紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

天使の羽音ー4

2018-06-07 06:53:49 | 江南文学(天使の羽音)
「江南文学」掲載「天使の羽音」33作中ー4


 七五三

「ねぇ、ばぁちゃん。ボクつかれちゃった。おんぶしたい」
 タカが、私に繋いだ手を自分の方に引き寄せた。筑波山神社に参拝した帰りの、石段を下りている途中だ。
 タカはスニーカーを履いているが、着慣れない羽織袴スタイルだ。着物を着せるときに、重い重いと騒いでいたこともあって、疲れたのだろうと思った。
「うん。下まで下りたらね」
 階段を下りきったところで、私はハンドバックをじいちゃんに預けて、タカに背を向けようとした。
「歩かせてちょうだい」
 ミユを抱いて前を歩いているパパの厳しい声がした。
「立派な男の子になりましたよって、お参りしたのに、おんぶしたらおかしいでしょ」
 ママの声も厳しい。
 天気が良く紅葉も見頃の今日は、筑波山の中腹にある駐車場はどこも満車だ。何段階も下った所の駐車場の端にパパの車を停め、じいちゃんの車は駐車場からの上り斜線に路上駐車。タカは車を降りたところで、羽織袴に着替えた。神社まではかなり登る。草履は神社で履き替えて記念写真を撮った。

「タカちゃん、がんばろう」
 タカの手をじいちゃんに預けて、その後ろを歩く。マーはママと手を繋いで。ミユはパパに抱っこ。下りは上りより少しは楽だ。
 昼食は筑波市のカニ料理店。店内は混んでいた。三十分くらい待たされた。フラミンゴの飼われている、熱帯をイメージした温室のある贅沢な空間を持つ店だ。食べ始まって間もなく、マーとミユは居眠りを始めた。タカは元気を取り戻したようだ。



   鬼の顔

「うわっ、ばぁちゃんのかお、おにみたい。あかいよ」
 タカが叫んだ。
「洗濯物を干してきたのよ。外は寒いんだ。だからでしょ」 
 そう言ったが、私は自分の顔を想像してみた。長い髪を纏めもせず垂らしたままだ。化粧はしていない。目を剥いた赤鬼。それとも、紅い顔をした般若か。
 今朝は風もあって、八時前の空気はとても冷たい。毎朝の洗濯物を干すのは、季候のいい時期は苦にならないが、寒いときは、きゅっと縮まる心臓が気になる。私は、持病の不整脈を持っているからだ。
「赤鬼か」
 私は呟いた。
「ね、ばぁちゃん。ばぁちゃんが三人あかちゃんをうんだら、うちはこども六人になるね。そうしたら、どうする?」
 タカに、食事時そう聞かれたのは数日前だ。
「ばぁちゃんは、もう子供は産めないよ」
 と、私は答えた。じいちゃんが笑いながら言った。
「そうだよ。ばぁちゃんは、もう駄目だ」
 タカが、祖父母の顔を見比べた。
「なんで? いっぱいこどもがいるとたのしいよ」
 マーは目を見開いて、話の内容を理解しようとしている。
 タカやマーの突拍子でもない言葉は、天使の羽音のようだ。

 核家族化した世の中になって久しい。みんな我慢を嫌がる。夫婦単位での暮らしをエンジョイしている友人も多いが、その分、天使の羽音を聞くチャンスは少ないだろう。微かな羽音にも元気が貰えるのに。



   絵のプレゼント

あんこと雑煮、御神酒と酒の肴。正月料理が並んだ元日の食卓。
「今日は、ばぁちゃんの誕生日よ」
 タカとマーに言うと、
「じゃ、これあげる」
 と、タカが差し出したのは、四つに畳まれた画用紙。仮面ライダーブレードを描いたという。マーもプレゼントを考えている。
「ありがとう。もらっておくね」
 大分前から日常的に、ウルトラマンや仮面ライダーなどのヒーローを描いていた。単純な描き方なのだが子供らしく、キャラクターの一番の特徴をまず描いている。私は、この孫たちの絵を額縁に入れてみたいと思った。
「ばぁちゃんの所にある紙に描いてもらおうかな。絵の具でね」
「いいよ。ママ、ばぁちゃんのもっているかみに、えをかいてやるんだぁ」
「あとでね。もう朝ご飯だから」
 とママ。
「マーちゃん、ばぁちゃんがせんたくものをほしたら、ばぁちゃんのところへいこうね」
 
 毎年、パパは、友人と初日の出を見に鹿島灘に出かけていたのだが、今年からは行かないことに決めたらしい。久しぶりに家族全員の元日の食卓だ。
 食事を終え、洗濯物を干した後。水彩絵の具を大きなパレットに八種類ほど溶き、色紙を二枚と筆を六本用意した。
「何でもすきな物描いていいよ」
 タカが、画面三分の二に青と赤でブレードを描き、その下に自分で名前を入れた。
 マーは、青と黄、黒などでりんごを画面一杯に何個も描いた。私はマーの絵に名前を入れてやる。
 二人の絵は、額縁に入れて飾った。



