骨髄異形成症候群(MDS)と向き合う

2020年1月末梢血幹細胞移植 
2023年7月再発 
2023年12月臍帯血移植

ありがとう、来年もよろしくです

2019年12月31日 | 日記

骨髄異形成症候群という治療法のない病気に罹患し、

情報を求める後続の患者さんの一助になればと始めたブログですが、

造血幹細胞移植については

骨髄バンクのドナーさんから幹細胞の提供を受けるため、

詳細な日程など公表できない部分があります。

ご了承ください。

 

今年も沢山の応援を頂き、ありがとうございました。

間もなく新しい年を迎えます。

今年1年、皆さまのおかげで生きることができました。

来年は試練のスタートになりそうです。

これまで以上に多くの人の協力を必要とします。

よろしくお願いします。

 

皆様には良い年をお迎えくださいますように。

そして災害の無い年になりますように。

 

 

 

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移植の時期

2019年12月30日 | 日記

MDS発覚以降、

沢山のブログを読み漁り、患者の体験談を聞き、

移植の成果や時期を探ってきたが、

決定的な答えはみつからなかった。

病院、医師、ドナーの有無、患者の年齢や体調、

百人百様、千人千様。

 

定義はない。

 

移植の時期は早すぎても遅すぎても成功率が下がると言われている。

 

私の場合、少し早め。

骨髄中の芽球は5%未満。

病気が発覚した頃とあまり変わっていない。

血液中の芽球も0.5という低めの値。

 

しかし、赤血球、血小板、好中球が

医師に言わせれば → 「順調に?右肩下がりです」

 

併せて染色体異常と腫瘍マーカーの数値が現れたので

骨髄バンク登録に踏み切った。

 

ドナーが見つかるまで半年から1年かかるだろう、

或いは・・・・・見つからないかもしれない。

 

という予想を裏切って、

ドナーは意外と早く見つかった。

 

フルマッチではない。

 

しかし、この機会を逃せば二度と見つからないかもしれない。

或いは

もう少し先まで待ってもらっているうちに

ドナーか私が体調を崩せば中止になる。

 

輸血に頼っていれば

あと一年位は今の状態を保てる可能性もある。

だから移植するのはもう少し先でもよい らしい。

 

が、非常に稀なHLA型を持つ私にとって

これは最大の好機と捉えなければならない。

快諾してくださったドナーさんとその家族の皆様、

医療スタッフ、バンクの皆様、

友人、知人、家族、

 

多くの人々の善意と応援を頂いて、

人生最大の想定外の賭けが始まろうとしている。

 

決して勝率は高くない。

 

が、ゼロではない

 

 

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死に方は選べません!

2019年12月29日 | 日記

移植すればその合併症で亡くなる場合もある。

移植しない方が少しでも長く生きられたかも!?

という場合もあります と再度告げられた。

 

それは承知しています。

移植しなければ恐らくあと一年余りの寿命。

もし移植中、或いは数か月後に亡くなったとしても大差はない。

それならば、少しでも生き延びる可能性がある方に賭けます。

 

ただ、

検査入院中に隣のベッドの患者さんが

肺や腹部に水が溜まって苦しそうだった。

同じ病気ではないかもしれないけど、

そこからまた回復したかもしれないけど、

できることならそういうこと無く・・・・・

 

と言ったら、

「死に方は選べません!!」

と返された。

 

ですよね~。

わかってるけど・・・・・

 

死は怖くない。

でも

苦しむのはイヤ

 

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移植の予定についての説明

2019年12月28日 | 日記

検査入院を終え退院の朝、

家族と一緒に移植の予定について説明を受けた。

 

1月に入院、

最初はランクの軽い無菌室。

 

抗菌剤、粘膜の炎症予防薬など数種類の薬の内服から始まり、

その後、PCCを挿入して抗がん剤を数日間使用。

移植の前日に高ランクの無菌室に移動。

 

移植前の抗がん剤は2種類、或いは3種類。

移植前と移植後で免疫抑制剤も2種類或いは3種類。

抗がん剤、免疫抑制剤とも

その時の体調を見ながら

カンファレンスにて追加するかどうかを決めるそう。

 

移植後の予定表は免疫抑制剤の注射が数回予定されているだけで

空欄が多い。

 

何にも無くて暇そうに見えるけど、

実はこの辺り、地獄の日々が続くんだろうな~

医師曰く

「毎日2時間おきのうがいをしてもらいます。

 下痢が頻繁で多い人は一日20回、

 トイレが間に合わないことも。

 退屈する間は無いと思いますよ。」

 

予定表には日付と別に「day]という欄がある。

移植日が0day、それ以前はマイナスday, 移植後はプラスdayで表す。

 

表は生着予定日まで。

その後は day28,  day60,  day90 の日付のみ。(あくまで予定)

