臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

「脳死」は人の死ではありません。「脳死」からの臓器摘出に反対します。臓器移植以外の医療の研究・確立を求めます。

臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計 3-1

2024-06-07 16:22:35 | 声明・要望・質問・申し入れ

最新の追加情報(2024年6月7日)

 

 この「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計」は、3-1(このページ)とともに別ページの3-2、同3-3の計3ページで構成しています。

 今回、下記3-1に掲載している「2,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、テヘランでは臓器摘出直前に0.15%、米国では臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後」に、「麻酔と臓器移植(真興交易医書出版部、1992年発行)に掲載された以下の情報を追加しました。


 1979年3月1日から1985年3月1日までに223例のドナーがアリゾナ大学付属病院に登録された。そのうち62例が受け入れられ、残りの161例が拒否された。
心臓移植ドナー拒否の理由は、該当レシピエントなし(ABO不適合)50例(31%)、家族の拒否17例(11%)、血行動態の不安定15例(9%)、輸送上の問題16例(10%)、臓器提供前の死亡8例(5%)、記載なし7例(4%)、心停止6例(4%)、敗血症6例(4%)、脳活動あり6例(4%)、その他30例(18%)。

出典:Burnell R.Brown, Jr編、武田純三ほか:麻酔と臓器移植(真興交易医書出版部、1992年)、p100~p101

 

 

 

区切り線以下が3-1の本文です



臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計

3-1

 

 以下3ページは、移植用臓器の提供について家族(近親者)の承諾が得られた後から臓器摘出術中までに、または臓器提供が拒否された後に、脳死ではないことが発覚した症例、その疑い例、および関連統計、関連情報の概要を掲載する。
 検索した資料は日本語または英語(1点のみドイツ語)で表記されたものに限定される。また網羅的に資料を点検できていない。加えて、脳死ではないことが発覚しないまま臓器摘出を完了しているケースが想定されるため、実際に脳死ではないのに臓器摘出手術が敢行された症例は、以下に掲載された事例より多いと見込まれる。

 

目次

3-1(このページ)の見出し

1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例
2,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、テヘランでは臓器摘出直前に0.15%、米国では臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後

3-2の見出し
3,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが、脳死ドナーに投与され効いた!
4,脳死とされた成人の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から1カ月以上の長期生存例)
5,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?
      何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者

6,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例

3-3の見出し
7,親族が脳死臓器提供を拒否した後に、脳死ではないことが発覚した症例
8,脳死判定を誤る原因

 

・各情報の出典は、それぞれの情報の下部に記載した。更新日時点でインターネット上にて閲覧できる資料は、URLをハイパーリンク(URLに下線あり)させた。閲覧できない資料はハイパーリンクを削除した(URLに下線なし)。医学文献のなかには、インターネット上で一般公開している部分は抄録のみを掲載している資料もあり、その場合はURLの後に(抄録)と記載した。登録などしないと読めない記事はURLの後に(プレビュー)と記載した。

 


 

1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に脳死ではないことが発覚した症例

 

 2022年4月24日にチェルトナムの路上で殴られたジェームズ・ハワード・ジョーンズさん(28歳)は、病院に搬送され緊急手術を受けたが、数週間後に医師は家族に「ジェームズさんは脳死です、私たちにできる最も親切なことは彼を死なせることです(Within the first couple of weeks we were told by the doctors treating James that he was brain dead and the kindest thing we could do was to let him die)」と説明した。家族は臓器提供に同意した。家族や友人がジェームズさんに別れを告げることができるように、臓器提供を一週間遅らせた。ジェームズさんは、生命維持装置がオフにされる直前に意識を回復した。
 2023年7月現在、ジェームズさんに重度の精神的肉体的障害はあるが毎日、車イスを数時間使うことができる、平行棒を使って歩き始めている。

出典=Man declared brain dead after being punched on a night out wakes up just before his life support was about to be switched off
https://www.dailymail.co.uk/news/article-12269037/Man-declared-brain-dead-wakes-just-life-support-switched-off.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 米国ウェストバージニア州のエリック・エリスさん(36歳)は転落事故後に脳死とされ、家族は臓器提供に同意したものの、臓器摘出の直前に左腕を動かしたためICUに戻された。フェイスブックをみると受傷は2020年9月上旬(9月5日?)、9月11日(金)に回復の徴候。9月13日に開眼、見当識障害。10月23日に自力で食事、会話、トイレまで歩行。11月4日に帰宅。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。

出典=‘Miracle’; WV man comes back to life after ‘officially deemed’ brain dead
https://myfox8.com/news/miracle-wv-man-comes-back-to-life-after-officially-deemed-brain-dead/
出典=フェイスブックhttps://www.facebook.com/eric.ellis.52

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2014年12月初め、ドイツ・ブレーメンの病院で、外科医がドナーの腹部を切開した後、死んでいないことに気付き臓器摘出は中止された。脳死は判定基準に従って証明されていなかった。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。

出典=Schwere Panne bei Organ-Entnahme
http://www.sueddeutsche.de/gesundheit/krankenhaus-bei-bremen-schwere-panne-bei-organ-entnahme-1.2298079(プレビュー、この記事に誤診の詳細な記載はない)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 アトランタのエモリー大学病院で心肺停止の55歳男性は発症から78時間後に脳死宣告、家族は臓器提供に同意した。患者は臓器摘出のため手術室に搬送され、手術台に移す時、患者が咳をしたことに麻酔科医が気づいた。角膜反射、自発呼吸も回復しており、患者はただちに集中治療室に戻された。発症から145時間後:脳幹機能が消失、神経学的検査で脳死に矛盾しない状態となった。発症から200時間後:脳血流検査で血流なし。患者家族と人工呼吸器停止の結論、臓器摘出チームとは家族に再び臓器提供でアプローチしないことを決定した。発症から202時間後:人工呼吸器を停止、心肺基準で死亡宣告。
当ブログ注:無呼吸テストは1回だけ10分間人工呼吸を停止した。

出典=Adam C. Webb: Reversible brain death after cardiopulmonary arrest and induced hypothermia, Critical Care Medicine,39(6),1538-1542,2011
http://journals.lww.com/ccmjournal/Abstract/2011/06000/Reversible_brain_death_after_cardiopulmonary.44.aspx(抄録)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2009年10月16日、コリーン・バーンズさん(41歳)は、薬物の過剰摂取でニューヨーク州のセントジョセフ病院に入院。10月19日午後6時、看護師がバーンズさんの足を指でなぞったところ足指を曲げた、鼻孔が膨らんで自発呼吸の兆候が見られ唇や舌も動いていた。午後6時21分、その看護師はバーンズさんに鎮静剤を投与したが、医師の記録には鎮静剤も症状の改善もない。10月18日と19日、不完全な神経学的診断と不正確な低酸素脳症との診断で、脳死判定基準の無呼吸に該当していなかったが脳死と診断した。家族は、生命維持を停止して心臓死後の臓器提供に同意した。10月20日午前12時、心停止後の臓器提供のため手術室内の準備室に運び込まれたバーンズさんが目を開けたので、心停止および臓器摘出処置は中止された。
バーンズさんは重度のうつ病のため家族も病院を訴えることはせず、それから16ヵ月後にBurnsさんは自殺した。

出典=St. Joe’s “dead” patient awoke as docs prepared to remove organs
http://www.syracuse.com/news/index.ssf/2013/07/st_joes_fined_over_dead_patien.html

・U.S. Centers for Medicare and Medicaid Services report on St. Joseph's Hospital Health Center
http://ja.scribd.com/doc/148583905/U-S-Centers-for-Medicare-and-Medicaid-Services-report-on-St-Joe-s(プレビュー)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2009年12月16日付のNew York Times magazineは、マサチューセッツ医科大学の医師で医療コラムニストのDarshak Sanghavi氏による“When Does Death Start?”を掲載。同大学神経救急科のDr. Wiley Hallが「脳死ではない患者に死亡宣告し臓器ドナーとするザック・ダンラップ(2007年)と類似のケースが昨年、マサチューセッツでもあった」と話したとのこと。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。

出典=When Does Death Start?
https://www.nytimes.com/2009/12/20/magazine/20organ-t.html(プレビュー)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2007年11月、オクラホマ州のザック・ダンラップさん(21歳)は4輪バイクの転倒事故でユナイテッド・リージョナル病院に搬送。医師は家族に「脳の中身が耳から出てきている」と告げた。脳血流スキャンで脳に血流が無かった。受傷から36時間後の11月19日11時10分に脳死宣告。別れを告げに来た従兄弟で看護師のダン・コフィンさんが、ダンラップさんの足の裏をポケットナイフで引っ掻くと下肢が引っ込んだ。手指の爪の下にコフィンさんが指の爪をねじ込むと、ダンラップさんは手を引っ込めて自分の身体の前を横切らせたことで、意図的な動きをしており脳死ではないと判断された。ダンラップさんの父母のもとに臓器移植機関の職員が訪れ「すべては中止です」と伝えた。ダンラップさんは、医師が「彼は死んだ」と言ったのが聞こえため後に「狂わんばかりになりました」と語った。
当ブログ注:脳血流検査が行われ脳血流が無いと診断された。

出典='Dead' man recovering after ATV accident. Doctors said he was dead, and a transplant team was ready to take his organs -- until a young man came back to life.
https://www.nbcnews.com/id/wbna23768436
・2008年3月23日に放送されたNBC News動画の短縮版がhttp://medicalfutility.blogspot.com/2018/11/brain-death-no-no-no-to-apnea-test.htmlで視聴可能(再生開始から2分53秒~5分27秒の部分)
・2019年公開の動画https://www.youtube.com/watch?v=ZXFM9INV-bQ
 Declared Brain Dead – the story of Zack Dunlapにザック・ダンラップさんと妻と娘、そしてダン・コフィンさんが出演した。
 ダン・コフィンさんが脳死判定を疑ったのは、ザック・ダンラップさんの血圧と心拍数の変化、そして人工呼吸器の設定とザック・ダンラップさんの呼吸が合わなかったことから。また、疼痛刺激よりも強い刺激としてポケットナイフは開かないで使った、爪の下に爪を押し込んだ、対光反射も部屋を明かりを暗くして行うように頼んだ、と語った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・30歳の重傷頭部外傷患者は脳死が宣告され、19歳の肝不全患者への肝臓移植が計画された。麻酔医は、そのドナーが自発呼吸をしていることに気づいた。麻酔医が脳死判定に疑問を呈したところ、脳死判定した医師は患者は回復しないから脳死である、そして肝臓のレシピエントは移植なしには死が差し迫っているからと述べた。麻酔医の抗議に関わらず、臓器摘出は行われた。ドナーは、皮膚切開時に体が動き高血圧になったため、チオペンタールと筋弛緩剤の投与が必要になった。肝臓のレシピエントは急性内出血のために、肝臓の採取が完了する前に別の手術室で亡くなった。肝臓は移植されなかった。

