった。

小学校→6年間、無欠席、無遅刻、無早退→晴れて皆勤賞!
中学校→3年間、無欠席、無遅刻、無早退、無欠課→晴れて皆勤賞!

中学校の「無欠課」というのは、学校にはいるけど保健室に行く等して授業を受けないということもない、ということ。
毎時間出欠の確認があったので、「登校しているのに教室にいない」という事態もちゃんと把握されていた。

在学中ずっと、ということだから、該当者は卒業式の時に盛大な拍手に包まれる…はずなのだが、
なにしろ、要件が要件だけに見たことはない。
というより、皆勤賞の表彰なんてあったのか?
今は社会情勢とかも変わっているし、そこまで厳しくはないと思うけどね…。
1年間、というのは教室でささやかに拍手で祝った記憶はかすかにある。

…と書いてきて思い出した。
中学の時に1人いた!
たしか、卒業式で表彰されていたよ。
それも小学校からの9年間、無欠席、無遅刻、無早退、無欠課!
「9年間」という数字に驚かされ、先生方も驚き、保護者もどよめき。
残念ながら小学校も違ったし、中学では同じクラスになったこともないので、
卒業式で初めて名前を聞くような人だったけど。

皆勤賞、狙うのは素晴らしいことだと思うけど、あまり無理しないで欲しいな。
高校3年の時にクラスの目標が「全員皆勤賞!」だったんだけど、真っ先に打ち砕いたのが私。
登校時間では37.5度だったけど、起きた時は36.8度だったし、これは上がっていく可能性大ということで休んだ。
最終的には39.3度ぐらいまで上がったので、休んでおいて正解だったなぁ…。

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やっぱり違った

2019年04月18日 | 遠い日への回想
昨日投稿した、ノートルダム大聖堂のステンドグラス(らしきもの)。
念のため母に確認してみたら、やっぱり違った。

あれは最高裁の教会にあるステンドグラスだった。





こっちがノートルダム大聖堂のステンドグラス。



ついでに祭壇。

小心者なので(?)、かなり距離を取ってからの撮影になってしまった。
宗教施設、しかも信仰の対象を撮影するのってなかなか抵抗があるんだよねぇ~。
ステンドグラスぐらいなら、そこにいる人たちの多くが撮影していたからそこまで抵抗は感じなかったが…。
少なくともフランス旅行の当時は、祭壇奥の十字架のキリストをアップで撮るのも許可されていた。
今はどうか分からないが…。

椅子に座って祭壇を見つめたりしたのだが、キリスト教徒でなくても厳粛な気持ちになったのは覚えている。
こういうとき、多神教の国の人間で良かったなと思う。
何カ所か教会に行ったけど、どこでも厳粛な気持ちを持つ時間を過ごせたのは貴重な体験になったと思っている。
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水商売って…

2019年01月11日 | 遠い日への回想
私の周りが特殊だったんだと思うが、小学校の頃から大学に至るまで
「家は水商売」
と、周りの人間をからかう人が多かった。
本当に、何かひな形でもあるんかいな、というくらいに言うことが同じ。

「水商売」と言われて、「夜のお店」を連想するくらいの年齢にはなっていたころからそう言う人が増えてきたように思う。

彼らの言う「水商売」は、単に「水を大量に使う」商売というもの。
実家が漁師さんだったり、魚屋さんだったり、豆腐屋さんだったり…。
そりゃ、たしかに「水」は大量に使うだろうけど…と苦笑いしたものだ。

大学に入っても再び「実家は水商売♪」という女性が現れた。
他の友人たちはギョッとしていたけど、私は「大学でもかよ…」と内心呆れた。
「ふーん、何の?」
と聞いたら、水道設備工事会社だった。
ま、まぁ、たしかに「水」商売っちゃーそうだね。
私が騙されなかったので、彼女は不思議そうだったが、今まで何度やられたかを話したらゲラゲラ笑い転げていた。

いや、別に本当に「夜のお店」だとしても、特に何とも思わなかったと思う。
だってそういうお店だって必要だから。
友人たちとバーにだって行ったことあるし、あの雰囲気は結構好きだった。
だから、よほど過激なお店でないなら、「そうなんだ~」くらいで終わると思う。

