双極性障害と歩む

主婦として、母として、の毎日を、つづっています。

涙止まらずの中のお手紙。。。

2016-12-22 11:27:53 | 双極性障害とともに。

 昨日、主催の方 K様と まずお話をし、

 3月にさようならコンサート、

 その後、みんなでお食事、というお話の流れになりました。




 私の「 歌よりも 人に疲れて。」の言葉には、


 「いろんな人がいて当然ですよ。」と 笑ってられました。

 
 私 なぜ しんどくなっていたんだろう?



 メンバーさんへのご報告、

 「自分でしますか? 私がしましょうか?」と言ってもらい

 「お願いします。」の私の返事。


 
 主催者 K様は、

 私のことは 何も話されず、

 ご自身がご高齢のことからの引き際 の含みをもったお話で

 メンバーの皆さんへ、

 「 終わりましょう。」を お伝え下さいました。

 お人柄そのもののお話でした。


 
 帰宅して 夜、主催者の方に書いた手紙です。

 涙が止まらずの中ででした。


 私は 何をどうしたかったのでしょう?

 何を 変えたかったのでしょう?

 何に 疲れていたのでしょう?


 
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 K様
 

 今日も、本当にありがとうございました。


 私が、「しんどいです。」と弱音を吐いたことで、

 コーラスが終わってしまうことになったとの、

 深い後悔の中、今日、お稽古に行かせて頂いた私です。


 K様が ( メンバーの皆様へ )お優しい笑顔でお話下さったこと。

 「一番良い時に終わるのがいいですよ。」のお言葉、

 「鐘の歌」のお話、

 心が開かれた思いでしたが、

 それでも、私の‘弱音’が、きっかけになってのこととの後悔が拭いきれない思いでもあります。

 ただただ涙がとまりません。
 

 人が集まれば、いろんな感性の方がいらっしゃること、

 私の未熟さゆえの心労であったと省みています。


 我が家のリビングカウンターの上に飾っている父母の写真。

 その母を見てどう思っているのかを思います。

 「K様が決められたこと、なさることだからね。」と微笑む姿でいて欲しいと願わずにはいられません。
 
 私の未熟さを叱ってもいるようで。


 これからの さよならコンサートを前に、

 これ“で”よかったのだ、ではなく、

 これ“が”よかったのだ と思えるように、心して向き合わなければと思っています。



 そして、何にも「時」が与えられるということ、

 その「時」に心を委ねようと、

 今は ただただ自分に言い聞かせています。



 みなさんが帰られるお姿に お一人お一人の思いを感じました。

 お名前を挙げて申し訳ないのですが、Yさん(ご高齢の方)の寂しいお姿が心にとまっています。

 また、みなさんが笑顔で歌われることを願わずにいれられません。


 四月のメンバーさん、水曜日どうなさっているのかな。

 四月の私、水曜日どうしているのかな。



 K様の笑顔、お姿に、今の様に出会えますように。
 
 私はお姿を拝見するだけで、嬉しさ 喜びを感じます。

 だから、いつも歓声をあげています。
 

 乱れた心のままに書かせて頂き失礼致します。

 お手紙をせずには いられない未熟な私です。
 

 新しい年に またお目にかかれることを、待っています。



             2016年 12月21日 


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今、お昼休みの夫から

 「どう?」と電話がありました。

 ありがとうね。ありがとう。。。。  


コメント
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