・頭蓋内出血後に脳死が宣告された多臓器ドナー=頻脈があったためネオスチグミン(抗コリンエステラーゼ)が投与されていたドナーは、「大静脈が結紮され、肝臓が取り出された」と外科医が知らせた瞬間に自発呼吸を始めた。そのドナーは無呼吸テストの終わりに喘いでいたのだけれども、脳外科医は脳死判定基準を満たしていると判定していた。

・麻酔科医は臓器摘出予定日に、挿管された若い女性に対光反射、角膜反射、催吐反射のあることを発見した。それまでの管理が見直されエドロホニウム10mgを投与したところ、患者は咳き込み、しかめつらをし、すべての手足を動かした。臓器提供はキャンセルされた。頭蓋内圧が治療により徐々に下がり、患者は意識を最終的に取り戻し帰宅したが、神経学的欠損に苦しんだ。

出典=Gail A Van Norman:A matter of life and death: what every anesthesiologist should know about the medical, legal, and ethical aspects of declaring brain death、Anesthesiology、91(1)、275-287、1999
https://pubs.asahq.org/anesthesiology/article/91/1/275/37321/A-Matter-of-Life-and-Death-What-Every
当ブログ注:著者の所属はDepartment of Anesthesiology, University of Washingtonだが、上記3症例の発生した施設名の明確な記載は無い。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 台湾では法務部が1990年に「執行死刑規則」を改訂し、臓器寄贈を同意する受刑者に対し、心臓でなく、そのかわりに頭部(耳の下の窪の部分、脳幹辺り)を撃つことができるようになった。1991年に病院での2回目の脳死判定を省略し、執行場での1回目の判定でよいと規則を変えた。1991年に、ある脳死判定された死刑囚が栄民総医院の手術室で息が戻り、病院側が余儀なく当該「脳死死体」を刑務所に送り返すという不祥事が発生した。

出典=町野 朔:移植医療のこれから(信山社)、325-326、2011

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 1990年9月25日、ノースカロライナ州のカート・コールマン・クラークさん(22歳)は自動車事故でフライ地域医療センターに入院。血管に放射性物質を注射して頭部の血管を調べた。脳内出血で脳がはれ、心臓が送られてくる新鮮な血が脳内に流れていなかった。26日午前10時21分に脳死宣告。家族の意向を確認し、「遺体」をハイウェーで1時間余りのバブティスト病院に運んだ。バブティスト病院の移植チームは、クラークさんのまぶたが動くことを見て、体をつねるとクラークさんは痛みを避けるような動作をした。人工呼吸器を外すと、かすかながら自発呼吸をしていた。臓器摘出手術は中止された。クラークさんは脳内の出血を取り除く緊急措置がとられた。6日後、この患者は改めて死亡宣告を受けた。その間、意識を回復することはなかった。家族は、二度目の死亡宣告時に臓器提供はしなかった。
当ブログ注:脳血流検査が行われ脳血流が無いと診断された。

出典=息をした米の脳死患者 臓器摘出直前 体が動いた!!:朝日新聞、1990年10月26日付朝刊3面

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 マーガレット・ロックが面接した医師5名のうち1名が、研修医時代の経験として以下のように語った。

「私たちには、移植用の臓器を確保しなければならないというプレッシャーがあったと思います。私たちは無呼吸テストを30秒間行いましたが、自発呼吸はみられませんでした。それで、私たちはその患者をドナーとして手術室に送りました。ところが、手術室で人工呼吸器が外されたとき、彼は呼吸しはじめたのです。私たちは、ICUに戻されてきた彼のケアに努めました。結局彼は、2ヵ月後に死亡したのですが、私たちは悪夢を見ているような気がしました。弁解の余地のないこの事件が起きたのは、脳死に関するはっきりしたガイドラインのなかった70年代初めのことです。私はいつも研修医たちにこの話をし、けっして性急に判定を下してはならないと注意しています」

出典=マーガレット・ロック:脳死と臓器移植の医療人類学、みすず書房、196-197、2004

 

注:脳死ではないことが発覚した時点が、上記の各症例よりも若干早いと見込まれる情報「6,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例」を、次ページ2-2に掲載しています。

 


 

2,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、テヘランでは臓器摘出直前に0.15%、米国では臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後

 

 イランのテヘランでは「脳死が正式に確認され、家族が2回目の同意を与えると、臓器は臓器調達部門の手術室で摘出される。手術室に行くことが100%確実な場合に、死亡したドナーのみを臓器調達部門に移送する」という運用だが、2016年から2018年に臓器調達部門に移送された685人の潜在的脳死ドナーうち1人が脳死と確認できなかったため臓器提供に至らなかった。

出典=Masoud Mazaheri: Failed Organ Donations After Transfer to an Organ Procurement Unit, Experimental and clinical transplantation,17(1),128-130,2019
http://www.ectrx.org/forms/ectrxcontentshow.php?doi_id=10.6002/ect.MESOT2018.O79

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 米国の6地域における12の臓器調達機関の代表者の回答(2023年6月から9月に調査)によると、12機関のうち10機関が神経学的死亡(death by neurologic criteria:DNC:脳死)宣告の取り消しを経験していた。
 脳死宣告が取り消された症例数は、5例未満が3機関、Fewが7機関、Neverが2機関。臓器調達機関が、2010 年基準(2010 American Academy of Neurology Practice Parameter)またはDNCの病院ポリシーを満たしていないという懸念から、潜在的な臓器提供者を拒否した事例の頻度は年間1例未満が6機関、Neverが5機関、Uncertainは1機関だった。

出典:Neurocritical Care電子版、2024年5月15日付 Verification of Death by Neurologic Criteria: A Survey of 12 Organ Procurement Organizations Across the United States
https://link.springer.com/article/10.1007/s12028-024-02001-6

 

 

 p69(187) 豊見山直樹医師の発言=「アメリカの移植に携わるコーディネーターの方と話をしたときに、ラフな運用と感じました。人工呼吸器をはずした際は、自発呼吸し始めたのが数パーセント、5 %近くあるんだよという話を聞きました」。

出典=玉井修:座談会・移植医療について、沖縄県医師会報、47(2)、178-197、2011
http://www.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2011/201102/pdf/060.pdf

 

 

 スタンフォード大学ドナーコーディネーターによると1980年代後半の5年間に「約300の臓器調達経験の中で3例の『早すぎた脳死判定』があり、いったん行ったが、引き返したこともある」。

出典=神戸生命倫理研究会:脳死と臓器移植を考える(メディカ出版)、195-220、1989

 

 

 1979年3月1日から1985年3月1日までに223例のドナーがアリゾナ大学付属病院に登録された。そのうち62例が受け入れられ、残りの161例が拒否された。
心臓移植ドナー拒否の理由は、該当レシピエントなし(ABO不適合)50例(31%)、家族の拒否17例(11%)、血行動態の不安定15例(9%)、輸送上の問題16例(10%)、臓器提供前の死亡8例(5%)、記載なし7例(4%)、心停止6例(4%)、敗血症6例(4%)、脳活動あり6例(4%)、その他30例(18%)。

出典=Burnell R.Brown, Jr編、武田純三ほか:麻酔と臓器移植(真興交易医書出版部、1992年)、p100~p101

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 Korea Organ Donation Agencyのデータによると、2013年から2017年に、家族から脳死臓器提供の承諾を得た後に2761人のうち35人=1.3%(35/2761)が脳死ではなかった。

出典=Yong Yeup Kim: Organ donation from brain-dead pediatric donors in Korea:A 5-year data analysis(2013-2017),Pediatric transplantation,e13686,2020
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/petr.13686(抄録)


 韓国では「意識障害がGCSスコア4未満で、不可逆性脳傷害を伴う昏睡状態で人工呼吸器を用いた自己呼吸がない患者」を潜在的脳死ドナーとしている。
Korea Organ Donation Agencyのデータによると、2012年1月から2016年12月までに潜在的脳死ドナーは8120人あり、このうち1232人が脳死ではなかった。2718人の家族から脳死臓器提供の承諾を得られた。最初の脳死判定(7つの脳幹反射と無呼吸テストを実施するが脳波検査は含まない)をパスしレシピエント決定手続きが開始された適格ドナーは2527人だったが、14人が第2回脳死判定をパスせず、18人が脳波検査をパスせず、1人が脳死判定委員会をパスしなかった。2400人が実際に脳死臓器ドナーとされたが、うち1人が脳死ではなかった。
=親族から脳死臓器提供の承諾を得た後では1.3%(34/2718) が脳死ではなかった。臓器摘出手術の直前または臓器摘出術中に0.04%(1/2400)に脳死ではないことが発覚した。

出典=Kim Mi-im:Causes of Failure during the Management Process from Identification of Brain-Dead Potential Organ Donors to Actual Donation in Korea: a 5-Year Data Analysis (2012-2016),Journal of Korean Medical Science,33(50),e326,2018
https://jkms.org/DOIx.php?id=10.3346/jkms.2018.33.e326

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2021年4月21日に開催された第53回厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会の「資料1 臓器移植対策の現状について」https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000770822.pdfは、p17に「ドナー情報の分析(2016年~2020年)」を掲載した。
 臓器提供に至らなかった理由を10分類=「家族辞退」「急変」「医学的理由」「感染症」「判断能力確認できず」「本人拒否の意思表示」「虐待の可能性否定できず」「司法解剖」「施設都合」「その他」に分けて掲載している。
 脳死診断の取り消し例または脳死宣告の取り消し例は、この「その他」に分類されていると見込まれる。
 ドナー適応あり1226名のうちでは「その他」は3.5%(43/1226)。コーディネーターによる臓器提供の説明は745名の家族に行われたうち「その他」は2.0%(15/745)。臓器提供の承諾が573名の家族から得られたうち「その他」は1.2%(7/573)となる。下図を参照。


 

 「その他」とされている43名は、脳死診断の誤り例または脳死宣告の取り消し例なのか。関係施設から裏付ける報告がある。

・2008年開催の第53回日本透析医学会学術集会・総会で伊勢まゆみ氏(柏友クリニック)は「40歳女性、透析歴19年、移植直前にドナーの脳死判定が覆り、見送りとなる」と発表した。

出典=伊勢まゆみ:透析サテライトにおける腎移植 6症例から学んだこと、日本透析医学会雑誌、41(supple.1)、643、2008

 

・2011年6月開催の第24回日本脳死・脳蘇生学会総会・学術集会シンポジウム「改正臓器移植法 1年の検証」において、鹿野 恒氏(市立札幌病院救命救急センター)が「世の中では聞いているとよくあるんです、脳死だろうということでオプション提示をしてしまって、コーディネーターまで来て承諾書まで作っているのに、あとから自発呼吸が出てきて植物状態になって転院していったと。何のための承諾書かわからないですね。死を前提とした承諾書なのに、その第一段階を間違えているわけです。」と発言した。

