(普賢岳の土石流に埋まった人家)
昨日3日 長崎県雲仙・普賢岳で 平成4(1992)年6月3日に
43人の死者・行方不明者を出した「6・3大火砕流」から
20年を迎え 島原市で犠牲者追悼式が開かれた。
横田市長から「東日本大震災の被災地へ 『災害は必ず復興
できる』との応援メッセージを発信する。」と挨拶があった。
当方は 2年後の平成6年に 災害現場を訪れているが
今回の大震災とともに思うに 日本の台地は
まさに ”自然災害のまな板の上” にあるのだと。
平成3(1990)年11月に始まった普賢岳噴火は
平成9(1996)年6月の終息宣言まで 5年半もの
長期災害となり 約300世帯の1万余人が避難を
強いられていた。