ま、「水商売」から連想される職業をちらつかせることで、みんなをギョッとさせるのが好きな人が多いんだろうな。
もう私は騙されないぞ(笑)
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まさにその通り

2018年12月20日 | 遠い日への回想
「お酒の失敗じゃない。あなたの失敗です」 鉄道係員への暴力防止ポスターが話題 企画した民鉄協会に聞く

20代後半ぐらいだったかな?
大学時代のサークルのメンバーをネット上で見つけて、そのうちの何人かと再会した(いずれも男性)。
大学時代は酒癖の悪さで辟易していた先輩が、なぜかノンアルコールしか飲まない。
お酒は飲まないのか、と訊ねたら…。

「酒飲んで、上司殴ったり色々やって、クビになった」から一切のアルコールを断っているとのことだった。

あ~…。
まさにこのポスターの文言通り。
「お酒の失敗じゃない、あなたの失敗」。
本人も、ちゃんとそれは認識していたから、同じ失敗は犯していないと思いたい。

ちなみに、クビになったというのには驚いたが、クビになるまでのことをやらかしたということには、「さもありなん」と思ってしまった。
ま、社会人になっても自制が効かない、という意味では驚きが隠せなかったが。

私は、今は一滴もお酒は飲まないが、成人してからのトータルだとどのくらいだろう?
10リットルまでは行かないと思うが。
・友人たちの結婚式での乾杯のシャンパン、食事に付いてくるワイン等。
・高校の同窓会で飲んだサワー
・ゼミの飲み会で飲んだサワー

と、大体このくらいかな。
サワーがグラスで2~3杯だったから、当時は結構飲んでいた。
今はアルコール厳禁だから、「飲みたい」と思ってもぐっと我慢。

これからの時期、お酒を飲む機会も増えてくるし、節度を持って飲んで欲しいな。
それから「二日酔い運転」は絶対にダメ!
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いくらだったんだろう?

2018年02月10日 | 遠い日への回想
銀座の公立小で、ブランド標準服を導入→高額すぎて批判、ということが起きているが…。
それに関連して、「その学校に行かなきゃいい」という人がいるけど、公立小だよね?
越境入学が出来る学校らしいけど、その学校に行くしかない子はいないということ?
その学校以外の選択肢がない子がいないのなら、いいんだけど。

熊本も標準服を導入している小学校は多い。
私が卒業した小学校もそう。
さすがに値段なんて聞いたことがなかったから、この機会に聞いてみた。
母もしっかりとは覚えていないけど、だいたい1万前後だったような記憶があるとのこと。
私の場合、入学時から卒業まで30センチ以上身長が伸びているので、それなりに買い換えていると思うけど、
3回買ったとして6年間で3~4万というところか。

ちなみに、どんな標準服だったかというと、グレーの上着にグレーのスカート、白のブラウス。
男子はグレーの上着、グレーの半ズボン、白のカッターシャツ。
防寒として、紺色のベストもしくはセーター。
周辺の小学校は紺色上下が多いので、なんだかグレーが野暮ったく感じていた。
今見かけると懐かしく感じてしまうんだけどね。
学校が許可した日以外(遠足とか)、私服で登校するなんて考えたこともなかった。
実質「制服」だったよねぇ。
ま、着ていく服に悩まずに済んだのは、今考えるとありがたいことかな。
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小学校の印象に残っている先生

2017年12月28日 | 遠い日への回想
何でか分からないけど、ふと思い出してしまったので、書いてみようと思う。
学校にいる間、ほとんどの時間を共有していた担任の先生たちは除く。
担任となった先生たち以外で、強烈に印象に残っているのは、教頭先生。
たぶん、3年か4年の頃に赴任してきたんだと思う。

愉快な先生で、口癖は「少年少女諸君」。
6年のときには、職員室の掃除当番がクラスに割り当てられていて、数週に一度(1週間)の頻度で職員室の掃除に行っていた。
なぜか職員室でさえもエアコンのない学校で、夏場は扇風機、冬場は石油ストーブで暑さ寒さをしのいでいた。
あ、もちろん扇風機やストーブがあるのは職員室のみ。保健室にはストーブだけだったかな。
校長室は…知らん。
掃除の時間になると、その扇風機やストーブは一斉に消される。
そして冬場は地獄の窓全開。
職員室に残っていた先生たちへの宣言もあるんだろうけど、教頭先生がそこで一言。