出典=シンポジウム「改正臓器移植法 1年の検証」、脳死・脳蘇生、24(2)、71-112、2012

 

 このように脳死臓器提供が中止されたケースは発生している。次の情報は臓器移植コーディネーターが書いて日本臓器保存生物医学会誌に掲載済みのものだ。

 東京都臓器移植コーディネーターの櫻井悦夫氏が、1995年4月から2017年3月までの約22年間に東京都内のドナー情報の連絡を受けて対応を開始した424例のうち、家族説明は341例に行い、245例から承諾を得て、実際の臓器摘出は201例(心停止後136例、脳死下65例)であった。家族説明後に96例は臓器提供の承諾を得らなかった。このうち5例は植物状態に移行したため家族対応を中止した(表7)。さらに245例の家族が提供を承諾したうち44例が提供に至らなかった。うち1例は植物状態に移行したためだ(表8)。

 

 この論文は中止理由について、脳死下の臓器提供と心停止後の臓器提供を区別せずに記載している。しかしp10で「コーディネーターに臓器提供についての家族対応の要請が入るということは,その方は近い将来に『亡くなる』と言う診断がされていることを意味している。(中略)ほとんどの臓器提供候補者は突然の発症と急展開の経過において『脳の不可逆的な障害状態』にある点である。脳の機能は失われているが、臓器の機能は失われていない状態にあり、それでも死が切迫している事実を知らされる点である」とした。
 「脳の不可逆的な障害状態」そして「死が切迫している事実を知らされる」から、患者家族に脳死の説明をしたと判断される。

出典=櫻井悦夫:臓器移植コーディネーター 22年の経験から、Organ Biology、25(1)、7-25、2018
https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/25/1/25_7/_pdf/-char/ja

 

 以上の各情報から、日本でも親族から臓器提供の承諾を得たものの、後に脳死判定の誤りが発覚した症例の存在が確信できる。

 

 

3-2を新しいウィンドウで開く  3-3を新しいウィンドウで開く


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計 3-2

2024-06-07 16:21:30 | 声明・要望・質問・申し入れ

臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計

3-2

3-1の見出し

1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例
2,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、テヘランでは臓器摘出直前に0.15%、米国では臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後

3-2(このページ)の見出し
3,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが、脳死ドナーに投与され効いた!
4,脳死とされた成人の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から1カ月以上の長期生存例)
5,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?
      何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者

6,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例

3-3の見出し
7,親族が脳死臓器提供を拒否した後に、脳死ではないことが発覚した症例
8,脳死判定を誤る原因

 


 

3,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが、脳死ドナーに投与されて効いた!

 脳死判定の補助検査にアトロピンテストがある。脈が遅くなった場合の治療薬として使われているアトロピンが効く患者は、脳が正常に働いている人だけ、という原理を用いる検査だ(アトロピンは迷走神経性徐脈に適応があるが、心臓迷走神経中枢は延髄にある)。
 患者の脳機能が正常ならばアトロピンを投与すると脈が速くなるため、脳死を疑われる患者に投与して「脈が速くなったら脳は正常に働いている」「脈が変わらなかったら脳に異常が生じている」と診断する。
 このためアトロピンが脳死患者に効かないことは、この薬剤を使う医師には常識だが、日本医科大学付属第二病院における法的脳死30例目では「(脳死ドナーの)徐脈時にはアトロピンは無効とされるが、我々の症例では有効であった」と報告された。

出典=大島正行:脳死ドナーの麻酔管理経験、日本臨床麻酔学会第24回大会抄録号付属CD、1-023、2004

出典=大島正行:脳死ドナー臓器摘出の麻酔、LiSA、11(9)、960-962、2004は「プレジア用のカニュレーションを行った際、心拍数40bpmという徐脈となった。アトロピン0.5㎎を投与したところ、心拍数は回復した」と記載している。

 そもそも薬が効かない患者と見込まれるのに、敢えて投与したことが異常だ。もし脳死臓器摘出の現場で、ドナーにアトロピンを投与して効いたら脳死ではないことになり、臓器摘出は中止しなければならなくなるはずだ。臓器提供施設に臓器を摘出するために赴いた移植医が、施設側の脳死判定を確かめる検査を行い、そして脳死を否定することになる結果を得たならば、以後は臓器提供への協力を期待できなくなるであろう。こうした危険を知りながら投与したことは、臓器提供施設側の承諾の下に、臓器を摘出するドナーを薬物の実験台に使っている疑いを示す。

 

 伊勢崎市民病院における法的脳死582例目でもアトロピンが効き、「副交感神経系以外のM2受容体を遮断することで血圧上昇に寄与した可能性」が提示された。

出典=飯塚紗希:脳死下臓器摘出術の管理経験、日本臨床麻酔学会第39回大会抄録号、S292、2019

 薬物が効果を発揮する受容体を探索するための人体実験を行ったのか?

 


 

4,脳死とされた成人の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から1カ月以上の長期生存例)

 

 ニューヨーク大学ラングーンヘルスは、2023年7月14日に遺伝子操作されたブタの腎臓を脳死状態の57歳男性に移植した。61日間の観察の後、9月13日に所定の終了日に達し、腎臓は除去され、人工呼吸器が外され、遺体は家族に戻された。本症例より前に同施設が行った遺伝子操作ブタ腎臓のヒト「脳死」者への移植2例では、ともに観察時間は54時間だった。今回の3例目では、以前は観察されていなかった軽度の拒絶反応が認められた。
出典=Two-Month Study of Pig Kidney Xenotransplantation Gives New Hope to the Future of the Organ Supply
https://nyulangone.org/news/two-month-study-pig-kidney-xenotransplantation-gives-new-hope-future-organ-supply

 

 アラブ首長国連邦のクリーブランドクリニック・アブダビでは、2017年10月1日から2022年10月1日までに、脳死宣告から1週間以降の臓器提供が10例あった。内訳は脳死宣告から30日後が1例、29日後が1例、14日後が1例、10日後が2例、9日後が1例、8日後が1例、7日後は3例。文末の結論は「Our study demonstrates that, in extenuating circumstances, it is possible to preserve viability of donor organs for several weeks after brain death and successfully perform organ procurement surgery(私たちの研究は、酌量すべき状況では、脳死後数週間ドナー臓器の生存能力を維持し、臓器調達手術を成功させることが可能であることを示しています)」
出典=Haamid Siddique:Late organ procurement as much as 30 days after brain death,Transplantation,107(10S1),3,2023
https://journals.lww.com/transplantjournal/fulltext/2023/10001/115_3__late_organ_procurement_as_much_as_30_days.3.aspx

 

 米国フロリダ大学医学部付属病院、妊娠13週の31歳女性では胎児への影響を考慮して無呼吸テストは行わなかったが脳スキャンで3分間の静的画像を得て脳死宣告した。妊娠33週に帝王切開で2142グラムの女児を出産、母親への人工呼吸は停止、女児は5日後に退院した。

出典=Natalia Moguillansky: Brain Dead and Pregnant,Cureus,15(8),e44172,2023
https://www.cureus.com/articles/176169-brain-dead-and-pregnant#!/

 

 ドイツのハインリッヒ・ハイネ大学病院、妊娠17週の29歳女性が自動車事故で1週間後に脳死判定された。妊婦は感染症、肺炎などあったが、5か月後に満期で健康な赤ちゃんを出産。心臓、肝臓と腎臓が移植のために摘出された。

出典=Payam Akhyari:Successful transplantation of a heart donated 5 months after brain death of a pregnant young woman,The Journal of Heart and Lung Transplantation,38(10),1121,2019
https://www.jhltonline.org/article/S1053-2498(19)31553-0/fulltext(抄録)

 

 ドイツのジュリウス・マクシミリアン大学病院では、交通事故で28歳女性が脳死と判定され、25週後に経腟分娩し、移植用に心臓、腎臓、膵臓が摘出された。

出典=Ann Kristin Reinhold:Vaginal delivery in the 30+4 weeks of pregnancy and organ donation after brain death in early pregnancy,BMJ case reports, 30,12(9),e231601,2019
https://casereports.bmj.com/content/12/9/e231601(抄録)

 

 熊本大学病院で妊娠22週の32歳女性を脳死と判定(正式な無呼吸テストは低酸素の懸念から行わなかった)、妊娠33週で経腟分娩(自然分娩)し、翌週に無呼吸テストで自発呼吸の無いことを確認した。8週間後に転院、約1年後に死亡した。

出典=(日本語)今村裕子:妊娠33週で自然経腟分娩にて生児を得た脳死とされうる状態の妊婦の1例、日本周産期・新生児医学会雑誌、52(1)、94-98、2016
   (英語)Kinoshita Yoshihiro:Healthy baby delivered vaginally from a brain-dead mother, Acute Medicine & Surgery,2(3),211-213,2015
   https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ams2.95

 

 脳死の一般向け説明として「脳死になったら数日のうちに心臓も止まる」がある。しかし脳死出産は、脳死と判定された患者の中に数日間以上、生命維持が可能な患者がいること。加えて生命体の特質=子孫を残すことができる患者もいること・・・死んではおらず生きていることを示す。

 脳死出産について、竹内(注1)は2002年に「(世界中から)ほぼ年に1例弱の頻度で報告されている。脳死判定後の生命維持期間は1~107日で記載の明らかな11例の平均は56日、11例の出産方法はすべて帝王切開、脳死出産後の臓器提供は3例(生命維持期間は44日間、54日間、100日間)」としたが、竹内が記載した以外で2002年より前に日本国内だけでも他に4例の脳死生産、1例の脳死死産が確認できる。
 近年は上記のように生命維持期間は長期化した症例が報告されている。
 経腟分娩例も前記ジュリウス・マクシミリアン大学病院例、熊本大学病院例のほかに新潟大学病院例(注2)がある。
 脳死判定における無呼吸テストは、胎児および胎児への悪影響を考慮して行っていない症例が多い。

 

文献

(注1) 竹内一夫:脳死出産、産婦人科の世界、54(6)、551-558、2002
(注2) 佐藤芳昭:脳死患者より経腟分娩例について、母性衛生、24(3~4)、48-49、1983

 


 

5,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?

