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臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

「脳死」は人の死ではありません。「脳死」からの臓器摘出に反対します。臓器移植以外の医療の研究・確立を求めます。

臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計 4-1

2025-08-22 08:48:03 | 声明・要望・質問・申し入れ

2025年8月22日の追加情報は2件

 

1,4-1ページの米国で臓器提供登録の取り消しが前年同期の10倍 注4、心臓が停止した死後と称する臓器提供の問題点 のなかで「24時間観察しない死亡宣告の不確実性」を以下の文章に修正しました。

24時間観察しない死亡宣告の不確実性従来から死の三徴候「心臓の拍動停止・呼吸停止・瞳孔の散大固定」を確認して死亡が宣告されているが、死亡宣告を誤った実例があることから、死亡宣告から24時間以上経過しないと埋葬は行われてこなかった。しかし、血液は流動しなくなると20分ほどで凝固しはじる。少量の血栓ならば取り除いたり溶かせるが、血液が血管の大部分で凝固してしまったら除去する手段はない。毛細血管のなかで一部分でも血液が凝固していると、その部分から先の臓器機能が失われるため、血流の停止時間は短いほど移植後の臓器機能の発揮が期待できる。このため臓器提供を予定した心臓死宣告は、死の三徴候の24時間継続を確認することはできず、死の不確実性が高い。

 

2,「4,親族が脳死臓器提供を拒否した後に、脳死ではないことが発覚した症例」は、4-3ページに移動しました

 

以下は4-1の本文

 



臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計

4-1

目次

4-1(このページの見出し)

1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例
  米国で臓器提供登録の取り消しが前年同期の10倍
4-2

1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例(前ページからの続き)
2,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが脳死ドナーに投与され効いた!
3,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例

4-3

4,親族が脳死臓器提供を拒否した後に、脳死ではないことが発覚した症例
5,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、米国で臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後
6,脳死とされた患者の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から1カ月以上の長期生存例)

4-4

7,「脳死とされうる状態」と診断されたが、家族が臓器提供を断り、意識不明のまま人工呼吸も続けて長期間心停止せず生存している症例
8,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?
9,何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者
10,脳死判定を誤る原因 

・各情報の出典は、それぞれの情報の下部に記載した。更新日時点でインターネット上にて閲覧できる資料は、URLをハイパーリンク(URLに下線あり)させた。医学文献のなかには、インターネット上で一般公開している部分は抄録のみを掲載している資料もあり、その場合はURLの後に(抄録)と記載した。登録などしないと読めない記事はURLの後に(プレビュー)と記載した。

 


1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に脳死ではないことが発覚した症例

  米国で臓器提供登録の取り消しが前年同期の10倍

 米国で脳死下臓器摘出手術そして心停止後臓器摘出手術の中止例が報道され、臓器提供の登録を取り消す人が急増している。2024年10月29日の報道によると、取り消した人数は毎日170人で前年同期の10倍の人が取り消した。今年は2025年7月20日のニューヨークタイムズの記事により再び急増した。2025年8月12日の報道によると、コロラド州は前年同期の14倍、テネシー州は10倍、フロリダ州は11倍、アリゾナ州8倍などの人々が臓器提供意思を取り消した。概要は以下。

 

 2024年10月29日付のAP通信記事
People opt out of organ donation programs after reports of a man mistakenly declared dead 
https://apnews.com/article/organ-donor-transplant-kentucky-8f42ad402445a91e981327abb009906c 
は、米国ケンタッキー州におけるアンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさんからの臓器摘出手術の中止そして社会復帰、複数の臓器調達機関職員の退職、下院エネルギー・商業委員会の公聴会における移植外科医の脳死臓器摘出手術の中止経験を述べた等のニュースの影響で、毎日170人がドナー登録を取り消しており2023 年の10倍に上る。フランスでも臓器を提供しない登録が 1日当たり100人だったのが1,000人に急増した、と伝えた。

 2025年7月20日付ニューヨークタイムズ記事
A push for more organ transplants is putting dying donors at risk
(登録読者)https://www.nytimes.com/2025/07/20/us/organ-transplants-donors-alive.html
(他サイトに掲載されたコピー記事)https://www.spokesman.com/stories/2025/jul/20/a-push-for-more-organ-transplants-is-putting-dying/
は、2024年春にアラバマ州で人工呼吸停止による人為的心停止後の臓器摘出手術において、ドナーであるミスティ・ホーキンスさん(42歳)の胸骨を切開したところ心臓が鼓動していることを発見した、このほか19州の55人の医療従事者から心停止後の不穏な臓器提供事例を取材したと報じた。

 2025年8月7日付のニューズウィーク記事Mass Exodus From Organ Donor Registries Following Media Coverage、そして
8月12日付のニューズウィーク記事Seeing Growing Exodus, State Organ Donor Registries Urge 'Perspective'
https://www.newsweek.com/organ-donor-registries-exodus-new-york-times-reporting-2112030
は、前記ニューヨークタイムズ記事の影響で、臓器を提供する登録の取り消しが急増していることを報じた。各州の取り消し人数は以下。

・カリフォルニア州:7月20日から8月10日までの間に5,423人。同誌の8月7日付記事によると、ドナー登録の削除は1日平均で412人あり、7月20日以前の1週間の1日平均52人と比較して700%増加した。

・コロラド州:7月20日から8月11日までの間に1,489人、2024年の同じ期間の登録削除は108人。

・テキサス州:6月に約1,900人、7月20日から7月27日の間に約4,231人、7月全体で6,420人、8月にはすでに2,000人以上、2カ月連続で6,000人が登録を取り消す可能性がある。

・テネシー州:7月20日から月曜日までに1,394人、前年同時期の削除は144人で870%近く増加した。

・フロリダ州:ドナー登録簿からのオンライン削除は6月から297%増加。2024年7月と比較すると1,052%増加した。

・アリゾナ州:7月は約2,560人、2024年7月の削除は336人だった。月曜日までに州全体で926人の削除が集計されており、2024年8月の553人と比較して、この急増は8月まで続いている。

 

注1、医学文献で心停止ドナーの心臓の拍動を確認して臓器摘出手術を中止したとの症例報告は、2021年に米国デューク大学とシャンペーン郡検死官の共著で39歳女性例がある。
出典:Annie Bao, Pronounced Dead Twice: What Should an Attending Physician Do in Between?, The American journal of case reports,22,e930305,2021 
https://www.amjcaserep.com/download/index/idArt/930305

注2、心臓死宣告をされた臓器提供者の心臓の再拍動が確認される現象は、臓器提供者の全身を血液が循環する状態が維持されている間に起こると見込まれる。7月20日付のニューヨークタイムズ記事は胸骨切開時と書いており、心臓を含む多数の臓器の摘出を予定して長時間かかるために、一旦、心停止した臓器提供者にECMOなど人工心肺をつないで酸素化させた血液を循環させつつ臓器を摘出しようとしたと推測される。

注3、心臓死宣告後の自然蘇生例や心停止ドナー候補者として管理中の蘇生・社会復帰例がある。
死亡宣告後~臓器摘出手術開始前の自然蘇生例:1970年代に関東圏の脳神経科外科病院において、19歳の青年がスケートボードで事故を起こし助からない状態と説明した後、親御さんから腎臓を提供したいと申し出がありました。2Fの病棟でモニターがフラットになり死亡宣告をしました。その後1Fの手術室にストレッチャーで連れてきてモニターにつないだら心電図に波形がみられ心臓が動いたというのです。東京から来た臓器摘出医は「早く」と摘出を要求したそうですが、夫は「『まて、まだだ』と怒鳴ったよ」、話すのもおぞましいという雰囲気で私に語りました。その後に北里からのドナーカードを病院に置いてほしいという依頼がありましたが、それもお断りしました。(これは文献報告はされていない。当ネットワークの第14回市民講座で開業医の妻が語った。)

死亡宣告前・心停止ドナー候補者としての管理中の蘇生例:スペインのマドリードでは、院外で心停止した患者に15分間から30分間の蘇生処置を行っても蘇生しない場合、「目撃のある心停止例、1~55歳」ほかの条件を満たすと心停止ドナー候補者とし、人工呼吸と胸骨圧迫を継続しつつ、臓器を摘出する病院に移送する。病院到着後、蘇生処置を停止し、死の徴候を5分間以上観察した後に死亡を宣告する。臓器移植チームに引き継がれ、カテーテルを挿入して人工心肺で血液循環が維持され、患者の家族が臓器提供を承諾したら臓器が摘出される。2009年は28名の心停止ドナー候補者が臓器摘出病院に移送された。このほかに、心停止ドナー候補とされた3人が、機械式胸骨圧迫装置を装着されて臓器摘出病院に移送されている時に心拍が再開し、うち1人は神経機能が良好に回復した。
出典:Alonso Mateos-Rodríguez: Kidney Transplant Function Using Organs From Non-Heart-Beating Donors Maintained by Mechanical Chest Compressions, Resuscitation ,81(7),904-907,2010
https://www.resuscitationjournal.com/article/S0300-9572(10)00254-6/abstract(抄録)


注4、心臓が停止した死後と称する臓器提供の問題点
 心臓の再拍動が観察されていない心停止後の臓器提供にも重大な問題がある。それは臓器摘出手術の一部を心停止前から行い、さらに心停止の継続を一瞬から数分間(症例により異なる)という極めて短時間しか観察していないことだ。一時的かもしれない心停止があった直後から急速に臓器摘出手術が進められ、血管が切断され血液が大量に失われることにより、自然に蘇生する可能性のあった患者であっても心臓死を強要されている可能性がある。

24時間観察しない死亡宣告の不確実性従来から死の三徴候「心臓の拍動停止・呼吸停止・瞳孔の散大固定」を確認して死亡が宣告されているが、死亡宣告を誤った実例があることから、死亡宣告から24時間以上経過しないと埋葬は行われてこなかった。しかし、血液は流動しなくなると20分ほどで凝固しはじる。少量の血栓ならば取り除いたり溶かせるが、血液が血管の大部分で凝固してしまったら除去する手段はない。毛細血管のなかで一部分でも血液が凝固していると、その部分から先の臓器機能が失われるため、血流の停止時間は短いほど移植後の臓器機能の発揮が期待できる。このため臓器提供を予定した心臓死宣告は、死の三徴候の24時間継続を確認することはできず、死の不確実性が高い。

臓器摘出手術による自然蘇生の阻止、死の確定:心停止後の腎臓摘出で一般的に採用されている方法が「潅流用カテーテル(ダブルバルーンカテーテル)による臓器の潅流冷却」だ。これは臓器提供者の動脈内でバルーンを膨らませて動脈を閉塞し、冷却潅流液を注入しつつ、静脈から脱血し、腎臓を冷却した後に摘出する。動脈閉塞と脱血により、臓器摘出手術の最中に心臓の拍動が観察される可能性は極めて低くなる。
 1993年8月10日、柳田洋二郎氏(25歳)に生前からダブルバルーンカテーテルが挿入され、血圧50mmHgの時点(心停止する前)でバルーンの拡張・冷却潅流液の注入・静脈からの脱血が開始された(柳田邦男:犠牲 サクリファイス、文芸春秋、1995年)。これは移植用臓器を獲得する目的で、人為的な動脈閉塞・脱血によるショック死を起こしたの
ではないか?

