惰天使ロック

原理的にはまったく自在な素人哲学

自殺統計のはなし(3)

2011年03月03日 | 机上の空社会学
今回は統計の数字の話ではなく、わが国の自殺統計に関する研究・考察についての話である。謎の1958年について言及している文書をふたつ見つけた。


女性については、昭和28~34 年に男性同様急激に増加したが、それ以降は傾向的に低下し変動幅も小幅である。昭和28~34年の急増期には特に復員兵で自殺が多かったと言われ、青年期に受けた戦時体験が最も強く当時の青年層に現れたとされている。

自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書

この資料だと1950年代の自殺率の高さは復員兵のせいにされているが、数字で裏付けられているわけではない。第一、直前の文で、また資料中のグラフで、この間に女性の自殺率も男性同様の増減を示していたことが示されている。復員兵云々はこの時代の女性には関係がないはずである。戦時体験の影響も「・・・とされている」とあるだけで、何を参照してそう言っているのかはわからない。数字はともかく原因分析としては根拠に乏しいものだと言わざるを得ない。

日本の場合、興味深いのは戦争中最低レベルであった自殺率が、戦後じりじりと増加し、戦争が終わって13年後の1958年に25.7という近代史上最高値を記録することである。
なぜ、1958年が日本人の「生きる意欲」がもっとも低くなったのか、私には説明に窮するのである。というのは、1958年というのは、個人的記憶をたどる限り(その年私は8歳だった)、「戦後日本の黄金時代」だったからである。戦争の破壊のあとは癒され、経済はめざましく復興し、庶民の生活は年ごとに豊かになり、映画も文学も音楽も活況を呈していた。にもかかわらず、その年に日本人は史上最高の自殺率を示したのである。

内田樹の研究室 - Twitter と自殺について(2010年02月13日)

このblogでは内田樹の悪口ばかり書いているような気がするが、この資料については別儀ということにさせていただこう。上記は謎の1958年について言及している、Web上で誰でも参照できる数少ない証言のひとつである。

引用の前に内田氏は「日本に限って言えば、自殺率は社会が変動期に入ると低下し、安定期・停滞期を迎えると上昇するという全般的傾向が指摘できる」と書いている。一歩踏み込んだことを言っていて興味深い。ただしそれほど信憑性のある話ではない。戦争中に自殺率が低下することは確かだし、その理由が「人間たちはその生命力を高めてなんとか生き延びようとする」からだという説明も、とりあえず了解できないものではない。しかし1950年代や1980年代半ばという時期が社会の「安定期・停滞期」であったとは、少なくとも後者についてはわたしは体験的にも肯定する気になれない。とはいえ、上記引用中でも「私には説明に窮する」と断っていることだから、これ以上文句を言うのはよそう。

とにかくWeb上で普通に参照できるものに関して言えば、1950年代半ばをピークとする若年層の自殺率の急増について十分納得できる説明を与えている資料は、現時点では見つからないということである。
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