「少年少女諸君、今日も掃除を頑張りましょう!!」

その言い方が全然押しつけがましくなく、逆に面白いので職員室の掃除は楽しかった。
教頭先生のこの言葉が押しつけがましくなかったのは、教頭先生自身も一緒に掃除してくれていたからだと思う。
毎日ではなかったけど、時間に余裕があるときなどは、子どもの手に負えないようなところは引き受けてくれていた。
そして、冬場は掃除が終わる2~3分前には窓を閉め、再びストーブに点火。
「手を温めて行きなさい」と我々がストーブの周りに陣取ることを勧めてくれた。

楽しい教頭先生だったと思う。
卒業後、すぐに校長先生に昇進したというのを新聞で知った。
ご存命ならば、80代後半ぐらいじゃないかと思うのだが…。
なんだか懐かしく思い出していると、凄くしんみりしてしまった。
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嗚呼、12月20日

2017年12月20日 | 遠い日への回想
12月20日。
カリキュラムが変わっていなければ、私が卒業した大学学部学科専攻の、卒業論文・修士論文提出日。

ドタバタした年もあったけど、基本的には穏やかに過ぎていったという印象が強い。

私の卒業論文は、20日が月曜日だったということもあるのだが、その前の週の金曜日には提出した。
だから20日はのんびりと午後から大学へ行ってみたのだが…。
いいものを見損ねたらしいΣ(゚д゚lll)

ゼミに置いてあった連絡ノート(いろいろ雑談などを書きなぐれるヤツ)に、書いてあった一つの絵。
今にも天に上りそうなホワ~ンとした表情、そして背中には天使の羽。
周りにはハートマーク。
その絵を見て固まっていたら、
「あ、それ○○くん(同期)。本当にそんな感じだったよ~」
と先輩が教えてくれた。
卒論を書き終え、ナンバリングしているときに、思わずニヤニヤしていたのを後輩男子にスケッチされた、と。
ナンバリングまで行けば、もう終わったも同然。
天にも上らん気持ちはよく分かる。
でも、あの○○くんがねぇ…。
見てみたかったぞ~~~!!

今の卒論提出などはどのようになっているのだろう?
もしかしてオンライン提出とかになっているのかな?
教務課へ行く時間も含めて、時間と格闘していたあの時代、なんだか懐かしいな…。
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ある意味修羅場?

2017年11月29日 | 遠い日への回想
ふとしたときに思い出した出来事。

小学校の5年生だったか6年生だったかの時のこと。
友人に某学会所属の子がいた。
5年生からの転校生だったんだけど、仲良くなった後に学会所属の子だということを知った。
まぁ、私も子どもだったし、学会のことなんて全然知らなかったから、まんまと餌食になりかけた。

我が家の宗教は日蓮宗。
もちろん学会とは全く関係ない。

相手の友達も子どもだったし、「南無妙法蓮華経」=学会!!という図式が完成していた模様。
そこまではいいんだけど、その友達が私を連れて集会に行ったということがあった。
そのことは何度となく母に話していたんだけど、母は右から左にスルーしていたらしい。
つい最近、またその話題になったときに、「何でそのときに言わないの!」と叱られた。
いや…ずっと言っていたのに、理解していなかったのは母じゃないか…。

集会所の異様な雰囲気は、凄く居心地が悪く、さっさと帰りたかったが、友達が帰してくれない。
たぶん、小学生でなかったら勧誘されて断れなかったかもしれない。
さすがに、集会所にいた大人たちは学会入信を小学生に勧めるなんてことはしなかったけど、
友達は私に入信して欲しかったみたい。
友達も親御さんに叱られたのか、集会所に連れて行かれることはなくなった。