死亡宣告前から行う臓器提供目的の処置の違法性:刑法35条は正当行為は罰しないと規定している。瀕死患者を救命あるいは苦痛を緩和するための処置ならば、医療としては正当行為になるが、その生きている瀕死患者から移植用臓器を獲得するための処置(ダブルバルーンカテーテルの挿入、抗血液凝固剤ヘパリンの投与、心臓死宣告後の胸骨圧迫・人工心肺による血液循環ほか)は移植待機患者のための処置となり、傷害罪あるいは殺人罪に問われるべき行為になる。

潅流用カテーテルの挿入日本臓器移植ネットワークによると、1995年 4 月~2003年 12月末の心停止下献腎移植1279例において人工呼吸の停止は280例(21.9%)、カテーテル挿入あり876 例(68.5%)に行われた。
出典:日本臓器移植ネットワーク、社団法人 日本臓器移植ネットワークからの報告、移植、39(3)、 359-374、2004

 直近の2023年の統計によると、心停止ドナーへの生前からのカテーテル挿入は44.8%に行われた。(生前にカテーテルの挿入が行えない場合も、心停止後にカテーテルを挿入して、腎臓を潅流冷却した後に腎臓を摘出する手順が一般的に行われている)
出典: 腎移植臨床登録集計報告(2024)2023年実施症例の集計報告と追跡調査結果
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/59/3/59_217/_pdf/-char/ja

 生前からのカテーテル挿入を、政府は「身体に対する侵襲性が極めて軽微であることから、救命治療をつくしたにも関わらず脳死状態と診断された後においてこれらの措置を家族の承諾に基づいて行うことは、臓器移植法および旧角膜腎臓移植法が予定している行為であると考えられる」としている。
出典:心臓が停止した死後の腎臓提供に関する提供施設マニュアル、p21
https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/zinzo-teikyo-manual.pdf

 カテーテルを挿入するにはメスで皮膚、筋膜そして血管を切開しなければならない。またカテーテルが血管内にあると血行を阻害する。これらの行為が「身体に対する侵襲性が極めて軽微」とは詭弁である。文部科学省・厚生労働省・経済産業省が示す「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針ガイダンス(令和5年4月 17日一部改訂)」https://www.mhlw.go.jp/content/001087864.pdf
も、p7 で侵襲の用語定義を“研究目的で行われる、穿刺、切開、薬物投与、放射線照射、心的外傷に触れる質問等によって、研究対象者の身体又は精神に傷害又は負担が生じることをいう。侵襲のうち、研究対象者の身体又は精神に生じる傷害又は負担が小さいものを「軽微な侵襲」という”としている。
 「法的脳死臓器提供手続きとは別に、脳死状態を確認した心停止後の臓器提供がある」との政策、つまり「一層、簡易な脳死判定で生命維持を終了し臓器提供者数を増やそうとする政策」を採用してきたことに重大な問題がある。

抗血液凝固剤ヘパリンの投与:臓器のなかで血液が凝固していたら移植には使えないため、抗血液凝固剤ヘパリンが投与される。臓器提供施設マニュアルは、(カテーテル挿入と同様に)脳死状態を確認して患者家族の同意を得たら生前に投与してよいとしている。心停止後の投与となった場合も胸骨圧迫(心臓マッサージ)あるいは人工心肺による血液循環で、このクスリを全身に行き渡らせるようにしている。胸骨圧迫あるいは人工心肺を使うならば、臓器提供者が蘇生したり意識を回復する可能性を高めてしまう。移植用臓器を得るために血流が不可欠という現実は、「心臓が停止した死後」と称する臓器提供が虚構であることを示す。
 血液を固まらないように作用するヘパリンは、脳血管障害患者や外傷患者に使うと再出血させて病状を悪化させる可能性が高いことから原則投与してはならないとされているクスリだ。一方、心停止および脳死ドナーの6割以上は脳血管障害患者や外傷患者だ。日本臓器移植ネットワークがドナー候補者家族に用いている説明文書「ご家族の皆様方にご確認いただきたいこと(心停止後提供)」https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/family_2_jp.pdfは、ヘパリンを投与すると再出血をさせて苦しませる可能性、胸骨圧迫などにより蘇生させる可能性を説明していない。 

「心停止の継続を20分間観察している」との虚構:心停止ドナーに人工心肺をつないで、そのドナーの体内で心臓を蘇生させたのちに摘出し移植することも行われている。
出典:Gino Gerosa :Overcoming the Boundaries of Heart Warm Ischemia in Donation After Circulatory Death: The Padua Case
,ASAIO Journal,70(8),e113-e117,2024
https://journals.lww.com/asaiojournal/fulltext/2024/08000/overcoming_the_boundaries_of_heart_warm_ischemia.16.aspx

 上記のイタリアの心停止後の心臓提供は、心停止の継続を同国規定の20分間、移植医がドナーに触らないノータッチ時間として確認しているが、生前からのカテーテル挿入、抗血液凝固剤ヘパリンの投与などを行っており、形式的な観察時間でしかない。

 刈谷総合病院からは50歳男性が心室細動(心筋が不規則に収縮して心臓が正常に拍動しない状態)が20分継続し、発見時に呼吸停止、瞳孔散大していたが、6か月後に軽度高次脳機能障害で退院できたことが報告されている。
出典:大久保一浩:20分にもおよぶ心停止後生存退院できた1例、蘇生、18(3)、203、1999
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjreanimatology1983/18/3/18_3_193/_pdf/-char/ja
 これは心停止を20分間観察しても、その時点で脳が不可逆的な機能停止に陥っていない患者がいることを示す。まして、移植用臓器を得る目的で人工心肺による血液循環を再開するならば、臓器摘出時に生体解剖になることを恐れなければならない。生前からの抗血液凝固剤ヘパリンの投与で再出血させ、カテーテル挿入で傷害を与えた後に、さらに意識がありうる状態で臓器を切り取っていいのだろうか?
 移植用に心臓の提供が可能な心停止ドナーは、一旦、心停止させても、移植して蘇生させたら、その心臓は良好に機能すると見込まれる患者がドナーに選ばれる。「このまま人工呼吸など生命を維持する処置を続ければ生きられるが、あえて生命維持を終了して、あるいは薬物で『安楽』死させて、一旦は心臓死宣告をする。その後に、再びドナーの体内で心臓を拍動させてから摘出する」という行為を、正当化してよいのであろうか?

 このほか、生前から臓器提供を見据えた管理も行われている。当ブログでは第14回市民講座講演録「心停止後の臓器提供は問題ないのか?生体解剖の恐れあり!」で各種の問題点を指摘した。

 

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 米国ケンタッキー州のバプティスト・ヘルス・リッチモンド病院で、2021年10月25日、脳死とされたアンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさんからの臓器摘出手術が中止された。2024年10月現在、アンソニーさんは記憶、言語、運動能力に問題はあるが家事もこなしている。
 この事件は2024年9月11日に開催された米国議会の下院エネルギー・商業委員会の公聴会においても取り上げられ、ドナーからの臓器摘出手術に従事している外科医2名が、同様の経験(脳死臓器摘出手術の中止)を証言した。

 

 2021年10月25日、アンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさんは、心停止でケンタッキー州のバプティスト・ヘルス・リッチモンド病院に入院した。10月26日に脳の活動が無いと説明され、翌日、家族は生命維持装置を外すことを決定した。その時、臓器提供を登録していると言われ、その後2日間、提供可能な臓器について検査。金曜日の午後、臓器提供の手術室に向かう名誉ウォークの時にアンソニーさんの目が開き追視していたが、病院側は反射だとした。臓器摘出手術の開始から約1時間後、医者が出てきてドナ・ローラさんにアンソニーさんが目を覚ましたといった。ローラさんはアンソニーさんを家に連れて帰り3年が経過している。

出典:2024年10月18日付 WKYT記事
Kentucky family fights for reform after man wakes up just before organ donor surgery
https://www.wkyt.com/2024/10/18/they-finally-stopped-procedure-because-he-was-showing-too-many-signs-life-family-fights-organ-procurement-organizations-reform/

 

 バプティスト・ヘルス・リッチモンド病院の看護師ナターシャ・ミラーさんは、アンソニーさんから提供される臓器を保存する準備をしていた。アンソニーさんはベッドの上でのたうち回り泣いていた。そのドナーの状態は手術室の全員を驚かせ、臓器摘出担当の医師は「関わりたくない」と拒否した。ドナーコーディネーターは上司にアドバイスを求め、上司は他の医者を見つける必要があるといったが、誰もおらず臓器摘出は中止となった。

 臓器調達機関Kentucky Organ Donor Affiliates, Inc. (KODA) の臓器保存後術者ニコレッタ・マーティンは、その日の朝、ドナーの記録を読んだ。ドナーは、その朝、心臓カテーテル検査のための手術中に目を覚まし、テーブルの上でのたうち回っていた。医師はドナーが目を覚ました時に鎮静剤を投与し、臓器を摘出する計画だったという。

 臓器調達機関は、この事件は正確に報道されていない。生きている患者から臓器を採取するように圧力をかけたことは一度もない、と述べた。

出典:2024年10月17日付 NPR記事
‘Horrifying’ mistake to take organs from a living person was averted, witnesses say

https://www.npr.org/sections/shots-health-news/2024/10/16/nx-s1-5113976/organ-transplantion-mistake-brain-dead-surgery-still-alive

 

 ネットワークネットワーク・フォー・ホープのウェブサイトhttps://www.networkforhope.org/news-media/ は2021年10月の事件についてA Message From Network for Hopeのなかで、要旨「潜在的な脳死臓器提供症例ではなく、潜在的な心臓死後の臓器提供症例だった。患者家族は、生命維持を中止し、患者が心停止に進行した後にのみ、死亡宣告する事を理解していた」と主張している。

 

 2024年9月11日に開催された米国議会の下院エネルギー・商業委員会の公聴会において、アンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさんの事件についても取り上げられた。
 
 臓器調達プロセスの改革を求める団体の代表であるグレッグ・シーガルは、証人陳述書https://docs.house.gov/meetings/IF/IF02/20240911/117624/HMTG-118-IF02-Wstate-SegalG-20240911.pdf のなかで以下を記載している。
 It was during our time at HHS that I became overwhelmed with whistleblower allegations of widespread abuse within the Organ Procurement and Transplantation Network (OPTN), including credible allegations of:(保健福祉省に在籍していたとき、私は臓器調達移植ネットワーク(OPTN)内での広範な虐待の内部告発の申し立てに圧倒されました。これには、次のような信憑性のある申し立てが含まれます)
 (中略)Unsafe patient care, including the hastening of death with fentanyl and the falsification of medical records, as well as lying to donor families; The harvesting of organs from patients who whistleblowers believe would otherwise have survived;(フェンタニルによる死の促進や医療記録の改ざん、ドナーの家族への嘘など、安全でない患者ケア;内部告発者が、本来であれば生き延びていたであろうと信じる患者からの臓器摘出;)

 

 公聴会の会議録(2024年10月3日更新版を10月29日に閲覧)https://docs.house.gov/meetings/IF/IF02/20240911/117624/HMTG-118-IF02-Transcript-20240911.pdf によると、アラバマ大学バーミンガム校の肝臓移植外科医であるロバート・キャノンは、脳死判定の誤診については以下を証言した。

会議録p30
 I've had an OPO administrator recommend I proceed with organ procurement despite legitimate concerns that the donor was still alive. 私は、ドナーがまだ生きているという正当な懸念にもかかわらず、OPOの管理者に臓器調達を進めることを勧められました)

会議録p46~p47
 I've experienced this myself, unfortunately, as a donor surgeon.  We went on a procurement, the donor had been declared brain dead.  We were actually in the midst of the operation when the anesthetist at the head of the table said they thought the patient breathed, which would essentially negate the declaration of brain death.(残念ながら、私自身もドナー外科医としてこの経験をしています。私たちは臓器摘出に行き、そのドナーは脳死と宣言されていました。臓器摘出手術の真っ最中に、手術台の先にいた麻酔科医が、患者が呼吸したと思うと言いました。それは本質的に脳死宣告を否定するでしょう)

 The staff on the ground called their administrator, whose recommendation was, "Oh, I think this is just a brainstem reflex, we recommend you proceed,'' which, of course, would have been murder if we had done so.  So yes, we closed the patient, and we got out of Dodge, and wanted nothing to do with it.(現場のスタッフは管理者に電話をかけましたが、その勧告は「ああ、これは単なる脳幹反射だと思います。(臓器摘出を:当ブログの補足)続行することをお勧めします」というものでした。もちろん、そうしていたら殺人になっていたでしょう。ですから、私たちは患者(の腹部:当ブログの補足)を閉じ、手術室から出て、それと関わりたくありませんでした)

