音信

小池純代の手帖から

日毎の音 柱 201231

2020-12-31 | 日記

  柱


 見つからぬやうに柱から柱へとそのやうにして年を越ゆなる


 魂柱といふシャーマンをひそませてつたふるはただうつろのふるへ


 この世にて柱忙し神々を数へ貴人を位牌を数へ


 いつくしき神の裳裾の手触りにふさはしき名ぞ柱状節理


 目次から飛び来てしばし陸続とページの余白に柱は並ぶ





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日毎の音 枕 201230

2020-12-30 | 日記

  枕


 これやこの枕詞のかかりうけ遠くて古くてしかし間近な


 「日」に掛かる枕詞の多きことなにかあかるき日を待ちゐしか


 長き長き枕なりける旧約の時代を過ぎて悲劇佳境へ


 この夜もたどりつきたり枕とふもつとも小さき仮の宿りに


 笹の葉にそそぐ雪かもくらぐらと枕につもるゆめの雪かも
 




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日毎の音 豆 201229

2020-12-29 | 日記
  豆


 としずゑや丹波の国を讃へつつ褒め称へつつ炊く黒大豆


 どう煮ても旨き丹波の黒大豆名にし負ふかの楽器の如し


 水玉と言へば言へるがこの粒の大きさならば豆絞りなり


 豆を挽くことなくなりて静物として棚にある珈琲のmill


 かけねなく高野豆腐のうまき日よつひにやうやくここまで生き来し




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日毎の音 漢 201228

2020-12-28 | 日記
  漢


 すぐそこに和漢の架橋ありにしをついこのあひだまで銭稲孫


 銭稲孫「梁塵秘抄」漢語訳「微於夢中過」とや
              ほのかにゆめにみえたまふ

 言さやぐからくれなゐの漢心うすくれなゐのやまとことのは
            漢心:からごころ

 銀漢の漢こそ天の帝なれさきほど生まれ落ちたる幼帝


 銀漢は天の大河その底に星てふ金の真砂曳きつつ
      大河:おほかは
 




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日毎の音 石 201227

2020-12-27 | 日記
  石


 ひとつづつ箱から出して眺めたし露伴の石の歌の数々


 鎌倉の夏のもののふ涼しげに夢窓疎石の庭を見てゐる


 目のなかにあつたら痛いなほましてルビーの如き結膜結石


 さらさらと過ぎてゆきにき幼き日きれいな石を路に拾ひき


 石走る垂水の江戸の水底の新井白石石田梅岩




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日毎の音 逃 201226

2020-12-26 | 日記

  逃


 「身を低くかがめて折を見て逃げよ」わが先達は逃げの名人


 立ち止まればたちまちそこから腐敗する逃げよ墓標の前であつても


 世界から逃げ場が消えてしまふなんてこれが新世界だつたなんて


 逃げ逃げ逃げてなにからか知らず逃れ逃れ逃れて死へ逃げ込む


 闘つて勝つよりも闘はずして勝つよりもただ逃ぐるに如かず




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日毎の音 冬 201225

2020-12-25 | 日記

  冬


 滅亡にも名残あるてふはつかなる実りの果ての冬ものがたり


 笑み割れて果実は冬をよろこびぬ風のナイフが走りてのちを

 
 わたくしも此の世の居候につき庭はいつでも冬枯れてゐる


 仮りのものを返しただけのお話に白い疑問符群がる真冬


 にぎやかな日々を詰め込みやり過ごすきびしき冬のひと月がほど





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日毎の音 草 201224

2020-12-24 | 日記
  草


 香り草枕に詰めて草枕旅に出ようか夢草摘みに


 緑濃き種々の草束ねてむグリーンブーケのリボン幅広


 黒森に紛れかゆかむ睫毛濃き緑衣のひとは草を踏みつつ


 露草の月草の浮草の青浮草の青草の荒草


 草庵はございませんで詠草の反故の庵にお越しください
 




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日毎の音 香 201223

2020-12-23 | 日記
  香


 火は煙りを煙りは香りを連れてくるこの連なりは水に似てゐる


 PALO SANTOその意味聖樹夏の喪に賜りし香を冬の夜に焚く


 鉛筆のやうに削られ香木の煙は如何な文様をゑがく


 西行を読むための風杉の風けむりモノラル「高野霊香」


 紀州杉の香りいささか執念くて奥にどうやら脂の存在






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日毎の音 切 201222

2020-12-22 | 日記

  切


 切れ者と呼ばれしことも朧にて切れやすき糸増えて老いびと


 「どこからも切れます」といふ切り口よ鋏があるからだいぢやうぶです


 炭を切る灯心を切る太陽を切ることかなはねばその代はり


 切れ切れの空の遠音をひろひつつ夕べ鳥棲む森まで行かな


 切々と霜降るらしも足音に汚れし庭の癒えてゆくらし
 



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日毎の音 房 201221

2020-12-21 | 日記

  房


 かつて詩のともだちだつた筆・硯・紙・墨、四宝と呼ばれし昔


 工房に椅子ひとつあり人ひとり寄り来て座る独房なれば


 くだものを一房一房並べ置く石とも花ともつかぬ物象

 
 安房の国鋸山の白き石切り立つ山を切り分けて来し


 すつぽりとくるまれてゐてよいと言ふ宿房といふ場所がさう言ふ




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日毎の音 壁 201220

2020-12-20 | 日記

  壁


 壁面に落書きをすることもなく過ぎ来てやがて透きとほるかな


 壊されてしまへば壁はたちまちにありにしことも忘れられたり


 お豆腐の角ではたぶん無理だらう豆腐の壁ならもしやあるいは


 空もまた壁のひとつでそのうちの小さいやつは天井といふ


 丸つこいトリコロールのバスを待つ煉瓦の壁に肩をあづけて






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日毎の音 百 201219

2020-12-19 | 日記
  百


 八百万の神の空言晴れ晴れと嘘八百の雲を浮かべる


 校庭の緑のなかを真白にぞ百葉箱の神秘空間


 百伝ふイソジン液の風聞のいまはいづこを漂ひぬらむ
 百伝:ももづた

 ひとつことなりししるしぞ貴船川百夜参りの果ての蛍火


 百日が過ぎてなにかが変はるとは思はざれども祈らざれども





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日毎の音 降 201218

2020-12-18 | 日記

  降


 火の雨が降つてゐますよ太陽の冠が溶け降つてゐますよ


 降三世明王忿怒の火を放つ果肉のごとくみづみづしき火を
 ガウザンゼミヤウワウ

 しろいみちしろいみづうみしろい壁ゆき降らぬ日の豪雪の町


 ありがたいことに夜更けは下り坂ゆるゆると夜の底へ降ちぬ
                         降:くだ

 降り物といふ化け物や雨霰雪露霜や水の化け物






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日毎の音 燭 201217

2020-12-17 | 日記

  燭


 燭ひとつ澄みてかがやくその巡り闇の深みの極みなきなり


 燭を手に夜通し遊ぶ燭を手にともしつづけて夜を滅ぼす


 燃える火を彼の頭に積みましたミリエル司教の銀の燭台


 おそらくは紙燭のなごり手にならすスマートフォンのひらたい光


 燭光はカンデラでありカンデラはキャンドルである光度のみなもと




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