法華経と浄土三部経(観無量寿経は法華経より前の経か)
天台の五時の教判を信じている者は
法華経より前に観無量寿経が説かれていると
主張する。
①観無量寿経にはアジャセ太子とあるが、
法華経にはアジャセ王とある。
太子と王では、太子の方が前である。
だから法華経が前だという。
これは当たり前で
法華経が説かれ始めたのが釈迦72歳、
王舎城の悲劇のおきたのは73歳の時である。
アジャセ太子が父ビンガシャラ王を殺害し、
王位につき、アジャセ王となった。
その後、阿弥陀仏の本願に救われたアジャセ王が
釈迦如来の教えを聞かれるようになるのだが、
その時の説法は勿論、法華経であった。
観無量寿経と法華経が同時の経である。
②観無量寿経で韋提希夫人が釈尊に
「提婆がなぜ、あなたの従兄弟なのですか」
と尋ねている。
その答えを法華経の中で答えている。
だから観無量寿経より、法華経が後だという。
しかし、この主張は当てはまらない。
・観無量寿経で韋提希夫人が尋ねている時、
釈尊は無言の説法の途中であったから
答える必要がなかった。
・法華経は舎利弗に対して答えているのであり、
韋提希夫人の問いに対しての返答ではない。
・たとえ韋提希夫人の問いに対しての答えなら、
方等時からどんなに短くとも20年以上の
時間が経っているのに、そんな忘れたころに
なぜ答えられるのか。
以上の点から見てもおかしな主張になる。
天台の五時の教判を信じている者は
法華経より前に観無量寿経が説かれていると
主張する。
①観無量寿経にはアジャセ太子とあるが、
法華経にはアジャセ王とある。
太子と王では、太子の方が前である。
だから法華経が前だという。
これは当たり前で
法華経が説かれ始めたのが釈迦72歳、
王舎城の悲劇のおきたのは73歳の時である。
アジャセ太子が父ビンガシャラ王を殺害し、
王位につき、アジャセ王となった。
その後、阿弥陀仏の本願に救われたアジャセ王が
釈迦如来の教えを聞かれるようになるのだが、
その時の説法は勿論、法華経であった。
観無量寿経と法華経が同時の経である。
②観無量寿経で韋提希夫人が釈尊に
「提婆がなぜ、あなたの従兄弟なのですか」
と尋ねている。
その答えを法華経の中で答えている。
だから観無量寿経より、法華経が後だという。
しかし、この主張は当てはまらない。
・観無量寿経で韋提希夫人が尋ねている時、
釈尊は無言の説法の途中であったから
答える必要がなかった。
・法華経は舎利弗に対して答えているのであり、
韋提希夫人の問いに対しての返答ではない。
・たとえ韋提希夫人の問いに対しての答えなら、
方等時からどんなに短くとも20年以上の
時間が経っているのに、そんな忘れたころに
なぜ答えられるのか。
以上の点から見てもおかしな主張になる。