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音信
小池純代の手帖から
日毎の音 本 201216
2020-12-16
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日記
本
手放してしまへば本は戻らないその一冊を読んだ時間も
見開きのままのページははためきて飛びたたねどもたしかに翼
本心がどこにあるのか自分でも分からぬほんとにあるかどうかも
手本ではなく見本ですこのやうなとそのやうなほどの違ひです
本棚といふお城から取り出した一冊もまたお城なのだが
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日毎の音 鳩 201215
2020-12-15
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日記
鳩
鳩サブレ食べ尽くされて缶ひとつ残りをりけり玉子色の缶
万太郎春鎌倉の一句かな無駄なく無理なく鳩サブレたり
豊島屋の落雁「小鳩豆楽」の小粒ながらも鳩胸みごと
高く高く鳩を放てど袖口にぎゆうぎゆう詰めの小鳩のリアル
雉鳩が空気の層を示しをり羽根もて叩くごとき声にて
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日毎の音 泥 201214
2020-12-14
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日記
泥
春泥の泥こそ冬の名残なれ雪の真白をふふむその艶
金泥を溶くゆびさきのたゆたひや金のためらひ泥のとまどひ
川底の泥ゆたかなり大水の青ナイルをや白ナイルをや
大水:おほみづ
泥中之蓮を云ふとき養ひの泥をなんだと思つてゐるのか
泥濘の上澄みにつつ水を去る思ひを底に留めおきつつ
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日毎の音 暗 201213
2020-12-13
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日記
暗
篝火を焚かずに一人漕いでゆく誰にも解けぬ暗喩の隘路
明暗の明にも暗にも日は灯るどう転んでも一日は一日
ほのぐらくかつみづみづとありしかな水羊羹の餡のむらさき
暗澹の澹のよろしさ明るさも暗さもこのぐらゐの淡さで
つめたくてくらいところでゆつたりと蛹はねむるとろとろねむる
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日毎の音 札 201212
2020-12-12
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日記
札
裏表ありといへども新札の手の切れさうなきよらこそ見め
一枚を漱石五枚に崩すとき一葉前を向きつつさびしげ
万札が聖徳太子であつた頃高度経済成長の頃
退助も具視も指呼の間にあり手擦れはげしき札としてありき
花札は小さき歳時記手のなかに咲きつぱなしの花ありて良き
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日毎の音 十 201211
2020-12-11
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日記
十
十二月十日黒鳥発ちたまふ翼が溶けぬやうに夜空を
片や生れ片や逝きにし大粒の星の軌跡がクロスせりけり
等分の材料四つ合はせたるカトルカールを十の字に切る
十人が十話を語るものがたり花の都の花は病めども
「十日雨糸風片裏」春雨もそよ秋雨も風のまにまに
とをかうしふうへんのうち
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日毎の音 紅 201210
2020-12-10
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日記
紅
掌中の水晶玉の末裔が「紅まどんな」として降臨す
くれなゐの果肉と果汁で満ちてゐる虚実皮膜の皮膜の薄さ
讃へれば讃へるほどに名の所為かハラスメントめく「紅まどんな」
筋もなくむろんのことに骨もなく果肉でできた紅の火腿ぞこれ
火腿:ハム
紅色といふより丹色ほのぼのと灯りをりけり夜のくだもの
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日毎の音 空 201209
2020-12-09
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日記
空
どの地層も一度は空を仰ぎけむ一度は空の青を映して
そらにみつやまとこそ空その空はほろばず空に憑りて満ちみつ
空:くう
歓声を抑へて開けてみたきものパパ空海の大唐みやげ
まじなひのやうなマジックのやうなママ空海の偈頌誦する数珠
偈頌:ゲジュ誦:ジュ
令和三年「群像」一月号安藤礼二「空海」序章
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日毎の音 差 201208
2020-12-08
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日記
差
仏語風に差別をシャベツと読んでみる爽やかなたべものを思ひぬ
仏語風:ぶつごふう
役に立つ者は男女の差別なく使ひたまひぬ 神の如しも
内緒だがしてゐる差別を気づかれぬやうに厭人癖の冬帽
塵すらも同じ地点にあらざるをありあまる差をいかにか計らむ
どちらかに吹き寄せられてゐるここち風のこころのはつかなる差異
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日毎の音 柿 201207
2020-12-07
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日記
柿
三郎も太郎もここに来たれかしわが眼前の柿の名「次郎」
どこをどうどこから見ても収まりのよきかたちなり角丸の柿
蔕さへも動かしがたき位置にある次郎柿その蔕の十文字
ああ熟柿 時熟の時を蔵しつつやがて隠れもなく崩れけり
生家にも婚家にもありし柿の木の実り溢れていまは無きなり
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日毎の音 袋 201206
2020-12-06
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日記
袋
頬袋にはシマリスの人生が髭袋には猫の矜持が
人は血の詰まつた袋或る人は眠りを詰めた寝袋なるらし
福袋の福のフォントは馥郁といまここにある福を示しぬ
臓器とふ五色の袋身のうちを奏でてわれら風琴の類ひ
傳はそも袋を運ぶ人の謂大きな蕾背負つてはこぶ
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日毎の音 喪 201205
2020-12-05
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日記
喪
喪の服は光沢のない黒がよしかがやくものは忌むべしといふ
うすずみがふさふと思ふ喪の仕事うつすら暗く香る青墨
かがやけるものたちがよりかがやけるところへ発つを見送る服喪
漱石の左腕の喪章潜ませて千円札は流通せりけり
すばやきものまばゆきものが過ぎてゆくまでの真闇を喪の服とせり
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日毎の音 至 201204
2020-12-04
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日記
至
いますこし耐へれば六花と咲くものを雪に至らず降りそむる雨
昼過ぎて細雨に至る雨催ひ丁度よくなる暗さの加減
亡き人の至善を思ふこれよりは善も善ならざるもなきなり
ぼこぼこの柚子と南瓜を並べ置く冬至前夜の空気ほつほつ
天体の営みなればなにをするわけでもなくて夏至を過ごし来
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日毎の音 寒 201203
2020-12-03
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日記
寒
寒気団ぞくぞくと来て動かざり清浄歓喜団こそ来寄せ
晩年はどうやら寒いものらしい寒花晩節かぐはしけれど
身めぐりの寒をあつめて凍えつつ身ぶるひしつつひらく紅梅
待ち望む焦がるるほどにまちのぞむいまの寒さを忘れんがため
はつふゆのよく晴れた日の広き坂寒さ混じりのひかりを溜めて
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日毎の音 紙 201202
2020-12-02
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日記
紙
万感と言へど思ひは一包み紙ばかりなる不祝儀袋
遠ぞきてゆく大いなる実感や紙幣硬貨の宝物感
雪の城とけたら水に紙の城燃えたら灰にではなくて火に
蔡倫が失くせしものは紙に化け生きつづけなほ産みつづけたり
本が飛ぶああ紙の鳥本が行くああ紙の舟みなひとり旅
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