師匠の不思議な日常

天の語らい地の学び 香る神々との対話 天界、龍神界の物忌み(巫女)師匠こと天卜占と弟子で審神者(さにわ)である臣の日々

人知およばぬ世界

2011年04月29日 | 天意の実践

マ酔いに憑かれる輩は、多々あるやもしれませぬ。

恐れ多いこともおかまいなしに、

わからぬが故の振る舞いが、横行する、なげかわしきこの世。

慈悲のこころは、怒りの面(おもて)。

あらたの夜明けには、持ち込まぬ。 

            

あの日、3月10日。師匠に突然、降ってきた

無にする力

ということば

それは、自然そのもの。在るべき姿なのだと感じ入る。

そして、その前で、抗おうとしたひとの姿。

それは、自然に生かされているなどという

謙虚なこころー姿勢を

なくしたからのふるまいなのか。

上記の神さまからいただいたメッセージは、師匠がメールの返信の

文章をうっていた時に降ってきた言葉だ。

怒りの面とは、なにか。

過日、師匠があるニュース映像の一部分である海をみていると

ただ、ただ、怒りのみを感じたそうだ。

ことばはなくそこには、怒りのみ。

どなたのとかは、問わず、ただ、それを感じていた。

後日、同じ映像で、海水が放射能に汚染されたニュースを見ていて、

このことを告げられていたのだと、あらためて感じ入ったそうだ。

なにが、どうだとかではなく、だからなんだ、ではなく。

ひとの小さなアタマでの小さな理屈ではなく。

流れている事象。その一部である自分を感じている。

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