 2008年6月3日、衆議院厚生労働委員会臓器移植法改正法案審査小委員会において、委員から「脳死は、脳幹の機能を初め、生命維持機能が失われたものと聞いておりますけれども、具体的に体がどのような状態になるのか、このところをお伺いしたい」と質問されて、心臓摘出の経験のある福嶌教偉参考人(大阪大学医学部教授・当時)は以下枠内を述べた。
「まず一番は脳と脳幹の停止ということですので、息をしないということが一番大事なところになります。
 脳には、脳神経といういろいろな神経がございますが、その機能がなくなります。ただ、問題になりますのは、脳幹よりも下の神経が生きておりますので、痛みというものは感じないわけですが、痛み刺激が与えられた場合に筋肉が動く可能性というのはこれはございます。ですから、例えば、脳死の状態の患者さんの臓器を摘出する際に筋肉弛緩剤を使わないと、筋肉が弛緩しないとできないということは確かです。
 ただし、痛みをとめるようなお薬、いわゆる鎮静剤に当たるもの、あるいは鎮痛剤に当たるもの、こういったものを使わなくても摘出はできます。ですから、麻酔剤によってそういったものが変わるようであれば、それは脳死ではないと私は考えております。
 実際に五十例ほどの提供の現場に私は携わって、最初のときには、麻酔科の先生が脳死の方のそういう循環管理ということをされたことがありませんので、吸入麻酔薬を使われた症例がございましたが、これは誤解を招くということで、現在では一切使っておりません。使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見というのはございません。
 一応、そういうのが脳死の状態と私は理解しております」

出典=議事録https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigirokua.nsf/html/kaigirokua/018716920080603001.htm

 

 福嶌参考人は「(臓器摘出時の脳死ドナーへの麻酔は)現在では一切使っておりません」と言ったが、この発言の約3週間前である2008年5月14日の法的脳死71例目で獨協医科大学越谷病院は「麻酔維持は、純酸素とレミフェンタニル0.2μ/㎏/minの持続静注投与で行なった」。

出典=神戸義人:獨協医科大学での初めての脳死からの臓器摘出術の麻酔経験、Dokkyo Journal of Medical Sciences、35(3)、191-195、2008
https://dmu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=735&item_no=1&page_id=28&block_id=52

 

 83例目で手稲渓仁会病院はレミフェンタニルを投与した。

出典=小嶋大樹:脳死ドナーからの多臓器摘出手術の麻酔経験、日本臨床麻酔学会誌、30(6)、S237、2010

 

 132例目で山陰労災病院麻酔科は「臓器摘出術の麻酔」に関わった。

出典=小山茂美:脳死下臓器提供の全身管理の一例、麻酔と蘇生、47(3)、58、2011

 

 424例目、2016年12月30日の脳死判定と見込まれる文献は、「全身麻酔下に胸骨中ほどから下腹部まで正中切開で開腹し,肝臓の肉眼的所見は問題ないと判断した」と脳死ドナーに麻酔がかけられていたことを明記している。

出典=梅邑晃:マージナルドナーからの脳死肝グラフトを用いて救命した 肝細胞がん合併非代償性肝硬変の1例、移植、52(4-5)、397-403、2017
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/52/4-5/52_397/_pdf/-char/ja

 他方で脳死臓器摘出時に筋弛緩剤は投与するものの、麻酔は使わないで臓器を摘出した症例も確認できるため、脳死臓器摘出の現場では「麻酔をかけなければ臓器摘出を完遂できなかった症例」と「麻酔なしで臓器摘出ができた症例」が混在していることになる。しかし臓器提供施設マニュアルはp32で「原則として、吸入麻酔薬、麻薬は使用しない」と禁止している。

出典=臓器提供施設のマニュアル化に関する研究班:臓器提供施設マニュアル(平成22年度)、32、2011
https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/flow_chart01.pdf

 

 懸念すべきことは、法的脳死が宣告され臓器提供者とされた人のなかに、実は脳不全が軽症な人が混在している可能性だ。そのような人が臓器摘出時に激痛・恐怖・絶望を感じつつ生きたまま解剖される場合に、麻酔をかけないと臓器が摘出できないと見込まれる。これは福嶌参考人が「鎮静剤に当たるもの、あるいは鎮痛剤に当たるもの、こういったものを使わなくても摘出はできます。ですから、麻酔剤によってそういったものが変わるようであれば、それは脳死ではないと私は考えております」と述べたとおりのことでもある。
 生理的には、福嶌参考人の発言の前段にある、脳死判定にかかわりのないとされる一部の神経が生きていることによる生体反応と、それに麻酔が効くことは生理的にはありうる。他方で、誤って脳死と判定され臓器摘出を強行した場合に、麻酔が必要になることもありうることであり「想定外」としてはならない。

 

何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者

 臓器提供施設マニュアルで脳死臓器摘出時の麻酔を原則禁止しているため、臓器移植コーディネーターから臓器提供の選択肢について説明を受けるドナー候補者家族も、臓器摘出時に麻酔をかける可能性は説明されていないと見込まれる。2018年秋まで日本臓器移植ネットワークのウェブサイトからダウンロードできた臓器提供候補者の患者家族むけ説明文書「臓器提供についてご家族の皆様方に ご確認いただきたいこと」も、臓器摘出時に麻酔をかける可能性は記載していない。
 こうした情報隠蔽の結果は、善意で臓器を提供するドナー本人そしてドナーの家族が背負わされる。もしも脳死判定が誤っていたら最悪の場合、ドナーは生きたまま解剖され臓器を切り取られる激痛を麻酔もかけられずに感じ続け、恐怖、絶望のなかで死に至らしめられる。家族も臓器提供を後悔し続けるからだ。

 山崎吾郎著「臓器移植の人類学(世界思想社・2015年)」に、娘からの臓器摘出に同意した母親の語りが載っている(p87~p88)。
「脳死っていうのは、生きているけれど生身でしょう?だから手術の時は脳死でも動くんですって。動くから麻酔を打つっていうんですよ。そういうことを考えると、そのときは知らなかったんですけども、いまでは脳死からの提供はかわいそうだと思えますね。手術の時に動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも正直いって、何がなんだかわからなかったんです。もうその時は忙しくて」

 脳死下で臓器を提供したドナーの遺族が回答したアンケートにも深刻な回答が寄せられた。日本臓器移植ネットワークが行った「臓器提供に関するアンケート調査」https://www.jotnw.or.jp/news/detail.php?id=1-781&place=top は、「問18-1.臓器提供をご承諾された後のことについて、あなたのお気持ちやお考えをお伺いします。『ご本人またはお子様』が臓器の摘出手術を受けることに関して 不安を感じましたか」という問いに、回答者の24%が「感じた」、22%が「やや感じた」と回答し、半数近くが不安を感じていた。
 そして「問18-2.【問18-1】で少しでも不安を感じたという方にお聞きします。 不安に感じることはどのようなことでしたか。 当てはまるものに全てに○をつけてください」には、痛みはないか63、苦しくないか58、提供できるだろうか57、外見の変化はないか46、怖くないか33、寂しくないか27、寒くないか18、手術を乗り越えられるだろうか16」など、家族は臓器摘出時に苦痛、恐怖を感じる不安を感じていた。
 自由記述に「脳死状態とはいえ、身体にメスを入れることで、痛み等を感じないのか、我々の話をすべて聴いていて、殺されると思っていないか」「摘出手術において麻酔を使用するのか、使用しない場合は本人が痛いと声を発したら、中止をする選択肢は有るのか不安である」「もしかしたら、もしかしたら、生きかえるのではと、何回も思った」「とにかくごめんね。という思いでした」など。
「問19.死亡宣告を受けてから『ご本人またはお子様』が手術室へ向かうまでのお気持ちを教えてください」には、「手術室の様子を見れないので、起きあがったりしなかったか?もし起き上がっていたら自分、申し訳ないと思います。今でも夜になると時々」という回答もある。

 

 日本移植学会は、臓器移植法が制定された当時に「フェア・ベスト・オープン」に行うと宣伝していた。現代の医療は、患者本人の自己決定が尊重されることが基本中の基本という。しかし現実は、自己決定の前提となる正しく充分な情報提供はなされていない。

 



6,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例

 

横浜市立みなと赤十字病院例=51歳男性が突然の意識障害で心停止し小脳出血と診断。昏睡状態のままで瞳孔が散大し、脳幹反射がなく、自発呼吸、電気的脳活動がなく脳死状態と判断され、家族は臓器提供を選択。5日目に行われた最初の脳死判定の呼吸検査中に、腹式呼吸を繰り返す呼吸のような動きがあったため中止された。9日目の頭部の磁気共鳴画像では血流がないことを示し、体性感覚誘発電位検査では脳由来電位は示されなかった。家族は臓器提供を拒否し、患者は20日目に亡くなった。

出典=Shinichi Kida:Respiratory-like movements during an apnea test,Acute medicine & surgery,11(1),e959,2024
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ams2.959

注1:この症例報告は、脳死が否定されたとは断定していないが、否定される可能性もある旨を書いている。結論の原文は以下。
(CONCLUSION Respiratory‐like movements can occur during the apnea test in patients considered to be brain dead. This phenomenon may be associated with cervical spinal activity. Further investigation is warranted to clarify this possibility.)

 

注2:正式な脳死臓器提供の承諾手続きは法的脳死の宣告後に行われるものであるが、実際には
A: 「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」により法的脳死判定の前から臓器提供目的の処置が行われることがあり、医師の脳死見込みが実質的な脳死判定になっていることがある。また、
B:無呼吸テストを行わない診断を「一般的な脳死判定」として終末期と診断し生命維持を打ち切ったり、心停止後の臓器提供(生前カテーテル挿入の許容など)を行う医療現場の実態がある。
 このため本症例は手続き上は「脳死とされうる診断の誤り」だが、前記AやBの実態から脳死判定の誤りと同等の症例として、ここに掲載した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

  米国ノースカロライナ州の牧師ライアン・マーロウさん(37歳)は、リステリアに感染しアトリウム・ヘルス・ウェイクフォレスト・バプテスト医療センターに入院、約2週間後の2022年8月27日(土)に脳死と宣告されましたが、臓器が摘出される8月30日(火)に家族は足の動きを認め、その後、脳血流が確認され臓器提供は中止された。昏睡状態だが妻が話しかけると心拍数が上昇した。

 脳死ではないことがわかった時刻について「臓器摘出の数分前」とした報道もある。一方、9月1日付のチャーチリーダーズの記事Pastor’s Wife Says Husband Pronounced Dead Is Actually Alive: ‘I Need Ya’ll To Go to Church and Pray’ https://churchleaders.com/news/433243-north-carolina-pastor-wife-dead-alive-pray.html は「月曜日の夜、ミーガンは医師から電話を受け、医師は専門家パネルが間違いを発見し、ライアンは脳死ではないと言いました。彼女がその意味を尋ねると、医師は『彼女の夫がまだ本質的に脳死であるが、病院はライアンの死亡時刻を、土曜日から臓器を摘出する火曜日に変更する』と説明した(Monday evening, Megan received a call from the doctor who said that an expert panel had discovered there was a mistake and that Ryan was not brain dead. When she asked what that meant, the doctor explained her husband was still essentially brain dead, but the hospital would change the time of death from Saturday to Tuesday when Ryan went to have his organs removed)」 

 

