昨日の夜、久々に喧嘩した、わたしとじいたん。
朝になって、
自分が至らなかったところを素直にじいたんに謝ろう
そういう気持ちである一方、
いくら認知が低下しているとはいえ、
あそこまで啖呵を切られてしまった以上、
(ちょっと普通でない発言もあったのだ)
直接電話するのはためらわれる気持ちもあり…。
伯父叔母にとりあえず状況を伝えておこうにも
あいにくの留守で。
謝礼も突き返してしまったし、
とりあえず先にフルタイムの仕事を見つけておこう、と
ネットで求人を漁ったりして過ごしていた。
そうしているうちふと、
ばあたんの病院の請求書が届いていないことに気づいた。
支払期日は二十日ごろだったはず。
じいのところに届いているかもしれない。
気まずいなどと言っていられず、電話してみた。
************
電話に出たじいたんは、緊張したような声だった。
「お前さん、昨日はご無礼した。」
・・・ん?予想していたのと反応が違う。
いえ、こちらこそ、と返すと
「お前さんが泣いて帰ってしまったから
もう電話もくれないんじゃないかと思っていたよ」
すっかりしょげかえった声で続ける。
言い争っても、それとこれとは別なのに。
仲直りのチャンスだ。
「じいたん、わたし昨日、泣いて怒っちゃったけど、
だからといって突然、何もかも放り出したりは絶対にしないよ。
それよりね、
じいたん、わたしこそごめんね。
ゆうべ部屋に戻ってから考えてみたんだけれど
昨日はじいたん、わたしを”招待”するつもりでいたんだよね。
なのにわたし、お連れの方のことばかり心配していて
せっかく張り切っていたじいたんの、気持ちをくじいてしまった。
わたしも、心配で頭がいっぱいだったから
つい悪気なく、あれこれといってしまったのだけど
じいたんにしてみれば、否定されたみたいに感じたんだよね。」
すると、じいたんは
「おお、そうだ、全くその通りなんだ。
お前さんは、頭がよくて助かるよ」
一瞬、声に元気を取り戻した。そして
「おじいさんも、実を言うと、何を言ったかよく覚えていないんだ。
ただ、言ってはいけないことまで言って、
お前さんを泣かせてしまったということは、分かっているんだよ」
とまた、しょんぼりした声。
そうか…やっぱりよく分からなくなっちゃっているんだな。
わたしはつとめて明るく言った。
「そんなのいいよ。家族なんだし。
わたしだって、じいたんの気持ちを分かってあげられへんかったもん。
でも、分かった以上は、こういうことがないように頑張るからね。
かんにんしてや。
そうそう、今日もね、じいたんのところで用事したいのよ、
そちらに伺っていいかしら?」
「おお、いいとも。お昼過ぎにおいで。
おじいさん、楽しみに待っているからね。
…お前さん、おじいさんと仲直りしてくれるのかい?」
「当たり前やんか、じいたん。
じいたんこそ、色々辛抱も多いやろけどかんにんしてね。」
「いいとも、いいとも、じゃあ、待っているよ。」
ほっとして、うきうきしながら求人のWebを閉じ
今日は父の日なので、少し変わった差し入れを買って
わたしは、じいたんのマンションへ向かった。
「じいた~ん!こんにちは~!」
いつにもまして元気に玄関の扉を開けた。
すると、じいたんはよろよろと書斎から飛び出して、
「やあ、お前さん。どうだい?これ…
こないだお前さんが、父の日にと買ってくれた上着を、
おじいさん、着てみたんだよ」
と、服のすそをひらひらさせて見せた。
そして突然、わたしの身体にぎゅーっと抱きついて、
「たまちゃん、おじいさんが悪かったよ~。
お前さんを泣かせてしまって、ごめんよ~。
もう、お前さんに嫌われてしまったかと思ったよ~。
おじいさん、何を言ったかよく覚えていないんだよ~。
ひょっとしたら、
お前さん、二度とおじいさんを訪ねてくれなくなって、
どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかと思って、
ゆうべはおじいさん、眠れなかったんだよ~。
お前さん、また来てくれてありがとう、本当にありがとう。」
と何度も、少ししゃがれた大きな声で言うのだった。
しわだらけの頬をわたしの頬にすりつけ、
力いっぱいわたしの肩や胸や腕にしがみつく、
そんなじいたんが突然、ひどく頼りなく見えた。
昨夜はきっと、ろくに眠れなかったのだろう。
かわいそうなことをしてしまった。
後悔といとおしさとで胸がいっぱいになった。
わたしは、しっかりじいたんを抱きしめ返した。
「じいたん、ごめんね。本当にごめんね。
こんな思いをさせてしまって、本当にごめんね。
たまちゃん、思いやりが足らんかったね。かんにんしてや。」
繰り返し、声をかけながら、
心なしか小さく感じるじいたんの背中を、何度も何度も撫でる。
じいたんも、わたしの肩口にぎゅうっと顔を埋めてくる。
こぼれそうになる涙をこっそりぬぐって
じいたんを、こんなに不安にさせるようなことは、
二度とすまい、と思った。
*************
ケアマネをしている友人が、
夕べの電話で言っていたひとことが脳裏によみがえる。
「あなたが思っているより、お祖父さまは衰えていらっしゃる」
確かに昨日の激怒ぶりといい、
今日の妙な、どこか子供のような様子といい、
(なんというか、感情がむき出しになっているような印象)
最近、センサーに引っかかっていたことは、やはり
「気のせい」ではないのかもしれない。
そんなことも、今回のことで改めて思った。
もっと、気を配って接していこう。
じいたんは、確実に歳をとっていっているのだ。
今回、じいたんに辛い思いをさせてしまったその分、
これからの毎日をより幸せに過ごしてもらえるように、
