鳥海山近郷夜話

最近、ちっとも登らなくなった鳥海山。そこでの出来事、出会った人々について書き残しておこうと思います。

あっ、秋だ。康新道を歩いてみよう

2019年08月31日 | 鳥海山

初めて矢島口から登った時は、中島台林道も未舗装だった。一人で車を走らせながら、道を間違ったんじゃないだろかと思いながら。
9月、この時も休日にもかかわらず、誰とも会うことなく山頂まで行った。
舎利坂の鎖をつたいながら七高山へ。
帰りは康新道を歩いてみようと足を踏み入れた。
再度下りに利用した時は整備されていたが、その時は七高山直下は荒れており崖伝いに岩にへばりつきながら降った。足元の安全を確保するのに夢中で景色なんかまるで目に入らない。でも、岩に張り付くように群生する鳥海衾、岩袋の群生は見事だった。
足元が安全と思えるところまできてほっとして山頂を振り返ってみると、そこには今まで見たことのない鳥海山の姿があった。

この景色を過ぎると崖沿いのなだらかな道となる。途中地面に丸い穴が開いていてなんだろうと思って傍によってみると、その穴から風が吹きあがってくる。崖沿いにのぞき込むと、なんとその穴の下は崖がえぐれている。道理で風が来るわけだ。今もあるだろうか、もしかして崩落してしまっているかもしれない。
そこを過ぎれば道は右へ、ほぼ等高線沿いになだらかに七ツ釜上部の康新道分岐へとたどり着く。あとは祓川まで休むことなく降る。

康新道は降りに歩くのがいいような気がする。足に自身のある方は歩いてみてください。自分は大きい病気もやっているのでもう無理だろうなあ、でもいつか。

どこへやってしまったんだろう

2019年08月24日 | 鳥海山

外側はあるけれど、肝心の中身の地図と解説が見当たらない。
どなたかお持ちの方がいらっしゃったらお譲りください。
この時の地図には、清吉新道が行者岳まで続いているし、南物見から河原宿上への横道、また中島台口まで記載されている。手元に地図は無いのに記憶はしっかりと残っている。
亡くなった父親が鳥海山麓の開拓に従事していたことがあり、子供のころから鳥海山のいろいろな道のことを聞かされていたためかもしれない。
父親の没後、開拓の石碑に父親の名前が大勢の方々と共に彫り込まれているのを見たときには一瞬にして我が家の歴史が目の前を走り抜けるのを見た。

で、地図の話だが、最近の地図では三ノ俣道の名前さへ無くなっている。
現在鳥海山へ来る人の使用する地図にそんな道を載せたら危険極まりないが、当時を知るためには欠かせない資料なのです。
中島台口といえばだいぶ以前の話になるけれど、快晴の八月のある日、山頂までやってきた一人の老人がそこで消息を絶った。千蛇谷方向へ降りて行ったらしいが七五三掛分岐を見過ごし、中島台口方面へ迷い込んだのではないかという話だった。結局、その後の消息は不明らしい。中島台口への踏み跡がありそこを下山していったのかもしれない。

清吉新道或いは途中南物見から滝の小屋方面を歩いた人の記事はたまに見るけれど、熊の気配で引き返したとか、ものすごい藪漕ぎで断念したという記録ばかりで、道を切り開いた斎藤清吉さんのこの本にしかこの道を行者岳まで辿った記録を見ることが出来ない。清吉新道を知るためには、

佐藤康さんの康新道の話とともにこの時代の鳥海山に登る話は何とも言えない良さがある。康さんと清吉さんと二人に共通しているのは、鳥海山が大好きでまた彼らを取り巻くまたしても鳥海山が大好きな大人、高校生たちなのだった。
清吉新道を切り開いたのは、「鳥海登山道の中、山形県側のものは行政区域的に遊佐町に集中していて、八幡町から頂上に直行できる道はなかった。」ことに由来するのだそうだ。
決して廃道になった道を再び切り開けなどと言っているわけではない。
ただそういう道がかつてあり、それを切り開いた人たちの記録を後に残したいと思っているだけなのです。
康さんの「ひとりぼっちの鳥海山」はまだオークションなどで見かけますがこちらの斎藤清吉さんの「山男のひとりごと」はオークションに出ることはまずありません。Amazonでも現在入手不能と出ているはずです。
ただし、「日本の古本屋」というサイトではまだ手に入れることが出来るかもしれません。興味のある方は覗いてみてください。