 The patient was ultimately declared later, and they called us two days later.  And of course, we wanted nothing to do with that because we couldn't trust the process.  Every transplant surgeon has probably got a story of themselves or a colleague who's had something like this.(結局、患者は後で宣告され、2日後に私たちに電話がかかってきました。そしてもちろん、私たちはプロセスを信頼することができなかったので、それとは関わりたくありませんでした。移植外科医なら誰でも、自分自身や同僚がこのような経験をしたことがあるでしょう)

 

 セス・カープ博士(ヴァンダービルト大学医療センター外科医長)も同様の経験を証言した。

会議録p45~p46
 I go to a donor hospital, and it's not infrequent that something comes up around the donor and whether or not the donor is dead.(私が臓器提供病院に行くと、臓器提供者について、あるいは臓器提供者が死亡しているかどうかについて何か問題が起きることは珍しくありません。) 

会議録p101
 Yes.  So I want to make it clear that that's very, very rare.  But there are times when we feel that a patient is dead, and something happens that makes us wonder about that.  And if I'm doing the donor or if one of my colleagues is doing the donor, everything stops immediately. If anybody says, "Wait, I'm uncomfortable with this,'' everything stops.  And I have personally made sure that that happens.  My colleagues do the same thing, and everybody in our group does exactly the same thing.(はい。ですから、それは非常に稀なことだということを明確にしておきたいと思います。しかし、患者さんが亡くなったと感じ、何かが起こり、それについて疑問に思うことがあります。そして、私または同僚の誰かがドナー(に臓器摘出手術:当ブログの補足))をしている場合、すべてがすぐに停止します。もし誰かが「待って、これは不快だ」と言うと、すべてが止まります。そして、私は個人的にそれが起こることを確認しました。私の同僚も同じことをしていますし、私たちのグループの誰もがまったく同じことをしています)」

 

 United Network for Organ Sharing(UNOS)は9月13日に反論する文章「UNOS fires back at defamatory statements that it has acted unlawfully」をhttps://newsdirect.com/news/unos-fires-back-at-defamatory-statements-that-it-has-acted-unlawfully-990329133 に掲載した。

 生命徴候のあるドナーから臓器を摘出した、共謀または過失を犯したとの陳述に対する反論の概要は
「病院の医療スタッフは、適用される州法または規制に従って、独立した臨床的判断を下す。臓器摘出は、病院の医療スタッフによって死亡が宣言されるまで行われない。OPOのスタッフも移植専門家も死亡判定には関与していない。まれに、死亡宣告前にドナー候補の臨床状況が変化した場合、関係するすべてのドナーおよび移植の臨床医は直ちに活動を停止し、病院が必要に応じて支持療法を提供できるようにする」。(当ブログ注:死後に臓器摘出を予定されたドナー候補者の状態が変化しうることを認めている。しかし死亡宣告後に誤診が発覚した場合の対応は記載していない)
原文は以下。

Statement: The OPTN, and/or individual OPOs, have been complicit or negligent in circumstances where potential donors have shown signs of life. (Segal)
False. In any situation involving deceased donation, the medical staff of the hospital make independent clinical determinations as to whether death has occurred or is imminent, according with the hospital’s own policy and applicable state laws or regulation. Organ recovery will not occur until death has been declared by the medical staff at the hospital. Neither OPO staff nor transplant professionals are involved in the determination of death. In the rare occasion that the clinical situation of a potential donor changes prior to a death declaration, all involved donation and transplant clinicians will immediately cease their activity and allow the hospital to provide supportive care as appropriate.
OPOs must adhere to a complex framework of rules and regulations generated by CMS, the OPTN, and the states in which they operate. Any potential violations of OPTN policies or bylaws that are reported to the OPTN are investigated by the OPTN’s Membership & Professional Standards Committee (MPSC), a committee on which HRSA representatives serve.

 

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 2022年4月24日にチェルトナムの路上で殴られたジェームズ・ハワード・ジョーンズさん(28歳)は、病院に搬送され緊急手術を受けたが、数週間後に医師は家族に「ジェームズさんは脳死です、私たちにできる最も親切なことは彼を死なせることです(Within the first couple of weeks we were told by the doctors treating James that he was brain dead and the kindest thing we could do was to let him die)」と説明した。家族は臓器提供に同意した。家族や友人がジェームズさんに別れを告げることができるように、臓器提供を一週間遅らせた。ジェームズさんは、生命維持装置がオフにされる直前に意識を回復した。
 2023年7月現在、ジェームズさんに重度の精神的肉体的障害はあるが毎日、車イスを数時間使うことができる、平行棒を使って歩き始めている。

出典=Man declared brain dead after being punched on a night out wakes up just before his life support was about to be switched off
https://www.dailymail.co.uk/news/article-12269037/Man-declared-brain-dead-wakes-just-life-support-switched-off.html

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 米国ウェストバージニア州のエリック・エリスさん(36歳)は転落事故後に脳死とされ、家族は臓器提供に同意したものの、臓器摘出の直前に左腕を動かしたためICUに戻された。フェイスブックをみると受傷は2020年9月上旬(9月5日?)、9月11日(金)に回復の徴候。9月13日に開眼、見当識障害。10月23日に自力で食事、会話、トイレまで歩行。11月4日に帰宅。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。

出典=‘Miracle’; WV man comes back to life after ‘officially deemed’ brain dead
https://myfox8.com/news/miracle-wv-man-comes-back-to-life-after-officially-deemed-brain-dead/
出典=フェイスブックhttps://www.facebook.com/eric.ellis.52

 

 

1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に脳死ではないことが発覚した症例次ページに続きます。

 

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「いのちの教育セミナー」の廃止を求める声明(2025年3月3日)

2025-03-03 00:56:41 | 声明・要望・質問・申し入れ

2025年3月3日

 

   日本教育新聞社 社長 小林幹長殿


臓器移植法を問い直す市民ネットワーク


 
「いのちの教育セミナー」の廃止を求めます


 
 貴社は教育関係者を対象とする「いのちの教育セミナー 臓器移植を題材とした授業の可能性」を日本臓器移植ネットワークとの共催で2025年3月8日に開催されます。その開催趣旨を「『いのちの教育』は、子どもの自己肯定感を高め、いじめを抑止することにもつながることから、学校の教育活動全体で取り組むことが求められています」などとされています。ところが死後の臓器提供の実態は、以下の(1)~(5)のように肯定的に評価できるものはありません。


(1) 臓器を提供する可能性がある患者への死亡予測を、57例当たり1例と極めて高率に誤っている。
(2) 「臓器摘出手術の開始前に臓器提供者が動けないように筋弛緩剤を投与し、臓器摘出手術が開始されると臓器提供者の血圧が急上昇するため麻酔が投与されることもある」という実態を、日本臓器移植ネットワークは臓器提供の選択肢を提示した患者家族に、文書で説明していない。
(3) 臓器提供施設マニュアルで臓器摘出手術時の麻酔を原則禁止しているため、最悪の場合、臓器提供者は生きたまま解剖される恐怖、絶望、そして激痛に苛まれ、臓器を獲られて死を強要されることになる。
(4) 米国の下院公聴会で2024年9月、脳死臓器摘出手術の中止経験を移植外科医が証言し、その報道により臓器提供登録の取り消しが前年同期比10倍に達した。
(5)脳死判定後に年単位で生存している患者がおり、社会復帰して子を持った人もいる。
(上記(1)~(5)の出典は、当ブログ「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計」3-13-23-3をご覧ください)

3-1 https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/7d5631bb5539bf19afcffb53544791f5
3-2 https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/38ecdce62949c1976b4e0f546fd14060
3-3 https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/739eb48234a82585cc073aead9964d71 

 死亡予測(1)そして死亡宣告(4)が高率に誤っているにもかかわらず、それでも医学界そして行政が死後の臓器提供を推進する背景には、「高額の治療費がかかったり重度後遺症が見込まれる状態の患者は、臓器を提供して死んでくれたほうが望ましい」という意図があると推察されます。(1)~(5)の事実を子どもに伝えることなく、無視して、「臓器移植を題材とする授業が生命の尊さを考えることに役立つ」とか「多様な価値観を育む」という趣旨でセミナーを開催することは、逆に、いのちを軽視することにつながるのではありませんか。
 学校では、生徒が犯罪の被害に遭わないように、さまざまな危険情報の提供とそれへの対策を教育されています。死後の臓器提供にもとづく臓器移植に前記の実態がある以上、これは「いのちの教育の題材」ではなく、「詐欺を働き生命を軽んじる大人たちについての危険情報と犯罪対策の題材」としての授業が行われるべきと思います。

 以上の問題点を認識されること、そして「いのちの教育セミナー」の廃止を求めます。

 

以上


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国民民主党の「尊厳死」法制度化方針についての公開質問状(2025年1月4日)、国民民主党からの回答(1月28日)、回答に対する意見表明(2月22日)

2025-02-22 22:04:36 | 声明・要望・質問・申し入れ

 2025年1月4日に「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会など7団体は、国民民主党への公開質問状を送付し、1月28日付で国民民主党政務調査会から回答があった。この回答に対して2月22日に7団体は意見表明を発表した。このページでは最下部に2025年1月4日付の『尊厳死』の法制度化を進めようとする貴党の方針についての公開質問状、その上に1月28日付の国民民主党政務調査会からの回答、そして最上部に2月22日付の「国民民主党からの回答に対する意見表明」の3文書を掲載しています。

 


 

◇国民民主党からの回答に対する意見表明

2025年2月22日

 

★「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会(しょうがいしゃが分けへだてられることのない社会をつくるために活動)実行委員長 古賀典夫

★臓器移植法を問い直す市民ネットワーク 事務局長 川見公子  

★やめて!!家族同意だけの「脳死」臓器摘出!市民の会 代表 冠木克彦  

★尊厳死いらない連絡会 代表 冠木克彦  

★バクバクの会~人工呼吸器とともに生きる~ 会長 新居大作  

★日本脳性マヒ者協会全国青い芝の会 会長 矢賀道子   

★特定非営利活動法人こらーるたいとう(障害者の自立支援を行う)代表 加藤眞規子

★障害者福祉を考える杉並フォーラム 代表 小畑健治  

○本声明に対する連絡先  「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会(同実行委員会のブログhttps://www.crpd-in-japan.com/daiforumに掲載している連絡先にお問い合わせください。

 

 1月4日に送付した私たち8団体による国民民主党への公開質問状(『尊厳死』の法制度化を進めようとする貴党の方針についての公開質問状)に対して、1月28日付で国民民主党政務調査会から回答をいただきました。回答を頂いたことにつきましては、感謝いたします。
 しかし、昨年10月12日の玉木代表の発言=「社会保障の保険料を下げるためには、われわれは高齢者医療、とくに終末期医療の見直しにも踏み込みました。尊厳死の法制化も含めて。・・・」などとの関係については、一言の説明もありません。また、「尊厳死・安楽死」を肯定する考え方は、病者・障害者・高齢者を「生産性のない社会のお荷物」と否定する優生思想そのもの、と私たちが指摘したことにも、触れられてはいません。そして、私たちが求めた話し合いの場の設定についても、回答はありませんでした。
 他方、この回答を読んで、改めて、国民民主党の思考の危険性を強く感じています。この点について、以下、述べていきます。

 

○「人生会議」の誤解釈
 回答では、
「国民民主党は2024年衆議院選挙公約において、法整備も含めた終末期医療の見直しの項目として、『人生会議の制度化を含む尊厳死の法制化によって終末期医療のあり方を見直し、本人や家族が望まない医療を抑制します』と掲げています。」
「尊厳死の法制化については自分の送ってきた長い人生の最期をどのように送るのか、究極の意思決定の支援の在り方を制度化していくという位置づけと考えています。例えば、本人が延命治療を望まないとしても、最期を迎えるにあたって本人もそれまでの意思と違う発言をするなどし、結果として延命も含め本人が望まない治療になってしまうかもしれません。そうならない為にも、いわゆるACP(アドバンス ケア プランニング)等の家族会議のような仕組みを位置づけ、尊厳死を制度化し納得のいく最期を迎えられるようにする必要があります。」
と書かれています。