 以上で記事の引用が終わり、次の5行は当ブログの仮説です。
 チャーチリーダーズの記事にもとづくと、病院側が8月27日(土)にライアン・マーロウさんに脳死宣告をしたものの、その後に脳死ではないことを確認したため、心停止後の臓器提供に方針を変更し、その旨を8月29日(月)に妻のミーガンさん説明したと推測される。なぜならば死亡時刻を脳死宣告した8月27日(土曜日)ではなく、臓器を摘出する8月30日(火曜日)に変更するとは、人工呼吸など生命維持を停止して心停止をもたらした時刻を死亡時刻とすることと見込まれるからだ。
 しかし、医師が「まだ本質的に脳死である(still essentially brain dead)」と説明した事も影響したのか、妻のミーガンさんは混乱しながらも「夫が脳死である、火曜日に脳死臓器提供を行うんだ」と引き続き思い込んでいた。そこに火曜日当日、足の動き、心拍上昇をみてミーガンさんは脳死ではないことを確信して臓器提供にストップをかけたのではないか?
 臓器提供に前のめりで重症患者の家族への説明に言葉が足りない病院、重篤で社会復帰困難な患者への致死行為を最善の利益とみなす医師、意識障害と脳死の違いに知識が少ない・無頓着な米国民の認識、などの要因が重なり、ドナー候補者家族には臓器摘出直前に脳死ではないことが認識されたのではないか?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 英国・リークで2021年3月13日、ルイス・ロバーツさん(18歳)は自動車にひかれてロイヤル・ストーク大学病院で緊急手術を受けたが、3月17日に脳幹死が宣告され、家族は臓器提供に同意した。即時の生命維持装置の停止も可能だったが、家族は翌朝7時まで待つことにした。姉がベッドサイドに座り、ルイスさんに「1、2、3を数えた後に呼吸するように」と頼んだ。モニターに呼吸を示す4つの茶色の線に気づき、3月18日の午前3時30分頃に医師により自発呼吸が確認された。
当ブログ注:脳幹死宣告のため脳波は測定していないと見込まれる。

出典='Miracle' teen injured in crash still fighting days after being 'officially certified dead' 
https://www.stokesentinel.co.uk/news/stoke-on-trent-news/miracle-teen-injured-crash-still-5223255?_ga=2.174475946.96428472.1616800965-2124080866.1616800916

 

2021/9/24 ルイス・ロバーツさんは6か月後、母親に「お母さん、愛してる」と会話

 ルイス・ロバーツさんは2021年7月11日に19歳になり、先週末'Mum, I love you.... you're the best'と完全な会話をした。

出典=Miracle teen's first heart-melting words six months after being 'certified dead'
https://www.stokesentinel.co.uk/news/stoke-on-trent-news/miracle-teens-first-heart-melting-5958854

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 米国ニューヨーク州立アップステート医科大学病院に入院した脳内出血の59歳男性、脳死判定のうち無呼吸テストは安全でないと判断され、SPECT(単光子放射型コンピューター断層撮影法)で頭蓋内に血流がないことを確認。家族が臓器提供に同意し脳死宣告されたが、翌朝、咳反射、断続的な自発呼吸、侵害刺激への反応も確認。家族は脳死ではないことを知らされたが、新たな決定がなされる前に患者は心停止した。
当ブログ注:無呼吸テストは行っていないが脳血流なしとして脳死判定された。

出典=Julius Gene S. Latorre: Another Pitfall in Brain Death Diagnosis: Return of Cerebral Function After Determination of Brain Death by Both Clinical and Radionuclide Cerebral Perfusion Imaging, Neurocritical Care,32, 899–905,2020
https://link.springer.com/article/10.1007/s12028-020-00934-2(画面左下のRead full articleをクリックすると全文が読める)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2017年12月26日、ブライアン・ヒールさん(50歳)は階段から転落し英国サマセット州のヨービル地区病院に搬送され脳幹死と診断。臓器提供者として登録していたため人工呼吸器で管理したところ回復の兆しを見せ、2018年2月12日に昏睡から脱却しはじめた。2018後半にリハビリを終える予定。
当ブログ注:脳幹死宣告のため脳波は測定していないと見込まれる。

出典=Lonardo worker from Sherborne making miracle recovery after suffering massive brain injury
https://www.somersetlive.co.uk/news/somerset-news/leonardo-worker-sherborne-makes-miracle-1511883

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 2015年1月、テキサス州のジョージ・ピッカリング氏は息子が脳死とされた。医師が人工呼吸の停止を計画、臓器提供の手配も進められていたことに抗議して病院に拳銃を持って立てこもった。3時間の間に、息子は父親の指示に応じて数回、父親の手を握り、脳死ではないと確認できたため警察に投降した。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。

出典=2016年8月10日放送「ザ!世界仰天ニュース 息子を守りたい父親の大事件」
https://www.ntv.co.jp/gyoten/backnumber/article/20160810_03.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2010年10月8日、ブルックリンでエミリー・グワシアクスさん(21歳)はトラックにはねられ、ベルビュー病院に搬送された。第2病日、母親は看護師から「娘さんは亡くなられた」と聞かされた。臓器提供に同意後、母親がエミリーに話しかけている時に、エミリーは左手を上げた。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。

出典=Hit by a Truck and Given Up for Dead, a Woman Fights Back
http://www.nytimes.com/2010/12/22/nyregion/22about.html(プレビュー)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 3カ月前から中耳炎だった26歳男性は昏睡状態となり、クイーンエリザベス2世健康科学センターにてCTで脳膿瘍が確認され、昏睡発症後7時間で無呼吸も確認され脳死と診断。家族は臓器提供に同意した。血液培養で48時間後に臓器提供の適格性を再評価することになった。脳膿瘍が臓器提供に影響しうるか確認するために、脳死宣告から2時間後にMRIを撮ったところ脳血流があった。患者は昏睡発症から28時間後に自発呼吸が確認された。自発呼吸以外の神経学的検査の結果は以前と同じで、患者は臓器提供者リストから外された。5日後、自発呼吸は弱まり心臓死した。


出典:Derek J. Roberts MD:Should ancillary brain blood flow analyses play a larger role in the neurological determination of death?,Canadian Journal of Anesthesia,57(10),927–935,2010
https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs12630-010-9359-4 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 マクマスター大学病院において37週で出生した女児が、生後41時間後にカナダの脳死判定基準を満たした。無呼吸テストで動脈血二酸化炭素分圧を54mmHgまで上昇させて自発呼吸がなかった。米国の移植組織により心臓の利用が検討され、米国の脳死判定基準(無呼吸テスト時に動脈血二酸化炭素分圧を60mmHgまで上昇させる)にもとづいてテストされた。女児は動脈血二酸化炭素分圧が59mmHgまでは無呼吸だったが、その後64mmHgに上昇するまでしっかりと呼吸をした。臓器提供の同意は、両親により撤回された。

出典=Simon D.Levin:Brain death sans frontiers, The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE,318(13),852-853,1988
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM198803313181311(プレビュー)

 

 

3-1を新しいウィンドウで開く  3-3を新しいウィンドウで開く


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「臓器移植の普及啓発・ドナー候補者家族への説明」の問題点

2024-02-05 16:29:17 | 声明・要望・質問・申し入れ

2024年2月5日

 

臓器移植法を問い直す市民ネットワーク
     事務局 守田憲二

 

「臓器移植の普及啓発・ドナー候補者家族への説明」の問題点

 

 私たち「臓器移植法を問い直す市民ネットワーク」は、臓器移植医療において、重症の脳不全患者の家族(ドナー候補者家族)に対する説明(インフォームド・コンセント)に、事実の隠蔽や誤りがあることを批判してきました。正確な情報を患者や家族に提供しない医療は行われるべきではないと考えます。
 法的脳死臓器移植が1000件に届こうとする今、再度「脳死下及び心停止下での臓器摘出・臓器移植」の問題点を、特に事実の隠蔽や誤りに関する資料と共に提示します。臓器摘出・移植の医療をもう一度問い直していただきたいと思います。(以下の資料提示は守田憲二による。本文中にある(1)から(29)は出典および引用元の文献等です。本文の初掲載日は2023年9月9日、2024年2月5日に文献(1)と(2)を追加しました)

 

 

 

「脳死となったら数日以内に心停止する」という説明は事実ではありません!
 脳死状態での長期生存例が数多く報告されています。

 日本臓器移植ネットワークは「脳死とは、脳全体の機能が失われた状態で、回復する可能性はなく元に戻ることもなく、人工呼吸器をつけていても、数日以内には心臓も停止します(心停止までに、長期間を要する例も報告されています)」と説明しています。この説明に反する以下の症例が報告されています。


◎成人の長期生存例・出産例
ニューヨーク大学ラングーンヘルスは、2023年7月14日に遺伝子操作されたブタの腎臓を脳死状態の57歳男性に移植した。61日間の観察の後、9月13日に所定の終了日に達し、腎臓は除去され、人工呼吸器が外され、遺体は家族に戻された(1)。

*アラブ首長国連邦のクリーブランドクリニック・アブダビでは、2017年10月1日から2022年10月1日までに、脳死宣告から1週間以降の臓器提供が10例あった。内訳は脳死宣告から30日後が1例、29日後が1例、14日後が1例、10日後が2例、9日後が1例、8日後が1例、7日後は3例(2)。

*ドイツのハインリッヒ・ハイネ大学病院で妊娠17週の29歳女性が脳死判定から5ヶ月後に帝王切開で出産し、その後、臓器を提供した(3)。

*ドイツのジュリウス・マクシミリアン大学病院で推定妊娠10週の28歳女性が脳死と判定され、推定妊娠34週で経腟分娩(自然分娩)し、翌日、臓器を提供した(4)。

*熊本大学病院で妊娠22週の32歳女性を脳死と判定(正式な無呼吸テストは低酸素の懸念から行わなかった)、妊娠33週で経腟分娩(自然分娩)し、翌週に無呼吸テストで自発呼吸の無いことを確認した。8週間後に転院し、約1年後に死亡した(5)。


◎家族が臓器提供を断り、長期に生存する子どもたち
*兵庫県立尼崎総合医療センターでは脳死とされうる状態と判断された小児4例(1歳~8歳)が、2019年11月時点で3年9ヵ月、2年、1年5ヵ月、8ヵ月間生存している(6)。

*順天堂大学医学部付属浦安病院では9歳男児が脳死とされうる状態となってから9日後に救命センターを退出、125日後に療養型病院へ転院した(2019年発表)(7)。

*徳島赤十字病院では救急搬送された13歳女児が入院6日目に脳死とされうる状態となり、420日以上生存している(2014年発表)(8)。


◎家族が脳死臓器提供を断った後に、脳死ではない状態に変わった症例
 国立成育医療センターでは17ヵ月女児の急性脳症の発症から17日目に、無呼吸テストを除く臨床的脳死と診断。日本臓器移植ネットワークのコーディネーターが家族に臓器提供の説明をしたが、家族は断った。発症から約5週間後に自発運動が始まった。脳幹が機能していることを示す体動が認められ、医師は家族に「もはや脳死ではない」と説明した。
 その後も女児は人工呼吸器に依存し、胃瘻チューブにより栄養補給されていた。時折、自発的に体動したが脳波は平坦だった。発症から 16カ月で、肺炎と尿路感染症による多臓器不全で亡くなった(9)。


