なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

田舎初段?、段級位レート

2009-12-27 06:44:13 | Weblog
 碁会所で碁を打っていると、いろんな会話の断片が耳に入って来る。
  その中で、昔聞いた言葉で正しい意味を理解できないまま記憶にだけは残っているものがあります。
 例えば「田舎初段」・・・これは分かるような分からないような言葉です。
  例えば対して強くないのに田舎では井の中の蛙みたいに「俺は初段だ」と威張っているような事なんでしょうか。
 何十年か前に聞いたのですが、私のその頃の感じでは正しいかどうかは分かりませんが都会の碁会所の方が段位がインフレで地方の方が辛い感じがしていたので、先ほど言った意味との整合性は取れません。
 それに「田舎○○」と言えば見てくれは悪くても中身は充実しているようなイメージがある・・・田舎饅頭なんてその良い例のような気がします。
 恰好は悪くても餡が詰まっている・・・都会風と言うと上品な晒し餡に和三盆の甘み、田舎風は粒餡がぎっしりで禅田茂一回りは大きい感じ。

 ですから都会の初段(勿論アマ)はセンスが良いけれどやや華奢で田舎初段と言うのは無骨で力強い・・・勝負ですから強い方が良さそうで、さてこれも少し違うか。
 考えられるのは江戸時代に秀策が若い頃に打った耳赤の相手・・・あの人が外国に渡航を計って資金稼ぎに九州方面で免状を乱発したと言う話で・・・従って甘い段位で資金を稼いだ(どこかの棋院に似ています)、結果権威ある筈の段位がこの方面でインフレになって因碩初段と言うとか。
 あの例を取って「田舎初段」なんだろうか?良く分からない。

 江戸時代はともかく明治時代なら「段」がつけば相当強かった筈です。
  プロとアマの間で段級を割り切っていなかったところがある。
 秀策の時代に確か仙太夫とかいう松代藩の家老様が2子とか先で番碁の棋譜を残している・・・段はプロもアマも無い時代ですから当時のトップアマでしょう。
 従って明治になって多少甘くなる傾向があったとしても、「隅の1合マス」を基準に考えていたらしいので今の5段くらいになるでしょう。
 と言うことは現代の初段は明治の初段に4つは置かされることになる。
  マア時間を越えた話は現実味がありません。
 しかし、今では所属する団体などで使っている基準がそれぞれ違うので仮に交流戦をハンデ戦で行うとなると不便が生じます。
 タイトルみたいなものを争うのなら、ハンデ無しで良いのでどういう基準で有ろうと関係は有りませんが・・・。

 対局する時に棋力を点数とかレーティングポイントで表わして、その差でハンデを決めて打つなら看板としての段位は関係ありませんから昔ほどは段位を気にしなくなってきているとは思います。
 それでもステータスみたいなところはあるし、囲碁を打たない人との会話の中では「段級」の方が分かりやすいようです。
 「囲碁をお打ちになるのですか?」「何段ですか?」と言う風に。
 それで「何段」と応えたにしても「何処の」がつかないと余り意味が無いわけで、ましてや相手が囲碁を打たない人とか、その辺の事情に関心が無い人には・・・。
 
 ネットではこの段級位の差について考察したページがいくつかあります。
 これを発表している方の体験などに基づいたものだと想像はできます。
  院生クラスの分け方はマア除外します。
 韓国・中国・欧米の段位は其々の国がそれぞれの通貨を持っているように基準が違っていても良いでしょう・・・ネットでのアマ交流の際には主催しているネット事務局の設けた基準で打てば良いのですから。
 この場合は、通貨同様に為替レートがはっきりしていれば問題ありません。
  国内では見慣れない基準としては学生の基準があります・・・これは彼らの基準なので対局する機会があったなら彼らが適当に調整してくれるでしょう。

