Moments musicaux

ピアニスト・指揮者、内藤 晃の最新情報です。日々、楽興の時(Moments musicaux)を生きてます。

音楽のレシピを考える

2012年05月14日 | オピニオン


先日、生徒で母校の後輩のT君が、僕の言葉をコンサートのプログラムで引用してくれました。初めてレッスンに来てくれた際の直後のメールのやり取りにあった言葉だそうで、それをご紹介します。

レッスンでは、音楽を無意識に何となく感じるのではなく、作曲家の思考回路を意識してそこに寄り添うことの大切さを話しました。以下がその後のメールのやり取りです。


T君)「なんとなく無意識に」気づいてるような気もしましたが、ちゃんとそれを認識しなきゃだめですね~

Akira) 落ち着いた部分あってこその高揚で、当たり前の部分あってこその意外性で・・・
音楽でリアルタイムに聴き手の心を動かしていくマジシャン的な感覚を持てるといいよねと思います。(自分も途上だけど。。。)
そのために、作曲家が、作品にどういう仕掛けを凝らし、どういうふうに音楽を設計、プログラミングしてるか、ということを読み取る必要があると思います。
自分が引っかかったマジックのタネを分析したり、美味しかった料理のレシピを再現しようと試みたりするのに似てるかな
自分がおいしい曲だと思っていても、その味を出してるのがなんの調味料なのか分からないと、その旨みは出せないわけです!



伝えたいことは不変でも、それを伝えるためにどんな言葉や喩えを使ったかというのはいちいち覚えていなかったりするものです。何気なく発した言葉が、T君の中で大切なものとして残っていたことを、本当に嬉しく思いました。
T君のコンサートを聴かせてもらいましたが、半年前に聴いたときよりも音楽が深化し、聴いている人に語りかけるような趣が出てきて、心の結びつきを感じられたことが、何より嬉しいことでした。

音楽の不整脈

2012年04月27日 | オピニオン
音楽が基本的に偶数小節ずつ進んでいくということは、皆さん無意識的に感じてらっしゃると思います。そして、多くの場合、4小節で小さなフレーズを、これがセットとなり4×2=8小節で大きなフレーズを形成します。
小節の中には強拍・弱拍があってビート感を形成していますが、その上のヒエラルキーとして、小節としての強弱があります(強小節・弱小節)。4小節フレーズには1小節を1拍とした、大きな4拍子のようなニュアンスがあり、偶数小節目よりも奇数小節目が、さらにはそのうちの1小節目がもっとも強いビート感をもつことになります。この、フレーズの中のビート感が、音楽のパルス(脈拍)を形成していきます。
規則的に4小節ずつ進行する音楽は、パルス(脈拍)が一定なので、とても心地よく流れていきますが、作品の中では、当然そうなっていない部分があります。下に挙げるのは、ちょうど最近生徒さんがレッスンに持ってきた例ですが、ショパンのバラード1番、17小節目~25小節目までのフレーズは、(2+2)+(3+2) = 4+5 = 9小節フレーズとなっていて、21小節目~23小節目までの3小節のところで、パルスのズレが発生しています。つまり、1小節1拍の大きなヒエラルキーにおける変拍子のようなもので、作曲家が音楽に不整脈を起こしていることになります。




このような不整脈を把握しておくことはきわめて大切なことです。この場合は、1小節拡大されることで、「字余り」のようなニュアンスになり、じらすような効果が生じています。逆に、「字足らず」の場合は、急くような効果が生まれます。これらは、作曲家が意識的にやっていることなのです。
経験上、譜面を前にして漫然と弾いていると、どうしても無意識のうちに4小節単位で捉えてしまいがちです。その結果、このような「字余り」「字足らず」のところで、正しい音符を弾いていても誤ったフレージングに突入してしまうという事故に陥りがちです。これは、意味のまとまりが伝わってこないカタコトの英語のようなものです。英語を習い始めたとき、長い文では、意味のまとまりごとにスラッシュを引いて、読みやすくするというような作業をしていた方も多いと思いますが、音楽の読譜においても、作曲家の思考回路に寄り添うプロセスとして、その作業がとても有効なのです。

同じ音型でも…

2012年04月27日 | オピニオン
最近、アマチュアピアニストの友人Bさんと、インターネット上で、有意義なやり取りがありましたので、ブログに転載してご紹介します。



Bさん シューマンの「飛翔」って、随所に同じフレーズが2回続けて出てくるんですよね。こういう時って、どんな風に弾いたらよいのか、考えてしまいます。同じように弾くとつまらんし。

