じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

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じいたん、また進化する。

2006-06-07 00:03:36 | じいたんばあたん
この春、…二月ごろからつい最近まで
じいたんとばあたんの今後について
転居も含め、色々と検討する時期が続いていた。

ばあたんを在宅で介護するのは、もう無理なので
快適さと費用面でより折り合いのつく環境を探すこと
それから
じいたんが、少しでもばあたんに会いやすい環境をつくるということ
それを目標として。


それでも、
じいたんはなかなか諦めきれない様子で
ことあるごとに

「おばあさんとまた、マンションで一緒に暮らせるようにできないかい?お前さん」

と、言っていたものだった。
じいたんの気持ちになってみれば、当然の願いだ。

「じいたん、それはね、もう、無理なんだよ」

ということを、折に触れてじいたんに伝えながら
彼の心情に寄り添うよりも、現実を処理することを優先しなければならない、
自分の立場や役割を恨めしく思った。

心身ともに、いまひとつ調子が整わないまま
いろいろなところを、ひとりで調べたり、訪ねたりする日々が続いた。
介護付き有料老人ホームや、特養、それから病院など
いろいろなところを訪ねて
一応は、「今の住居を出た場合」のプランも立てられた。

だが、一歩をなかなか踏み出せなくて、立ち止まってしまってもいた。

*************


そんな混乱した日々を、なんとかやり過ごしていくうちに。

じいたんは、ひらり、と階段を一段、のぼった。

 妻はもう、在宅で介護することは難しい。
 だから今いる病院で暮らしてもらうようにしたい。
 そして自分は、できる限り、慣れ親しんだ今の家で過ごしたい。
 歩ける限り、妻に会いに行く、そんなすごし方をしたい。

そんな結論に、
自力で、たどり着いたのだ。


その頃から、じいたんは、変わった。

一皮むけた。

年配の人に対して、ずいぶん僭越な表現だけれども
なんだか、人間として一回り、大きくなったんだなと感じる。

じいたんは、前よりももっと、かっこよく、素敵になった。
苦手なことが増えていっているにもかかわらず、だ。


最近は、わたしはじいたんを、放置プレイ状態にしている。

祖父母のあたらしい、暮らしのかたちを探したり
ちょっとした事務手続き(たとえば後見人制度など)で出歩いたり
介護のために転居してきて以来、
空けていなかった(三年もだ)ダンボールを、整理したり

そういった時間をたっぷり取らせてもらって
じいたんには、自分で頑張れることはなるべく頑張ってもらって。


一人でいる時間が格段に増えたじいたん。
意図的にしていることだとはいえ、実はかなり心配だった。

けれど。
じいたんは、予想以上に
ひとりで出来ることを色々探して、
自ら、生活をエンジョイするように工夫をしてくれている。


そしてわたしが
用事の合間を縫って、マンションを訪ねると
じいたんは、以前にもまして
わたしの来訪を、とても歓迎してくれる。

そしてわたしがいる間殆ど、目をきらきらさせながら、ずっとしゃべっている。
(前は、すぐ書斎に引っ込んでしまう人だったのに)


 「マンションの中の囲碁クラブの、お仲間と約束があるんだよ。
  お前さん、勝手にうちに入っておいてくれるかい?」

 「食事のテーブルで一緒になる方と、今度お寿司を食べに行く約束をしたんだよ。
  お前さんもぜひ、お供してくれ。」
  
 「弓道の達人と、新しく、仲良くなったんだよ、おじいさん。
  彼のお部屋にお邪魔してね、変わった刀や弓を沢山見せてもらったんだ。
  ついつい楽しくてね、気が付いたら
  おじいさん、ヘルパーさんが来る時間をすっかり忘れてしまったんだよ。」

 「お前さん、明日はおばあさんに会える日だよ。
  おばあさんみたいな可愛い人が待っていてくれて、おじいさんは本当に幸せだよ。
  次の見舞いには栗をもっていってやりたいのだが、どうだろう?」

そんな、たわいもないことを色々と、話してくれる。

「お前さんは、怒ると怖いからなぁ。
 おじいさんは、お前さんを頼りにしているんだから、いじめないでおくれよ。」

なんて、
いたずら小僧のような、満面の笑みで
わたしの肩をぱしぱしと叩きながら。



じいたんは、自らの老いを受容しつつあるのだと思う。
たぶん、いちばん良い形で。


自分を心のありようを変えるというのは、
しばしば、とても難しいことだ。
ましてや歳を重ねれば、なおさらだ。

だけど、じいたんは、変わった。
生きることをいとおしみ、より幸せな毎日を過ごすために、
しなやかに、変化してみせた。

それは、わたしにとっても生きる希望であるように感じられる。
歳をとっても、こんなに人間はたくましく変わっていける。
こころのありようを、自分の人生を変えていくことができるんだ、と。

そんなじいたんのそばに、介護者として寄り添えることを、
本当に、本当に、うれしく思う。


 ※うまく書ききれなかったところもあるので
  たぶんまた、もう少し具体的なことも、別の記事で綴ると思います。
  今日はこのへんで…
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