この友達は、修学旅行の際にも、「教会には入れない!」と教会の前で騒いで、先生から一喝された。
お参りする、というよりは「ステンドグラスを鑑賞する」という目的だったのもあり、「宗教は関係ない!」と。
友達は親御さんよりもどっぶり学会の教えに染まっていたようだったが、その後どうなったんだろう?
中学では神社で写生大会があったし、高校の修学旅行は神社仏閣だったりしただろうに…。
まぁ小学校卒業以来(中学では同じクラスになったことがない)、一度も合っていないから、もう知りようもないんだけどね。
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歴史(大袈裟)を振り返ってみる

2017年11月07日 | 遠い日への回想
先日の東京で、「このメンバーでの歴史を振り返ろう」というような話になった。
私が゛メンバー゛に加わったのは、2006年夏。
「轟轟戦隊ボウケンジャー」のショーを見に行くというオフ会への参加が最初だった。
この時に、今一緒に活動しているメンバーの大半と出会っている。

その前、同じ年のGWに、この夏のイベントではご一緒できなかったメンバーの1人とも会っている(この時初対面)。

とは言いつつ、実はそれよりずっと前から交流のあったメンバーが1人。
2001年夏に初めて会った。
わざわざ広島まで来てくれたので、1日だけだったけど遊んだ(もう1人いたけど)。
このあとも、学会で関東へ行った時に一緒に観劇したこともある。
一番付き合いの長い男性である。この前は会えなかったけど。

それより前に参加したオフ会が3度ほどあるかな。
もう交流どころか、どこで何をしているのかすら分からなくなっている方々。
初めて参加したのが、記録によれば1999年の正月。
ウルトラマンランド(現在は閉鎖)にて。
熊本と福岡から集まった。お子さんもいれて7人位だったと思う。

2000年に大学院進学。この頃が最も活動的だったように思う。
特に「地球戦隊ファイブマン」絡みのオフ会に2回ほど参加した。
大阪で行われた「ファイブマンを見倒そう」というオフ会、そのメンバーが中心になって企画した、
「未来戦隊タイムレンジャー」のショーを見に行くとか。
どちらも夏休みだったり春休みだったりで比較的動きやすかったというのもあると思うけど。
スカイシアター(当時)のショーの魅力を教えてくれたのも彼ら。
時間をやりくりして参加して本当によかったと思っている。
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諦めの境地?

2017年10月20日 | 遠い日への回想
友人のブログに便乗~♪

私も、「日本人のおなまえっ」を見ていた。
「萩原」と「荻原」を間違える人の多さには驚いた。
多少はいるだろうな、とは思っていたけど、あそこまでとは。

私が混乱したことがあるのは「○原」さん。
「○はら」「○わら」と呼んでいる人が混在していたので、本人にどっちなのか聞いたことがある。
本人曰く「本当は『はら』だけど、どっちでもいいよ」と。
え、どっちでもいいって…。
それだけ間違えて呼ばれ続けていたってことなのかな?
それを聞いてからは、私は「○はらさん」と呼んでいた。

もう一人同期に「○原」でやはり「はら」と呼ぶ人もいた。
広島の地域性?とも思ったが、先の人は福岡の人だったから、地域性というには無理があるかな。

近所にも、名前を間違って呼ばれることが多い、と嘆いている人がいる。
私は名前は知っていたんだけど読み方までは知らなかったので、これもご本人に聞いた。
音読みなのか、訓読みなのか、の違いなんだけど、本当は訓読み。
でも職場でも音読みで呼ばれるから、どっちでもいいよ、と。

どっちでもいい。
すでに諦めの境地に至っているのかな?
訂正すればするほど「面倒くさいヤツ」と思われるのか?
そんなこと思う方が失礼極まりないと思うけどな。
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私の思い出

2017年07月04日 | 遠い日への回想
昨日の記事で触れた、戦隊シリーズと仮面ライダーシリーズの時間帯移動。
個人的には時間帯移動は、チャンネルごと変わった1度を含めて3度目かな。

熊本でテレビ朝日系列(KAB)が開局したのが平成元年。
それまでは、フジテレビ系列(TKU)で放送されていた。
戦隊シリーズは、金曜日の午後5時だったか5時半だったか…。
メタルヒーローシリーズは、金曜日の午後7時だったはず。
子どもの頃の習慣の所為もあり、個人的には、戦隊シリーズは金曜日の夕方5時台、メタルヒーローシリーズは金曜日の午後7時という印象が強い。

