惰天使ロック

原理的にはまったく自在な素人哲学

人が何かに注目すること(4) ── 前回の補足

2014年05月03日 | チラシの裏
前回触れた現実吟味(reality testing)ということ、つまり「じぶんの内的な経験と、その外の現実を区別する能力」について、もう少し突っ込んで考察してみる。

前回の考察でいくらか明らかになったことのひとつはつまり、現実吟味という場合の現実は注目の度合い(深さ)に関して相対的なものである、ということであった。外国語のテキストを読むことになぞらえれば、その意味がまるっきり判らない我々も、意味が判る(むしろ判らないということができない)外人も、紙の上に書かれている、印刷されている、あるいは液晶モニタか何かに表示されている、ミミズののたくりを眺める経験までは共通している。この意味で、ミミズののたくりを眺めることの経験は、それはそれでやはり内的な経験に違いないのであるが、それを文字として、あるいは文を構成する部分として注目することの経験に比べれば、相対的に、客観的な現実(objective reality)により近い経験である、もしくは、注目の度合いのより浅い内的な経験である。

前回ちょろっと名前を出したカントの場合はだから、注目の度合い(深さ)がゼロであるような内的な経験、つまり完全に客観的な現実、モノそれ自体(ding an sich)ということは経験としては成り立たない、それは経験しないということにほかならないと(いう意味のことを)言ったわけである。経験はすべて内的な経験であり、我々が何かを知ることは大なり小なりそれを経験するということなのであって、もはや経験として成り立たないモノそれ自体を我々は知ることができない、つまり、客観的な現実なるものは人間に可能な経験としては存在しないと(いう意味のことを)言ったわけである。

こうしたカントの洞察はまったく正しいと言ってよいであろう。我々が無条件に真理とみなしていいのは「我あり」ということだけであって、それ以外のいかなる経験的事実も「夢を見ているだけかもしれない」「悪魔に騙されているだけかもしれない」と疑ってみれば、いつでも、いくらでも疑うことができるわけである。これがデカルトの方法的懐疑(de omnibus dubitandum = doubt everything = スベテヲ疑エ)と呼ばれる論法であって、カントもこれを継承しているのである。

ただ、我々が考察してきたように、内的な経験はさまざまに異なる注目の度合い(深さ)をもつということは、これもどうやら確かなことである。したがって、いま、可能な経験すべてについてそれを注目の深さの順に並べた線形順序集合を考えるなら、その極限(limit)として注目の深さゼロの経験、つまり客観的な現実ということを想定することは可能である。我々が自然科学と呼ぶ種類の探究は、だから、この極限として客観的な現実を想定することの前提に基づいて営まれる経験的な探究であると言えよう。

そして、ついでに言っておけば、デカルトがそう呼んだ理性(reason)というのも、その(極限として想定される)客観的な現実についての経験をもたらすと想定される、つまりこれも人間の意識のはたらきの極限として(客観的な現実とパラレルに)想定されるものなのである。

デカルトの『方法序説』、その冒頭の第一文にいわく「良識(理性)はこの世でもっとも公平に配分されているものである」。それを意味のあるテキストとして読むことができようとできまいと、ミミズののたくりを経験することまでは我々日本人も外人も違いはしない。これを延長すればつまり、この世の誰であってもまったく同じように経験する経験の水準がありうる(極限として想定できる)、つまりそれが理性のはたらきであって、この世の誰もが同じように経験して少しも違いがない、ということはつまりそれは「この世でもっとも公平に配分されている」人間の意識のはたらき、その能力ということにほかならないわけである。

よく知られているように(笑)デカルトは数学者でもあったけれど、ここで用いたような極限の考え方を作り出したのはデカルトよりずっと後の時代の人々であるし(ここでは高校の数学で誰もが習う水準の考え方しか使っていないが、これとても論証として正当であると完全に決着したのは実に19世紀も後半のこと、ワイエルシュトラスの議論を待たねばならなかったのである)、何よりデカルトの『方法序説』は平談俗語を旨として書かれた本であったから、そのように、とはいえ冒頭の第一文からそれが書かれているのである。
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