Akira 音楽は人の心を動かしてゆく時間芸術です。音楽は時とともに絶えず形を変えてゆくもので、それに伴って聴く人の気持ち(テンション)もUp/Downしていくものですから、同じ音型を反復しているときも、気持ちが高揚するか弛緩するかのどちらかなんです。
フレーズは生まれ出て消えゆくものですから、必ず内部に気持ちの高揚のピークがあります。ある音型の反復の箇所を考えたときも、ピークに向かっているのか、それともピークを越えて収束に向かっているのかのどちらかですから、決して同じにはなり得ません。
飛翔は、2+2+4で、短く畳み掛けた(2×2)エネルギーを、たっぷり歌って(4)開放する、いわゆる「ホップ・ステップ・ジャンプ」のような形で、ホップとステップは同じにはなりません。

Bさん >聴く人の気持ち(テンション)もUp/Downしていくものですから、
自分の気持ちに沿ってではなく、聴き手の気持ちを考えないと・・・なんですね・・・。
それとどうしても私は頭でここがどうだとか、その部分をどうしてとか作った感じにしてしまうのですが、その「時間芸術」のことをもっと意識しないと駄目だと思いました。
>ピークに向かっているのか、それともピークを越えて収束に向かっているのかのどちらかですから、同じにはなり得ません。
それを考えて追っていくと自ずとどうしたらいいのか、見えてくるような気がします(^^)。そして、今度は収束・着地の仕方とか、着地するように見せかけてまた次へ・・・という時に迷いが生じてしまいます(^^;)。
>飛翔は、2+2+4で、短く畳み掛けた(2×2)エネルギーを、たっぷり歌って(4)開放する、いわゆるホップ・ステップ・ジャンプの形で、ホップとステップは同じにはなりません
見てみますと、どの箇所も(4)部分は緊張が取れ、甘くなったり、広がるような感じになってきますね。そうすると、2+2がするっと解答出来るように思います!

ピアノ選定のポイント

2012年04月26日 | オピニオン
今日は、知人に同行してピアノの選定に行ってきました。
候補の機種を定めてから、その中で良いものを…というときは、卸元まで足を運ばれて複数から吟味されることをお勧めします。
選定のポイントは、新品の場合、音色よりも楽器の「鳴り方」を聴くことです。音色は、信頼する調律師とともにこれから創っていくものですから、その場での調律状態などを差し引いて、楽器本体の潜在能力を見極めることが肝要です。
「鳴りの良いピアノ」とは、鳴り方に音域によるムラが無いこと、音の抜けが良いこと、低音域の倍音が豊かに鳴っていることなどがチェックポイントかと思います。さらに、新品の段階では、当然鳴りがいまひとつですから、その前提で較べつつ、そのヴェールがとれたときにどうなるかというイメージも上乗せする必要があります。
すばらしい調律師にメンテナンスしていただくと、その度に輝きを増していきます。新品の場合、赤ちゃんのピアノをどのように育ててゆくかは、持ち主と調律師にかかっているのです。
ピアノは、使うほどにあちこちが磨耗していきますから、調律だけでなく、アクションやハンマーの調整含めた定期メンテナンスが必要不可欠です。ピアノの定期健診をしていないホールが多いのは、きわめて残念なことです。

ピアノの構造と奏法(3)

2012年02月28日 | オピニオン
 音色についてのお話をします。
 音色の選択においても、漠然と「明るい音色」「暗い音色」などとイメージするだけでなく、ピアノの構造とリンクした明確なビジョンを持つことで、その選択肢の幅がぐっと広がります。打弦後の音をどのように伸ばして歌わせるかにもさまざまな可能性がありますが、今回は、打弦時の立ち上がりの音色に絞って考えます。

 私は、高校時代に初めて自らオーケストラの指揮を経験して以来、オーケストラの豊かな表現力に心打たれ、一時期ピアノという楽器を物足りなく感じておりました。今では、ピアノという楽器でいかにオーケストラのような奥行きを実現できるか腐心しております。

では、作曲家は何を考えて作品をオーケストレーションするのでしょうか?