KABの開局に合わせて、どちらのシリーズもTKUからKABにお引っ越し。
その際には、「チャンネルが変わること」のお知らせもきちんとあった。
その点に関しては、TKUは良心的だったと思う。

時期的に、クラシックバレエをやっていたので、どちらのシリーズも年に1~2回ほど見る程度だった。
劇的に変わったのは、「特警ウインスペクター」。
日曜日の午前8時、という親は寝ている、私や弟は起きているという時間帯。
さすがに毎回とは行かなかったが、結構見ていた。
ついでに言うと、OPが始まる直前の「8時をお知らせします」の宣伝(?)まで覚えている。

蓮華院誕生寺、飛龍の鐘が8時をお知らせします」というようなナレーションだったと思う。
「奥の院」という言葉が入っていたかどうかはあやふやだけど。
今はね、地デジになったから、タイムラグもあるし、そういうものは一切ない。
ただ、個人的には、「蓮華院誕生寺」のCM(?)、全国で流れていると思っていたが、所在地が玉名市ということは…。
おそらく熊本限定だよね。

今でもふとした瞬間に思い出す。
相当すり込まれているなぁ。
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学級閉鎖…ねぇ。

2017年02月04日 | 遠い日への回想
友人のブログで、学級閉鎖について書かれていたので、ちと便乗。

私も学級閉鎖の経験はない。
「一歩手前」までは行ったことがあるのだが、最後の1人が休まないので(笑)、結局閉鎖になることはなかった。
今のように簡単に検査ができる時代ではなかったので、みんながみんなインフルエンザだったわけじゃないと思う。
とにかく教室は寒いし、長ズボンもジャンパーなどの防寒具も一切禁止、だったので、
「これで学校に行ったら、確実に悪化する」という状態だったら、熱がなくても大事を取って休むという子もいた。
ブレザーの下から着るセーター類も指定されたものだったから、寒くてたまらなかった。
もちろん、教室にストーブのようなものはない。
(小学校の話です。念のため)
あ、女子の場合タイツも禁止です。靴下だけ。
男子は半ズボンだし、今考えても寒々しい。

そのおかげで鍛えられていたのか、学級閉鎖になったクラスはちらほら聞いていたが、「学年閉鎖」になるようなことはなかった。

複式学級を取り入れている学校などでは、「学校閉鎖」を聞くこともあるが、少なくとも市内の学校で「学校閉鎖」が行われたのは、
数年前の「新型インフルエンザ騒動」の時くらい。

長ズボンやジャンパー、タイツ一切禁止、と書いたが、親の一筆があればOKだった。
「風邪を引いている」というのが最低条件だから、治ったらまたすべての防寒具禁止。
許可も何もいらなかったのは、登下校の時の手袋くらいだったなぁ。


県内でもインフルエンザが大流行というニュースを見た。
昨年インフルになったから、ちょっと戦々恐々としているが、今のところ大丈夫みたい。
これからも気をつけねば。
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ちょいと便乗

2017年01月19日 | 遠い日への回想
友人のブログで、「『海』の字が入る都道府県は?」という問題が、新聞に載っていたとのことなのでそれに便乗。

小学校だったか中学校だったか忘れたけど、私も似たような問題を出されたことがある。

「熊本県のように、動物の名前(文字)が入る都道府県が他に3つある。全部分かる?」

ヒント・「動物」だからね、ほ乳類とは限らないよ。シンキングタイムスタート!!

正解は、
・鹿児島県
・群馬県
・鳥取県

意外と、出てこなかったというのもあるかもしれない。
私の場合どうだったかというと、熊本に住んでいる以上、鹿児島はすぐに分かった。
たしか、「ほ乳類」にこだわりすぎて「鳥取県」が出なかったんじゃないかな。
そうだよね、鳥だって動物だ。

という、他愛もない昔々の思い出話でした♪

さぁ、明日から東京だ!
明日の天気はちと心配だけど、まぁ、状況を見ながらどう動くかは考えよう。
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