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西風に吹かれて

日本の西端にある基地の街から、反戦や平和の事、日々の雑感を綴ります。

非現実的な夢想家として

2011-06-12 22:47:38 | その他
「非現実的な夢想家として」これは作家・村上春樹氏が、スペインのカタルーニャ国際
賞授賞式でやった、受賞スピーチの題名だ。

ネット上では、賛否両論が巻き起こっているとの情報だったが、私が見る限り、賞賛の
声が多いと思える。

私は昨日の新聞でこのニュースを見たのだが、最初に感じたのは「うそ臭い」というものだった。
どこか、何かが私の感性とは相容れないのだ。

前にも、この人の記事で同じように感じたことがあった。

2年前のエルサレム賞受賞の時だ。
私の覚束ない記憶だと、確か受賞スピーチで、「堅牢な壁がありそれにぶつかって壊れる卵があるなら、
私は卵の側に立つ。たとえ卵が正しくなくても」というようなことを言ったはずだ。
そして、この時も賛否の声が巻き起こった。

その時も、私はやはり「うそ臭さ」を感じたのだった。

彼は、エルサレム賞を受賞し、受賞のためにイスラエルに赴き、そのイスラエルで「卵」のスピーチをすることにこだわったのだと思えてならなかった。
彼がこの賞を辞退し、日本で「弱いものの側に立つ」ことを宣言したとしたら、私はどれほど賞賛しただろう。(まっ、私から褒められても、仕方ないよね。)

今回も、彼が外国でなくこの日本で「原発NO!]を言ったのなら、そして原発反対の行動を取ったのなら、
私はどれほど賞賛しただろう。

彼はこの日本で、人々に大きな影響を与える人物なのだから。

ここまで書いて、「反原発」を言い、集会やパレードにも参加したために、事務所を辞め、仕事も干された
山本太郎のことを思い出した。

何の力もないけれど、せめて山本太郎にエールを送りたい。

椿

2011-03-02 20:05:38 | その他
このところ暖かな日が続くと思っていたら、今日は少し寒くなった。

しかし、風は冷たいが日差しは穏やかで、春を感じさせてくれる。

もう一つ春を感じさせてくれるのは、庭の椿。



かたい蕾が少しずつ膨らんできて、昨日あたりから一斉に咲き始めた。
椿は、咲いた花ごとポトリと落ちるので、縁起が悪いと言う人もいるが、私は好きだ。

椿の周りにある金柑も甘夏も、昨夏の異常気象のせいか(…というか、毎年、異常気象異常気象って騒いで、もう何年目?)いつもの年の5分の1ほどしか実をつけていない。
それで、椿も今年は花をつけないかもしれないと思っていたが、真っ赤な花が色鮮やかに咲誇っている。



何と言う名前の椿なのか知らないが、緑の葉っぱの中に点々と紅い花が浮かび上がってとてもきれいだ。



季節の移り変わりや、季節の花々に関心など抱く事はなかったのに、やはり年齢?

人生の折り返し地点もとっくに過ぎたし、今まで持ったことの無かった感性を大事にしながら
残りの人生を生き抜ければな~~。

宗教は?

2011-02-13 21:05:44 | その他
長崎市立図書館・研修室の狭い部屋は人で一杯になった。
とうとう他の部屋から椅子を10脚ほど借りてきて、やっとみんなが座れた。

昨日の「近現代史講座」の6回目「宗教は良薬か毒薬か」でのことだ。



講師は長崎・銀屋町教会の原和人牧師。

原牧師は、長崎に赴任する前、佐世保の駅前にある佐世保教会にいらしたことがあるので知ってはいたが、
講義を受けるのは初めてだ。

前からずっと楽しみにしていた講座だったが、期待にたがわず面白くて、2時間があっという間に過ぎてしまった。

宗教は、○人間の生活を内面的に豊かにする。○協議により生きる希望を与える。○見えぬ存在を第3者として認識し、畏敬の念を持つこと。つまり、古来より人間の精神的支柱だったと話された。

宗教は、文化や文明が変わるように変わってきたが、変えたのは宗教を使って金儲けをしようとする支配層であるとも言われた。

日本の近現代の宗教構造は、世界にも類を見ない方法で、国家が様々な宗教を管理した。
ドイツではキリスト教の土台があったので、ヒットラーはイエスの生まれ変わりでありヒットラーが世界を統一するのだとされたが、日本では宗教が多すぎてまとまらなかった。
欧米をまねて宗教で支配しようとした日本では、新たな宗教を作っていく。
教派神道を基にして国家神道を作り、経典は教育勅語と大日本帝国憲法であると話された。

そうだったのか!何にも知らなかったな~!

