ストレスに強いというより、かなり無神経な私なので少々の事では動じません。小学生の頃に隣の家(田舎なので家と家の間は広い)が夜中に火事になって、セットのようにお屋敷が焼け崩れ落ちる様子に周囲が青ざめているのを不思議に思って見ていました。事態の核心にアクセスする能力がそもそも欠けているのかもしれませんし、他人の痛みを想像する感受性にも問題があったのでしょう。
大人になって東京にでてくると、どこか私と同じような疎外感を纏った知り合いができました。彼らは猫の集会のように、干渉せず、たまに逢ってもお互いの健在を祝うといった程度の付き合いに徹し、決してベタベタした関係を求めません。例え年上であっても距離を示す敬語を好み、私のことを「さん」づけで呼びました。
彼等には、マーキングをしないので女性にはもてず、セックスよりは酒を好み、政治や映画、音楽やスポーツを語るのが好き、といった傾向があり、聞かない限りは自分のことも話しません。こうしてお互い都合のよい関係さえ構築すれば、「友達」ではなく「知り合い」、「対立」ではなく「抱摂」を好むお互いを尊重するつきあいを維持できます。
オバマさんが件の人種問題事件を「大したことじゃない、ビールでも飲もうじゃないか」といった姿勢で解決したように彼等とも、軽く、サクっともう一杯やりたいものです。
大人になって東京にでてくると、どこか私と同じような疎外感を纏った知り合いができました。彼らは猫の集会のように、干渉せず、たまに逢ってもお互いの健在を祝うといった程度の付き合いに徹し、決してベタベタした関係を求めません。例え年上であっても距離を示す敬語を好み、私のことを「さん」づけで呼びました。
彼等には、マーキングをしないので女性にはもてず、セックスよりは酒を好み、政治や映画、音楽やスポーツを語るのが好き、といった傾向があり、聞かない限りは自分のことも話しません。こうしてお互い都合のよい関係さえ構築すれば、「友達」ではなく「知り合い」、「対立」ではなく「抱摂」を好むお互いを尊重するつきあいを維持できます。
オバマさんが件の人種問題事件を「大したことじゃない、ビールでも飲もうじゃないか」といった姿勢で解決したように彼等とも、軽く、サクっともう一杯やりたいものです。