 これは、厚生労働省の掲げる「人生会議」の内容の誤解釈、誤認識であると考えます。
 通称「人生会議」と呼ばれるものの元となったのは、2018年3月14日に厚労省が発表した、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂版です。この改訂のポイントの説明の中で、厚労省は次のように記述しています。
 「心身の状態の変化等に応じて、本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針や、どのような生き方を望むか等を、日頃から繰り返し話し合うこと (=ACPの取組)の重要性を強調」
 また、2007年に発表された厚労省の同ガイドラインについても、「医師等の医療従事者から適切な情報提供と説明がなされ、それに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行った上で、患者本人による決定を基本とすること」と記述されています。
 厚労省のガイドラインだけではありません。 2018年に東京都下の公立福生病院で透析の再開を希望した患者の意思を無視して死亡させる事件が起こりました。この裁判の和解条項(2021年)でも、「意思決定後も患者の症状変化等に応じて適宜その意思に変更がないか確認するよう努めること」などを医療機関に約束させる条項が盛り込まれました。日本透析医学会の “透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言(2020年)”も「患者・家族等との話し合いを継続し,患者が意思決定した後も,患者から意思に変化がないことを確認することが重要である」としています。
  ところが、国民民主党の回答は真逆です。各種ガイドラインそして裁判が、本人の意思変更の有無を確認しつづけるよう求めているにも関わらず、国民民主党は、それを無視して、一旦延命治療を望まない意思表示をしたら、その後の変更は認めない、といった強硬なやり方を提示しているのです。

 

○病者の意思など「取るに足りない」と思っている
 国民民主党の回答
「本人が延命治療を望まないとしても、最期を迎えるにあたって本人もそれまでの意思と違う発言をするなどし、結果として延命も含め本人が望まない治療になってしまうかもしれません。」は、つまり、重篤な患者や高齢者の意思など、「取るに足りない」、無視しても構わないということです。それ以前に示していた「尊厳死」の意思に従い「さっさと死ね」、死ぬための制度(法律)を作ろうというのでしょう。

 

○「生産性のない者は国家のお荷物」か!
 ここで、「国民民主党 2024年重点政策」の「3. 人づくりこそ、国づくり」の中で、なぜ、「尊厳死の法制化を含めた終末期医療の見直し」が掲げられているのか、判りました。 つまり、障害や難病あるいは高齢になったら、さっさと死を選ぶことができる、「それを望む人を作ることこそ国家のため」ということなのでしょう。そうならば、それはナチスや軍国主義にも匹敵する危険な考え方ではないでしょうか。
 「尊厳死・安楽死」の法制度を作り、「生産性のない者は、国家のお荷物」とする風潮が蔓延するならば、障害者も難病者も高齢者も生きていくことを否定されてしまいます。若者も、そんな社会に希望を持つことはできないでしょう。

 

○家族の意思による「尊厳死」も認めることになる
 回答の「尊厳死の法制化によって終末期医療のあり方を見直し、本人や家族が望まない医療を抑制します」との表現については、昨年の衆議院選挙の時から批判が出されていました。「家族が邪魔だと思ったら、医療を打ち切るのか」との趣旨です。私たちの公開質問状でも、この点について触れています。
 しかし、今回の回答でも、この表現をそのまま使っています。重病者などを、「国家のお荷物」と考える立場からすれば、家族の意思で死なせることは、当然と考えているのではないでしょうか。

 

○いのちの切り捨ては拡大する
 厚労省のガイドラインは、2006年に発覚した富山県の射水市民病院での人工呼吸器の取り外し事件を受けて、合法的に医療を打ち切って死なせる方向として、厚労省が打ち出したものでした。国民民主党の回答の中にある「2005年に設立された超党派の「終末期における本人意思尊重を考える議員連盟」」は、日本尊厳死協会と組んで、「尊厳死法」の制定を目指してきた議連です。
 これらの動きに対して、わたしたちは反対の意見表明と行動を行ってきました。しかし、国民民主党の方針ほど、危険な方向は、これまでにはなかったと思います。
 「医療を打ち切って死なせる対象とは」という論議は、必ず「生きる価値なきいのちとは」という発想を生み出します。こうした危険な滑り坂に社会を突き落とす勢力として、国民民主党は登場しているのです。20世紀初めの優生政策と「安楽死」肯定運動が、ナチスを生み出して行ったように。また、日本の優生保護法が、遺伝性のない精神障害者への断種にまで発展し、法文上は違法な子宮や睾丸の摘出、コバルト照射まで、犯罪に問われることなく実行されたことをも、想起させます。

 わたしたちは、国民民主党のいのちの切り捨てを進める政治活動を、決して容認しないことを表明します。

以上

 



2025年1月28日

「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会
 所長 佐藤孝殿

 

公開質問状への回答


 国民民主党政務調査会

前略「『尊厳死』の法制度化を進めようとする貴党の方針についての公開質問状」について以下のとおりご回答申し上げます。

 国民民主党は2024年衆議院選挙公約において、法整備も含めた終末期医療の見直しの項目として、「人生会議の制度化を含む尊厳死の法制化によって終末期医療のあり方を見直し、本人や家族が望まない医療を抑制します」と掲げています。

 尊厳死の法制化については自分の送ってきた長い人生の最期をどのように送るのか、究極の意思決定の支援の在り方を制度化していくという位置づけと考えています。例えば、本人が延命治療を望まないとしても、最期を迎えるにあたって本人もそれまでの意思と違う発言をするなどし、結果として延命も含め本人が望まない冶療になってしますかもしれません。そうならない為にも、いわゆるACP(アドバンス ケア プランニング)等の家族会議のような仕組みを位置づけ、尊厳死を制度化し納得のいく最期を迎えられるようにする必要があります。

 また、2005年に設立された超党派の「終末期における本人意思尊重を考える議員連盟」が、尊厳死の立法化に向けて、2021年3月から新たな活動が始まりました。この超党派の議連での立法化に向けた議論も踏まえながら、今後の対応を判断していく所存です。宜しくお願い致します。

草々

 


 

国民民主党代表 玉木雄一郞様
同代表代行   古川 元久様

 

★「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会(しょうがいしゃが分けへだてられることのない社会をつくるために活動)実行委員長 古賀典夫

★臓器移植法を問い直す市民ネットワーク 事務局長 川見公子

★やめて!!家族同意だけの「脳死」臓器摘出!市民の会 代表 冠木克彦

★尊厳死いらない連絡会 代表 冠木克彦

★バクバクの会~人工呼吸器とともに生きる~ 会長 新居大作
 
★日本脳性マヒ者協会全国青い芝の会 会長 矢賀道子

★特定非営利活動法人こらーるたいとう(障害者の自立支援を行う)代表 加藤眞規子

★障害者福祉を考える杉並フォーラム 代表 小畑健治

○本公開質問状に対する連絡先  「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会(同実行委員会のブログhttps://www.crpd-in-japan.com/daiforumに掲載している連絡先にお問い合わせください。

 


「尊厳死」の法制度化を進めようとする貴党の方針についての公開質問状

 


  私たちは、いのちの選別・切り捨てに反対し、高齢者も障害者もだれもが分けへだてなく、ともに生きる社会を目指しています。こうした観点から、「尊厳死・安楽死」に強く反対してきました。
  昨年10月12日、貴党代表の玉木氏は、日本記者クラブ主催の与野党7党首討論会で、「社会保障の保険料を下げるためには、われわれは高齢者医療、とくに終末期医療の見直しにも踏み込みました。尊厳死の法制化も含めて。こういったことも含め医療給付を抑え、若い人の社会保険料給付を抑えることが、消費を活性化して、つぎの好循環と賃金上昇を生み出すと思っています」と発言しました。
  わたしたちは、映画『PLAN 75』で描かれた高齢者を死に誘導する社会へと、この日本を変えていこうとしているのではないか、との強い恐怖を感じました。この映画では、高齢者が就職難、住宅確保の困難、健康不安、貧困などで追い詰められていく中で、国の「安楽死」への誘導のためのキャンペーンにのせられていく、という未来が描かれています。
 「尊厳死」を肯定する考え方の底流には、病気や障害、高齢であることを、否定的にとらえる価値観が流れていると考えます。 自殺は留めることが当然とされながら、「尊厳死・安楽死」を肯定するとすれば、それは、病者・障害者・高齢者を「生産性のない社会のお荷物」と否定する優生思想ではないでしょうか。

  本年10月の国会では、「旧優生保護法に基づく優生手術等の被害者に対する謝罪とその被害の回復に関する決議」が全会一致で採択されました。その中には、「優生思想に基づく偏見と差別を含めておよそ疾病や障害を有する方々に対するあらゆる偏見と差別を根絶し、全ての個人が疾病や障害の有無によって分けへだてられることなく、尊厳が尊重される社会を実現すべく、全力を尽くすことをここに決意する。」と記述されています。 玉木氏の発言は、この直後でしたので、いっそうショックを受けました。 
 わたしたちは、「国民民主党 2024年重点政策」などを読む中で、ますます危惧を強めております。衆議院において28名、参議院において10名の議席をもつ貴党が、以上のような危惧を感じざるを得ない政策・代表発言をされることは、社会に対する計り知れない影響力をもつといわざるを得ません。
そこで、以下のような質問を公開にてさせて頂きます。公党・責任政党としての真摯なるご回答を頂きたく存じます。なお、ご多忙のこととは存じますが、人の尊厳・人権にかかわる事項ゆえ、2025年1月末までに、ご回答ください。


質 問
(1)「国民民主党 2024年重点政策」の中の「3.人づくりこそ、国づくり」の中で、「尊厳死の法制化を含めた終末期医療の見直し」を掲げています。この記述がどういう意味を持っているのか、説明してください。
  玉木氏の発言と合わせると、高齢になったらさっさと「尊厳死」を選ぶような市民を作る、と読めます。「生産性のない者は、社会のお荷物」と考えるような社会では、障害者は、「生きる価値のない者」とされてしまいます。若者にとっても、そのような社会に希望を持つことはできないでしょう。

(2)上述した10月12日の発言について、のちに玉木氏は、「自己決定権の問題と捉えています」とX(旧ツイッター)で発言されました。しかし、「国民民主党 重点政策2024の実現に向けた医療制度改革(中間整理)」の「⑩法整備も含めた終末期医療のあり方の見直し 重点政策事項」の中で「人生会議の制度化を含む尊厳死の法制化によって終末期医療のあり方を見直し、本人や家族が望まない医療を抑制する。」と記載しています。「本人」と「家族」が並列で記載されており、単に自己決定でないことは明白です。
①玉木氏のXでのご発言とこの「中間整理」での記述との関係について、ご説明ください。
②家族の意思での医療中断を認めると解釈できますが、国民民主党としての見解を示してください。
③映画『PLAN 75』では、社会的に追い詰められて死を選ばざるを得なくなった高齢者の姿が描かれています。こうして死を選ぶことも「自己決定」とされてしまいます。貴党は、「後期高齢者の医療費自己負担について原則を2割」とすることを掲げておられます。これは、高齢者の貧困化と健康不安をあおることになるでしょう。そこに、死の「自己決定権」が法制化されれば、『PLAN 75』のような社会に近づいていくと考えますが、貴党の見解を示してください。


(3)本人の「望まない医療」を、貴党は「終末期医療」と結びつけて論じるのですが、本人の望まない医療が横行している精神病院などについては論じようとしていません。これではますます高齢者のいのちを打ち切ることにのみ関心をもっておられるように思われるのですが、貴党の見解を示してください。


(4)以上に指摘させていただいた問題について、話し合いの場を設定して、意見交換できればと考えておりますが、貴党としてはいかがでしょうか。

 

2025年1月4日


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臓器提供者の死亡を前提とする移植医療の倫理的問題点

2024-09-14 13:15:10 | 声明・要望・質問・申し入れ

2024年9月14日

 

臓器移植法を問い直す市民ネットワーク
       

 

臓器提供者の死亡を前提とする移植医療の倫理的問題点

 