今日のことを忘れずにいようと思う。
朝になって、
自分が至らなかったところを素直にじいたんに謝ろう
そういう気持ちである一方、
いくら認知が低下しているとはいえ、
あそこまで啖呵を切られてしまった以上、
(ちょっと普通でない発言もあったのだ)
直接電話するのはためらわれる気持ちもあり…。
伯父叔母にとりあえず状況を伝えておこうにも
あいにくの留守で。
謝礼も突き返してしまったし、
とりあえず先にフルタイムの仕事を見つけておこう、と
ネットで求人を漁ったりして過ごしていた。
そうしているうちふと、
ばあたんの病院の請求書が届いていないことに気づいた。
支払期日は二十日ごろだったはず。
じいのところに届いているかもしれない。
気まずいなどと言っていられず、電話してみた。
************
電話に出たじいたんは、緊張したような声だった。
「お前さん、昨日はご無礼した。」
・・・ん?予想していたのと反応が違う。
いえ、こちらこそ、と返すと
「お前さんが泣いて帰ってしまったから
もう電話もくれないんじゃないかと思っていたよ」
すっかりしょげかえった声で続ける。
言い争っても、それとこれとは別なのに。
仲直りのチャンスだ。
「じいたん、わたし昨日、泣いて怒っちゃったけど、
だからといって突然、何もかも放り出したりは絶対にしないよ。
それよりね、
じいたん、わたしこそごめんね。
ゆうべ部屋に戻ってから考えてみたんだけれど
昨日はじいたん、わたしを”招待”するつもりでいたんだよね。
なのにわたし、お連れの方のことばかり心配していて
せっかく張り切っていたじいたんの、気持ちをくじいてしまった。
わたしも、心配で頭がいっぱいだったから
つい悪気なく、あれこれといってしまったのだけど
じいたんにしてみれば、否定されたみたいに感じたんだよね。」
すると、じいたんは
「おお、そうだ、全くその通りなんだ。
お前さんは、頭がよくて助かるよ」
一瞬、声に元気を取り戻した。そして
「おじいさんも、実を言うと、何を言ったかよく覚えていないんだ。
ただ、言ってはいけないことまで言って、
お前さんを泣かせてしまったということは、分かっているんだよ」
とまた、しょんぼりした声。
そうか…やっぱりよく分からなくなっちゃっているんだな。
わたしはつとめて明るく言った。
「そんなのいいよ。家族なんだし。
わたしだって、じいたんの気持ちを分かってあげられへんかったもん。
でも、分かった以上は、こういうことがないように頑張るからね。
かんにんしてや。
そうそう、今日もね、じいたんのところで用事したいのよ、
そちらに伺っていいかしら?」
「おお、いいとも。お昼過ぎにおいで。
おじいさん、楽しみに待っているからね。
…お前さん、おじいさんと仲直りしてくれるのかい?」
「当たり前やんか、じいたん。
じいたんこそ、色々辛抱も多いやろけどかんにんしてね。」
「いいとも、いいとも、じゃあ、待っているよ。」
ほっとして、うきうきしながら求人のWebを閉じ
今日は父の日なので、少し変わった差し入れを買って
わたしは、じいたんのマンションへ向かった。
「じいた~ん!こんにちは~!」
いつにもまして元気に玄関の扉を開けた。
すると、じいたんはよろよろと書斎から飛び出して、
「やあ、お前さん。どうだい?これ…
こないだお前さんが、父の日にと買ってくれた上着を、
おじいさん、着てみたんだよ」
と、服のすそをひらひらさせて見せた。
そして突然、わたしの身体にぎゅーっと抱きついて、
「たまちゃん、おじいさんが悪かったよ~。
お前さんを泣かせてしまって、ごめんよ~。
もう、お前さんに嫌われてしまったかと思ったよ~。
おじいさん、何を言ったかよく覚えていないんだよ~。
ひょっとしたら、
お前さん、二度とおじいさんを訪ねてくれなくなって、
どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかと思って、
ゆうべはおじいさん、眠れなかったんだよ~。
お前さん、また来てくれてありがとう、本当にありがとう。」
と何度も、少ししゃがれた大きな声で言うのだった。
しわだらけの頬をわたしの頬にすりつけ、
力いっぱいわたしの肩や胸や腕にしがみつく、
そんなじいたんが突然、ひどく頼りなく見えた。
昨夜はきっと、ろくに眠れなかったのだろう。
かわいそうなことをしてしまった。
後悔といとおしさとで胸がいっぱいになった。
わたしは、しっかりじいたんを抱きしめ返した。
「じいたん、ごめんね。本当にごめんね。
こんな思いをさせてしまって、本当にごめんね。
たまちゃん、思いやりが足らんかったね。かんにんしてや。」
繰り返し、声をかけながら、
心なしか小さく感じるじいたんの背中を、何度も何度も撫でる。
じいたんも、わたしの肩口にぎゅうっと顔を埋めてくる。
こぼれそうになる涙をこっそりぬぐって
じいたんを、こんなに不安にさせるようなことは、
二度とすまい、と思った。
*************
ケアマネをしている友人が、
夕べの電話で言っていたひとことが脳裏によみがえる。
「あなたが思っているより、お祖父さまは衰えていらっしゃる」
確かに昨日の激怒ぶりといい、
今日の妙な、どこか子供のような様子といい、
(なんというか、感情がむき出しになっているような印象)
最近、センサーに引っかかっていたことは、やはり
「気のせい」ではないのかもしれない。
そんなことも、今回のことで改めて思った。
もっと、気を配って接していこう。
じいたんは、確実に歳をとっていっているのだ。
今回、じいたんに辛い思いをさせてしまったその分、
これからの毎日をより幸せに過ごしてもらえるように、
今日のことを忘れずにいようと思う。