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チラシの裏

正史と夢二

2022年08月07日 | 雑日
■竹久夢二って知っているかい?
★名前だけは。ぼくらの世代だと、林静一のほうですね。
■じつは「活動写真がやってきた」(田中純一郎 中公文庫)を読んでいたら、
夢二の最期が書いてあったんだ。どこで死んだか、理由は知っている?
★さあ、興味ないので。
■結核を患って富士見高原療養所で亡くなっているんだよ。
★そこってもしかしたら横溝正史が入院していたところじゃないですか。
■そうなんだよ。正史の年譜を見ると、昭和8年7月から10月まで入院している。
夢二のほうは昭和9年1月に入院して9月に亡くなっている。
★正史はたしか昭和9年にまた上諏訪に引っ越すんですよね。
■だから互いに顔を合わせる機会があったとは思えないけれど、
どこかで接近遭遇していた可能性はあるかもしれないし、
双方の主治医は正木不如丘なので話には出たかもね。
編集者だった正史は夢二についても、あるていどの情報は持っていたのではなかろうか。
でも「活動写真がやってきた」によると、夢二の告別式が麹町で行われたけれど参列者はほとんど無く、
二人の息子がぽつんと立っているだけだった、とある。
★さみしいですねえ、一世を風靡した画家でしょう。
■そこでね、夢二の息子だけど、長男の名前が虹之助なんだ。
★なんと、瀬戸内海にガラスの棺へ入れられて生きたまま水葬に附された絶世の美少年!
■「仮面劇場」は昭和13年10月から連載を始めているが、書いていたのは上諏訪なんだ。
美少年の虹之助が女装したような、と書かれている美少女琴絵のイメージは、どこから来たのかねえ。
「夜光虫」のヒロインも琴絵なので、名前に固執する理由があったのかもしれない。
★同病相哀れむ的に名前を拝借したのですかね。
■夢二の息子のほうの虹之助は美青年だったのかなあ。
正史より6歳年下なんだけど、昭和9年で26歳。
すでに子どもがいて、父親の夢二を「おじいちゃん」と子どもに呼ばせようとしたら、
夢二は「おじいちゃんは勘弁してくれ、お兄ちゃんで」と言ったそうな。
世田谷松原にあった屋敷に夢二は「少年山荘」と命名していたそうだ。
★なんだか永遠の少年のまま亡くなった人みたいですね。


Hayashi Seiichi: Kage  林静一「かげ」(1968)

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