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なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

コウが好き

2008-07-04 17:34:13 | Weblog
 昨日に続いて今日も1局打ちました。
 一寸前までは毎日碁を打つのは当たり前だったんですけど・・・それも2局ぐらいは日常的に。
 それがいつの間にか、1日1局ペースになり、そのペースも守れなくなってきたのはやはり寄る年波でしょうか。
 イヤ、本当は1日1局というペースを守らなくてはいけない理由も無いのですが、昔と違って自分で打たなくても、観戦でもなんとなく満足してしまうところがあります。
 昔なら、食事で腹いっぱい食べなくては食べた気がしなかったものが、腹7,8分で満足するようになるのと似ていますか。
 若い頃なら、質はともかく量が重要だったのが、いつの間にか質のほうにウェイトを置くような年になったということでしょう。
 と言っても食事で、高価な素材を楽しむようなリッチさではなく、自然な味を楽しむとか、出来るだけ旬の物を食べるとか、過度にカロリーを含むものは敬遠するとか、、、その程度ですが。
 見方を変えると簡素な素材で出来るだけ薄味で食べるので、質素を絵に書いたような食事で、まさにジイサマとバアサマの二人暮しの食事です。

 さて碁の話に戻って
 30代、40代では平日でも碁会所で1日に3局くらい打っていた事もありました。
 夕方会社を出て、家に帰る前に必ず碁会所に寄るのが日課でした。
 仕事シンドロームとかお酒を飲み歩くわけではありませんが、これもやはりマイホームパパとは対極の存在。
 そして土日は半日は碁会所にいたでしょうから、1時間に1局として平均5局くらいとすると土日で10局で、平日と合せるとほぼ1週20局。
 すると、1ヶ月で80局前後で、年間1000局近くは打っていた時期があったことになる
 場合によってはもっと打ったかもしれませんが、年間1000時間を碁のために費やしていた時期があった!、、、その割には・・・という嘆きも無いわけではないですが。

 ともあれ碁会所で打つということは、しかも毎日、、、これは席料・飲食代・交通費に加えて、囲碁仲間との交際費などもかかるし、囲碁関係の本・新聞代から棋院の会費までかかるし、当時はヘビースモーカーだったので碁を打ちながら煙になった代金も馬鹿になりません。
 ですから考えようによっては、出世も家庭も考えず、囲碁で時間とお金を消費してきたわけですが、自分にはそのくらいの価値があったということです。
 尤も、「亭主は元気で外が良い」というか「悪い遊びでは無さそうだし」ということで遊ばして戴いていたのかも知れません。
 放し飼いの一種でしょうね。
 尤もバアサマは囲碁を知らないので、「囲碁は高尚な遊び」という固定観念と言うか思い込みがあって、少々のことは黙認状態なのでしょう。

 ところで今日の1局は久し振りの会心の1局だった。
 手合いは私の先で、白コミ出し・・・こういう手合いが好きです・・・先でコミまでもらえる。
 但しもう少しで2子の手合いになる相手ですから、キチンと打たないといけません。
 それでも、白さんには「白でコミも出さなくてはいけない」と言う意識があるに違いない(私も立場を変えれば、まず考えることです)、序盤からヤヤ無理をしてきているように見えました。
 黒としては五分五分の別れで打てれば良いわけで、、、
 序盤から白の薄みをついて主導権を握れました。
 白さんのちょっとした無理を捉えて、形を更に歪めるとか、コウを含みにして打つとか。 
 こういう、イヤらしい攻めは大好きです・・・性格がそうなのか。
 中盤の75手目辺りで,コウを仕掛け戦線を拡大し更に大きなコウを仕掛け・・・
 マアこういう時の戒めとして、「決して損コウを打たない」「決して譲れないコウなのか、条件闘争的なコウなのか見極める」のようなことでしょうか。
 
 そういえば私はコウが好きだと自分でも思います。
 ザル仲間では、コウを怖がるとか避ける人の方が多いようなので、これも一つの武器なのかも知れません。
 もっとも強い人には通じないというところが悩みです。