 1983年発足の日本心臓移植研究会が、2024年1月16日に一般社団法人 日本心臓移植学会へ移行したことに関連して、主に心臓移植関係者の行動を倫理的側面から概観した。明らかになった重大な問題点として以下の5項目を列記する(各項目の詳細は後述する)。

 

  1. 死後の臓器提供の選択肢が提示された341例のうち6例が、脳死でも心臓死でもなかった。57例当たり1例と極めて高い確率で死亡予測を誤っている。「生きているのに、死んだ」とされてしまう臓器提供の危うさを隠蔽している。

  2. 脳死なら効かないはずのアトロピンをドナーに投与して、アトロピンが効いたのであれば脳死ではない可能性がある。それにもかかわらず臓器摘出を行っている。

  3. 死体であるはずのドナーからの臓器摘出時に、麻酔がかけられる場合もあることを隠蔽している。

  4. 脳死判定前から、臓器提供に適した臓器の状態にするために呼吸・循環等を管理している。このような管理は脳不全患者にとっての治療に悪影響を及ぼし、ひいては脳死患者を増やす行為になる。そのことを脳不全患者の家族には知らせることなく開始している。
     
  5. 前記1~4の非倫理的行為を積極的に行っていながら、一般人向けには「私たちは、4つの権利(臓器を提供する、提供しない、移植を受ける、移植を受けない)を公平・公正に尊重します」など極めて倫理的な人間であるかのように装っている。

 

 インフォームド・コンセントが医療の倫理原則となっているにもかかわらず、臓器提供者(ドナー)の死亡を前提とする臓器提供の場面においては、前記1から5に示されたように、潜在的臓器提供者(ポテンシャルドナー)側に対するインフォームド・コンセントが欠落している。移植医らは臓器摘出時に麻酔はかけていない(前記3)など積極的に虚偽の情報を流布し、患者・患者家族のみならず市民全体を騙している。
 以上のように、臓器移植関係者は生命の尊重と個人の尊厳の保持は行っていない。病に苦しむ人々の救済よりも、自らの業績・利益のために移植手術数を増やし、免疫抑制剤等により終生、病院に管理される患者数の拡大を目指している。

 

 

以下は1~5の詳細

 


1,死後の臓器提供の選択肢が提示された341例のうち6例が、脳死でも心臓死でもなかった。57例当たり1例と極めて高い確率で死亡予測を誤っている。「生きているのに、死んだ」とされてしまう臓器提供の危うさを隠隠蔽している。

 日本骨髄バンクは「ドナーのためのハンドブック」を同バンクサイト内で公開しhttps://www.jmdp.or.jp/pdf/donation/2022donor-handbook-B5.pdf、骨髄採取、麻酔に伴う合併症と重大事故を記載している。組織(骨髄)提供を検討する市民に対して、必ず知らせるべき重大な情報は、骨髄提供手術で死亡する危険性だろう。日本骨髄バンクは、国内骨髄バンクでの死亡事故はないが、海外の骨髄採取で5例、日本国内では骨髄バンクを介さない採取で1例の死亡例があることを知らせている。
 では死後の臓器提供を検討する市民に対して、かならず知らせるべき重大な情報は何か?それは死亡宣告を誤る確率だろう。もしも死亡宣告の誤りに気付くことなく臓器摘出が開始されたなら、生きたまま解剖されることになるからだ。
 ところが、日本臓器移植ネットワークは臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」を、同ネットワークサイト内で公開していない。この文書は、単行本の「臓器移植におけるドナーコーディネーション学入門(へるす出版・2022年)」に掲載されているが、脳死・心臓死となる見込みや判定を誤る確率、死亡宣告後に自然に蘇生する確率を示していない。

 以下に実際のデータを示す。東京都内では2017年までの約22年間に、臓器移植コーディネーターが424例のドナー情報を受けて、患者家族341例に死後(脳死後または心停止後)の臓器提供についての説明後、5例が植物状態に移行し臓器提供の承諾を得られなかった。もう1例は家族が臓器提供を承諾した後に植物状態に移行したため臓器提供に至らなかった(注1)。これは累計では6例に死亡予測の誤りがあったことになる。臓器提供の選択肢を提示した56.8例(341/6)当たり1例で死亡予測を誤ったことになる。
 すべての検査は、それぞれ証明できることに限界がある。脳死判定基準に採用されている検査も、一定の範囲で脳機能が低下していることは示せるが、脳機能の廃絶までは証明できない限界がある。このため脳死判定基準を満たした患者のなかには、実際には脳が機能している患者のいることが想定される。
 心臓死宣告も確実とは言えない事例もある。心肺蘇生を断念した患者の心停止を確認し、心電図で心停止の継続を10分間観察したのちに、なんの蘇生処置もなしで、患者が蘇生して後遺症なく社会復帰した症例がトルコ(注2)とスイス(注3)から報告されている。
 こうした現実を重症患者の家族に説明してしまうと、「臓器提供を承諾する家族がほとんどいなくなる」と判断し、隠蔽しているとしか思えない。

 

 


2,脳死なら効かないはずのアトロピンをドナーに投与して、アトロピンが効いたのであれば脳死ではない可能性がある。それにもかかわらず臓器摘出を行っている。

 脳死判定の補助検査にアトロピンテストがある。脈が遅くなった場合の治療薬として使われているアトロピンが効く患者は、脳が正常に働いている患者だけ、という原理を用いる検査だ。
 患者の脳機能が正常ならばアトロピンを投与すると脈が速くなるため、脳死を疑われる患者に投与して「脈が速くなったら脳は正常に働いている」「脈が変わらなかったら脳に異常が生じている」と診断する。
 このためアトロピンが脳死患者に効かないことは常識だが、日本医科大学付属第二病院における法的脳死30例目では、法的脳死宣告をして臓器摘出手術を開始したところ、脳死ドナーの脈が遅くなったためアトロピンが投与された。「(脳死ドナーの)徐脈時にはアトロピンは無効とされるが、我々の症例では有効であった」と報告されている(注4)。そもそも脳死ならば効かないと見込まれる薬を、敢えて投与したことが奇怪だ。

  ドナーにアトロピンを投与して効いたら脳死ではないことになり、臓器摘出は中止しなければならなくなるはずだ。ところが、このドナーからの臓器摘出は中止されずに、いくつもの臓器が摘出された。つまり、このアトロピン投与には脳死状態の判定とは別な目的があったと考えざるを得ない。それは何か?
 伊勢崎市民病院における法的脳死582例目でもアトロピンが効き、「副交感神経系以外のM2受容体を遮断することで血圧上昇に寄与した可能性」を提示している(注5)。薬物が効果を発揮する受容体を探索するための人体実験を行っている疑いがここから浮上してくる。この6歳未満男児からも心臓、肺、肝臓、腎臓が摘出され、臓器摘出手術は中止されなかった。

 脳は尿量の調節や体温維持の働きをしているため、脳の機能が廃絶すると中枢性尿崩症を発症したり体温維持が困難になったりする。ところが脳死とされながら、中枢性尿崩症を発症していなかったり、体温維持が容易など視床下部が機能している患者がいる。
 それらの生理的事実から、法的に脳死とされた患者の中に、脳死ではない患者が含まれる可能性が見てとれる。こうした現実を認識しながら、それでも臓器摘出は中止されずに完遂されている。
「これほどの脳不全になったのだから社会復帰は見込みにくい。本当は脳死ではないけれども、臓器を提供して死んでもらったほうが移植待機患者にもメリットがあるからいいのではないか」という優生思想が背景にあるとしか思えない。

 

 

 

3,死体であるはずのドナーからの臓器摘出時に、麻酔がかけられる場合もあることを隠蔽している。

 前掲の文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」は、臓器摘出時にドナー(臓器提供者)に麻酔をかける可能性について記載していない。この不記載が原因と見込まれる悲劇が報告されている。
 娘の臓器提供を後悔している母親は、次の様に嘆いた。
「脳死っていうのは、死んでいるけれど生身でしょう?だから手術の時は脳死でも動くんですって。動くから麻酔を打つっていうんですよ。そういうことを考えると、そのときは知らなかったんですけども、いまでは脳死からの提供はかわいそうだと思えますね。手術の時に動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも正直いって、何がなんだかわからなかったんです。もうその時は忙しくて」(注6)

 ところが移植医は、臓器摘出時の麻酔について隠蔽を続けている。2008年6月3日、衆議院厚生労働委員会臓器移植法改正法案審査小委員会において福嶌教偉参考人(大阪大学医学部教授・当時)は次のように述べた。


(議事録p13に掲載、右記URLで読める https://kokkai.ndl.go.jp/#/detailPDF?minId=116904263X00120080603&page=13&spkNum=35&current=-1)

「実際に五十例ほどの提供の現場に私は携わって、最初のときには、麻酔科の先生が脳死の方のそういう循環管理ということをされたことがありませんので、吸入麻酔薬を使われた症例がございましたが、これは誤解を招くということで、現在では一切使っておりません。使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見というのはございません」


 このように国会で脳死臓器摘出時の麻酔を否定したが、この発言の約3週間前に行われた法的脳死71例目では、臓器摘出時に「麻酔維持は、純酸素とレミフェンタニル0.2μ/㎏/minの持続静注投与で行なった」(注7)。83例目(注8)、132例目(注9)でも麻酔がかけられた。424例目と見込まれる文献(注10)は、「全身麻酔下に胸骨中ほどから下腹部まで正中切開で開腹し,肝臓の肉眼的所見は問題ないと判断した」と記載している。
 現実の脳死臓器提供例では、臓器摘出時に麻酔をかけられたドナーと麻酔が不要だったドナーが混在している。このことから脳死判定を誤ったドナーに麻酔がかけられたという可能性が浮かんでくる。

 

 


4,脳死判定前から、臓器提供に適した臓器の状態にするために呼吸・循環等を管理している。このような管理は脳不全患者にとっての治療に悪影響を及ぼし、ひいては脳死患者を増やす行為になる。そのことを脳不全患者の家族には知らせることなく開始している。

 刑法第三十五条は「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」としている。医師が患者の救命または症状の緩和を目的とした処置を行うならば、それは正当業務であり罰せられることはない。しかし第三者(この場合は移植待機患者)を利する目的で、生きている脳不全患者に、移植用臓器を提供させるため脳不全を悪化させれば、それは正当業務ではなく傷害罪あるいは傷害致死罪に問われるべき行為となる。このため、移植用臓器提供目的の処置は死亡宣告後にしか許容されていないが、実際には死亡宣告前から行われている例がある。
 福嶌は「提供可能な臓器数を増加させるとともに,移植後機能を良好にするための管理を行う。基本的には,呼吸循環管理を行い,循環動態を安定させることが重要である。本来は第二回目の脳死判定以後の管理となるが,ADH(引用者注:抗利尿ホルモン)の投与,中枢ラインの確保(可能な限り頸静脈から),人工呼吸器の条件の改善,体位変換(時にファーラー位),気管支鏡などによる肺リハ,感染症の管理(抗生剤の投与など) は,提供施設の了解があれば,ドナ一家族の脳死判定・臓器提供の承諾の取れた以後,可能である」 と、脳死判定以前からの実施を日本移植学会雑誌(注11)に書いている。各臓器提供施設からも、法的脳死判定前から臓器提供目的の処置を開始したとの報告が出ている。

 「脳保護のための治療では(中略)できるかぎり頭蓋内圧を下げるべく管理する。しかし、臓器保護のためには十分に補液し臓器血流を維持するという、補液の観点からすると真逆の管理を行うことになる」 と臓器提供施設の医師から指摘されている(注12)。臓器提供を見据えた呼吸・循環の管理(ドナー管理)が、脳不全患者の脳蘇生・救命に反することは明らかだ。脳死判定基準を満たさなかった脳不全患者が、臓器提供のために抗利尿ホルモンを投与されたり、脳蘇生に反する輸液をされたりすることによって、人為的に脳死判定基準を満たす状態にされてしまう可能性がある。

