紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

29 疑問

2021-11-27 08:27:47 | 夢幻(イワタロコ)


 女が足首辺りを気にしている。俺と二人だけのエレベーターの中。
 眼だけ動かして見た。黒のスカートは踝辺りまである。肌より濃い色のストッキングが、細い足首を包んでいた。
 音を立てないように唾を飲み込んだ。
 俺より七、八歳年上だろうか。三十代半ばに見える。女が短く咳払いをした。
 階を示す明かりへ眼を移動させた。ジュエリー販売部の俺の行く十一階と、ダンスホールがある八階を示している。
 筋肉が固くなったように苦しい。首を左右に動かした。骨の擦れる音がする。
 女はもう一度咳払いをした。
 いつもなら、瞬く間に着いてしまうエレベーターのスピードが遅く感じる。
 八階に着いた。女がもう一度咳払いをして降りていった。
 俺の視線は、自分の足元から離れ、女の足首辺りを追いかけた。ストッキングの後ろ側に直径一、五センチくらいの穴が開いている。
「なんで丸い穴が開いているんだろう」

 その疑問は、顧客の老婦人と対話していても頭から離れない。兎に角、注文のブレスレットの代金をカバンに納めてから、その疑問を老婦人に聞いてみた。
「丸い小さなストッキングの穴?」
 老婦人は少し考えてから笑った。
「穴のところ内出血はしていなかった?」
 俺は手を左右に勢いよく振った。
「きっと踊っていて、他の人のヒールで踏まれたのよ。それよりその方に、警戒されたんじゃない」
「ただ、見ただけですよ。決して、触ってみたいなんて思ったりは……」
『猥褻罪』の文字が目の奥を横切った。



著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。



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