悲賢王より連綿たる釋種の天下、他人の有(う)となるべし。卿等、然るべく商議して太子の道心を
退け王位を嗣ぐべきやう計らうべしと宣旨ある。諸臣、勅令を承りて冠を傾け各々慮(おもんばかり)を
回(めぐら)す所に、月光臣、位階を進み出で、臣、熟愚意をめぐらし候に、太子已に成長し賜えども
未だ宮妃定まり賜わず。是に依りて自ずから御心結ぼれ楽しみ賜わず‘。出塵の御心ざしも
萌し賜うるなるべし。されば普く四天下に佳人需て宮妃に備え賜わば、自然、愛隣の御心生じ
て学道を止まり宝位に即(つき)賜うべしと奏するにぞ、諸卿も此の義、誠に卓論なりと一斉に
申すにより、淨飯王、はなはだ悦び賜い、然らば諸国の王に命を傳えて太子の新宮に備うべき
容貌端正の婦女を擇めよと勅諚あるにより、諸卿あつと領掌し各々王宮を退出しかりけり。
悉逹太子、耶愉陀羅女(やしゅだらにょ)を娶る
斯くて満朝の群臣王命を承り、何卒天下第一の美人を擇み太子の新宮に備え
叡感にあづからんと、我も我もと心を尽くして普く諸国に美女を求め、都城へ召し寄すtるその数
七百余人にぞ及びける。卿曇弥夫人、その美女の中にて殊(ことに)勝たる者を百人擇出し、其の百
人の中より又十人を撰出し、十人の中にて佳人をさぐり出し太子の新宮に備えらる。
其の一人は摩訶摩国王の愛女 夷妓女(いざにょ)といい、いま一人は釋種の親族 犱杖(しつじょう)という
人の娘 瞿陀弥女(ただみじょ)と云えり。両女とも無双の美貌にて梨花のほころび重る風姿、海棠
咲き出でたる容貌あり。然も智才勝れ婦女の技芸学び究めずという事なければ、淨飯王も
憍曇弥も太子の道心を止めん者此の両女に限るべしと、いと頼もしく思い賜う。然れども太
子は二女の国色を見賜えども、曽(かつ)て心を動かし賜わず昼は左右に侍らしめ賜えども、夜はあえ
て枕衾(ちんきん)を俱(とも)にし賜わず。夷妓 瞿陀弥の二妃、媚びをこらし色を衒い種々心を竭(つく)す。
太子の春情を誘えども、更に心を移し賜わざれば、二妃は余りのことに此の太子若し男子にては
在らざるにやとぞ疑いける。兹に右梵士といえる者、淨飯王に奏して曰く、臣、普く諸道を
経歴して太子の新宮に備べき佳人を尋ね求め候に、迦夷衛斛にて一人の玉女を見候。容貌
華のごとく、肌膚(はだえ)珠を欺き声は迦陵頻伽(かりょうびんが)のごとし。然も百般の技芸に通じ賢才
智惠天下に列びなし、大王、聘禮を重くして迎えとり、太子の新宮に具え賜わば必ず寵愛
して出塵の念を断ち賜うべしと申すにぞ淨飯王叡感あり。即ち右梵子を勅使として伽夷衛
国王の許へ到らせ、聘礼(へいれい)を厚くして婚儀を求めしめ賜う。彼の国王、敬(つつしん) で勅使を
請し拝伏して曰く。大国の皇帝、小国の寡人が卑しき小姐(むすめ)を以て皇太子の灑掃(さいそう)
に備え賜わんとの宣旨、国の大幸何事か是に過ぎ候べき。併ながら小姐(むすめ)が意を
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