 移植用臓器を得るために、医師が臓器提供者の生命を操作することは臓器移植の草創期から行われてきたことだ。日本移植学会雑誌「移植」4巻3号p218~p219に掲載されているが、第2回腎移植臨床検討会において弘前大学第1外科の山本 実は1968年7月23日の腎臓移植において、腎臓の提供者を人為的に凍死させたと下記の報告をしている。


 ドナーは14歳の男子で、第3脳室底部から Pons(橋)にかけて血管腫を有し、昏睡状態をきたしていました。昏睡に入り5日後に自発呼吸が停止し、3日間レスピレーターにて呼吸が管理されましたが、一般状態は次第に悪化の一途をたどり、4日めにいたり血圧は昇圧剤にも反応せず、まったく救命不能と考えられました。

 そこで家族に話したところ、家族は死後腎臓を提供することを快諾しましたので、補助循環を目的とし、股動静脈より脱血、送血カニューレを挿入し、1%プロカイン100ml、ヘパリン3mg/kg、マニトール200ml、10%低分子デキストラン溶液の灌流液で充填した人工心肺装置を用いて、流量30ml/kg/minで補助循環を行ないましたが、循環を中止すると、血圧が30mmHgと低下するため、graft の保護を目的に体外循環による全身冷却を40分間行いました。

 体温31℃で心停止をきたしたので、以後急速に冷却を続け、直腸温25℃、食道温25.6℃で両側腎摘出を行いました。


 この報告は、「どうせ助からないのだから」と、移植用臓器取得のために積極的に死に追いやったことを示している。
 

 同様のことは現代では、一部の医学専門誌が推奨するまでになっている。総合医学社から2022年11月に「救急・集中治療」34巻3号【徹底ガイド 脳神経疾患管理-研修医からの質問306】が発行され、「Q 患者管理(ドナー管理)はいつから開始すればよいですか?」に対する回答は以下のとおり、法的脳死判定の前から臓器提供を見据えた管理を求めている。
「正確な予後診断や病状説明・選択肢提示をする時間、家族が終末期の方針を検討するための時間など、ある程度の時間が必要になります。脳死状態に陥ったあとに十分な患者管理がなされずにいると全身状態が不安定となり、この十分な時間を確保できなくなります。集中治療を継続し、また脳死患者特有の病態を踏まえた治療も加え(次項にて説明)、少しでもよい状態を維持します。ドナー管理という言葉は、本来は法的脳死判定がなされたあとの臓器保護を目的とした管理のことを指しますが、実際には法的脳死判定の前から、家族が考える時間をつくる管理、臓器提供を見据えた管理として、患者管理を開始しておく必要があります。」(注13)

 

 

 

5,前記1~4の非倫理的行為を積極的に行っていながら、一般人向けには「私たちは、4つの権利(臓器を提供する、提供しない、移植を受ける、移植を受けない)を公平・公正に尊重します」と極めて倫理的な人間であるかのように装っている。

 前節で死亡宣告前から移植用臓器を確保する目的の処置が、臓器移植の草創期から横行していることを指摘した。心臓外科医は、それらの違法行為を隠すだけでなく、中立的で倫理的な態度を装う文章まで発表している。福嶌教偉(金蘭会学園千里金蘭大学)は「BIO Clinica」2023年10月号p30~p37掲載の「日本の心臓移植(4) 未来への課題」に以下を書いた。


p33 脳死臓器提供の意思が家族の承諾でできることになるため、ドナー家族の心のケアがさらに大切になってきている。従って、きっちりと家族の意思を汲み取ることのできる、ドナーCoの資質を維持しながら、現在、臓器提供件数は増加しており、ドナーCoの増員が必要である。移植医の中には、提供意思獲得率が高いCoを優れていると評価する医師もいるようであるが、筆者はそのようには思わない。たとえ提供に至らなくても、きっちりとその場でドナー家族がどのように考えるかを理解できることが重要である。

 p35 「提供したい権利」、「提供したくない権利」、「移植を受けたい権利」、「移植を受けたくない権利」は皆平等であるが、移植医療に関する十分な知識がないと成り立たない権利である。従って、一般市民の啓発、学校教育を充実させる必要がある。その上で、運転免許証や保険証の裏、日本臓器移植ネットワークのホームページなどに意思表示をしてもらうことが重要である。私見であるが、「提供は人間として優れている行為なので提供しましょう」という教育はするべきではなく、各個人他人に捉われることなく、自分の意思を表示できるようになってほしいと思う。
これらは心にもないきれいごとに過ぎない。何故なら実践的には真逆の言動を取っているからである。
既に指摘したように、福嶌は脳死臓器摘出時に麻酔をかけることについて虚偽の情報を国会で述べた。さらに死亡宣告前から脳不全患者の脳蘇生・救命に反する「移植用臓器確保のための呼吸・循環管理」を主導してきた。それは「臓器を提供したくない権利」を踏みにじる行為であった。メディカルコンサルタントの医師らは、社会全体に対して臓器提供を強要する行為を重ねてきたことになる。


 福嶌だけに限らず、これが臓器提供・移植に関係する医療者に共通する実態である。日本臓器移植ネットワークは基本理念のなかで「私たちは、4つの権利(臓器を提供する、提供しない、移植を受ける、移植を受けない)を公平・公正に尊重します。私たちは、適切な情報の発信により透明性を確保します。」等を記載しているが、前記1で指摘したように日本臓器移植ネットワークは臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」を、同ネットワークサイト内で公開していない。日本臓器移植ネットワークは、臓器提供候補患者の家族に対する説明をまともに行っているのか?適切なインフォームド・コンセントを実施しているのか?その実態に対する外部からの評価を受けないように不透明な運営を徹底しているようである。

 これほどまでに臓器移植関係者が非倫理的行為を繰り返す原因は、臓器提供者の死亡を前提とする臓器移植が、そもそも一般人を騙さないとできない行為であり、すべてを透明にされて広く周知されたら実行できるものではなくなる、ということだろう。「生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨と」する医療法に反する行為を、医療として採用してしまったことに根本的な誤りがある。

 

関連情報

 臓器移植法を問い直す市民ネットワークのブログでは
「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計」https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/7d5631bb5539bf19afcffb53544791f5 について、3ページにわたって以下の事柄について最新情報を随時掲載していますのでご覧ください。

1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例
2,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、テヘランでは臓器摘出直前に0.15%、米国では臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後
3,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが、脳死ドナーに投与され効いた!
4,脳死とされた成人の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から1カ月以上の長期生存例)
5,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?
      何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者
6,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例
7,親族が脳死臓器提供を拒否した後に、脳死ではないことが発覚した症例
8,脳死判定を誤る原因

 

文献

 

注1,櫻井悦夫:臓器移植コーディネーター 22年の経験から、Organ Biology、25(1)、7-25、2018
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/25/1/25_7/_pdf/-char/ja

注2,Muge Adanali:Lazarus phenomenon in a patient with Duchenne muscular dystrophy and dilated cardiomyopathy,Journal of Acute Medicine,4(2),99-102,2014
  https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211558714000508

注3,Mathieu Pasquier:Autoresuscitation in Accidental Hypothermia, The American Journal of Medicine,131(9),e367-e368,2018
      https://www.amjmed.com/article/S0002-9343(18)30403-0/fulltext


注4,大島正行:脳死ドナーの麻酔管理経験、日本臨床麻酔学会第24回大会抄録号、S59、2004および付属CD、1-023、2004

   他の文献、大島正行:脳死ドナー臓器摘出の麻酔 あらためて感じたコミュニケーションの重要性~「命のリレー」に携わって、LiSA、11(9)、960-962、2004は「プレジア用のカニュレーションを行った際、心拍数40bpmという徐脈となった。アトロピン0.5mgを投与したところ、心拍数は回復した」としている。

注5,飯塚紗希:脳死下臓器摘出術の管理経験、日本臨床麻酔学会第39回大会抄録号、S292、2019


注6,山崎吾郎:臓器移植の人類学、世界思想社、87-88、2015


注7,神戸義人:獨協医科大学での初めての脳死からの臓器摘出術の麻酔経験、Dokkyo Journal of Medical Sciences、35(3)、191-195、2008
    https://dmu.repo.nii.ac.jp/records/735

注8,小嶋大樹:脳死ドナーからの多臓器摘出手術の麻酔経験、日本臨床麻酔学会誌、30(6)、S237、2010


注9,小山茂美:脳死下臓器提供の全身管理の一例、麻酔と蘇生、47(3)、58、2011


注10,梅邑晃:マージナルドナーからの脳死肝グラフトを用いて救命した 肝細胞がん合併非代償性肝硬変の1例、移植、52(4-5)、397-403、2017
      https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/52/4-5/52_397/_pdf/-char/ja


注11,福嶌教偉:わが国における脳死臓器提供におけるドナー評価・管理 メディカルコンサルタントについて、移植、46(4・5)、251-255、2011


注12,渥美生弘:臓器提供に関する地域連携、救急医学、45(10)、1270-1275、2021


注13,水谷敦史:臓器提供、救急・集中治療、34(3)、1296-1302、2022

   2022年に日本救急医学会、日本集中治療医学会、日本麻酔科学会、日本移植学会、日本組織移植学会、日本脳神経外科学会、日本臓器移植ネットワークが「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」を作成したことについて、当ネットワークは撤回を求める声明文をブログに掲載した。https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/1ba99a23fc1d8268fb120fc2ba72b5ac

 

 

以上

 


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「臓器移植の普及啓発・ドナー候補者家族への説明」の問題点

2024-02-05 16:29:17 | 声明・要望・質問・申し入れ

2024年2月5日

 

臓器移植法を問い直す市民ネットワーク
     事務局 守田憲二

 

「臓器移植の普及啓発・ドナー候補者家族への説明」の問題点

 

 私たち「臓器移植法を問い直す市民ネットワーク」は、臓器移植医療において、重症の脳不全患者の家族(ドナー候補者家族)に対する説明(インフォームド・コンセント)に、事実の隠蔽や誤りがあることを批判してきました。正確な情報を患者や家族に提供しない医療は行われるべきではないと考えます。
 法的脳死臓器移植が1000件に届こうとする今、再度「脳死下及び心停止下での臓器摘出・臓器移植」の問題点を、特に事実の隠蔽や誤りに関する資料と共に提示します。臓器摘出・移植の医療をもう一度問い直していただきたいと思います。(以下の資料提示は守田憲二による。本文中にある(1)から(29)は出典および引用元の文献等です。本文の初掲載日は2023年9月9日、2024年2月5日に文献(1)と(2)を追加しました)

 

 

 

「脳死となったら数日以内に心停止する」という説明は事実ではありません!
 脳死状態での長期生存例が数多く報告されています。

 日本臓器移植ネットワークは「脳死とは、脳全体の機能が失われた状態で、回復する可能性はなく元に戻ることもなく、人工呼吸器をつけていても、数日以内には心臓も停止します(心停止までに、長期間を要する例も報告されています)」と説明しています。この説明に反する以下の症例が報告されています。


◎成人の長期生存例・出産例
ニューヨーク大学ラングーンヘルスは、2023年7月14日に遺伝子操作されたブタの腎臓を脳死状態の57歳男性に移植した。61日間の観察の後、9月13日に所定の終了日に達し、腎臓は除去され、人工呼吸器が外され、遺体は家族に戻された(1)。

*アラブ首長国連邦のクリーブランドクリニック・アブダビでは、2017年10月1日から2022年10月1日までに、脳死宣告から1週間以降の臓器提供が10例あった。内訳は脳死宣告から30日後が1例、29日後が1例、14日後が1例、10日後が2例、9日後が1例、8日後が1例、7日後は3例(2)。

*ドイツのハインリッヒ・ハイネ大学病院で妊娠17週の29歳女性が脳死判定から5ヶ月後に帝王切開で出産し、その後、臓器を提供した(3)。

*ドイツのジュリウス・マクシミリアン大学病院で推定妊娠10週の28歳女性が脳死と判定され、推定妊娠34週で経腟分娩(自然分娩)し、翌日、臓器を提供した(4)。

*熊本大学病院で妊娠22週の32歳女性を脳死と判定(正式な無呼吸テストは低酸素の懸念から行わなかった)、妊娠33週で経腟分娩(自然分娩)し、翌週に無呼吸テストで自発呼吸の無いことを確認した。8週間後に転院し、約1年後に死亡した(5)。