   カルタ

「ばぁちゃんも、やろうよ」
 タカの誘いでつき合うことにした。
 リビングのテーブルにカルタが広げてある。
「このカルタね、サンタさんからもらったんだ。みんなのだって」
 と、タカ。マーも言った。
「なかよくしなきゃあだめよって」
 昨年のクリスマスイブに、我が家に来たサンタクロースは、ポケットモンスター・カルタをタカとマーに、ミユには電話の玩具をプレゼントしてくれたらしい。
 テーブルを囲んでタカとマーは立ったまま。私は、ミユを抱きながら参戦することにした。
「さ、パパが読むから、分ったら取ってよ。マーにはハンデをやろうね」
 三歳のマーはまだ文字は読めない。五歳のタカは文字に興味を持ち始めている。パパは、
「マーちゃん、この字だ」と、最初の文字をマーに見せてから、読み始めることにした。
 マーは文字を映像として脳に送り、タカは聞いてから脳でその字を映像化するのかもしれない。パパが読み始めた。
 私は手加減をしないことにする。まず、丸の中にある頭文字を見て探した。
 何度か経験済みのタカとマーは、文字よりも、カードに描かれている絵で探すらしい。
 中盤にさしかかった。
「ヘラクロスの ちからづよい たたかいぶりは」
 マーが素早く『へ』のカルタを取った。大好きなカブトムシモンスターの絵だ。取った後はもう他には興味を示さない。
 タカはやっぱり取るのが早かった。マーとの年齢の差は歴然。私は頑張ったが、『は』と『ほ』を見間違うようでは仕方がない。老眼鏡を掛けるべきだったかもしれない。
一位タカ、二位マー、私はビリ。



    自転車乗り

「自転車乗りに行こうか」
 私の提案にすぐにタカが乗った。
「うん。ママぁ、きょうはじいちゃんとばぁちゃんと、マーちゃんとで、じてんしゃのりする」
「マルコ・スーパーまで行って、ティータイムしてこようね」
 これまでは、公園か土手のサイクリングロードを走らせた。今日は一般の道路だ。タカの自転車にじいちゃんが付き添い、私はマーの自転車に付き添うことにする。
 四ヶ月前のマーは、まだ自転車に乗ることが出来なかった。タカの走る自転車と一緒に、自分の自転車を押して走っていた。パパやママと練習したらしく、いつの間にか上手に乗れるようになっていた。最初はマンションの敷地を通らせてもらう。それから歩道を進む。
「タカちゃん、そこを曲がって」
「やだ。いぬにほえられちゃうから」
 と、遠回りして踏切を渡る。
 じいちゃんと私はピタリと二人に付き添う。タカは速い。マーは一生懸命漕ぐが追いつけない。
 マルコ・スーパーで、ラムネ一個入ったキャラクターグッツを二人が選んですぐ口へ。
 帰りはちがう道を通る。車道を横切り、住宅地を通り、信号機のある交差点を渡る。
 公園でブランコとシーソーで少し遊ぶ。
 再び我が家を目指す。マーと私が先に出発。遅れて出発したタカとじいちゃんに、用水堀の橋のところで追い越された。
 前方に『止まれ』の赤い標識が見えた。
「しんちょうに、しんちょうにぃ、しんちょうにー」と、マー。
 JRのガードに差し掛かったタカとじいちゃんに、マーが叫んだ。
「おーい、じいちゃん、だいじょうぶかぁ」


   マサの知恵

 夕食時、隣席のマーが、トレーナーの胸元を押さえ苦しげな表情をした。今にも吐きそうな雰囲気だ。私は、五年八カ月前亡くなった障害者だった長男のことを思い出した。
 亡くなる一年ぐらい前からだっただろうか、食事の後やその最中に、苦しげな表情を何度も見せた。後で知ったことだが、腸の動きが悪かったため、慢性的にガスが溜まっていた。食物が入っていくとガスに遮られて、暫くの間苦しかったらしい。
「大丈夫? マーちゃん」
「マーちゃん、どうした?」
 私の心配はじいちゃんにも移った。
「マーちゃん」
 と、マーと並んでいるママがちょっと睨むような表情をした。
 マーは一瞬緊張した表情をしたが、また苦しげに胸を撫でた。
「マーちゃん、イチゴたべたいの?」
 と、タカが聞いた。
「うん」と、マーが頷いた。
「気持ち悪かったらイチゴなんて食べられないんだから」と、ママ。
「たべられるよ」と、マー。
 ママが言った。
「イチゴ食べられるんだったら、ご飯食べてからにしようね」
 観念したようにマーが食べ始めた。
 部屋に戻った私に、タカが来て言った。
「ばぁちゃん、マーちゃんね、イチゴたべたいからきもちわるいまねしたんだって。しんぱいした?」
「したよ。だって、可愛い孫だものね」
 タカがじいちゃんの部屋でも言った。
「じいちゃん、マーちゃんね、イチゴたべたいから、きもちわるいっていったんだって。しんぱいしなくてもいいよ」

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