面白草紙朝倉薫VS安達龍真

夢と現実のはざまで

旅行

2005年12月01日 | Weblog
 二日ほど徹夜が続いた。三日目の夜半、さすがに疲れて、ひと風呂浴びて寝ることにした。42℃に設定した湯に身体を沈めた。意識ははっきりしていた、筈だった。      父は白い麻のスーツにボルサリーノ、惚れ惚れする姿で僕を待っている。姉と妹も旅支度を整えている。これから母の所へ家族で旅行するのだ。喜びが身体中を満たしている。 僕は鏡の前に立ってお気に入りのスーツに着替えた。シャツの襟がよれているよと父に指摘された。パジャマ着てる!と姉が笑った。僕はつられて笑いながらスーツを脱いでシャツを着替えた。旅行に出かける事がこんなに嬉しいことはなかった。さあ、出発するか!父の声が妙に遠くから聞こえた。それはえもいわれぬ心地良い音楽のように僕を誘った。皆、笑顔で頷き合った。                             突然、何かが僕の顔にぶつかった。瞼が切れて鮮血が飛び散った。風呂の湯が真っ赤に染まって行く。バスタブの縁に立てかけておいたプラスチックの風呂の蓋が、お湯に顔半分沈んでいた僕を直撃したのだ。鏡を覗きこむと、左目の瞼がパックリ切れて、頬から首へ幾筋も血が流れ落ちているではないか。痛みを感じるより、今見たばかりの夢が気になった。母は六年前に亡くなっている。僕らはいったい何処へ旅行に出かけようとしていたのだろう。時計を見た。風呂に入ってから40分過ぎていた。まさか、30分も風呂で眠っていたとは思えない。                               翌日、友人に「酔って立ち回りか?」と瞼の傷を冷やかされた。風呂場の出来事を正直に話すと、友人は真顔で言った。「風呂蓋が命の恩人か」