靖国神社の前身である招魂社はあの福沢諭吉が進言し、国が作ったものであり、戦争で死んでよかったと民衆が思えるものが必要だったからだとも話された。

戦争協力をしなかった宗教団体は、大本教、ひとのみち(PL教団)、ものみの塔だけだったとか…。

「死生観」は国が作るものではない。「死生観」を捻じ曲げない事が大事だ…と言われたことが印象的だった。



新春の集い

2011-01-22 21:25:52 | その他
今日は、S県議後援会の「新春の集い」に参加した。



S県議と親しいというわけでもないのだが、一昨年12月に「石木ダム」反対のシンポジウムを、お互い実行委員として一緒にやった仲である。

この4月には県議会議員選挙も控えている。
S県議の守備範囲ではない、違ったジャンルの人間が顔を出すのもいいのではないか…と出かけてみた。

「まあまあの人数ではないかな?」デパートの7階ホールには、かなりの人が集まっている。しかし、年配者が多いのも事実だ。

S県議は挨拶の中で、県庁舎移転の問題と石木ダム問題に触れ、「流れとしては魚市跡地が有力であるが、県庁舎の魚市跡地への新築移転には反対である。しかし、反対を言っていたら建設費が当初の半分になった。どうして半分になったのか?分りませんね。」と言われた。
また、石木ダム問題では、「水が無くてもいいと反対しているわけではない。ランニングコストも含めて、ダムよりも、もっと安く効率よい方法がある。」と言われた。

そして、昨年12月、崎戸の製塩工場を見学に行ったこと。製塩工場は海水から塩を取り出し、必要量以外の真水を捨てていること。 その水を利用すれば、ダム建設の半分以下で水が確保できること。等々を話された。

この佐世保で、あの渇水を経験した年配者の多い(それはとりもなおさず保守層が多いと同義語だけれど)後援会の中で、「石木ダム反対」と打ち出すのは無理だったのだろうが、それでもダム以外をめざすべきとの発言は評価しなければならない。

「山の田倶楽部」という若いグループの人たちが、今月28日に崎戸の製塩工場見学に行かれるとのこと。
見学の後は、ぜひ「ダム以外」をめざして欲しい。

若い人たちに、「ダム以外」の考えが広がっていくことを期待したい。


近現代史講座・第5回

2011-01-08 21:07:32 | その他
長崎の「岡まさはる記念長崎平和資料館」主催の近現代史講座も5回目となった。

毎回面白く、距離が遠くても交通費が嵩んでも、参加しようという気持ちになる。

今日は「大正デモクラシーと朝鮮・中国の独立運動」と題しての話だった。
講師は、旧知のKさん。彼女は、長崎のフェミニズム運動を牽引している1人であり、高校の社会科の教師でもある。



今日は、愛妻が心配になったのか、夫のSさんも受付係りとして参加していた。
ちなみに、彼女たち夫婦は別姓である。


大正デモクラシーとは“日本で初めて、民主主義的・自由主義的傾向が現れた時代”であった。
第1次護憲運動が起こり、本格的政党内閣である原敬内閣が生まれ、第2次護憲運動へと流れていく。
大正デモクラシーによって、日本の文化・芸術も大きく変化していく。
洋画の二科会ができ、雑誌「新思想」「改造」が発行され、築地小劇場が旗揚げした。

しかし、大正デモクラシーとは、一国のデモクラシーであって、他民族とともにあるデモクラシーではなかった。
政党政治とはいっても、資本家中心の政党政治であったし、帝国主義を肯定した。

「民意により民衆のための政治をやらなければならない。」とした民本主義を唱えた吉野作造ですら、朝鮮民族を支援したが、独立は考えていなかった。

また、ロシアで起こった革命が日本へ飛び火しないように「革命の安全弁」としてデモクラシーが使われた側面もある。

~~~ふ~ん。そうなんだ。
私など、この年になるまで明治以降の歴史など、ほとんど勉強した事がない。
中学でも、高校でも歴史の授業は江戸あたりまでなのだ。時間が足りずに、3学期になると残りは家で読んでおくようにと教師から言われた。

こんな調子だから、大正時代など何にも分っていなかった。
今回、この講座に参加しようと思ったのも、あまりにも近代史を知らなかったからだ。

さて、講座も残すところあと2回。
来月は、これも旧知の銀屋町教会牧師の原和人さんが講師、楽しみである。