matta

街の散歩…ひとりあるき

さくら 二

2022年05月19日 | 

Leica MP / Summarit50mm f1.5.

戦争がはじまつてから男たちは、放蕩ものが生まれかはつたやうに戻
つてきた。
敷島のやまとごころへ。

あの弱々しい女たちは、軍神の母、銃後の妻。

日本はさくらのまつ盛り。

涙をかざる陽の光。

ちりばめる螺鈿、落花の卍、こずえを嵐のわたるときは、ねりある
く白像ともながめられ、
花にうく天守閣。その一枚のえはがきにも
胸おどらせて、人はいふ。
さくらは、みくにのひとごころと。

にほやかなさくらしぐれに肌うづもれて
世のしれものの私は、陶然として、
たゞおおふ。

さくらのなかを㳀ぎながら
おもふことは淫らなことばかり。
雪とちりまふ鼻紙よ。
ぬけ毛、落ち櫛、
あぶらのういた化粧のにごり水。
ふまれたさくら。
泥になつたさくら。

さくらよ。
だまされるな。

あすのたくへなしといふ
さくらよ。忘れても、
世の俗説にのせられて
烈女節婦となるなかれ。

ちり際よしとおだてられ
女のほこり、女のよろこびを、
かなぐりすてることなかれ、
バケツやはし子をもつなかれ。
きたないもんぺをはくなかれ。

昭和19・5・5
(金子光晴『落下傘』より)



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