酔生夢死の日録

ド素人が好き勝手に語る妄言です

くも膜下出血の思い出

2010年04月07日 | 病気
巨人の木村拓也コーチがくも膜下出血で亡くなった。37歳である。


実は私も4年前に、くも膜下出血で入院した経験がある。

従って嫌でも当時のことを思い出すことになった。


私の場合は極めて幸運にも、3週間で退院できたし、後遺症も残っていない。

それは言うまでもなく、治療に当たって下さった医師及び看護士その他スタッフ

のおかげによるものである。


この病気は極めて大雑把な言い方をすれば、最初の出血で1/3が死亡し

残った人も1ヶ月以内に1/3が再出血等で死亡、仮に命は取り留めても

後遺症が残ることが多く、社会復帰できる人は2割に満たないと言われている。



では私の場合の経過を書いてみよう。


夕方にビールを飲んだ後、室内で軽い体操をしたところ、頭痛がし始めた。

それはかつて経験したことのないような激痛だった。

私も救急車を呼ぶか迷ったが、その日が土曜日だったこともあり

1日様子を見ることにした。


ところがその日の夜は激痛で一睡もできなかった。


しかし不思議なことに、朝になったら激痛も薄らいで来たのだ。

(じっとしていれば痛みは感じなかった。)


そしてもう少し様子を見ることにした。

だが月曜日の夜になると再び激痛がし始めた。

さらにはパソコンの画面がまぶしくて見ていられなくなって来た。

私はサングラスをして見ていたくらいである。

(くも膜下出血等の情報をネットで調べていたのである。)


結局月曜日の夜も激痛で一睡も出来なかったので、翌日の火曜日に

自宅そばの病院に歩いて行った。

しかしその時点では頭痛はほとんどしなかった。


そしてその病院でCT検査を受けたのだった。


ところがここで、とんでもない事態が発生したのである。

(長くなるので、この続きは後日書きます。)