「こしの千涯」は、新潟県西蒲原郡潟東村で1895年に生まれる。投稿の絵たちの題材は「良寛さま」
こしの千涯は、最も良寛の心を描くことのできた画家と称されている「※ 2019年作品展の紹介文から」
(下)の絵5枚は、昭和62年(1987年)2月16日に郵便局信越支社が発売した絵葉書5枚セット。当時の切手代は40円。
2019年に、新潟県の出雲崎町 良寛記念館で、夏の企画「良寛の心を描いた画家 こしの千涯展」を開催した。
会期は 2019年7月2日~9月30日 作品展では初期から晩年を網羅する作品を展示。
下記は、1990年 新潟市中央区の伊勢丹で開催した「こしの千涯展」の案内ハガキの一部。
(下記)この時は、良寛没後160年、こしの千涯没後32年の記念として開催。真筆を即売した。32年前の事です。
1895年(明治28)新潟県西蒲原郡潟東村「現新潟市西蒲区」に生まれる。 本名・斎藤作一
1921年(大正10)横山大観に弟子入りを願うが叶わず、上野の日本肖像画学院で絵を学ぶ
昭和の初めに五泉市に転居する
1935年(昭和10)相馬御風著「大愚良寛」に感動し訪問。御風に「良寛さまに生きなさい」と勧められ、良寛画の製作に打ち込む。
後に千涯は「相馬御風先生は文章で良寛さまを世に表した。私は絵で良寛さまを表そうと思った」と語る
1958年(昭和33)2月27日 命終。62歳。 千涯の作品は良寛に関するものが、ほとんど。
(下)こしの千涯 「良寛さまと連れだって」
(下)上の絵の「拡大図」