2007年(平成19年)5月15日付の、あがの新報さんの記事の一部を紹介します。 市島春城の生家(阿賀野市中央町2)は、2006年11月に解体されました。
※ 詳しく知りたい方は、あがの新報さんの新聞をお読みください。
春城の生家復元の費用として、新潟市中央区の旗野裕之さんが、2007年3月29日 市に資金援助を申し出。 2006年10月に発足した「春城会」は、春城の生家一部跡建物の復元・保存と有効活用などの陳情書を3月議会に提出し採択されました。 ただ、市は財政難の為に復元方法や管理方法などは、未定とのこと。
2013年6月13日に投稿した当ブログ(カテゴリー・歴史) 「阿賀野市、市島春城の生家離れ跡地 3」には、生家跡地の写真を投稿しています。そこには阿賀野市教育委員会が設置した 「春城生家跡地(市指定史跡)」と記載されている看板が設置されています。(上の写真の2枚目の看板)
2016年3月1日撮影。市教育委員会の看板が消えています。
2013年6月13日に設置されていた「市の看板」は、何故 消えたのか。 生家は復元されるのか? 寄付されたお金は、どのように管理? 色々なことが ありますね。 管理人