鳥海山近郷夜話

最近、ちっとも登らなくなった鳥海山。そこでの出来事、出会った人々について書き残しておこうと思います。

鳥海登山案内記はしがき

2022年02月25日 | 鳥海山

 太田宣賢「鳥海山登山案内記」の冒頭を読んでみましょう。

 Wordと違って文字のぶら下がりが出来ないので表示が少しおかしくなっています。


はしがき

一 此册子は鳥海山に登らんと欲する人々及未だ鳥海山を知らざる人々の便宜にせんが爲め編輯したるものなり

一 記載事項中蕨岡ロの宮略誌に據れる處尠からず又庄內案內記に據れる處もあり

一 大物忌神社神職諸君の厚意に依り同社唯一の寶物なる 櫻町天皇より正一位を授け奉られたる口宣案幷位記及其位記中にある御璽の尊影とを卷首に揭ぐることをを得たるは編者の大に光榮とする所なり

一 鳥海山と云へば必ず蕨岡を聯想し蕨岡と云へば亦必ず鳥海山を聯想す
  されば本書は鳥海山を記すと同時に蕨岡を記するは當然の事なりとす
  隨て歌詩等に至りても兩者を記し併せて間接の歌詩をも記せり

一 本書は忽々の編輯にかゝるを以て唯鳥焉魯魚の誤りのみにあらず事實の書誤れる所なきにしもあらず开は第二版の折に訂正を加ふることゝすべし

 

大正元年十二月                     編者しるす


 ここに又新しく資料があることが明らかとなりました。すなわち

1. 蕨岡ロの宮略誌

2. 庄內案內記

 時間を見て探してみましょう。

 「鳥海山と云へば必ず蕨岡を聯想し蕨岡と云へば亦必ず鳥海山を聯想すされば本書は鳥海山を記すと同時に蕨岡を記するは當然の事なりとす」

 大正の初年、いかに蕨岡の自負と勢いがいまだ強かったかがわかります。

 「鳥焉魯魚」とは(うえん-ろぎょ)と読み、文字の書き誤り。文字の造形が似ていて書き誤ること。「烏」と「焉」、「魯」と「魚」がそれぞれ字形が似ていて、誤りやすいことからいいます。(三省堂 新明解四字熟語辞典)

 この当時は普通にこういう言葉を使っていて、また読む方も理解していたということでしょう。政府の漢字政策がいかに民度を下げるために行われたかがこういうちょっとした事例によってもわかります。常用漢字などという制限は今すぐ撤廃すべきなのです。文字には制限される以前はそう書かれてきた歴史も意味もあるのです。子供が覚えられない、読めないからというのは理由になりません。(明治以来の日本語廃止論が其の根底となっているのです。)漢字制限で文字を代用したためにおかしな文字がたくさん生まれたことは多くの人が知る處です。さあ、読めないからと言って、ここまでの文章をすべて平仮名で書いたら意味をくみ取れる人はほぼ皆無に近いのではないでしょうか。

 たとえば「はしがき」の三項目目、漢字撤廃すると

 おおものいみじんじゃしんしょくしょくんのこういによりどうしゃゆいいつのほうもつなる さくらまちてんのうよりしょういちいをさずけたてまつられたるくぜんあん………どうですか、もう面倒くさくなってきたでしょう、入力する方も面倒です。ひらがなですべて書かれて意味わかる方いますか。いかに漢字が意味を伝えるのに有効かわかると思います。読まなくとも目で追うだけで意味が頭に入ってくる、それが漢字のいいところです。(だからと言って漢字検定などは受ける必要はありません。)


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