じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

手の出しすぎと、認識の甘さと。

2006-06-17 23:59:38 | ブラックたまの毒吐き
今日、じいたんは、20年来のお食事友達
(マンションのダイニングで一緒に食事を摂る人)を誘って、
初めて二人でお寿司を食べにいった。

相手の方は、わたしも大学時代から存じ上げている方。
ただ、骨粗しょう症をわずらって長く、
手押し車を押してゆっくりと歩行なさっている。

そんなこともあり、事前にじいたんから

「お前さん、お寿司を食べに行くから、付いてきてくれないか」

と頼まれていたので、
デイケアから戻ってきたのが確実な時間に、部屋を訪ねたのだが。


わたしの方も、相手の方を連れ歩くことについて
あれこれ心配していたので、つい、

「じいたん、お伺いする前に電話を入れておいたほうがいいよ」
とか
「あの道はだめだよ。手押し車じゃ傾斜がきつすぎるから。
 せめてご本人に、どの道が一番お楽か訪ねてみたほうがいいんじゃない?」
とか
「お迎えに行くならわたしもご一緒するけど」
とか
あれこれ先回りして、口出ししてしまった。


じいたんは、それがよほど気に入らなかったらしく

「お前さんはすぐ怒るね。黙ってなさい。」
とぶちきれてしまった。

最初はわたしも何でそんなことを言われるのかわからなくて
(だって理にかなったことしか言っていないのだ)

「あのね、怒ったりなんかしてないよ。
 わたしは、骨粗しょう症の女性を外へお連れするのに
 一般的に気をつけたほうがいいと思っていることを言っただけ。
 万が一のことがあったらいけないでしょう。」

と、思うままを説明した。
だがじいたんは、

「おじいさんが常識がないと言うのかい?
 そんなことを言うならお前さん、帰ってくれ。」

と、今度は声を荒げてわめきだした。

一瞬、頭にきたので帰ろうかと思ったが、
何度も何度も念を押すように土曜は付いてきてくれと
じいたんが言っていたことを思い出し、
(それなりに不安な面もあるということだから)
叔母にもちょっと電話を入れて、頭を冷やして

「お前さんがいいように全部采配すればいいさ。」
と、むくれたままのじいたんに付いていくことにした。


だが。

お寿司屋さん(マンションの目と鼻の先にあるのだ)で、
「卵はいかが?」
などと声を掛けても、ことごとく無視。

相手の方に気を遣わせるからと思い
じいたんと相手の方二人分取った皿も、無言で指で跳ね除ける。

子供みたいなことばかりする。

 (は~。こんなことなら何も言わなきゃよかったな。
  別にわたしが困るわけでもないし。)

そんなことを思いながら
なんとか笑顔で最後までやりすごし、

相手の方を部屋まで送り届けて
じいたんの部屋に電話を入れたら

「ちょっと寄ってくれ」

ちょっと後味が悪いままだったし、
ここはひとつ、お茶でも入れて和やかに帰ろうと思い、
部屋へもう一度立ち寄った。


そしたら。

じいたんは、わたしに毎月の謝礼を手渡しながら
こうのたまった。

「お前さん、明日から来なくてもいいから。」

・・・は?どういう意味ですか?と訊くと

「お前さんにしかられるのも、
 大きな声を出したりするのも嫌だからね」

「お前さんが来るとおじいさん、大きな声を出すだろう。
 それが嫌なんだよ」

「まあ、どうしても来たいと言うなら
 いくらでも来ればいい。
 それはおじいさん、駄目とは言わないけどね」


何を言いだすんだろうこの人は。
大体わたし、叱ってなんかいないし。

今日だって、何度も何度も頼まれたから
(数日前から、尋常じゃない時間に
 繰り返し繰り返し電話をしてきていた)
祖父と祖父の友人の会食にまで付き添ったのだ。

意味がわからない。

分からないので、最初はなるべく穏やかに
尋ね、あるいは説明していたのだが

「お前さんにおじいさんと呼ばれると気分が悪いんだよ。」

聞けば聞くほど話が迷走していく上、
わたしの母のことまで引き合いに出されて
(それはわたしには関係のないことだ)

情けなくなって、わたしは最後には泣いてしまった。
そして、謝礼を突き返して帰ってきた。
そこまで言われてこんなもん受け取れるか!と思ったのだ。


**************


自宅に帰ってからケアマネの友人に電話した。

愚痴を聞いてもらいたかったのもあるのだが、
わたしもきっとどこかが悪い、そんな気がしたからだ。

友人は、順序立てて説明してくれた。


「それはね。
 あれこれ口出しされるのが嫌だったのよ。おじいさん。

 あなたが言うことが的を得ていれば得ているほど
 先回りしてそれを言われたら嫌なものよ。

 あなたにしてみれば、
 他人様に怪我をさせてはいけない一心だっただろうけど、

 おじいさまにしてみれば、
 今日誘ったのが女性ということもあったから
 それなりに張り切っておいでだったのよ。」


でもね、普段でもこれくらいは言うのよ。
そういうのが嫌で、わたしに来て欲しくないなら
こないだ伯父叔母が来たときに彼らに言えばいいじゃない。


 「逆に言えば、そんなささいなことにも
  ナーバスになっているくらい、
  今日、おじいさんにとって、お寿司のお出かけは
  大きなイベントだったんじゃないの?