◎脳死判定が完全に誤っていた症例、社会復帰例
 臓器を摘出する手術台に移された時に咳をして、脳死ではないことが発覚した55歳男性がいます(10)。21歳の青年(11)も、臓器摘出チームが到着した後に脳死ではないことが判り臓器提供が中止されました。その後、彼は結婚して1児の父親になりました。このほか臓器摘出が予定された患者における誤診例は、臓器移植法を問い直す市民ネットワークのブログ内「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計」https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/7d5631bb5539bf19afcffb53544791f5 に随時、追加していますのでご覧ください。


 上記のとおり脳死と判定された患者、そして一部の検査を省略して「脳死とされうる状態」と診断された患者の状態は多様です。意識不明で各種検査にも反応のない状態が継続して早期に心臓死に到る患者がいる。その一方で、脳死とされても月単位、年単位で生存する症例があり、さらに脳死判定を完全に誤った症例もあります。脳死判定は、「数日以内に確実に心臓死に到る重症患者を1例の誤診もなく見分けることは不可能」であるため、「脳死を人の死(現実的には脳死判定基準を満たした状態で死亡宣告)」とすることは採用してはならないと考えます。

 

この段落の文献等
(1)Two-Month Study of Pig Kidney Xenotransplantation Gives New Hope to the Future of the Organ Supply
https://nyulangone.org/news/two-month-study-pig-kidney-xenotransplantation-gives-new-hope-future-organ-supply
(2)Haamid Siddique:Late organ procurement as much as 30 days after brain death,Transplantation,107(10S1),3,2023
https://journals.lww.com/transplantjournal/fulltext/2023/10001/115_3__late_organ_procurement_as_much_as_30_days.3.aspx

(3)Payam Akhyari:Successful transplantation of a heart donated 5 months after brain death of a pregnant young woman,The Journal of Heart and Lung Transplantation,38(10),1121,2019
 https://www.jhltonline.org/article/S1053-2498(19)31553-0/fulltext
(4) Ann Kristin Reinhold:Vaginal delivery in the 30+4 weeks of pregnancy and organ donation after brain death in early pregnancy,BMJ case reports, 30,12(9),e231601,2019
 https://casereports.bmj.com/content/12/9/e23160
(5)(日本語)今村裕子:妊娠33週で自然経腟分娩にて生児を得た脳死とされうる状態の妊婦の1例、日本周産期・新生児医学会雑誌、52(1)、94-98、2016
(英語)Kinoshita Yoshihiro:Healthy baby delivered vaginally from a brain-dead mother, Acute Medicine & Surgery,2(3)、211-213、2015
 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ams2.95
(6)菅 健敬:脳死とされうる状態と判断されてから長期生存している低酸素性虚血性脳症の小児4症例、日本救急医学会雑誌、31(9)、397-403、2020
 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jja2.12477
(7)石原唯史:小児重症多発外傷における心肺停止蘇生後からのtrauma managementの考察、日本小児救急医学会雑誌、18(1)、67-70、2019
(8)高橋昭良:溺水による小児長期脳死の1例、日本小児科学会雑誌、119(5)、896、2015
(9)Masaya Kubota:Spontaneous and reflex movements after diagnosis of clinical brain death: A lesson from acute encephalopathy, Brain & Development,44(9),635-639,2022
 https://www.brainanddevelopment.com/article/S0387-7604(22)00103-6/fulltext
(10)Adam C. Webb: Reversible brain death after cardiopulmonary arrest and induced hypothermia, Critical Care Medicine,39(6),1538-1542,2011
 https://journals.lww.com/ccmjournal/Abstract/2011/06000/Reversible_brain_death_after_cardiopulmonary.44.aspx
(11)2008年3月24日付NBCニュース記事='Dead' man recovering after ATV accident Doctors said he was dead, and a transplant team was ready to take his organs -- until a young man came back to life.
 https://www.nbcnews.com/id/wbna23768436

 

 

 

治療撤退で心臓死を早める、臓器提供目的で造られる「脳死」・意識障害患者

 重症患者がどれほど長く生存できるかは、患者自身の生理的状態だけでなく、家族の意向や医療者の対応によっても左右されます。1991年に国内90の救命救急センターが回答した調査(12)では、脳死診断後に治療を縮小する施設が61.8%でした。1994年の日本救命医療研究会第9回研究会(13)では、脳死判定後の治療について「現状の治療を継続する、積極的な治療はしない」と発言した医師がおり、さらに「カテコラミンをダミーに切り替えるとか(引用者注:昇圧剤をニセ薬に変えるということ)、あるいは呼吸器の条件を落とすとか、そういう若干積極的な撤退を行っております」と発言した医師までいました。重症患者への医療を控える、血圧が下がってきた時に投与するべき昇圧剤を家族に知られないように効果のない物質に変える、人工呼吸器を正常に作動させない等を行えば、「数日後に心臓が停止」するのは必然です。

 臓器提供を促進する目的で、脳死判定を行う前から重症患者への治療を止め、その重症患者の脳保護に反する処置(ドナー管理)を行う施設が増えています。重症患者の救命を本来の仕事とする救急医でさえ「ドナー管理という言葉は、本来は法的脳死判定がなされたあとの臓器保護のことを指しますが、実際には法的脳死判定の前から、家族が考える時間をつくる管理、臓器提供を見据えた管理として患者管理を開始しておく必要があります」と書く(14)までになっています(太字の強調も原文のママ)。
 2022年3月に日本救急医学会など6学会と日本臓器移植ネットワークは「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル(以下では同マニュアルと記す)」(15)を作成しました。同マニュアルの研究協力者である聖隷浜松病院・救命救急センター長の渥美生弘は「脳保護のための治療では、浸透圧利尿薬を用いて血管内容量を下げ、できるかぎり頭蓋内圧を下げるべく管理する。しかし、臓器保護のためには十分に補液し臓器血流を維持するという、補液の観点からすると真逆の管理を行うことになる」(16)としていますので、臓器提供を見据えた患者管理が脳保護に反することは明らかです。

 脳の働きが悪くなり生命を脅かしかねない状態だからこそ入院してきた重症患者に対して、臓器提供を見据えて脳保護とは真逆の処置を行うことは、重症患者の人権・医療を受ける権利はもはや無いもの(いまだ死亡宣告もしていないのに死者扱い)とする一方で、移植待機患者の人権・臓器移植を受ける権利を考慮すべきとしていることになります。これは救急医らが重症患者について「治療しても重大な後遺症が残りそうだ」と判断した場合に、「臓器を提供して死んでもらったほうがよい」と命の選別を行っているということでしょう。この選別は、経済を優先する国策、臓器提供施設の都合や医師の価値観などによって為されているのです。脳保護に逆行する処置を行った後に、脳の機能廃絶の有無を判定する法的脳死判定を行うことは、法的脳死判定を形式的な儀式として行っているということです。

 臓器提供を見据えた患者管理は、臓器提供に到らなかった患者にまで被害を及ぼしていると見込まれます。関西医科大学総合医療センターから「脳死ドナー管理経験と蘇生医療の進歩の中でカテコールアミン・抗利尿ホルモン使用により小児・若年者の脳不全長期生存例を経験した」と報告されています(17) 。移植用臓器を確保する目的で医療従事者が行う処置により、人為的に脳の状態を悪化させられた医原性意識障害患者までも発生させているようです。

 

この段落の文献等
(12)長谷川友紀:救命救急センターにおける脳死の発生状況、日本医事新報、3565、51-54、1992
(13)日本救命医療研究会 第9回研究会 総合討論、日本救命医療研究会雑誌、9、219-233、1995
(14)水谷淳史:徹底ガイド 脳神経疾患管理 研修医からの質問306 臓器提供、救急・集中治療、34(3)、1296-1302,2022 
(15)臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル(令和4年3月)
 https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/manual202203.pdf
(16)渥美生弘:臓器提供に関する地域連携、救急医学、45(10)、1270-1275、2021
(17)岩瀬正顕:当施設での脳死下臓器移植への取り組み、脳死・脳蘇生、34(1)、43、2021

 

 

 

「救命努力を尽くしても脳死になった患者が臓器提供者になる」という前提の虚構

 臓器移植法は、事故や病気で脳を損傷した重症患者であっても救命を尽くすことを前提に制定されました。移植医療関係者にとっては1968年の和田心臓移植事件(心臓の提供者への救命努力は尽くされたのか?本当に心臓死してから心臓が摘出されたのか?心臓移植を受けた患者は、移植が必要な患者だったのか?という疑いを生じた事件)を克服して、心臓移植を再開する目的がありました。
 現実は前節のとおり法的脳死判定の前から、臓器提供を見据えて脳保護に反する処置が横行していますが、仮定の話として「救命努力を尽くしたけれども力が及ばす脳死に至った患者だけから、臓器提供が行われる」ことが本当に可能なのかについて検討します。
 前項で述べたように臓器提供候補者は脳保護とは真逆の管理をされています。この方が、移植医・移植待機患者にとって都合がよいのは明らかです。臓器提供を見据えた患者管理を行わないと、脳死と見込まれる重症患者の約2割は早期に心停止して臓器提供に到りません(18)。重症患者に脳保護のための治療を継続すると、臓器への血流が少ない状態が続くため、その臓器を移植しても万全に機能しないことが多発します。状態の悪い臓器の移植を承諾する施設は少ないため、臓器が摘出される件数はさらに減少します。心臓移植に用いることが可能な心臓か否かを調べるためには、昇圧剤を減量しても心臓が機能するかテストするしかありませんので、昇圧剤を減らしながら頭蓋内圧を上げる抗利尿ホルモンを投与しなければなりません(19)。従って、法的脳死判定の前まで、臓器提供を見据えた患者管理が厳格に禁止されると、移植用に得られる臓器は極端に減少し、特に移植可能な心臓はゼロになる可能性が高まります。
 こうした現実から、「救命努力を尽くしたけれども力が及ばす脳死に至った患者だけから、臓器提供が行われる」ことは、そもそも実現困難な事柄と考えられます。臓器提供者の心臓が拍動している時に、法的脳死を確認しない状況下で、臓器提供目的の処置を開始しないと、移植可能な心臓は得られないという事情は変わらない。和田心臓移植事件の克服どころか、臓器の摘出・移植が行われるたびに類似の医療不信を積み重ねることになります。

 