 オーケストレーションという行為は、絵画でいう遠近法のようなものです。近くで聴こえるように感じる楽器群と、遠くから聴こえてくるように感じる楽器群があるのです。それを絶妙に配置することにより、サウンドに立体的な奥行きが生まれるのです。



 例えば、木管楽器では、フルートやオーボエよりも、クラリネットやファゴットの方が「遠く」で聴こえる感じがするでしょう。金管楽器では、トランペットやトロンボーンよりもホルンのほうが「遠く」で聴こえる感じがすると思います。

 この感覚は、各々の楽器の音の輪郭がどれだけくっきりしているかによって喚起されます。この音の輪郭を、伊福部昭氏は、著書『管弦楽法』の中で「音勢(おんせい)」と呼んでいます。フルートは、クラリネットよりも音勢の強い楽器ということになります。

 ヴァイオリン協奏曲で、ソリストがバックの弦楽合奏に埋もれないのは、合奏によってバックの音勢が弱まっているからです。すなわち、弦楽合奏は、ソロ・ヴァイオリンに比べて音の輪郭が曖昧になっているので、ソロ・ヴァイオリンのくっきりした輪郭の音が、弦楽合奏よりも「近く」で聴こえる感じになるのです。

 以下、伊福部昭氏の『管弦楽法』から引用します。
 管弦楽の全合奏であっても、皆が弱く演奏する時は、やはり弱いという感じを与えるし、1個の楽器の演奏であっても、強く演奏される時は、強いという印象を与えるものである。この場合、前者を音量は大きいが音勢は小さいと言い、また、後者を音量は小さいが音勢は大きいと言うのである。このような現象があればこそ、Violino Concertoという風な様式が存在し得るのである。管弦楽の中には、40個以上の同族の弦楽器が含まれているに拘わらず、心理的には1個のViolinoと均衡をとることが可能なのである。また、この音量と音勢が持つ一般的な心理効果は、次のようなものである。

(1)音量が大きく音勢の小さい時は、平安で静謐な、また温和な感を与える。
(2)音量が小さく音勢が大きい時は、鋭角的な刺激的な効果を生む。
(3)音量と音勢が共に小さい時は、繊細、薄弱、無気力な心情を喚起する。
(4)音量と音勢が共に大きい時は、壮大な強烈な雰囲気をつくり出す。

 言い換えれば、音量の大小は情緒、情操の広さに関連し、音勢の大小は感情のかたまりに比例すると言い得るのである。

伊福部昭著『完本 管弦楽法』音楽之友社 p.5

 この発想が、管弦楽におけるあの壮大な奥行きをもたらす鍵となる部分です。オーケストラの音楽では、さまざまな楽器で、音勢を絶妙にコントロールすることで、響きに立体的な奥行きが生まれています。

 さて、ピアノにおいても、音勢をコントロールするという発想を持つことで、表現の幅が飛躍的に広がります。



 ピアノの鍵盤を底まで打鍵しますと、底の部分で、カチッというような、わずかな雑音成分が発生します。これを下部雑音といいます。下部雑音を含む音は、くっきりとした輪郭をもち、音勢の強い音として、近くで聴こえるような感を醸し出します(先の例では、フルートやオーボエに該当します)。

 しかし、実際には、鍵盤の底まで行く手前で、ハンマーは弦に到達します。鍵盤をゆっくり押し下げていったとき、カックンという抵抗が発生するポイントがあり、それをアフタータッチ(ナッハドロック)と言いますが、アフタータッチを意識しながら浅めのタッチでコントロールすることにより、下部雑音を含まない、丸い輪郭の音が出ます。これは、音勢の弱い音として、遠くで聴こえるような感覚をもたらします(先の例では、クラリネットなどに該当します)。

 芯のあるよい音で弾きましょうということがしばしば言われます。しかし、芯のある音色と、丸い音色が混在することにより、初めて音楽に奥行きが生まれるのではないでしょうか。左手の伴奏がくっきりし過ぎていると、近くで聴こえすぎて、旋律の邪魔をしてしまいます。内声部も、ちょっと引っ込んだバランスのほうが外声とちょうど良く融合しますし、オーケストラでも、ヴィオラやホルンのような音勢の強くない楽器が、丸みのある響きで音楽を肉付けしています。ffの部分では、とやかく力んでしまいがちですが、音勢の強くない、丸みのあるffを体得することで、オーケストラのTuttiにおける弦楽合奏のような包容力ある響きも引き出すことができます。同様に、同じppでも、音勢の弱い消え入るようなppと、音勢の強い緊迫感のあるppでは、全く異なったニュアンスを呈します。輪郭が一定の演奏は一本調子で平面的ですが、音勢のコントロールにより輪郭のコントラストが生じると、演奏に奥行きが生まれ、立体的な面白さが出てくるのです。

 音色・タッチの選択にあたっては、音の輪郭(音勢)をどうするか、すなわち、下部雑音をいかに利用するか、という明確なビジョンをもつことをお勧めします。

完本 管絃楽法完本 管絃楽法

伊福部 昭

音楽之友社 2008-02-27

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