◎家族が臓器提供を断り、長期に生存する子どもたち
*兵庫県立尼崎総合医療センターでは脳死とされうる状態と判断された小児4例(1歳~8歳)が、2019年11月時点で3年9ヵ月、2年、1年5ヵ月、8ヵ月間生存している(6)。

*順天堂大学医学部付属浦安病院では9歳男児が脳死とされうる状態となってから9日後に救命センターを退出、125日後に療養型病院へ転院した(2019年発表)(7)。

*徳島赤十字病院では救急搬送された13歳女児が入院6日目に脳死とされうる状態となり、420日以上生存している(2014年発表)(8)。


◎家族が脳死臓器提供を断った後に、脳死ではない状態に変わった症例
 国立成育医療センターでは17ヵ月女児の急性脳症の発症から17日目に、無呼吸テストを除く臨床的脳死と診断。日本臓器移植ネットワークのコーディネーターが家族に臓器提供の説明をしたが、家族は断った。発症から約5週間後に自発運動が始まった。脳幹が機能していることを示す体動が認められ、医師は家族に「もはや脳死ではない」と説明した。
 その後も女児は人工呼吸器に依存し、胃瘻チューブにより栄養補給されていた。時折、自発的に体動したが脳波は平坦だった。発症から 16カ月で、肺炎と尿路感染症による多臓器不全で亡くなった(9)。


◎脳死判定が完全に誤っていた症例、社会復帰例
 臓器を摘出する手術台に移された時に咳をして、脳死ではないことが発覚した55歳男性がいます(10)。21歳の青年(11)も、臓器摘出チームが到着した後に脳死ではないことが判り臓器提供が中止されました。その後、彼は結婚して1児の父親になりました。このほか臓器摘出が予定された患者における誤診例は、臓器移植法を問い直す市民ネットワークのブログ内「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計」https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/7d5631bb5539bf19afcffb53544791f5 に随時、追加していますのでご覧ください。


 上記のとおり脳死と判定された患者、そして一部の検査を省略して「脳死とされうる状態」と診断された患者の状態は多様です。意識不明で各種検査にも反応のない状態が継続して早期に心臓死に到る患者がいる。その一方で、脳死とされても月単位、年単位で生存する症例があり、さらに脳死判定を完全に誤った症例もあります。脳死判定は、「数日以内に確実に心臓死に到る重症患者を1例の誤診もなく見分けることは不可能」であるため、「脳死を人の死(現実的には脳死判定基準を満たした状態で死亡宣告)」とすることは採用してはならないと考えます。

 

この段落の文献等
(1)Two-Month Study of Pig Kidney Xenotransplantation Gives New Hope to the Future of the Organ Supply
https://nyulangone.org/news/two-month-study-pig-kidney-xenotransplantation-gives-new-hope-future-organ-supply
(2)Haamid Siddique:Late organ procurement as much as 30 days after brain death,Transplantation,107(10S1),3,2023
https://journals.lww.com/transplantjournal/fulltext/2023/10001/115_3__late_organ_procurement_as_much_as_30_days.3.aspx

(3)Payam Akhyari:Successful transplantation of a heart donated 5 months after brain death of a pregnant young woman,The Journal of Heart and Lung Transplantation,38(10),1121,2019
 https://www.jhltonline.org/article/S1053-2498(19)31553-0/fulltext
(4) Ann Kristin Reinhold:Vaginal delivery in the 30+4 weeks of pregnancy and organ donation after brain death in early pregnancy,BMJ case reports, 30,12(9),e231601,2019
 https://casereports.bmj.com/content/12/9/e23160
(5)(日本語)今村裕子:妊娠33週で自然経腟分娩にて生児を得た脳死とされうる状態の妊婦の1例、日本周産期・新生児医学会雑誌、52(1)、94-98、2016
(英語)Kinoshita Yoshihiro:Healthy baby delivered vaginally from a brain-dead mother, Acute Medicine & Surgery,2(3)、211-213、2015
 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ams2.95
(6)菅 健敬:脳死とされうる状態と判断されてから長期生存している低酸素性虚血性脳症の小児4症例、日本救急医学会雑誌、31(9)、397-403、2020
 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jja2.12477
(7)石原唯史:小児重症多発外傷における心肺停止蘇生後からのtrauma managementの考察、日本小児救急医学会雑誌、18(1)、67-70、2019
(8)高橋昭良:溺水による小児長期脳死の1例、日本小児科学会雑誌、119(5)、896、2015
(9)Masaya Kubota:Spontaneous and reflex movements after diagnosis of clinical brain death: A lesson from acute encephalopathy, Brain & Development,44(9),635-639,2022
 https://www.brainanddevelopment.com/article/S0387-7604(22)00103-6/fulltext
(10)Adam C. Webb: Reversible brain death after cardiopulmonary arrest and induced hypothermia, Critical Care Medicine,39(6),1538-1542,2011
 https://journals.lww.com/ccmjournal/Abstract/2011/06000/Reversible_brain_death_after_cardiopulmonary.44.aspx
(11)2008年3月24日付NBCニュース記事='Dead' man recovering after ATV accident Doctors said he was dead, and a transplant team was ready to take his organs -- until a young man came back to life.
 https://www.nbcnews.com/id/wbna23768436

 

 

 

治療撤退で心臓死を早める、臓器提供目的で造られる「脳死」・意識障害患者

 重症患者がどれほど長く生存できるかは、患者自身の生理的状態だけでなく、家族の意向や医療者の対応によっても左右されます。1991年に国内90の救命救急センターが回答した調査(12)では、脳死診断後に治療を縮小する施設が61.8%でした。1994年の日本救命医療研究会第9回研究会(13)では、脳死判定後の治療について「現状の治療を継続する、積極的な治療はしない」と発言した医師がおり、さらに「カテコラミンをダミーに切り替えるとか(引用者注:昇圧剤をニセ薬に変えるということ)、あるいは呼吸器の条件を落とすとか、そういう若干積極的な撤退を行っております」と発言した医師までいました。重症患者への医療を控える、血圧が下がってきた時に投与するべき昇圧剤を家族に知られないように効果のない物質に変える、人工呼吸器を正常に作動させない等を行えば、「数日後に心臓が停止」するのは必然です。

 臓器提供を促進する目的で、脳死判定を行う前から重症患者への治療を止め、その重症患者の脳保護に反する処置(ドナー管理)を行う施設が増えています。重症患者の救命を本来の仕事とする救急医でさえ「ドナー管理という言葉は、本来は法的脳死判定がなされたあとの臓器保護のことを指しますが、実際には法的脳死判定の前から、家族が考える時間をつくる管理、臓器提供を見据えた管理として患者管理を開始しておく必要があります」と書く(14)までになっています(太字の強調も原文のママ)。
 2022年3月に日本救急医学会など6学会と日本臓器移植ネットワークは「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル(以下では同マニュアルと記す)」(15)を作成しました。同マニュアルの研究協力者である聖隷浜松病院・救命救急センター長の渥美生弘は「脳保護のための治療では、浸透圧利尿薬を用いて血管内容量を下げ、できるかぎり頭蓋内圧を下げるべく管理する。しかし、臓器保護のためには十分に補液し臓器血流を維持するという、補液の観点からすると真逆の管理を行うことになる」(16)としていますので、臓器提供を見据えた患者管理が脳保護に反することは明らかです。

 脳の働きが悪くなり生命を脅かしかねない状態だからこそ入院してきた重症患者に対して、臓器提供を見据えて脳保護とは真逆の処置を行うことは、重症患者の人権・医療を受ける権利はもはや無いもの(いまだ死亡宣告もしていないのに死者扱い)とする一方で、移植待機患者の人権・臓器移植を受ける権利を考慮すべきとしていることになります。これは救急医らが重症患者について「治療しても重大な後遺症が残りそうだ」と判断した場合に、「臓器を提供して死んでもらったほうがよい」と命の選別を行っているということでしょう。この選別は、経済を優先する国策、臓器提供施設の都合や医師の価値観などによって為されているのです。脳保護に逆行する処置を行った後に、脳の機能廃絶の有無を判定する法的脳死判定を行うことは、法的脳死判定を形式的な儀式として行っているということです。

 臓器提供を見据えた患者管理は、臓器提供に到らなかった患者にまで被害を及ぼしていると見込まれます。関西医科大学総合医療センターから「脳死ドナー管理経験と蘇生医療の進歩の中でカテコールアミン・抗利尿ホルモン使用により小児・若年者の脳不全長期生存例を経験した」と報告されています(17) 。移植用臓器を確保する目的で医療従事者が行う処置により、人為的に脳の状態を悪化させられた医原性意識障害患者までも発生させているようです。

 

この段落の文献等
(12)長谷川友紀:救命救急センターにおける脳死の発生状況、日本医事新報、3565、51-54、1992
(13)日本救命医療研究会 第9回研究会 総合討論、日本救命医療研究会雑誌、9、219-233、1995
(14)水谷淳史:徹底ガイド 脳神経疾患管理 研修医からの質問306 臓器提供、救急・集中治療、34(3)、1296-1302,2022 
(15)臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル(令和4年3月)
 https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/manual202203.pdf
(16)渥美生弘:臓器提供に関する地域連携、救急医学、45(10)、1270-1275、2021
(17)岩瀬正顕:当施設での脳死下臓器移植への取り組み、脳死・脳蘇生、34(1)、43、2021

 

 

 

「救命努力を尽くしても脳死になった患者が臓器提供者になる」という前提の虚構

 臓器移植法は、事故や病気で脳を損傷した重症患者であっても救命を尽くすことを前提に制定されました。移植医療関係者にとっては1968年の和田心臓移植事件(心臓の提供者への救命努力は尽くされたのか?本当に心臓死してから心臓が摘出されたのか?心臓移植を受けた患者は、移植が必要な患者だったのか?という疑いを生じた事件)を克服して、心臓移植を再開する目的がありました。
 現実は前節のとおり法的脳死判定の前から、臓器提供を見据えて脳保護に反する処置が横行していますが、仮定の話として「救命努力を尽くしたけれども力が及ばす脳死に至った患者だけから、臓器提供が行われる」ことが本当に可能なのかについて検討します。
 前項で述べたように臓器提供候補者は脳保護とは真逆の管理をされています。この方が、移植医・移植待機患者にとって都合がよいのは明らかです。臓器提供を見据えた患者管理を行わないと、脳死と見込まれる重症患者の約2割は早期に心停止して臓器提供に到りません(18)。重症患者に脳保護のための治療を継続すると、臓器への血流が少ない状態が続くため、その臓器を移植しても万全に機能しないことが多発します。状態の悪い臓器の移植を承諾する施設は少ないため、臓器が摘出される件数はさらに減少します。心臓移植に用いることが可能な心臓か否かを調べるためには、昇圧剤を減量しても心臓が機能するかテストするしかありませんので、昇圧剤を減らしながら頭蓋内圧を上げる抗利尿ホルモンを投与しなければなりません(19)。従って、法的脳死判定の前まで、臓器提供を見据えた患者管理が厳格に禁止されると、移植用に得られる臓器は極端に減少し、特に移植可能な心臓はゼロになる可能性が高まります。
 こうした現実から、「救命努力を尽くしたけれども力が及ばす脳死に至った患者だけから、臓器提供が行われる」ことは、そもそも実現困難な事柄と考えられます。臓器提供者の心臓が拍動している時に、法的脳死を確認しない状況下で、臓器提供目的の処置を開始しないと、移植可能な心臓は得られないという事情は変わらない。和田心臓移植事件の克服どころか、臓器の摘出・移植が行われるたびに類似の医療不信を積み重ねることになります。

 