この段落の文献等
(18)佐藤 章:臓器移植法による脳死判定が救急医療現場にもたらす医学的、倫理的諸問題:脳死判定350例の経験から、日本救急医学会雑誌、9(9)、393,1998
(19)「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」は、p16~p18の「1.心臓の評価」において「高用量のカテコラミンが使用されている場合には、漸減しても心機能が維持されることを確認する」、「【ホルモン補充療法】 左心機能不全を認めるドナーに対しては、適応外使用となるがバゾプレシンの投与も考慮される。バゾプレシンはアドレナリン受容体の親和性を高める作用があるため、バゾプレシンの補充によりカテコラミンを減量できることが多い。カテコラミンの投与量が多いと心臓のアドレナリン受容体密度が低下するため、可能な限りカテコラミン投与量を減少させてから摘出したほうがよく、その意味でも、バゾプレシンの投与を考慮する」他の記載がある。
 「適応外使用となるが」という注記は、バゾプレシンの効果・効能に下垂体性尿崩症やその鑑別診断他が記載されているが、臓器提供者において昇圧剤を減らす目的は認められていないこと、またバゾプレシンの副作用に血圧上昇があるためと見込まれる。

 

 

 

臓器提供の選択肢を提示する患者家族への説明文書が非公開にされていること
 医師は患者(意識不明の場合は患者家族)に対して、病状と今後の見通し、治療を行う場合に(または治療を行わない場合に)予想される効果そして危険性・副作用などについて正確かつ十分な説明をすること。そして患者は、医師の説明を理解して承諾した範囲の医療が行われることが常識と考えられます。
 ここでは、まず国内で人体から組織または臓器を採取し斡旋している3機関が、組織または臓器の提供にともなう危険性について、どのような説明を行っているのか、情報公開への取り組みを比べます。
 日本赤十字社は、「献血の同意説明書」(20)を同社サイト内で公開しており、献血に伴う副作用等について頻繁に発生する「気分不良、吐き気、めまい、失神などが0.7%(約1/140人)」だけでなく、滅多に発生しない「失神に伴う転倒が0.008%(1/12,500人)」と書いています。
 日本骨髄バンクも「ドナーのためのハンドブック」(21)を同バンクサイト内で公開し、骨髄採取、麻酔に伴う合併症と重大事故を記載しています。死亡例について国内骨髄バンクでは2万5千例以上の採取で死亡事故はないが、海外の骨髄採取で5例、日本国内では骨髄バンクを介さない採取で1例、計6例の死亡例があることを知らせています。
 ところが、日本臓器移植ネットワークは臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」を、同ネットワークサイト内で公開していません。

 

この段落の文献等
(20)日本赤十字社の「献血の同意説明書」
  https://www.jrc.or.jp/donation/pdf/6b52785931214f442fe2f1bf2bac94b92c9c9d69.pdf
(21)日本骨髄バンクの「ドナーのためのハンドブック」
  https://www.jmdp.or.jp/pdf/donation/2022donor-handbook-B5.pdf

 

 

 

57分の1の確率で死亡予測を誤る、臓器提供の危険性が知らされていないこと
  「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」は、「臓器移植におけるドナーコーディネーション学入門(へるす出版・2022年)、資151~資157」に掲載されていますが、脳死判定を誤る確率や心臓死の予測を誤る確率を示していません。
 東京都臓器移植コーディネーターの報告(22)によると、東京都内で2017年までの約22年間に、臓器移植コーディネーターが424例のドナー情報を受けて、患者家族341例に死後(脳死後または心停止後)の臓器提供について説明しましたが、このうち5例が植物状態に移行し臓器提供の承諾を得られず、さらに家族が臓器提供を承諾した後に1例が植物状態に移行したため臓器提供に至りませんでした。これは累計では6例に死亡予測の誤りがあったことになり、ドナー情報70.7例のうち1例(6/424)、臓器提供選択肢提示56.8例のうち1例(6/341)で誤ったことになります。
 こうした現実を正確に重症患者の家族に説明すると、「臓器提供を承諾する家族が全くいなくなるため都合が悪い」と隠蔽しているのでしょう。

 

この段落の文献等
(22)櫻井悦夫:臓器移植コーディネーター 22年の経験から、Organ Biology、25(1)、7-25、2018
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/25/1/25_7/_pdf/-char/ja

 

 

 

臓器摘出時にドナーに麻酔がかけられる場合もあることが知らされていないこと
 日本臓器移植ネットワークが臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」は、臓器摘出時にドナーに麻酔をかける可能性があることを記載していません。
 娘の臓器提供を後悔している母親は、次の様に嘆いています。
「脳死っていうのは、生きているけれど生身でしょう?だから手術の時は脳死でも動くんですって。動くから麻酔を打つっていうんですよ。そういうことを考えると、そのときは知らなかったんですけども、いまでは脳死からの提供はかわいそうだと思えますね。手術の時に動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも正直いって、何がなんだかわからなかったんです。もうその時は忙しくて」 (23)

 2008年6月3日、衆議院厚生労働委員会臓器移植法改正法案審査小委員会において福嶌教偉参考人(大阪大学医学部教授・当時)は次のように述べました。
「実際に五十例ほどの提供の現場に私は携わって、最初のときには、麻酔科の先生が脳死の方のそういう循環管理ということをされたことがありませんので、吸入麻酔薬を使われた症例がございましたが、これは誤解を招くということで、現在では一切使っておりません。使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見というのはございません」(24)
 この臓器摘出時の麻酔を否定した発言の約3週間前に行われた法的脳死71例目では、臓器摘出時に「麻酔維持は、純酸素とレミフェンタニル0.2μ/㎏/minの持続静注投与で行なった」(25)。83例目(26)、132例目(27)でも麻酔がかけられました。424例目と見込まれる文献 は、「全身麻酔下に胸骨中ほどから下腹部まで正中切開で開腹し,肝臓の肉眼的所見は問題ないと判断した」と記載しています(28)。
 現実の脳死臓器提供例では、臓器摘出時に麻酔をかけられたドナーと麻酔が不要だったドナーが混在しており、脳死判定を誤ったドナーに麻酔がかけられた可能性が高いと見込まれます。

 問題は、臓器提供施設マニュアル(平成22年度)(29)が「原則として、吸入麻酔薬、麻薬は使用しない」としていることです。脳死判定を誤り、さらに臓器摘出時に麻酔をかけられることがなければ、最悪の場合、ドナーは意識のあるまま解剖されて恐怖・激痛・絶望感のなかに死を強要されることになります。
 「臓器摘出術を開始すると血圧が急上昇するから麻酔をかける」などの生々しい、一般人の脳死イメージに反する実態を極力隠して、獲得できる移植用臓器を1個でも増やそうというインフォームド・コンセントとはかけ離れたご都合主義が、臓器提供者に生体解剖される危険性を負わせています。臓器提供を承諾した家族を後悔させています。このような非倫理的行為を重ねてまで(国会で嘘をつき、患者家族に説明すべきことを説明しないで、ドナーに生体解剖される危険性を負わせてまで)臓器提供を促進しなければならないのでしょうか?

 

この段落の文献等
(23)山崎吾郎:臓器移植の人類学、世界思想社、87-88、2015
(24)第169回国会 衆議院 厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会 第1号 平成20年6月3日、13
  https://kokkai.ndl.go.jp/txt/116904263X00120080603

(25)神戸義人:獨協医科大学での初めての脳死からの臓器摘出術の麻酔経験、Dokkyo Journal of Medical Sciences、35(3)、191-195、2008
  https://dmu.repo.nii.ac.jp/records/735
(26)小嶋大樹:脳死ドナーからの多臓器摘出手術の麻酔経験、日本臨床麻酔学会誌、30(6)、S237、2010
(27)小山茂美:脳死下臓器提供の全身管理の一例、麻酔と蘇生、47(3)、58、2011
(28)梅邑 晃:マージナルドナーからの脳死肝グラフトを用いて救命した 肝細胞がん合併非代償性肝硬変の1例、移植、52(4-5)、397-403、2017
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/52/4-5/52_397/_pdf/-char/ja
(29)臓器提供施設マニュアル(平成22年度)
https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/flow_chart01.pdf
 「第13章 摘出手術と術中呼吸循環管理」のなかp32において「・原則として、吸入麻酔薬、麻薬は使用しない」「・皮膚切開・胸骨骨膜刺激時に一時的な血圧の上昇・頻脈を認めるが、開胸後に血圧が低下しやすいため、血管拡張薬や吸入麻酔薬は使用しない」と記載している。

 

 

 

「脳死下臓器提供とは別に、心臓が停止した死後の臓器提供」があるという虚構
 1997年以前、法律上は死体からの臓器提供が、心停止後(心臓が停止した死後)のみ許容されていた時代においても、脳死前提の臓器提供が主流でした。下記枠内いずれかの行為がなされていたからです。


脳死診断を採用・・・臓器を提供する可能性のある患者が、脳死で数日以内に心臓死に至るとの予測にもとづいて、ドナー候補の患者家族に臓器提供の選択肢を提示した。
心臓死の不確実な診断・・・心停止の不可逆性を確認する観察時間を、秒単位あるいは分単位の短時間しか設けなかった。
心臓死宣告を無効にする行為・・・臓器を提供する患者の心臓が停止した後に(心臓死宣告した後に)、蘇生効果のある心臓マッサージ、人工呼吸、人工心肺による血液循環などを行った。
心臓死前から臓器摘出手術の一部を開始・・・臓器を提供する患者の心臓が停止する以前から、臓器提供目的の処置(抗血液凝固剤ヘパリンの投薬・カテーテル挿入など)を行った。
人為的心停止・・・臓器を提供する可能性のある患者に、昇圧剤の減量、人工呼吸の停止、動脈閉塞、冷却など行って人為的に心停止に到らせた。
心臓拍動下の臓器摘出・・・臓器提供者の心臓が拍動している時に、移植用臓器を摘出した。

 心臓が拍動している時に臓器を摘出する行為が、脳死前提であることは説明不要でしょう。このほかの行為にも、それらを行っても正当化されるとの判断の背景に「ドナーは脳死」との判断があったと見込まれます。
 例えば心臓死を宣告した患者に、その直後から心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行いつつ臓器を摘出する手術室に搬送する行為は、心臓死した患者を蘇生させる可能性を生じます。明確に蘇生しなくとも、臓器摘出時に意識が回復しており、生きたまま解剖される危険性を負わせます。そのような危険性があっても、心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行ったのは、その医師に「心臓死宣告した患者の脳は機能していないから」という憶測があったからと見込まれます。従って、これらを脳死前提の臓器提供と分類しました。

 上記行為の実態、出典資料は「臓器移植法を問い直す市民ネットワーク第14回市民講座講演録 心停止後の臓器提供は問題ないのか? 生体解剖の恐れあり!」
https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/7ce09f306a2e765ffde9c7d42f7c33de を参照。


 

 

 