  あなたという『お供』も連れて行って、
  頼りになるかっこいいおじいさんでいようと思っているときに、

  あなたから『これはこうしたほうがいいんじゃない?』って
  正しいことをさっと言われてしまったら
  自分の判断力が低下していることを嫌でも認めなければならない
  そういうことになるでしょう。

  うすうす分かっているのよ。
  あなたの言ったことは間違っていないって。
  むしろ、だからこそ『そういう言い方はカンにさわる』っていう
  ことにもなるわけ。」


「あっ」と思った。

言われてみれば、
そのお友達と食事の約束をした、今週の火曜あたりから、
じいたん、いきなりしゃきっとしだしたんだよな。
その一方で、言うことが時々変だったな。

やたら「一人でできる」だの何だの、訊きもしないのに言って
「おじいさん大丈夫だから、今日は来なくていい」とか…

普段は「何時ごろ来れる?」
行けば「今日は泊まっていかないかい?」
のオンパレードだったのに。

黙っていると友人はさらに続けた。


 「それにね、言いにくいんだけれど、
  ・・・認知の低下も進んでおられる気がする。

  論理的でなくカッとなるのもそうだし

  電車の中であなたの肩に頭を凭れさせたり、といった
  少し度のすぎたスキンシップが目立ち始めているとか
  孫には普通言わないような話をなさるとか 

  他にも色々思い当たることはあるでしょう。

  だから、そのあたりはね

  お祖母さまに接するように、お祖父さまにも接していく
  そういう時期に来ているんだなっていう認識を
  あなたの方が持たないと。

  お祖父さまは、あなたが腹を立てたという以上のことは
  たぶん全く理解なさっていないと思うわよ。

  むしろ謝礼を突き返されたことで、
  あなたに対して、分からず屋だという印象を持ったんじゃないかしら」


・・・言われてみればその通りだ。


 「あなたも少し、油断していたんじゃない?
  お祖父さまが可愛らしく甘えて下さるようになっていたから…

  あれこれ考えずものを言えるなら、それは理想的だけど
  あなた、以前自分でよく言っていたじゃない。

  老人介護の基本は、相手を、異なる文化圏の人だと思って
  接することだって。

  今日のことでも、「ああそうなの?」とにっこり言って
  聞き流して帰ってくればいいのよ。

  いくら正しいことを言っていても、
  今日みたいに言い争ってしまったら、
  お祖父さまのほうには「嫌な思いをした」という記憶しか残らないのよ。
  ぶつかるだけ損なんだよ。

  介護を続けるつもりなら、孫だということは忘れなさい。」


まったく以って、おっしゃる通りです…orz orz


そういうところ、少し前のわたしなら
細心の注意を払ってやってきていたのに。

それだけじゃない

祖母に比べれば、一見うんと元気そうに見えるじいたんに対して、
どこかで
「筋を立てて話せば分かってくれるはず」
といった気持ちが、出てきていた気がする。
まだまだ、じいたんは大丈夫なはずだ、と。


じいたんが言いたかったことは

「お前さんにあれこれ先に口出しされると腹が立つんだよ」

ただそれだけなんだろう。
でもそれを上手く表現できないのだ。

そして一旦「腹立ちスイッチ」が入ってしまったら、
もう自分でも、何を言っているか分からなくなっているに違いない。

それがじいたんの「心理的文化」なのだ。
若い頃からそういう傾向は多少あったと思う。
それが年老いて、些細な刺激で外へ出るようになっているのだろう。


だから、じいたんの「腹立ちスイッチ」が入らないよう
こちらから気をつけてあげなければいけないのだ。
残り少ないであろう時間に、腹が立つ時間は少ないほうがいい。

あとは、事故が起こったらそのときだ
あるいは、じいたんの身なりが整っていない位は仕方がない
そういった腹のくくりかたをしなければならない。

要するに覚悟が足りないのだと思う。


正直、じいたんが口走った様々なことについて
腹立ちが治まったわけではないのだけれど

介護者として適切でなかったのはわたしの方だ。
そのことを思って、今夜はひどくへこんでいる。

まあ、いつでも何もかも、上手くやれるはずもないし
と自分を慰めつつ

あとどれくらいの間、わたしが彼らに関わっていくにしても
今日みたいなことはもう二度とないようにしよう、と強く思った。
 
それにしても、自分にトホホな気分…