駐車場の車が多いなと思っていたら、本日は、
『應神天皇千七百年式年大祭』と、『八幡講大祭』が行われていた。
ちょうど数日前にいただいていた、メールの中に、
「八幡大神は、應神天皇さまなのか。」とあった。
師匠の話によると、
あちこちの神社や、お寺では、長い歳月の中で、ご祭神や、
ご本尊が変わっているところがあり、また、資料も説もさまざま
なものがある。
宇佐にお祭りされているご祭神も、記録的には、新しいものを
拠り所にして、そのように社伝が残され、伝えられている。
以前もブログや、HPに書いていたと思うが、師匠が仕事の関係で、
研究者の方の話を聞いたりして、調べていたのが高じて、研究書
などの本を読んだりして行く中で、古史・古伝を知り、さらに
読んでいく中で、出会ったのが、別館でも紹介している
『ほつま』だ。
その後、古神道のS先生と出会い、いろいろ教えていただいた。
結果、八幡神はもっと、深淵なる存在であり、その深淵の裳裾に
触れさせていただいた。さまざまな体感から学ばせていただいた。
しかし、どのような存在であれ、神さまがよくお伝えくださるように
どれもが信じるに足る存在であれば、それが真実なのだ。
心の中に、そのひとの決めたものがあり、その声を信じるものが、
信じる方向へ進んでいる。
信じた存在。臨むべき方向が新たなめざめであれば、
新たなめざめへと進んでいくのだ。
質問いただいた方への答をメールでは文字にしづらい部分も
あって、お話をさせていただくときに、その中でさせていただく
つもりでいたのだが、時期良く、このような形となった。
詳しくはお話の機会をいただいた折に、お伝えしたいと思っている。
古神道のS先生によると、八幡神をお祭りしている神社は全国に
あり、そのネットワークは強いのですと、教えられ、このことを
お伝えしていると、お客さまからの共時性は高まり、お話を
させていただいたあとも、報告などから、さらなるつながりを
体感している。
メールを下さった方の近くにも八幡社があるということなので、
伝わっていたのだと、感じた。
予報ではほぼ、雨だったが、いつものようにお天気にも恵まれ、
よい日をこちらですごさせていただいた。