この段落の文献等
(18)佐藤 章:臓器移植法による脳死判定が救急医療現場にもたらす医学的、倫理的諸問題:脳死判定350例の経験から、日本救急医学会雑誌、9(9)、393,1998
(19)「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」は、p16~p18の「1.心臓の評価」において「高用量のカテコラミンが使用されている場合には、漸減しても心機能が維持されることを確認する」、「【ホルモン補充療法】 左心機能不全を認めるドナーに対しては、適応外使用となるがバゾプレシンの投与も考慮される。バゾプレシンはアドレナリン受容体の親和性を高める作用があるため、バゾプレシンの補充によりカテコラミンを減量できることが多い。カテコラミンの投与量が多いと心臓のアドレナリン受容体密度が低下するため、可能な限りカテコラミン投与量を減少させてから摘出したほうがよく、その意味でも、バゾプレシンの投与を考慮する」他の記載がある。
 「適応外使用となるが」という注記は、バゾプレシンの効果・効能に下垂体性尿崩症やその鑑別診断他が記載されているが、臓器提供者において昇圧剤を減らす目的は認められていないこと、またバゾプレシンの副作用に血圧上昇があるためと見込まれる。

 

 

 

臓器提供の選択肢を提示する患者家族への説明文書が非公開にされていること
 医師は患者(意識不明の場合は患者家族)に対して、病状と今後の見通し、治療を行う場合に(または治療を行わない場合に)予想される効果そして危険性・副作用などについて正確かつ十分な説明をすること。そして患者は、医師の説明を理解して承諾した範囲の医療が行われることが常識と考えられます。
 ここでは、まず国内で人体から組織または臓器を採取し斡旋している3機関が、組織または臓器の提供にともなう危険性について、どのような説明を行っているのか、情報公開への取り組みを比べます。
 日本赤十字社は、「献血の同意説明書」(20)を同社サイト内で公開しており、献血に伴う副作用等について頻繁に発生する「気分不良、吐き気、めまい、失神などが0.7%(約1/140人)」だけでなく、滅多に発生しない「失神に伴う転倒が0.008%(1/12,500人)」と書いています。
 日本骨髄バンクも「ドナーのためのハンドブック」(21)を同バンクサイト内で公開し、骨髄採取、麻酔に伴う合併症と重大事故を記載しています。死亡例について国内骨髄バンクでは2万5千例以上の採取で死亡事故はないが、海外の骨髄採取で5例、日本国内では骨髄バンクを介さない採取で1例、計6例の死亡例があることを知らせています。
 ところが、日本臓器移植ネットワークは臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」を、同ネットワークサイト内で公開していません。

 

この段落の文献等
(20)日本赤十字社の「献血の同意説明書」
  https://www.jrc.or.jp/donation/pdf/6b52785931214f442fe2f1bf2bac94b92c9c9d69.pdf
(21)日本骨髄バンクの「ドナーのためのハンドブック」
  https://www.jmdp.or.jp/pdf/donation/2022donor-handbook-B5.pdf

 

 

 

57分の1の確率で死亡予測を誤る、臓器提供の危険性が知らされていないこと
  「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」は、「臓器移植におけるドナーコーディネーション学入門(へるす出版・2022年)、資151~資157」に掲載されていますが、脳死判定を誤る確率や心臓死の予測を誤る確率を示していません。
 東京都臓器移植コーディネーターの報告(22)によると、東京都内で2017年までの約22年間に、臓器移植コーディネーターが424例のドナー情報を受けて、患者家族341例に死後(脳死後または心停止後)の臓器提供について説明しましたが、このうち5例が植物状態に移行し臓器提供の承諾を得られず、さらに家族が臓器提供を承諾した後に1例が植物状態に移行したため臓器提供に至りませんでした。これは累計では6例に死亡予測の誤りがあったことになり、ドナー情報70.7例のうち1例(6/424)、臓器提供選択肢提示56.8例のうち1例(6/341)で誤ったことになります。
 こうした現実を正確に重症患者の家族に説明すると、「臓器提供を承諾する家族が全くいなくなるため都合が悪い」と隠蔽しているのでしょう。

 

この段落の文献等
(22)櫻井悦夫:臓器移植コーディネーター 22年の経験から、Organ Biology、25(1)、7-25、2018
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/25/1/25_7/_pdf/-char/ja

 

 

 

臓器摘出時にドナーに麻酔がかけられる場合もあることが知らされていないこと
 日本臓器移植ネットワークが臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」は、臓器摘出時にドナーに麻酔をかける可能性があることを記載していません。
 娘の臓器提供を後悔している母親は、次の様に嘆いています。
「脳死っていうのは、生きているけれど生身でしょう?だから手術の時は脳死でも動くんですって。動くから麻酔を打つっていうんですよ。そういうことを考えると、そのときは知らなかったんですけども、いまでは脳死からの提供はかわいそうだと思えますね。手術の時に動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも正直いって、何がなんだかわからなかったんです。もうその時は忙しくて」 (23)

 2008年6月3日、衆議院厚生労働委員会臓器移植法改正法案審査小委員会において福嶌教偉参考人(大阪大学医学部教授・当時)は次のように述べました。
「実際に五十例ほどの提供の現場に私は携わって、最初のときには、麻酔科の先生が脳死の方のそういう循環管理ということをされたことがありませんので、吸入麻酔薬を使われた症例がございましたが、これは誤解を招くということで、現在では一切使っておりません。使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見というのはございません」(24)
 この臓器摘出時の麻酔を否定した発言の約3週間前に行われた法的脳死71例目では、臓器摘出時に「麻酔維持は、純酸素とレミフェンタニル0.2μ/㎏/minの持続静注投与で行なった」(25)。83例目(26)、132例目(27)でも麻酔がかけられました。424例目と見込まれる文献 は、「全身麻酔下に胸骨中ほどから下腹部まで正中切開で開腹し,肝臓の肉眼的所見は問題ないと判断した」と記載しています(28)。
 現実の脳死臓器提供例では、臓器摘出時に麻酔をかけられたドナーと麻酔が不要だったドナーが混在しており、脳死判定を誤ったドナーに麻酔がかけられた可能性が高いと見込まれます。

 問題は、臓器提供施設マニュアル(平成22年度)(29)が「原則として、吸入麻酔薬、麻薬は使用しない」としていることです。脳死判定を誤り、さらに臓器摘出時に麻酔をかけられることがなければ、最悪の場合、ドナーは意識のあるまま解剖されて恐怖・激痛・絶望感のなかに死を強要されることになります。
 「臓器摘出術を開始すると血圧が急上昇するから麻酔をかける」などの生々しい、一般人の脳死イメージに反する実態を極力隠して、獲得できる移植用臓器を1個でも増やそうというインフォームド・コンセントとはかけ離れたご都合主義が、臓器提供者に生体解剖される危険性を負わせています。臓器提供を承諾した家族を後悔させています。このような非倫理的行為を重ねてまで(国会で嘘をつき、患者家族に説明すべきことを説明しないで、ドナーに生体解剖される危険性を負わせてまで)臓器提供を促進しなければならないのでしょうか?

 

この段落の文献等
(23)山崎吾郎:臓器移植の人類学、世界思想社、87-88、2015
(24)第169回国会 衆議院 厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会 第1号 平成20年6月3日、13
  https://kokkai.ndl.go.jp/txt/116904263X00120080603

(25)神戸義人:獨協医科大学での初めての脳死からの臓器摘出術の麻酔経験、Dokkyo Journal of Medical Sciences、35(3)、191-195、2008
  https://dmu.repo.nii.ac.jp/records/735
(26)小嶋大樹:脳死ドナーからの多臓器摘出手術の麻酔経験、日本臨床麻酔学会誌、30(6)、S237、2010
(27)小山茂美:脳死下臓器提供の全身管理の一例、麻酔と蘇生、47(3)、58、2011
(28)梅邑 晃:マージナルドナーからの脳死肝グラフトを用いて救命した 肝細胞がん合併非代償性肝硬変の1例、移植、52(4-5)、397-403、2017
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/52/4-5/52_397/_pdf/-char/ja
(29)臓器提供施設マニュアル(平成22年度)
https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/flow_chart01.pdf
 「第13章 摘出手術と術中呼吸循環管理」のなかp32において「・原則として、吸入麻酔薬、麻薬は使用しない」「・皮膚切開・胸骨骨膜刺激時に一時的な血圧の上昇・頻脈を認めるが、開胸後に血圧が低下しやすいため、血管拡張薬や吸入麻酔薬は使用しない」と記載している。

 

 

 

「脳死下臓器提供とは別に、心臓が停止した死後の臓器提供」があるという虚構
 1997年以前、法律上は死体からの臓器提供が、心停止後(心臓が停止した死後)のみ許容されていた時代においても、脳死前提の臓器提供が主流でした。下記枠内いずれかの行為がなされていたからです。


脳死診断を採用・・・臓器を提供する可能性のある患者が、脳死で数日以内に心臓死に至るとの予測にもとづいて、ドナー候補の患者家族に臓器提供の選択肢を提示した。
心臓死の不確実な診断・・・心停止の不可逆性を確認する観察時間を、秒単位あるいは分単位の短時間しか設けなかった。
心臓死宣告を無効にする行為・・・臓器を提供する患者の心臓が停止した後に(心臓死宣告した後に)、蘇生効果のある心臓マッサージ、人工呼吸、人工心肺による血液循環などを行った。
心臓死前から臓器摘出手術の一部を開始・・・臓器を提供する患者の心臓が停止する以前から、臓器提供目的の処置(抗血液凝固剤ヘパリンの投薬・カテーテル挿入など)を行った。
人為的心停止・・・臓器を提供する可能性のある患者に、昇圧剤の減量、人工呼吸の停止、動脈閉塞、冷却など行って人為的に心停止に到らせた。
心臓拍動下の臓器摘出・・・臓器提供者の心臓が拍動している時に、移植用臓器を摘出した。

 心臓が拍動している時に臓器を摘出する行為が、脳死前提であることは説明不要でしょう。このほかの行為にも、それらを行っても正当化されるとの判断の背景に「ドナーは脳死」との判断があったと見込まれます。
 例えば心臓死を宣告した患者に、その直後から心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行いつつ臓器を摘出する手術室に搬送する行為は、心臓死した患者を蘇生させる可能性を生じます。明確に蘇生しなくとも、臓器摘出時に意識が回復しており、生きたまま解剖される危険性を負わせます。そのような危険性があっても、心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行ったのは、その医師に「心臓死宣告した患者の脳は機能していないから」という憶測があったからと見込まれます。従って、これらを脳死前提の臓器提供と分類しました。

 上記行為の実態、出典資料は「臓器移植法を問い直す市民ネットワーク第14回市民講座講演録 心停止後の臓器提供は問題ないのか? 生体解剖の恐れあり!」
https://blog.goo.ne.jp/abdnet/e/7ce09f306a2e765ffde9c7d42f7c33de を参照。


 

 

 

臓器提供者の死亡を前提とする臓器移植を禁止すべき理由
 以上、日本臓器移植ネットワークや移植医は、臓器提供の促進につながる普及啓発やドナー候補者家族への説明は行うが、臓器提供を減らす可能性のある情報は隠蔽していることを指摘しました。医師のなかには、脳保護とは真逆の管理を法的脳死判定の前から行う者もおり、それが学会規模でマニュアル化されているのです。これでは患者家族に誠実でありたいという医師の思いまでもが押しつぶされる可能性があります。
 また「救命努力を尽くしても脳死になった患者が臓器提供者になる」という前提は虚構であることを指摘しました。従って、臓器提供者の死亡を前提とする臓器摘出・移植は、臓器提供者の人権、生きる権利・医療を受ける権利を侵害せずには行えないと考えます。
 臓器移植を希望して登録し待機している患者にも人権、生きる権利・医療を受ける権利は当然にあります。その人権を、脳の働きが悪くなり生命を脅かしかねない状態で入院してきた重症患者の人権と比べることはできません。
 他人の生命を短縮することによって、自分が生きる時間を延ばすことは行ってはならないことです。
 従って、臓器提供者の死亡を前提とする臓器移植は禁止すべきと考えます。

 

 

 

以上


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