それは、無茶な話だ。
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なんで?
まず、「結月ゆかり」と「紲星あかり」とは”何”か?と言う観点から入って。
一応、”そこ”に共有認識の領域があり、「答」的な物があるのだが。
”それ”が「誰か」では無く、「何か」作品、それだったりして、
それが何故か、前者がOVA「機動戦士ガンダム0083」であり、後者が一般的には表に出ていないだろう「フィロソマ」ライクシューティング「テラフォース 惑星シファから来た恋歌」だったりする、訳だが。
ともかくすっ飛ばして、何故か「結月ゆかり」は”ゲームが好き”で、「紲星あかり」は正に、その”ゲーム”であり。この辺、鶴巻マキにも通じる、彼女は「FPS」であり、故に「結月ゆかり」とも仲が良い。
…おう。
ともかく?”こういう感覚”の領域での「正答」に近い物がウケる、「好ましい」評価になる、訳だが。「意味が解りません」その返答に対して返答する根拠が無いのも現実で、しかし、”解る”人々は奇妙な同意を集めつつそう言う絵を描く時、そこに集中と共に、混沌が発生したりは、する。
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なるほどわからん。
そもそも、この「テラフォース」とか言うネタを何故、「紲星あかり」と言うキャラにしようとしたか?と言うのも謎だし、そもそも作者らがそれを何故知っているのか?も、大いなる混沌ではある。前記した、「1000円にしか成らなかったPCゲーム」を創るだけの理由、熱量、そう言うのを持った人々にしか解らない「絶対」のある領域があって、そこを人々は土台にしつつ暮らしており、人気作は当然の様に、”そこ”を土台にしてそれはそこにある。二次創作はその上に乗っかってるだけに過ぎず、良くも悪くもその中から、その「土台」に正確に接続していく人々の中で、次の一時創作みたいな物が発生していく、訳だが。その絶対領域に誰が居るのか?と言うと、昭和は「昭和天皇」だったが、平成に入り混沌化して、今は「大賀さん」が終端に有り、結論で1000人位の合議制、的には成っていて。その領域で「正しい」に成った物が土台に成っていく、そう言う形而上の領域はあるのだけど。
この混沌の結果、或いは今のカウンタ制御、それは有る訳だが。
数値に囚われるな、心の眼で見ろ!
そうは言われましても。