臓器提供者の死亡を前提とする臓器移植を禁止すべき理由
 以上、日本臓器移植ネットワークや移植医は、臓器提供の促進につながる普及啓発やドナー候補者家族への説明は行うが、臓器提供を減らす可能性のある情報は隠蔽していることを指摘しました。医師のなかには、脳保護とは真逆の管理を法的脳死判定の前から行う者もおり、それが学会規模でマニュアル化されているのです。これでは患者家族に誠実でありたいという医師の思いまでもが押しつぶされる可能性があります。
 また「救命努力を尽くしても脳死になった患者が臓器提供者になる」という前提は虚構であることを指摘しました。従って、臓器提供者の死亡を前提とする臓器摘出・移植は、臓器提供者の人権、生きる権利・医療を受ける権利を侵害せずには行えないと考えます。
 臓器移植を希望して登録し待機している患者にも人権、生きる権利・医療を受ける権利は当然にあります。その人権を、脳の働きが悪くなり生命を脅かしかねない状態で入院してきた重症患者の人権と比べることはできません。
 他人の生命を短縮することによって、自分が生きる時間を延ばすことは行ってはならないことです。
 従って、臓器提供者の死亡を前提とする臓器移植は禁止すべきと考えます。

 

 

 

以上


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

声明「脳死臓器提供に伴う、重症患者の救命打ち切りに反対します」

2023-09-29 13:10:30 | 声明・要望・質問・申し入れ

2023年9月29日

臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

 

脳死臓器提供に伴う、重症患者の救命打ち切りに反対します

 

 私たちは、「『脳死』は人の死ではない。『脳死』からの臓器摘出に反対。臓器移植以外の医療の研究・確立を求める。」という理念のもとで運動を行ってきました。「脳死」という概念は、移植用臓器の獲得のために人間の死の基準を前倒しすることで生み出されました。現在、法的脳死判定以前に患者を臓器摘出対象とみなし、救命医療の早期打ち切りを招く動きが進行しています。私たちは、人間の死の前倒しをさらに進めようとするこれらの動きに対して、強い危機感を表明します。

 

 

  • 「脳死」と判定されたら人の死とする根拠は失われています。

 現在、「脳死状態では、人工呼吸器をつけていても数日以内に心停止に到る」とされています。しかし、「脳死状態」とされた患者の実態は多様であり、数か月や年単位で生存しつづける「脳死」者もいます。「脳死」と判定されて臓器を摘出されそうになった患者が回復し社会復帰した例もあります。こうした報告例から、「脳死」と判定された人を死者とすることに反対します。

 

  • 移植用「脳死」者を増やすための方策に反対します。

 厚生労働省は、臓器移植件数を増やすため、重症患者を臓器提供の経験豊富な施設に効率的に搬送する制度を整えようとしています。また、10分間あるいは20分間という長時間の心停止後の蘇生・社会復帰例が報告されているにも関わらず、心停止後5分という短時間で移植のための臓器管理に移行して摘出してしまうことが、検討されています。さらには、救命すべき重症患者に対して、脳機能の維持回復とは真逆の臓器保存術を行うことが公然と推し進められています。

 

  • 臓器移植に頼らない医療の開発と普及を求めます。

 腎臓移植を希望している慢性腎不全患者は、透析療法を受けています。透析療法で20年以上生存している患者は慢性透析患者約35万人のうち8.6%に達し、最長透析歴は52年8カ月です(2021年末)。透析時間の延長や透析の回数を増やせば生存期間の延長やQOLの向上につながり、夜間透析、在宅透析を普及させれば患者の生活上の負担を減らせるでしょう。

 心臓移植待機患者の1~2割は、内科的外科的治療で移植が不要になっています。補助循環装置の台数増加、植込型補助人工心臓の普及や合併症の減少を目指す研究開発で、生存期間延長やQOL向上が望めます。

 肝臓についても同様で、様々な薬物療法により肝臓移植の適応患者が減少しています。急性肝不全でも1割以上が肝補助療法などの治療で回復しています。

 日常生活の改善により各種の病気を予防し、全般的な医療の発展で発症しても重症化する患者を減らし、重症化しても内科的外科的治療法で対処することを続ければ、臓器移植が必要とされる患者は減らせるでしょう。移植に頼らない医療の研究開発・推進こそが、他人の臓器を必要としない、真の医療の発展につながるものと考えます。

 私たちは、根本的な危険性を孕む脳死臓器移植を、医療として推進することに対して強く抗議し、脳不全患者を含む全ての重症患者の尊厳を守り、いのちを大切にする医療を求めます。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死後の臓器提供の現実について市民に正確な情報提供を行うとともに、「脳死が疑われる患者数を医療機関から報告させる新制度」の撤回を!

2023-06-30 13:41:30 | 声明・要望・質問・申し入れ

2023年6月29日

     厚生労働大臣 加藤勝信様

 

臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

 

死後の臓器提供の現実について市民に正確な情報提供を行うとともに、「脳死が疑われる患者数を医療機関から報告させる新制度」の撤回を!

 

 報道によると、厚生労働省は7月から、脳死が強く疑われる患者の毎月の人数を医療機関から日本臓器移植ネットワークに報告する新制度の試験運用を始めるとのことです。

 わたしたちは、この報道に接し、強い危機感を覚えています。この制度は、「脳死状態」と疑われる人を、これまで以上に臓器提供源として、取り扱っていく方向を進め、重症脳不全患者の救命をおろそかにする状況を作り出していくのではないかと危惧するからです。

 臓器移植法は、「脳死」が「人の死」であるのは臓器提供・移植にかかわる場面だけに限定しています。にもかかわらず、まだ「脳死判定」もされていない「脳死が強く疑われる患者」を臓器提供源としてとらえる新制度について、私たちは「人の死」の基準を拡大するものであり、いのちの切り捨てを推し進めることになる、と考えます。

 他人の臓器を医療資源とする特殊な医療である臓器移植は、臓器提供者の任意性や医療の透明性が強く求められます。患者(意識不明患者の場合は患者家族)への十分な情報提供、その理解と承諾を得ることは医療倫理の基本です。しかし、現実には、家族への説明が正確でなかったり、臓器提供における現実、例えば法的脳死判定の前から臓器提供に向けた処置が行われる【1】、臓器摘出時に麻酔をかけることもあるなどが隠されている実態【2】があります。
 私たちは、「脳死判定」を「人の死」の基準にすることはできない、と考えます。脳死臓器提供を拒否して月単位、年単位で長期生存している人がいるからです。また、脳死が疑われる重症患者の中には命をとりとめた事例や、臓器が摘出される手術台上で脳死ではないことが発覚した事例、さらに社会復帰して結婚し子をなした事例があるなども周知の事実【2】となっています。このように「脳死判定」を「人の死」の基準にすることが不適切であり、しかも脳死疑い・判定の誤りが莫大にあることを知りながら、人々は今後も死後の臓器提供を支持しつづけるのでしょうか?

 こうした現状を受けとめ、改善することもなく、ひたすら臓器提供を拡大せんとする為の新制度は、直ちに中止すべきです。わたしたちは、厚生労働省に対して、今回の新制度を撤回することを求めます。臓器提供に関する正確な情報提供を行い、臓器移植に頼らない医療の研究・開発を推進することを求めます。

 

 

〈今回の抗議要請書の補足事項〉

 

◆日本骨髄バンクが数万例に1例のドナーが死亡する危険性を事前に告知しているが、日本臓器移植ネットワークは数十例に1例の脳死疑いの誤り、臓器摘出時の麻酔投与も隠蔽している。

〇日本赤十字社は「献血の同意説明書」のPDFファイルを同社サイト内で公開しており、献血に伴う副作用等について頻繁に発生する「気分不良、吐き気、めまい、失神などが0.7%(約1/140人)」を、さらに、滅多に発生しない「失神に伴う転倒が0.008%(1/12,500人)」も書いている。

〇日本骨髄バンクは“ドナーのためのハンドブック”のPDFファイルを同バンクサイト内で公開し、骨髄採取、麻酔に伴う合併症と重大事故を記載している。死亡例について国内骨髄バンクでは2万5千例以上の採取で死亡事故はないが、海外の骨髄採取で5例、日本国内では骨髄バンクを介さない採取で1例、計6例の死亡例があることを知らせている。

 一方で

✖日本臓器移植ネットワークは臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと(以下「ご確認いただきたいこと」)」を、同ネットワークサイト内で公開していない。2022年9月発行の「臓器移植におけるドナーコーディネーション学入門(へるす出版)」に掲載された「ご確認いただきたいこと」でも、心臓死の予測を誤る確率や脳死判定を誤る確率を示していない。臓器を摘出する際に、提供者の身体に麻酔をかける場合もあることなども書かれていない。

 実際には

✖東京都内で2017年までの約22年間に、臓器移植コーディネーターが424例のドナー情報を受けて、患者家族341例に脳死後および心停止後の臓器提供について説明したが、このうち5例が植物状態に移行し臓器提供の承諾を得られず、さらに家族が臓器提供を承諾した後に1例が植物状態に移行したため臓器提供に至らなかった。【3】
 累計では6例に誤りがあり、これは70.7人に1人(424/6)の死亡予測を誤ったことになる。

✖韓国では2012年から2016年までに潜在的脳死ドナーは8120例あったが、潜在的脳死ドナー段階では1232例が脳死ではなかった。家族から脳死臓器提供の承諾を得た段階では2718例のうち33例が脳死ではなかった。2400例が臓器摘出に至ったが1例が脳死ではなかった。【4】
 累計で1267例に誤りがあり、これは6.4人に1人(8120/1267)の脳死疑いを誤ったことになる。

(注:これらの誤りは、単純な誤りではありません。脳死疑いに基づいて法的脳死判定を行う前から、臓器提供を目的とした処置を行ったことによって意図的に造られた脳死患者・意識障害患者がおり、その分は脳死と判定された症例数が膨らんでいること。一方で臓器摘出を完了した以降も脳死判定の誤りが発覚していない患者が除外されていることによる、脳死疑いを誤った症例数の過小評価も考慮しなければなりません。)

 

出典資料

【1】法的脳死判定以前から臓器提供目的で患者を管理したことを、臓器提供施設の医師が自ら報告した文献は法的脳死7例目(田中秀治:脳死の病態とドナー管理の実際、ICUとCCU、25(3)、155―160、2001)、法的脳死779例目が(横沢友樹:脳死下臓器提供におけるドナー管理の経験、岩手県立病院医学会雑誌、62(1)、11-15、2022)、このほか複数ある。

【2】同封の冊子“「脳死」って人の死 「臓器移植推進」って大丈夫”、またはブログhttps://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/e0270e7acd27ed637468f883f0785d93 

【3】櫻井悦夫:臓器移植コーディネーター 22年の経験から、Organ Biology、25(1)、7-25、2018 https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/25/1/25_7/_pdf/-char/ja

【4】Kim Mi-im:Causes of Failure during the Management Process from Identification of Brain-Dead Potential Organ Donors to Actual Donation in Korea: a 5-Year Data Analysis (2012-2016),Journal of Korean Medical Science,33(50),e326,2018 https://doi.org/10.3346/jkms.2018.33.e326


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする