音信

小池純代の手帖から

日毎の音 唐 200930

2020-09-30 | 日記

  唐


 長安の空気や如何に空海の入唐の日の空気や如何に


 バグダード唐に遅れて咲きにけり咲きにけるかも散るをめがけて


 中唐は熟れてぞ種子を溢れしむ詩人とふおびただしき種子を


 牡丹花の崩るるときに露るる蕊うつそりと唐代の李賀
           露:あらは

 宋詩は茶唐詩は酒といふ比喩を朱椀のやうに両手に包む





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日毎の音 白 200929

2020-09-29 | 日記

  白


 白い箱に本を詰め込み積みあげつ白い煉瓦の家を模しつつ

 
 白いものがむやみやたらと増えてゆく巡りの闇をつぶす如くに


 白濁の濁にも白にも力あり闇も光もさへぎるちから


 ふる雪の数ほど白のいろかずがあるはずなのにとりあへず白


 白のシは死でせう白のロは炉ですひとしなみひと白くなり果つ





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日毎の音 粉 200928

2020-09-28 | 日記


  粉


 ゆたかなる雲描かむと溶く胡粉もともとはそも白き貝殻


 中国の神話の女神土を捏ね人を造りき粉まみれなり


 壊れたる空塞がむと石の粉練る女神あり粉まみれなり


 粉を打ち人のかたちに生地を抜くいまぞ人類創世の午後


 粉砂糖粉米粉雪粉微塵うれしきものよ六塵の塵
     米粉雪:こごめゆき





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日毎の音 貝 200927

2020-09-27 | 日記

  貝

 フランネルの丸襟の雲にうづもるる貝の釦の雲母かなしも
                     雲母:きらら

 貝殻を小皿代はりに一夜二夜たのしみてのち絵皿に代へる


 貝櫓いくつ建てけむ蛤のかく厳かに口開きつつ


 貝細工みれば可笑しきほど無意味意味なきぞよき江の島土産

                       「潮干狩り」
 シジミよりアサリアサリよりハマグリハマグリよりもマテ貝が吉




                  
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日毎の音 鉄 200926

2020-09-26 | 日記

  鉄


 くるしみの実をかこつなよくれなゐの電鉄に実を投ぐるなよゆめ


 いなづまの京急電鉄しほさゐのとほいかづちの京急電鉄


 鉄の石長比売よ京急よ大岡川の佐久良の姉よ
       鉄:くろがね 石長比売:いはながひめ 佐久良:さくら

 三崎港からの釣り人横須賀港からの水兵鉄路は運ぶ


 ああ水のひかりが見えるいそいそと歓を交はせる鉄路と車輪
 






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日毎の音 陶 200925

2020-09-25 | 日記

  陶


 陶枕の猫はつめたし頬のしたに小膝のうへに夏向きの猫
                       頬:ほ

 つや消しとつやのあはひのほのひかり波山の陶のポストカードの


 くちびるに陶のあつみのつきづきし秋一刻の夜の降ちに
                       降:くた

 のむときは何処のまざるときは其処陶の茶碗の藍の唐人
                      何処:いづこ

 遠国の海の暮らしを思ふかな陶の破片の淡き唐草
                      遠国:をんごく





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日毎の音 缶 200924

2020-09-24 | 日記

  缶


 みんなみのあかるき海の渡来ものオレンジいろの角丸の缶


 オリーブの実のくろいのをまづひとつ次に鰯を缶ゆ引き上ぐ


 オリーブのあぶらゆぶねは金の缶ぎんの鰯のねむるまにまに


 缶切りのコキコキコキも缶蓋のギザギザギザも過去の日常


 非常とも非日常ともつかざるを日常の餐缶のテリーヌ





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日毎の音 窓 200923

2020-09-23 | 日記

  窓


 ITのごくあたらしき窓としてzoomは開く数多の角窓


 外は秋なのであらうが窓を鎖す雨粒のやや硬きを受けて


 窓といふ文字のかたちは恋とよく似てゐてしかし戀とはちがふ


 窓二箇所あければ風がぞろぞろと通つて街の路と変はらず


 木の枠の湿りを欲りすなかんづく窓のガラスのいびつを欲りす




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日毎の音 鋏 200922

2020-09-22 | 日記

  鋏


 裁ちばさみ使はずなりて幾年ぞ布裁つ音を久しく聞かず


 和鋏は刃物なれどもてのなかに雀鳴かせてゐる心地にて


 左手に鋏の穴はふさはずきこの世と反りの合はぬしるしに


 挟むだけなりしがやがて切ることに鉄のやることなすことはこれ


 はさみとは会ひと別れをくりかへし縁は切れずに糸を切るもの




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日毎の音 北 200921

2020-09-21 | 日記

  北

 夏の終はり秋のはじめの北海道物産展をわれらよろこぶ


 風呂敷のかたちの北の島ゆ来しゆたけきものを包み持て来し


 山盛りにあらざるものは此処になし北の海より届くつぎつぎ


 青は空白は雪なる北の空のその清涼の羨しきろかも
                  羨:とも

 万緑のときかたまけて刈りつつぞ狩りつつぞ行く北の短夜




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日毎の音 麻 200920

2020-09-20 | 日記

  麻

 麻の襯衣麻の洋袴の朝戸出やいまだ浅傷の晩夏の翳
         襯衣:シャツ 洋袴:ズボン 
         朝戸出:あさとで 浅傷:あさで 晩夏:おそなつ


 夏は麻ばかりを愛し秋は麻少しく愛しそののち知らず


 涼しさのかそけき謎のほのほのと壊されてゆく麻の手巾の


 ひと夏を重ねていまは何夏ぞなじみの麻に風をとほして


 草枕グラス・マットの麻ぬのは朝な夕なに露を吸ひつつ





  
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日毎の音 箸 200919

2020-09-19 | 日記

  箸


 数ふるに箸は一膳二膳とふ箸こそ膳の要なるゆゑ


 箸やすめほどの話柄に「膳」といふウイスキーのありしことなど


 箸二本一対なれど左右なし女男老若もなくてうれしゑ
             女男:めを

 箸先と筆頭があり箸後と筆尻はない箸の各部位


 箸先のかろがろ運ぶものどものそのおほよそは死せるものども





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日毎の音 壺 200918

2020-09-18 | 日記

  壺

 石榴大の壺と無花果大の壺並び互みに笑まはず割れず


 まんまるの小壺にまんまるの菊を二連の星のごとく挿したり


 塩壺といふ硝子壺大切の塩を蔵せり昭和の半ば


 肉厚のガラス涼しきインク壺夏は夜明けの青を湛へて


 梅の実を煮詰めて壺に分けくるるいとよきひとのよき日の名残






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日毎の音 時 200917

2020-09-17 | 日記

  時


 家ぬちに十あまり一時計ありそのうち二つ動かずなりぬ


 わが家に時計九つ生きてありみな好き好きの時刻を指して


 目覚ましはかならずふたつセットして枕叩きのまじなひをする


 カレンダア気づいたときに捲るまで捲らなければただただ九月


 猫仔猫ほとけ花花古物花この七年の暦の主





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日毎の音 硯 200916

2020-09-16 | 日記

  硯


 黒船となづけしことも秋彼岸鍋倉山産龍渓硯


 星月夜鎌倉殿の馬の名を戴く硯二石鎮座す


 なぜ馬が硯に化けて此処にゐる磨墨は黒池月は赤


 鎌倉の腕は相模の海を抱く硯の陸は古墨の海を
              陸:くが 古墨:こぼく

 青墨と水と硯が相合ひてきよきかをりを流しくるるも
              青墨:あをずみ






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