ばあたんが入院して、四週間めに入った。
今はまだ、見舞いに行く間隔を
控えめにしなければならない時期で、
(今のばあたんにとっては、
刺激をなるべく避けて静かに過ごすことと、
病院に慣れて治療に移れる体制を整えることが
最優先なのだ)
わたしとじいたんは、
毎週火曜日に、二人でばあたんを見舞うことにしている。
電車とバスを乗り継いで、片道1時間半以上かけて。
もうすぐ誕生日を迎え、また一つ年齢を重ねる
90代の我がじいたんにとって、決して楽な道のりではない。
それでもじいたんは、懇願する。
「たま、すまないけれども、
おばあさんのところへ連れて行っておくれ。
もうおじいさんは、一人では行くことが出来ないから」
…わたしひとりで見舞いに行ってくれるな、と哀願する。
*****************************
道中、じいたんとわたしは、お互いを気遣い合う。
なるべく、楽しく過ごせるように。
普段は決して行かないようなお店で食事をしたり、
花屋に寄ったり、
ちょっと道順を変えてみたり、
…それから、バスの窓から見える風景を
二人で眺めて、喜んでみたり。
それでも、やはり見舞いの後のじいたんは
たいてい、無言だったりするのだけど。
そういうときは、そっとしておく。
そして、頃合を見計らって、
小さかった頃のわたしに戻ってみる。
ちょっとめまいがするから、手をつないでって頼む。
薬を飲ませて、とベンチに座る。
美味しい食べ物やさんを、さがす。
とってもおなかが空いたよ、と言って。
あのパン食べてみたいよ、って、おねだりをして。
*****************************
前々回の見舞いの帰り道は、
「90超えた祖父と孫、ふたりきり」では
ふつう、決して、入らないような、
かなり渋いお店で夕食をとった。
基本的には焼き鳥がメインの居酒屋なのだけど、
手打ちのそばも食べさせてくれる、そんなお店。
店員さんは、ひとめで、わたしたちが
祖父と孫とわかったようで、
少しゆったりと、サービスしてくれた。
わたしが、おいしい、おいしい!と
あっという間に蕎麦をたいらげてしまうと、
「お前さん、もっともっと頼みなさい。
お前さんが遠慮しているのは、おじいさんお見通しだよ」
お品書きを差し出して、とても嬉しそうに笑う。
さっきまでの淋しそうな表情は、そこにはない。
*****************************
介護を始めたころは
よく「舅と嫁」に、勘違いされていた、わたしたち。
今になって、やっと、こんなかたちで
「ごく普通の祖父と孫」に戻れる時間を持てる。
なんだか皮肉。
だけど。
とてもとても、幸せ。
今はまだ、見舞いに行く間隔を
控えめにしなければならない時期で、
(今のばあたんにとっては、
刺激をなるべく避けて静かに過ごすことと、
病院に慣れて治療に移れる体制を整えることが
最優先なのだ)
わたしとじいたんは、
毎週火曜日に、二人でばあたんを見舞うことにしている。
電車とバスを乗り継いで、片道1時間半以上かけて。
もうすぐ誕生日を迎え、また一つ年齢を重ねる
90代の我がじいたんにとって、決して楽な道のりではない。
それでもじいたんは、懇願する。
「たま、すまないけれども、
おばあさんのところへ連れて行っておくれ。
もうおじいさんは、一人では行くことが出来ないから」
…わたしひとりで見舞いに行ってくれるな、と哀願する。
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道中、じいたんとわたしは、お互いを気遣い合う。
なるべく、楽しく過ごせるように。
普段は決して行かないようなお店で食事をしたり、
花屋に寄ったり、
ちょっと道順を変えてみたり、
…それから、バスの窓から見える風景を
二人で眺めて、喜んでみたり。
それでも、やはり見舞いの後のじいたんは
たいてい、無言だったりするのだけど。
そういうときは、そっとしておく。
そして、頃合を見計らって、
小さかった頃のわたしに戻ってみる。
ちょっとめまいがするから、手をつないでって頼む。
薬を飲ませて、とベンチに座る。
美味しい食べ物やさんを、さがす。
とってもおなかが空いたよ、と言って。
あのパン食べてみたいよ、って、おねだりをして。
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前々回の見舞いの帰り道は、
「90超えた祖父と孫、ふたりきり」では
ふつう、決して、入らないような、
かなり渋いお店で夕食をとった。
基本的には焼き鳥がメインの居酒屋なのだけど、
手打ちのそばも食べさせてくれる、そんなお店。
店員さんは、ひとめで、わたしたちが
祖父と孫とわかったようで、
少しゆったりと、サービスしてくれた。
わたしが、おいしい、おいしい!と
あっという間に蕎麦をたいらげてしまうと、
「お前さん、もっともっと頼みなさい。
お前さんが遠慮しているのは、おじいさんお見通しだよ」
お品書きを差し出して、とても嬉しそうに笑う。
さっきまでの淋しそうな表情は、そこにはない。
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介護を始めたころは
よく「舅と嫁」に、勘違いされていた、わたしたち。
今になって、やっと、こんなかたちで
「ごく普通の祖父と孫」に戻れる時間を持てる。
なんだか皮肉。
だけど。
とてもとても、幸せ。
小さかった頃のわたしに戻ってみる。」
最近初孫を持って、孫というものの可愛さを実感しています。小さかった頃のたまさんに戻るというのは、おじい様もその頃に戻るということですね。
おじい様のうれしい気持、ちょっと判る気がしました。
今夜この記事を読み終えて,ふと思い付いたのは「まるくなってゆく」というキイワードでした。
えーと あの…ですね。
「大団円」という言葉,在りますよね。あと「終わりよければ全て良し」。これらに近いニュアンスかもしれませんが。今までの経過がどうであれ,結果をまるく納めるように,結果がまるく収るように物事は粛々と進んでゆく・・・ そんなイメージを持ったのです。
なんだかずれているかもしれません・・・でも,そんなイメージが浮かんだのですよ。今夜は。
お祖母様 お祖父様 たまさん お三人ともが,どうぞ,おさまるところへおさまってゆきますように と願わずには居られません・・・
祖父とわたし。
わたしは彼の初孫でした。
わたしがまず子供に戻って、そしてじいたんも一緒に、戻るんです。
じいたんが、どれだけ私を慈しんでくれたか、喜ばせてくれたか、心に残る愛情をそそいでくれたか、そのことを祖父に思い出して欲しくて。
少しでも自信と存在価値を改めて確認し、そして私に慕われていることを思い出して欲しくて。
少しは、祖父の心を優しく包めていればいいのだけど…
みんなで、幸せでありたいです。
だれが不幸せであっても、私、幸せになれないから…