●J.S.バッハ…ゴルトベルク変奏曲
●ショパン…夜想曲第9、10番/ピアノ・ソナタ第3番
「アブデル・ラーマン・エル=バシャ、ABDEL RAHMAN EL BACHA---彼のなかにはバッハがいる。そしてヘンデルもいる。それから、ほとんどラフマニノフもいる。ショパンもまた近い。」(プログラム・ノートより)
いや、冷静に見ると、いるのはBACHだけのようだ。
とはいえ、選曲が素晴らしく(メインディッシュが2つある!)、私はすぐ飛びついた。
意外にも、「ノクターン第10番」で”ピアノが猛獣のように暴れ出す”シーンが出現し、驚いた。
こういう現象は予期しないときに起こるのである。
さて、バッハとショパンというのは、いわば「父と子」の関係にある。
なので、フーガも作曲しているし、何より舞曲(特にポロネーズやマズルカなど)への偏愛は、バッハの影響が強いと見るべきだろう。
もちろん、対位法の導入(「ソナタ第3番」の第1楽章など)などのスタイルについても、バッハの影響を指摘することが出来る。
他方、ベートーヴェンとショパンの関係については、「余り濃密ではない」という見解が一般的なようだ。
「ショパンといえば素晴らしいメロディストですが、やっぱり歌が基本だと思います。モーツァルトもそうでしょう。人間の声、歌。
だから、歌よりは器楽という感じのベートーヴェンとはちょっと世界が違う。ベートーヴェンは、ショパンのお気に入りの作曲家ではなかったみたいですね。」
ピアニストの見解なので尊重する必要があるし、ショパン(幼い頃は「モーツァルトの再来」と呼ばれていた)における「声、歌」の要素が重要である点はその通りだろう(但し、これはモーツァルトの遺産か?)。
だが、「ベートーヴェンは、ショパンのお気に入りの作曲家ではなかったみたい」という点には同意できない。
というのも、実は、ショパンはベートーヴェンの楽曲の「オマージュ」的な作品を作っているからである。
例えば、「幻想即興曲」は、その名のとおり、ベートーヴェンの「月光」(幻想曲風ソナタ)第3楽章を基に作られたことが指摘されている。
そのせいか、ショパン自身は、「自分の死後、この楽譜を燃やして処分してほしい 」と述べていたのである(遺言不執行)。
それだけではなく、私見では、「幻想即興曲」の中間部のメロディーは、ベートーヴェンの「悲愴」第2楽章の「オマージュ」であるように思うし、「ソナタ第3番」の冒頭は、「熱情」の冒頭のデフォルメ版のように感じる。
ショパンがピアノ・ソナタを作曲する際、模範ないしライバルとみなしていたのは、ベートーヴェンだったのではないだろうか?
こうした観点からショパンのピアノ・ソナタを分析していくと、あちこちにべ―トーヴェンのエコーを見出すことが出来るように思えてくる。
つまり、ショパンは、「バッハの息子」であると同時に「ベートーヴェンの弟」なのではないだろうか?