音信

小池純代の手帖から

雑談44

2022-06-30 | 雑談

  鼎茶銷午夢
  薄酒喚春愁
  杳渺孤山路
  風花似旧不
       (芥川龍之介「我鬼句抄」より)



 〈翻案歌〉

 ひるすぎのゆめこなごなに消えさうなお茶の器と器と器

 くちびるにうすき硝子の淡き酒はるの愁ひの呼び水すこし

 山ひとつ山みちひとつ人ひとりはてなかりけりはかなかりけり

 けふはけふきのふはきのふさうかしらゆるるは風か花か知らずも

  †

龍之介の漢詩で残っているのは三十数首。
手帳や手紙に書き付けたものがほとんどのようだ。
五絶、七絶が多く、たいがいきちんとしている。
きちんとしていて、しかもかわいらしい。
とてつもない空漠のなか、素早くうつろう物象の
なんと可憐なことか。




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雑談43

2022-06-15 | 雑談

  一身独生歿 電影是無常 
  鴻燕更来去 紅桃落昔芳
  華容偸年賊 鶴髪不禎祥
  古人今不見 今人那得長
            (空海「遊山慕仙詩」部分『性霊集』巻一)


<翻案歌>

 生まれてもひとり死んでもひとりきり鳴る雷のひかりもひとり
                    雷:いかづち

 来ては去る雁つばくらめ香つては散る桃の花そらの旅びと


 歳月が花をぬすんでゆきました残る白髪白銀ならね
 歳月:としつき              白髪:しらかみ 白銀:しろかね

 いにしへの人いまに見ずいまの人いつしか見なくなつてそれきり

   †

6月15日は遍照金剛空海の誕生日。
こころばかりの金剛石の影。

  

            参考:坂田光全『遍照発揮性霊集講義』
        https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040615





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六志 十二首

2022-06-11 | 歌帖

    六志

         一曰直言志。二曰比附志。三曰寄懐志。四曰起賦志。
         五曰貶毀志。六曰讃誉志。 (「六志)」『文鏡秘府論』)
                       *六志:りくし



     一 

 みづしづくふるへをりけりふるへつつおのれのほかの渾を映す
                         *渾:すべて

 朝朝夜夜つゆは葉にむすびうたはこと葉にむすびてこぼる
 *朝朝:あさなあさな 夜夜:よなよな

     二 

 どなたさまも仮の宿りのひとり客つゆの間つかの間つれなしの間の


 蓋あかぬ小櫃のなかに住むここち天地東南西北や壁
     *小櫃:こびつ

     三 

 然様ならさらばしからばそれならば君いま暫しここにゐたまへ
 *然様:さやう

 君見ずや知るや知らずやそののちを移るうつつのうたての果てを


     四 

 片割れがわれてわかれてゆく朝我こそ裂けて塵か散りぬる
              *朝:あした

 死の終はり生の始めに暗しとふ涼しからずやその両の端
                       *両:りやう 端:はし

     五 

 詩は死者の手紙日付も宛先も余白の雨にやがて隠るる


 音沙汰のなき一日の雨の音梨の礫の雨降りやまず


     六 

 ちさき星とはいふものの此処にまで届くほどつよきつよき星なり


 なき人がゆめに住まひてさししめすうつくしかりし日々のそこここ



         ◆小池純代「六志」『短歌』2021年7月号
         ※初出時の誤記を修正しました。





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日々の微々 220602~0605

2022-06-05 | 歌帖



    水無月 四首

 たちどまりすこしおどろきふたたびをあるきはじめるまでの薫風

 梅の実の香りほつほつ梅の実を摘むゆびさきは雨滴にか似る

 青空の青を削つてふりこぼすいかづちの刃の閃きの黒

 どつと来てどつとさわいで去る雨のみづみづしいぞみなづきの頃


   家電愛 六首

 家電たちわが家電たちわれよりも一秒でいい生きながらへよ

 一日の仕事を終へてしづかなりため息ひとつなき洗濯機

 人よりも人らしき是れシュレッダー5分働き10分休む

 威厳あり。日夜たゆまぬ御はたらき冷蔵庫こそ家電将軍

 この家の主人がゐてもゐなくてもささやき交はす家電と家電

 壊れたらどこへ還るの君たちに宿るたましひかならず立派

 
   偶感

 どうも変どうしても変やはり変じつと見てきたことみんな変







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日々の微々 220601 

2022-06-01 | 歌帖


 息を吐くやうにつくうそ息を吸ふやうにみるゆめ 雲のゆふぐれ

 みし夢をことばにすればうそに化けわすれてしまへばうたにか化くる

 そこなしとはてなしとはかなしの差にそこはかとなく思ひを致す
      *
 亡き親はゆめに住まひす刺身ほか氷を添へて持たせくれたり

 亡き父も亡き母もともに機嫌よく暮らしたまへるゆめのなかの家
      *
 あまねくも嘘八百の雨がふるスピーチバルーンの雲をしぼつて

 ああゆめでよかつたと目をさますのがそれが死といふものであらうか

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