 

day90 クリアできるか

 

 

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クリスマスケーキ

2019年12月26日 | 日記

子供たちが小さい頃、誕生日とクリスマスにはケーキを作っていたが、

巣立ってからの十数年、全く作ることはなかった。

 

24日、娘一家がやってきたがクリスマスケーキを注文していないというので

久しぶりに、本当に久々に作ってみようと思い立った。

 

スポンジ生地を焼いて粗熱を取っただけで、

休ませる間もなくクリームとフルーツでデコレーション。

クリスマスの飾りを用意していなかったので

有り合わせのサンタの置物をラップにくるんでクリームの上に座らせ、

ちょっとだけクリスマスの雰囲気造り。

 

幼稚園児の孫もフルーツを載せるのを手伝って

俄か作りのクリスマースケーキが完成。

 

 

孫は思いのほか感激してくれて

「すごい!すごい!」を連発。

 

その割にはクリームとフルーツばかり食べて終わり

 

作る過程を楽しんでくれたから

ま、いっか・・・・・

 

この日のこと、

孫の記憶に残るかなあ~。

 

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検査入院⑦鉄過剰

2019年12月19日 | 日記

血液検査でフェリチンの数値が高くなったので

一日一回 鉄キレート剤を飲むことになった。

輸血を続けると鉄分が過剰になり

自力では体外へ排出できないため薬を服用する。

 

飲まなければ臓器に障害が出て予後にも影響があるらしい。

 

また薬が増えた~ と言ったら、

看護師さんが

移植したらこんなもんじゃないですよ! という。

 

そう、

時々ブログで見かける高価な薬代。

二週間で3万円弱とか、

一カ月で約6万円とか。

それに検診日の診察代と輸血代が合わせて2万円余り。

 

それが何年続くのか、

それでも生きていれば有り難いと思わなければならない。

 

お金もしんどいけど、

山のような薬を飲むのもしんどいだろうなあ。

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検査入院⑥検査結果

2019年12月18日 | 日記

心エコー、腹部エコー、CT他、

全部覚えてないくらいいくつもの検査をしたが、

MDS以外の病気は見つからなかった。

 

ただ、

超以外だったのは

脂肪肝

軽いものらしいがこれまで指摘されたことがなかったので

ビックリ

 

このまま体調を崩さなければ、

そしてドナーさんが健康診断をクリアして健康を維持できれば

いよいよ 造血幹細胞移植に向けた本格的準備が始まる

 

病気と余命の宣告を受けて以来、

情報収集と迷いと葛藤と家の片付けなどで多忙の日々が続いたが、

これからは抗がん剤やGVHDとの戦いになりそうだ。

 

快諾して下さったドナーさんとその家族の皆様、

そして献血してくださる方々、

私は貴方たちのおかげで生かされています。

直接お会いすることはできないけれど

いつも感謝です。

 

ありがとうございます m(__)m

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検査入院⑤ドクターヘリ

2019年12月16日 | 日記

空港らしき辺りから飛び立つヘリコプター。

地上を離れるとそのまま垂直に高度を上げていくのかと思いきや、

飛行機と同じように斜めに上空に向かっていく。

病院の正面に見える山並みの中腹辺りまで行くと大きく旋回し、

まっすぐこちらに向かってくる。

何? 何?

私の病室めがけて飛んで来る?

私、飛行中のヘリコプターを正面から見ている

襲撃

SF映画に入り込んだ気分。

 

直ぐ近くまで来たところで

ヘリは腹を見せながら病室の上に姿を消す。

 

僅かに時間を置いてまた窓の外に姿を現す。

そして病院を背に山の向こうへ飛んで行く。

 

やがて帰ってきてまた窓の外に姿を現わす。

 

こんな光景が一日に二度、三度見られる日もあった。

 

私の病室は上層階にあり、真上がヘリポートになっているらしい。

普段は空港?に待機し、

お呼びがかかれば病院へ飛び、

ドクターたちスタッフを乗せて患者を迎えに行く。

そして病院へ連れ帰り、

患者とスタッフを下ろしてまた空港で待機・・・・・かな?

 

と想像する。

 

一つの命を救うべく

ヘリの中でも病院でも、

救急医や付随するスタッフが慌ただしく処置をしているのだろうか。

運ばれた患者さん、元気に退院できるといいなあー。

空想はしばらく続く。

 

その夜、

タブレットにTVerのアプリを入れて「コードブルー」を見た。

布団の中でイヤホンを付けて見るのは

やや迫力に欠けるけど

 

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検査入院④筋トレ

2019年12月14日 | 日記

入院中、筋トレのアドバイスがありました。

 

リハビリのオジサン先生(私よりはずっと若いけど)

病室までわざわざ迎えに来て、

「リハビリ室に行って筋肉を付けるトレーニングをしましょう!」

と声かけしてくれるんだけど、

直前に検査のお呼びがあったり、

シャワーの順番が来たり・・・・・

で、結局リハビリ室に行けたのは2日間だけ。

 

初日は筋量やバイクを漕ぐ力など測ってもらって

実年齢よりも4歳ばかり若い数字が出た(やや優秀の判定)

スクワット、ダンベル、壁にもたれての腕立て伏せ、

そしてストレッチなど教えて頂きました。

 

プロの指導を受けながらゆっくりと筋肉を動かすのは気持ちがいい!

これならずっと続けれる とやる気が出る。

オジサン先生、とっても優しくてよさそうな人なんだけど、

ワンセットやる度に

「ウン、じょうず、じょーずー!!」と拍手してくれる。

これって

私が高齢者だから?

初めての筋トレだから?

リアクションに戸惑ってしまいます。

 

オジサン先生が言うには、

筋肉量を増やすと、

寝たきりを防ぐ効果以外にも

殆どの病気において

薬の効きがよくなるとか、少しでも長生きに繋がるとかという成果があるって。

 

きちんとしたエビデンスがあるわけではないけれど、

統計上そうなっているので

頑張って筋肉をつけましょうと。

 

次の入院中は

オジサン先生がクリーンルームに来て指導して下さるそうな。

今の体力なら頑張れる。

けど、抗がん剤の副作用や移植後のGVHDが出てヘロヘロになったら、

それでもがんばろうという気力は失せるかも?

 

でも

この病気と闘う間、

自分の意志で、自分の力でできることは

唯一筋トレだけかもね。

 

 

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検査入院③骨髄検査

2019年12月09日 | 日記

入院初日、

主治医が回診に訪れた際に

「あ、明後日、骨髄検査しますね」とさりげなく言った。

 

想定外だった。

次の入院時だと思っていた。

 

「え~  覚悟しておきます

と答えたものの

初日から落ち込むわ

 

「これから何度もあるんですよね?」と聞くと、

「明後日やって、次は移植前、それから生着した時と、その後も月に1回くらいはあるかなあ~」

 

ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

「検査の時、骨盤に空いた穴は直ぐに塞がるんですか?

 骨って直ぐに再生するんですか?

 何度も頻繁にやってると骨盤が穴だらけになってしまうのでは

 

「そんなことはない。骨は直ぐに再生します!」 と一蹴された。

 

主治医のそばにいた女医さんがにんまりしていた。

 

二日後、検査に来たのはその女医先生。

とても慎重にやってくれた。

「骨髄を抜くときに、1、2、3! と声を掛けますから、 3 の時に下腹に力を入れてみて」

とアドバイスもくれて。

 

言われたとおりにやったけど・・・・・・・・・・・

抜いてる間、足を引っ張られる感じの鈍痛は数秒間続いた。

 

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検査入院②癒し

2019年12月07日 | 日記

今回は検査入院だったのでクリーンルームではなかった。

同室の人はみんな抗がん剤点滴中。

病気や症状によって差はあるだろうけど、

昼も夜もどこかで点滴切れの警音が鳴り、

ナースコールが鳴り、

他の部屋からのうめき声が聞こえてくる。

同室患者の一人は昼夜を問わず看護師や医師が駆けつけては手当している。

 

あ~

明日は我が身だなあ~ 

今出来ることを早急にやっておかなければ・・・・・

あれもこれも  あれもこれも  あれもこれも

あ~ 忙しい!!!!!

頭の中でいろいろなことが交錯し、

眠りが浅くなる。

 

そんな気分を一新させてくれるのが窓から見える風景。

 

運よく病室は上層階、眺めがいい!

遠くにほんの少し海が見えたり、

山並みが見えたり。

 

特に夜景、

空気が澄んで街中の灯りが全てキラキラしている。

夕方には三日月と金星が輝く。

 

早朝の駐車場、

まだ明けやらぬうちに早出の職員が出勤してくる。

自転車だったり、車だったり、

少しずつ、少しずつ

夜明けとともに街が動き始める。

 

窓の外は別世界。


次の入院は個室になる。

窓も独り占め!

どんな景色が待っているだろう?

 

てか・・・・・

景色を愛でるゆとりがあるかなあ~。

 

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検査入院①

2019年12月03日 | 日記

移植に向けて5日間、検査入院しました。

初日、血液15本採取から始まり、連日多々検査されました。

思ったより忙しく、頭痛も続き、夜は寝られず、

ブログに手を付ける余力がありませんでした。

 

前日の夜、或いは当日の朝、

その日の検査項目が知らされ、順番が近くなれば呼ばれるパターンで、

最終日までにどれだけの検査を受けるのかわからないまま、

自由に部屋から出ることもままならず・・・・・。

 

最終的に

大嫌いな胃と大腸のカメラがなかったのはラッキー

 

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