新山から滑落する

2019年08月23日 | 鳥海山

今でも思い出す。七月一日のことだった。
その日は日曜日、一人で湯ノ台口滝の小屋から山頂を目指した。
滝の小屋にも河原宿小屋にも人影はなく、休日というのに誰とも遇う事がなかった。
大雪路、小雪路はまだ大きくつながっていたがそこを通り過ぎ、薊坂を息を切らしながら登る。夏の快晴の日射しの下、額から次々と落ちる汗は目に沁みこみ、それでも溢れ出るような額からの汗は歩く毎にポタポタッと岩に落ち黒い大きな染みをつくる。
伏拝岳に取りつき山頂方面、御浜方面を見渡すが登山者は誰も見当たらない。
山開き当日で賑わっていると思っていたのだが、あとから聞いたらこちらの思い違いで山開きは翌2日だったのだ。
社務所前で一風した後山頂に辿り着き新山まで登る。
そこから社務所方向には戻らず七高山に向かうべく大きく残る雪渓をトラバースする。前に歩いた人の踏み跡が七高山の取り付きまで続いている。
 (当日の写真ではありません。)
丁度真ん中辺りまで来た時だ、足を踏み出した途端、雪渓が大きく崩れバランスを失った。
仰向けの状態で滑落だ。背中のリュックが橇となってどんどん滑り落ちて行く。手を左右に拡げ脚も左右に大きく拡げ文字通り大の字になって踏ん張るが加速は止まらない。落ちていく方には雪渓から飛び出た黒く大きい岩が待っている。
もうダメだと観念したその瞬間、まさに大きく開いた足が岩を跨ぐ格好ですんでのところで止まった。
首を上に向けて見ればここまで相当な距離滑り落ちてきた。ようやくのことで立ち上がれば膝がガクガク震える。立ち続けるのも容易ではない。左腕がいやに痛いと思って見ると、暑さで左の長袖を腕まくりしていたものだから大きく腕の皮が剥け全面汁が滲み出ている。この皮の剥けたのはその後しばらく治らなかった。
震える足を抑えながらなんとか七高山に登り、行者岳まで降り、そこから文殊岳の分岐まで戻る。
薊坂を下り大雪渓を降りて行くが気が動転していたものだからルートを見誤り雪渓が大きく崩れ落ちた崖のようになっている所へ出てしまった。見れば河原宿小屋はずっと右手に見える。気を取り直し右方向へ進みなんとかルートを確保することができ河原者小屋までたどり着いた。
(誰もいない河原宿、これも当日の写真ではありません。)
やはり誰もいない。静かな夏の夕暮れ、半ば放心状態でゆっくりと車道終点まで下った。
真夏の青い空、人っ子ひとりいない鳥海山、自分の足音以外聞こえない山の中、こんな経験は後にも先にもこの時だけだった。

山頂の自動販売機

2019年08月22日 | 鳥海山

だいぶ以前のことになるが、千蛇谷を登っていた時のこと、山頂にあと一息というあたりで後方に数人のメンバーが辛そうに喘ぎながら登ってきた。
辛そうに歩くメンバーに向かってリーダーらしき男が振り返って一言、

頑張れ、頂上はもうすぐだ、自動販売機があるはずだ。」

これも携帯はもちろん、スマホなんてない頃の話。
登山者の帰りの便利のため、地元のタクシー屋さんが山頂に無線機をあげていた。河原宿には別のタクシー屋さんがやはり無線機を置いていた。(電源は発電機、これも担いで登る。)
最寄りの駅からブルーラインを通って鉾立、あるいは八幡経由滝の小屋まで、どちらもタクシー代はその当時でも一万円くらいした。だからかなりの儲け口なのだった。
知り合いの以前タクシー屋さん勤務していた人もシーズン前には無線機を担いで山頂まで登っていた。

そんなわけで山頂の社務所の前に縦長の大きな看板に
「タクシー申込所」
と書いてあった。
下の写真の右手、ちょうど写っていないところだったと思う。

ある時、山頂にやってきた若いカップルがそれを見て
「へー、ここで申し込めばタクシーがこの裏側に来てくれるんですか?」

人の歩く道と別に車道が頂上まで続いていると思ったらしい。

なんとも平和なことでありました。

山頂でオンザロック

2019年08月17日 | 鳥海山
画像はイメージです。本編の内容を保証するものではありません。

その頃、鳥海山の好きなおじさん連中が休みの都合が合えば一緒に山で宴会をした。メンバーの条件は嘘をつかないこと、ケチでないこと、山で飲むお酒が好きなこと。怪しいおじさんと名付けた。
数名のメンバーがいたが、今はみんなあの世の山へ登りに行ったきり帰ってこない。
われわれの間で山といえば鳥海山を指す。山に行くといえば、鳥海山以外の山ではない。また、秋田の知り合いの女性は鳥海山とは言わず「お山」と呼んでいた。

そんなおじさんたちは、夏の暑いとき、山へ行くと決まれば二、三日前から冷凍庫に水を入れた1.5ℓのペットボトルを2本凍らせておく。
他に500㎖のペットボトルも凍らせておく。これはクーラーボックスに缶ビールと一緒に入れておく。暑い日差しの下、ギンギンに冷えたビールを山中で味わえる。
大きいペットボトルはタオルでくるみ、さらに適当な袋に入れる。
いくら重くても我慢、我慢。
みんなで役割分担して楽しみの元を持っていく。
ビールはもちろん、ウイスキー、何十年か前は若かったお嬢さんがメンバーに参加すればデザートを用意。これもヨーグルトに薔薇の花のジャム。もちろん十分に冷えたものをいただくことが出来る。
大きいペットボトルは丁度よく溶けるので途中、喉を潤すには最適だ。鳥海山はほとんどのコース水場が無いので水は必要以上に持参する。

さて山頂についたらおもむろにガラスのロックグラスを取り出し、ペットボトルを切り裂いて氷を割る。グラスに氷を入れ、これ見よがしに高々と掲げ乾杯する。外輪を眺めながら

 兩人對酌山花開  
 一杯一杯復一杯 
※注 両人対酌すれば山花開く一杯一杯復一杯 などと読まずに
リャンレントゥイトー、シャンホワカイ
イーペイイーペイ、プーイーペイ
と読みたいですね。ほんとはもっとうまい記述方法があるのでしょうけれど。

通りかかった登山者は驚きの表情をして過ぎて行く。

 我醉欲眠卿且去 

そんな夏もあっという間に終わろうとしている。