Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

更生不能な人間

2006年06月21日 11時20分58秒 | Weblog
 ”山口県光市の母子殺害、無期懲役を破棄・差し戻し(最高裁)”・・・死刑廃止論者はこの事件・被告人についてどう語るのだろうか?「更生の余地あり」などとでも言うのだろうか?
 死刑廃止の是非については、(1)誤判の危険、(2)(より根本的に)人が人を裁いた上で合法的に殺すことがよいものか、(3)死刑を存置しなければ社会統合が図れないのか、などといったいくつかの切り口があると思われる。本件では、犯人性に問題はないから、さしあたり(1)は関係ない。
 ここでバーディーは、本件での死刑廃止を論じるにあたって、熊本お礼参り殺人事件(昭和60年7月)を例にとるのが良いと思う。これはまさに「鬼畜の所業」であるが、光市の母子殺害事件もまた、鬼畜の所業だと思う。しかも、犯行当時18歳とはいえ、(おそらく)更生の余地は殆どない、それどころか、その後の言動(「犬が可愛い犬と出会って、やっちゃった。これが罪といえるでしょうか」云々といった発言など)をみれば、再犯のおそれが高いとすら考える。彼が無期懲役の判決を受けて7年位で仮出所できるのであれば、「人肉を主食とする猛獣」を再び社会に放つようなものだろう(ちなみに私見では、個々の人間はそれぞれ別の種類の生物であり、中にはライオンや熊やサメと同じような人もいると考えている)。
 ・・・こう言うと、いかにも私は死刑制度の存続を訴えているように思われるが、そうではなく、死刑廃止論者である団藤重光博士やアルベール・カミュを尊敬するものである。
 そこで、先に挙げたお礼参り事件に戻すと、無期懲役の囚人でも「数年で仮出所できる」制度がやはりおかしいのだと思う。つい最近も、(もっともこれは窃盗程度の軽微な犯罪の事例だが)仮釈放され保護観察中に幼児を殺傷した事件(氏家被告)があり、しかも同被告は、法廷で証人に殴りかかるという前代未聞の事件すら引き起こしている。
 ・・・さしあたり、死刑廃止は待った方がよいのではないか?

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