音信

小池純代の手帖から

雑談42

2022-05-22 | 雑談

李賀といえばこの一首。

  みづからは是れ誰ならむ玲瓏の月下に閉づる七月の李賀
         誰:たれ
                   石井辰彦『七竈』

    
李賀の詩から一行さらっと掬いあげたような一首。
こんな詩句が李賀の詩にあっても不思議はない。
“riga”の音と光に共振し反射しあう三十一音。

李賀の詩は李賀によって磨かれ、しかし李賀はそのなかには
いない。

   †

文人墨客が亡くなると天の宮殿「白玉楼」に招かれるという。
李賀伝説による故事だが、天帝にお呼ばれされずとも
詩人の呼吸する一首一首が白玉の楼そのものなのでは。
李賀がいま住んでいるのはその白玉楼だろう。

  

李賀「河南府試 十二月楽詞竝閏月 七月」
 
 星依雲渚冷
 露滴盤中圓
 好花生木末
 衰蕙愁空園
 夜天如玉砌
 池葉極青錢
 僅厭舞衫薄
 稍知花簟寒
 暁風何拂拂
 北斗光欄干


   †

漢字の並びを見るだけでも立ち上がってくる
世界を大切にしたいが、敢えてほぐすとしたら
だいたいこんな感じ。
 
 星は雲の渚につめたくうちよせ
 露は大盤にまるくしたたる
 よき花は梢に生まれ
 香り草はしづかな庭に枯れる
 夜空はまるで宝石
 池の蓮の葉はさながら青銅の硬貨
 舞ひごろもがすこしくうすい
 竹のしきものがいささかさむい
 あ 暁の風
 北斗七星のかがやきとかたむき



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雑談41

2022-05-16 | 雑談


石でないものが石になる、ということでは、
李賀「秋来」の「恨血千年土中碧」がある。

誰に読まれることもなく詩作に心血を注いだ詩人の血が
土の中で碧玉(エメラルド)に変わる。
赤い血液がどうして緑の石になるのかは謎。

春秋時代、周の賢臣が無実の罪で処刑された。
蜀の人が哀れに思ってその血を蔵しておいたところ、
三年後、血は碧玉になっていた。
という話が下地になっているそうだ。
李賀の詩は千年以上の生命を保ちつづけている。

 

かつて別のものだった石、これから別のものになることも
あるのではないか。

           †

  夏の陽に灼かれて日々をあるばかり石は花々のやうにひらかず

  眼をあけて末枯の野の石を見よいまかとび発つさまに光れる

            「あくびする花」杉原一司
            (『現代短歌大系11 夭折歌人集』)

           †

地中の血がエメラルドの石になるのだったら、
陽光に灼かれた石がいずれ花々になるかもしれず、
枯野に光る石がそのうち鳥になるかもしれず。

李賀は二十七歳、一司は二十三歳まで生きた。







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雑談40

2022-05-16 | 雑談


幸田露伴は「石」の歌をたくさん作っている。
『露伴全集』で、ざっと数えて八十首以上。
何の石なのか、一首一首に付してくれている。
現物写真のない、歌による鉱物図鑑のよう。

       †

      胸中石
  胸の中に石をいだきて石の歌をおもひつゝぬる夢のしづけさ

こんな概念的な少女のような可憐な歌もあれば、

      スフィンクス石
  笑みもせず愁ひもせずて長々し月々を目守る嗚呼スフィンクス


こういう大きな規模の歌も。「スフィンクス石」とは、
猫座りしているあの巨大な建造物を一言で表したのだろうか。
なんと大づかみな。
なお「ピラミッド石」という歌はない。

      天方黒石
  やけぞらの長路い行きて黒き石をおろがむアラブタアバン赤き


これもスケールが違う。メッカの黒石、そこにわらわらと集まる
赤いターバンの信者たち。どのぐらいの人数か想像もつかない。

      木葉石
  遠き/\劫初の木の葉沈もりて石と成りけむ近き/\世


木の葉が水底に沈んで長い歳月をかけて石になる、
なんてことがあるのだろうか。植物から石油ができるそうだから
そんなこともあるのかもしれず。
ああ見えて石だって生きているのに違いない。

       †

ひとつひとつ見てゆくと、歌も石も露伴も、
どれもこれもたのしい。

                 
 

 『露伴全集』第三十二巻 口絵写真


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雑談39

2022-05-14 | 雑談

封書やハガキを出すことがほんとに少なくなった。
それでも郵便局窓口のあたらしい切手をみると
そわそわする。

で、
このたびは石の切手シートを入手した。

  

西脇順三郎の宝石の詩、三傑を並べてみる。
主役が宝石そのものではないところがおくゆかしい。

      †

  何者かの投げた
  宝石が
  絃琴にあたり
  古の歌となる   
            一二八『旅人かへらず』
      †

  (履された宝石)のやうな朝
  何人か戸口にて誰かとさゝやく
  それは神の生誕の日。  
            「天気」『ambarvalia』
      †

  永遠の
  果てしない野に
  夢みる
  睡蓮よ
  現在に
  めざめるな
  宝石の限りない
  眠りのように 
          「宝石の眠り」『宝石の眠り』


  

『西脇順三郎詩集』那珂太郎 編(岩波文庫)より
表紙は西脇順三郎画、「水精たち」(部分)






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