小さな旅、大きな旅の写真物語(Virtual trips/travels)

京都や東京を本拠地として、自然の中や町を歩きながら、撮った写真をどんどん掲載します。いっしょに歩いているように。

5月連休、京都・奈良 <真春物語> その6

2011-04-29 11:23:19 | 旅行
5月連休、京都・奈良 <真春物語> その6

室生寺
長谷寺の参道に室生寺へのシャトルバスがありますという立て札がありました。バス停まで結構な道のりがありましたが、バス自体は30分程度だったか。室生寺の前までバスが行きます。


K20D 10-17mm Fish Eye

室生寺はシャクナゲでうずめつくされています。


K20D 15mm limited


K7 100mmマクロ


K7 100mm マクロ


K7 100mm マクロ


K7 100mm マクロ


K20D 15mm limited

本堂の中の仏像達は大変魅力的です。


<十一面観音立像、国宝、平安時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>


<十一面観音立像、国宝、平安時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>


<釈迦如来立像、国宝、平安時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>


<釈迦如来坐像、国宝、平安時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>

いずれもきれいな木造で彩色も部分的に残っており、見事な作です。


<十二神将立像、重文、鎌倉時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>

鎌倉時代の作ということで、国宝になっていませんが、この十二神将像は、とっても優れていると思います。特に足の表情がはっきりと打ち出されています。古い仏像はとかく足の表情がないがしろにされます。顔の表情も、ほとんど現代彫刻と同じ意図で作られています。重文でなく国宝にしなさい。


<十二神将立像、重文、鎌倉時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>


<十二神将立像、重文、鎌倉時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>


<十二神将立像、重文、鎌倉時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>


<十二神将立像、重文、鎌倉時代、室生寺の佛たちより、撮影小川光三>


あとでまたゆっくり書きますが、先日、白洲正子生誕100年記念記念展(2011-4)にゆきました。この時、白洲さんの意見ですが、この手の神将立像は一般に、上半身の動きは激しいのに、下半身の動きは少ない。三十三間堂の国宝の立像も見事であるのに、下半身の動きが止まっている。なぜだ?ずっと疑問でした。正子さんはこう言っています。<動きを出す技術は十分あるのに、そうしないのは、立像とは地面から生える木が神であるから、木に回帰して、地面から生えていなければならないという思想があったのではないか> なるほど、ものすごく合点がいきました。しかし、この鎌倉時代の立像は下半身が十分動いています。どこかで、仏師の考え方が変化していったのでしょうか?

この撮影者はとてもうまく仏像達を捉えています。この写真を見てから、本物を見ると、遠くに並んでいるので、どうも写真のような迫力が伝わってきません。仏像は見世物ではないでしょうが、遠路ここまで来る参拝者のために、もっと演出して見せるのが、お寺の役目ではないでしょうか。仏像一つを見て、救われる方々がいっぱいいるのです。このお寺は、何かを忘れているのではないでしょうか。


K20D 15mm limited

有名な五重の塔です。最近、台風で木が倒れて、この五重の塔が破壊されてしまいました。その後、全国から寄付があつまって修理されたのです。室生寺を愛する人が大勢いるのです。


K7 100mm マクロ


K7 100mm マクロ


K7 100mm マクロ


K20D 10-17mm Fish Eye

桃の花ですか、これは?


K20D 15mm limited


K7 100mm マクロ


K20D 10-17mm Fish Eye


K20D 15mm limited

室生寺では、シャクナゲの撮影がとても難しく、投げやりになってきました。もう夕方で、強い横からの日差しが、花をみな影の中に埋没させてしまいます。花は日陰で撮れといっても、これだけコントラストが強いと色が出ない。
帰り際にまとまってシャクナゲが咲いているところがありました。この強い日差しを逆手にとって、逆光で花を浮かびあがらせてみました。場所が狭くて、さがれず、100mmマクロが使いにくい時には、35mm limited マクロをつかいます。素直できれいな絵が撮れます。


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limited マクロ

実を言うと、室生寺は、記憶にあるイメージとだいぶ違っていました。昔々、35年近く前、当方が大阪、堺に住んでいたころ、そのころは会社から大阪府立大学に出向していたのですが、母がたずねてきて、この室生寺と有馬温泉に泊まった記憶があるのです。母と二人だけで旅をした最初で最後の旅でした。山の中のお寺で、穴場中の穴場に母を案内したかったのです。今の室生寺は、なにか、山奥の秘めたるお寺と観光がうまく融合していない。沢山くるお参りの人達をうまくもてなしている長谷寺の次に室生寺にくると、比較するものではないと思いながら、いろいろ気になるところがあるのです。たとえば、なんで大きな声で構内放送してるんだ、ここには合いません、おねがいだからやめてくれ、と思ってしまうのです。観光客がバスで大勢くるから、いろいろトラブルがあって、構内放送しなければならないのだという主張はわかるのですが、ここほど構内放送が気になったところはありません。スピーカーを多くして、音を小さくするとか、やりようがあるでしょう。もともと構内放送しているお寺なぞ、そうは無いのです。仏像は魅力的でも、なんであんなに遠くから見なければならないのだ。あれではよくわからない、とか、いろいろあります。お参りはお参り、観光は観光と別物とおもっているのでしょうか。別物かもしれませんが、お寺はそう思ってはいけないとおもいます。観光に訪れたって、仏さんを見て救われる人はいっぱいいるのです。また、一人で来ようと決心する人だっていっぱいいるのです。

そんな、わだかまりを救ったのが、帰りによった食事所。もう夕方なので、他の客がだれもいない、広い座敷に足をなげだして、アユの甘露煮とにゅう麺で日本酒をちびちびやります。山の中の小さな門前町の静かな、のどかな、流れのなかに、何か幸せな時が過ぎてゆくのです。目の前の苔玉というよりは苔土手には色々な小さな植物が、意図的か自然にか知らないけれど、生き生きした小宇宙を作っており、遠くの山々では夕日の中に青葉が光っている。

K20D 35mm limited マクロ


K20D 35mm limitedマクロ

終点、室生寺前からバスにのって、夕暮れの中を近鉄室生寺へ、そして京都へ帰ったのです。竹の子3本をかかえて。


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