紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

28 東京ホタル

2021-11-21 08:02:59 | 夢幻(イワタロコ)


 北方から複数降ってきた爆弾は、東京を瓦礫の街にした。そして二年。どうにか復旧された電車を乗り継ぎ、俺は初めて上京した。

 瓦礫の残った街に雑草が芽生えていた。
「水とビルと樹木の織りなす風景では、お茶の水駅の橋から神田川を眺めるのが一番」
 そう言ったのは水彩画家の友人。その彼もあの日から帰らなかった。
 彼がお茶の水駅から神田川を渡ったところでスケッチしていた。そこを衝撃が襲ったに違いない。
 体を見つけることは出来なかったと、俺と同町に住む彼の母親が見せてくれた数枚の絵。好んで描いていたと言う。そのどれもが、神田川に架かる橋、それを写した水面と樹木と建ち並ぶビルが描かれていた。

 瓦礫は所々に放置されている。その中に建ち始めたビル。何事も無かったかのように忙しげに歩く人々。
 会う度に涙を浮かべていた友人の母親は、二度目の冬を迎えた頃、体を動かす楽しみを見つけようと思うと言った。

 俺は真新しい橋に寄りかかった。
 神田川の水は澄んでいる。樹木は無くなっているが、左右の川岸に草が伸び、柳か萩か定かではない細い枝がしなって伸びていた。
 あんなにネオンで明るかった東京。時間が経ち午後七時を回っても、俺の住んでいる町と同様に静かで暗い。
 電車音の合間に虫の音が聞こえた。夏の最中にも秋がそこまで来ているのを感じる。
 神田川の水面を小さな明かりが飛んだ。ホタルだ。点滅しながらそこかしこに飛ぶ。いつしか数え切れないほど飛び交う。
 俺は友人の名を呼んだ。



著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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