音信

小池純代の手帖から

元政の詩 1

2020-05-26 | 日記

 

 廬 並序    元政    

   廬懐友也 吾友久不来 
   吾亦 病而不能往 思而作是詩也

 竢君於廬乎而
 黙黙少娯乎而
 此日又欲■乎而  ■:日+甫
 竢君於門乎而 
 黙黙無言乎而 
 此日又欲昏乎而
 竢君於路乎而
 黙黙獨歩乎而
 此日又欲暮乎而


「序」は、
「庵で友を思つた。友はしばらく来れぬまま。
わたしは病で行けぬまま。そんな思ひの詩がこちら」といった意味。
詩の方はこんなふうな意味。 

   部屋

 部屋に居てきみを待ったよ
 黙ったままでつまらなかった
 この日も外が暗くなったよ

 門に出てきみを待ったよ
 黙ったままで言葉が失せた
 この日も夜が近くなったよ

 路に来てきみを待ったよ
 黙ったままで歩きつづけた
 この日も暮れが深くなったよ

 †

元政は江戸前期の学僧。いい人そう。
表記は新仮名にして翻案してみた。
つられて浮かぶ一首が、こちら。

 古畑の岨の立つ木にゐる鳩の友呼ぶ声のすごき夕暮れ 
                     西行






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十喩 二十首

2020-05-05 | 日記
    十喩   
          

  幻

たそがれとよるのあはひのあはき灯よいのちといのちならざるものよ

まぼろしのいきものらしきものかげをいけどりにしてゆめに放てり


  陽焰

触るるものみなかげろふになるといふ火とも水ともつかぬゆびさき

そのさきはしらしら知らね逃げ水の映せしものも水の捨て処も


  夢

花のお茶さめないうちに飲みませうさめないうちはそれゆめのお茶

通ひ路といふはあるらし夢に来てかならず扉の横に顕ちをり     *扉:ドア 顕:た


  影

あしたには耀ひゆふべには翳り露の身の影夜見にやすらふ     *耀:かがよ 夜見:よみ

映すものなくなりしかばしんしんとただ泣くばかり鏡のおもて


  乾闥婆城                          *乾闥婆城:げんだつばじやう

なにもかも沙といふのに海市にてかかやく沙を沙もて買ひき      *沙:すな

ゆめでみた町に生まれてゆめをみて覚めてさてどのゆめに戻らう


  響

万緑の森羅万象響動もしてきみなき町に生まれ落ちたり       *響動:とよ

栂の木のいやつぎつぎのみづしづく涙とこそ言へ灘とこそ聞け    *栂:つが 涙:なだ


  水月

さかづきの月はちかぢかやまごしの月ははるばる天はふかぶか

珈琲の琥珀に月を閉ぢ込めつ疾くとく見ばやとくと呑まばや     *疾:と


  浮泡

ことばはや水なき川にむすぶ泡いろなき風にあそぶ花々

花ごころよりもつめたき淡ごころよりもつらきはこの泡ごころ     *淡:あは 泡:あわ


  虚空華

かの酒は花なりしかな亡き人の酒器ことごとく花器となりたり

天涯を覆ふにあたり花色の麻にしますか木綿にしますか       *木綿:ゆふ


  旋火輪

散りにけり小庭の花火散りにけり煙のにごり光のなごり

ともしびの火先がゑがくものがたりゆめならさめよ火ならばきえよ


               ◆小池純代「十喩」『短歌研究』2020年4月号


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十喩詩 10 ひのわ

2020-05-05 | 日記
空海「十喩詩」より

   十 詠旋火輪喩

  火輪隨手方與圓 種種變形任意遷
  一種阿字多旋轉 無邊法義因茲宣



翻案二首

  ひのわ

松明の火は尾をひきて線をなし文様をなし文字をなせり *文様:もんやう 文字:もんじ

アの音をはなてよ声は糸となり網となり一切を掬はむ




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