歴史は人生の教師

高3、人生に悩み休学。あったじゃないか。歴史に輝く人生を送っている人が。歴史は人生の教師。人生の活殺はここにある。

人間の実相を語る歴史人(オナシス、黄金のトンネルの果て)

2010年12月26日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(オナシス、黄金のトンネルの果て)

息子アレクサンダーの
飛行機墜落の事故死に
打ちのめされた
オナシスは急に老け込んだ。

そして追い打ちをかけ翌年、
やはり息子の死にショックを受けた
前妻ティナがアルコール中毒の末、
突然この世を去ったのだった。

重度の筋無力症にかかった、
人生最大の失意にあるオナシス。

そんな時も夫に寄りつかない
ジャクリーンに失望した彼は、
彼女への遺産相続を法律上より
少なくし、娘クリスティーナに
帝国を受け渡す内容の
遺言をしたためた。

1975年、オナシスの病状は
悪化の一途を辿り、
パリの病院で69年の
波乱の生涯に幕を閉じた。

オナシスは自分の人生を振り返り、
こう語ったという。

「自分の生涯は
 黄金の絨毯を敷き詰めた
 トンネルの中を
 走ってきたようなものだ。
 トンネルの向こうには
 幸福があると思い、
 出口を求めて走ったが、
 走れば走るほどトンネルも
 また長く伸びていった。
 幸福とは遠くに見える
 出口の灯りなのだろう。
 しかし黄金のトンネルから、
 そこには辿りつけないの
かもしれない」

では金で買えたものは
何だったのだろうか。

1兆円ともいわれる遺産と
オナシス帝国を受け継いだ娘、
クリスティーナ24歳。

相続を巡って彼女と
ジャクリーンの争いは法廷へと
持ち込まれた。

父の椅子を継いだ彼女は、
この間2回の結婚をしたが
いずれも2年と続くことはなく
やがて鬱病と判断された。

睡眠薬が手放せなくなった
彼女の体重は増え続けた。

そして4度目の結婚をした彼女に、
娘アシーナが生まれた。

やっと幸せをつかんだかと思った矢先、
夫が他の女とも子供を
作っていたことが発覚。

またもや離婚に至った彼女は
1987年、長年の薬物乱用が
心臓発作を引き起こし、
37歳で他界した。

オナシス家の家族は
こうして誰もいなくなった。

残されたのはクリスティーナの
娘、アシーナだけ。

わずか3歳で億万長者となった。
再婚した父の元で育てられた。

2005年に障害馬術選手の
ミランダ・ネトと結婚、
2006年には名前を
アシーナ・オナシス・デ・ミランダと
変更した。

アシーナは、オナシス家の後継者と
して育てようとする管財人たちと
反対する父親の間に挟まれ、
こう溜め息をつく。

「オナシスの名前は忘れたい。
 それが全てのやっかい事を
 引き起こしているのだから。
 もし私がお金を燃やしてしまえば
 やっかい事もなくなるわ…。」







コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。