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なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

受け継がれる記憶

2011-03-16 20:58:56 | Weblog
 私は戦後数年して生まれ団塊の世代と呼ばれる。
  何をやるにも常に競争を強いられている割にはご褒美が少ない、ちょっと不公平な世代とも思う、、、マア折角この世に送り出して戴いたのだから不平より感謝ですね。
 でも、子供時代からヒネたところがあって「人は何のために生まれたのか」などと言う作文のテーマには,心の底で「気がついたら生まれていただけの事で理由なんてない」と思っていたからマトモな事は書いていない筈です。
 この事については今も変わっていないので、そういう大命題を前にすると白けてしまうのは変わっていない、、、要するに私は”進歩”していない。

 ところでこの原稿の下書きをしている最中に大きな揺れがありました。
  震源は静岡県東部富士宮方面とか、、、震度6+!!、、、何だかこの間の東北沖から震源が段々南下しているような感じ。
 大きなプレートとプレートのひずみは1つの地震では収まらなくて、幾つもの地震を引き起こしているのでしょうか?
 ともあれ先日の東北方面の揺れは観測史上最大だとか、、、と言う事は今後私などが生きているうちはアレ以上の地震に遭遇しない可能性が大きいと言う事だろうか?
  私の祖父母の世代から関東大震災の惨状が語り継がれてきたけれど、これからは東北沖地震が伝説になるのでしょうネ。

 話が少し横に逸れますが、私が生まれる数年前、民族的記憶?として戦後のドサクサの中で生き抜いてきた話がある。
 買い出しとか耐乏生活とか・・・こういうものが祖父母・父母の世代から話として聞かされてきた。
 私の子供時代は貧乏ではあっても戦後すぐの闇市時代とは違った筈、、、でも配給は終わったものの「お米の通帳」などがあったりして、、、。
 オイルショックの時に「洗剤」「トイレットペーパー」「カップヌードル」などを買いあさった流れ、今度の地震で乾電池・懐中電灯・水・弁当類・パン・ガソリン・・・などが売り切れるkとと少し似たところがあるような気がする。
 こういう流れ、、、何が不足するかを素早く判断し家族のために買いに走る。
  そういう家族愛も有るのかもしれませんが、少し寂しい。
 もし本当に「不足」がやって来るなら多少早くなるかどうか程度の違いですから、目の色を変えて我勝ちに買いあさるのってチョット、、、。
 困る時はみんなで困るしかない、、、「自分と自分の家族だけは少しでも楽をさせたい」のでしょう。
  しかし、そういう事が受け継がれ語り継がれて行くのは寂しい気がする。