 関心があるのは観戦出来たり、実際に対局できるところ(リアルもネットも・・・それに韓国ですがタイゼムもネットで打てるので含んで考えます)。
 「日本棋院認定」:これがや曖昧、、、幽玄の間と通常の認定とは差があるような気がします。それとネットで観戦していて、『これが高段者の内容』と思うことも結構ある・・・マアそれは傍目的な判断基準で、自分が実際に打つと違うのかも知れませんから、あまり大きなことは言えないのかも知れませんが。
 「バブル碁会所」:これは基準が他人ごとながら恥ずかしくなるくらい大甘。これも過去に何回か実際に打っているのですが、ある囲碁サークルで10段格の人に互い先で負けていないし、ある囲碁クラブの7段格の人に2つ置かせて・・・これはもう私の棋力は関係なく、そこの段位の指標基準になっている人が問題なんでしょう。こういうところでは有力会員みたいな人が「自分は初段だとか二段」と主張するとその基準にせざるを得ないようなところがある。
 「辛口碁会所」:私が通っていた碁会所では、当初は席亭の営業方針でかなりの甘口になりそうだったところが、席亭交代後辛口とまでは行かないまでも、中辛くらいにはなっていったようです。そうするとどういうことが起きるかと言うと・・・例えば交流会とか各種の市の大会などで対局をする時「あそこの段は辛いとか甘い」などと言う評価が出来るので、他の参加者に一目置かれる。
 「サイバー標準」:一口にサイバー標準と言っても私の感じでは相当に差がある。 KGC>パンダ、タイゼム>=サンサン>幽玄の間、いくつかのネット囲碁クラブ(経験での感想で評価)
 実際に打つ時にある段位を意識し、それを維持するとか上がりたいと思う時に辛い方が苦労は多いのは当然ですが、外からはある意味で尊敬に近い目で見られるかもしれませんから、そういう満足感とか充実感がある。
 
 昔は段級という物差ししかなかった・・・『初段にはイマイチなんだけれど、初段という肩書を貰うと初段にふさわしい内容になる』(本人の努力がこれまでと変わると言うこともありますが)というkとも有りました。
  インフレ系の団体の段を名乗るなら、気が引けるところがあるかもしれませんが、辛口系のところの段なら一般的には低めの段であっても胸を張って言えるようなところがあります。
 インフレ的段位を言ってしまうと「御止碁」みたいに、その段位では打てない感じで、ごく親しい仲間としか打たない傾向になるかもしれません。
 辛めで低段の表示では少し寂しくても「インフレ段位」と言う目で見られるよりは良いと思う筈ですがその辺の気持ちの揺れは微妙。

 私の知っている方は、コミュニティでは「棋院の段持ち」と呼ばれるのを嫌っている・・・否定しないところを見ると何段かは分かりませんが免状は持っている筈です。
 しかしはっきり言わないところを見ると持っている免状の段位とそのクラブでのランクに少し差があるような感じです。
 「免状持ち」と呼ばれるのは多少のからかいと、羨ましい気持ちが半々だとは思う・・・ここはコミュニティには珍しい辛口クラブのようです。
 さて大雑把な私の感想では;「KGS」>「パンダ」、「タイゼム」>=「サンサン」>辛口碁会所、「幽玄の間」、「対戦」>>「バブル碁会所」
 これは経験した範囲での感想(『薬の効果は個人の感想です』みたいなもの)。
  碁会所は相当幅がありそう、それとコミュニティのクラブは一般には甘いところが多い(勿論例外はある)。

 さてある方の棋力換算表では・・・日本棋院の認定のランクが高くて、そこはチョット違和感を感じました。
 その部分だけを取りだして個人的にランクすると、「辛口碁会所」>=「幽玄の間」>「棋院認定免状」=「バブル碁会所」のイメージなんです。
 そう幽玄と免状は連動していないような気がします。
コメント   この記事についてブログを書く
« 「囲碁初心者さん」 | トップ | 餅つき »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事