2-1の続き
3、ES細胞からiPS細胞へ
ES細胞とiPS細胞
重要なことは、これまでお話ししてきたことが臓器移植につながっていることです。中でも直接つながっているのが、ES細胞とiPS細胞です。ES細胞とは胚性幹細胞といい胚から作りだし、iPS細胞は体性幹細胞を遺伝子操作でES細胞と同 じような細胞にしたものです。ES細胞とiPS細胞は、無限に増殖する細胞で、さまざまな臓器や組織に分化しますが、がん細胞と紙一重の細胞で、慎重な扱いが必要であり、これまではあまりうまくいってなかったわけです。ところが最近になっ て、強引に推進力が働き始めました。その背景には、政府によるイノベーション戦略がありますし、ゲノム編集技術の登場が大きかったといえます。中でもES細胞かiPS細胞と組み合わせて臓器を作る仕組みの最短にあるのが、 動物性集合胚といわれる技術です。動物に人間の臓器を作らせるという技術です。
4、 動物性集合胚とは
動物性集合胚と動物性融合胚
動物性集合胚を理解するには動物性融合胚がわからないといけません。では動物性融合胚とは何かというと、動物の体細胞、動物の胚(受精卵)または胚性細胞(ES細胞や iPS細胞のこと)を、人間の除核した卵子と融合して作り出す胚です。卵子には核があります。それを取り除き、動物の胚などを入れるのです。外は人間の卵子だけれど、核は動物である、ということになります。
*動物性集合胚の分類は次のようになります。
1)2 つ以上の動物性融合胚が集合して1つになったもの
2)1つ以上の動物融合胚と、1つ以上の動物胚または体細胞もしくは胚性細胞が人間の卵子と融合して一体になったもの
3)1 つ以上の動物胚と次のものが一体になったもの。人間の体細胞、人間の受精胚、人間の受精卵を分割したもの。人間の受精卵で核を移植したもの、人間のクローン 胚、人間の集合胚、人間と動物の交雑胚、ヒト性融合胚、ヒト性集合胚、動物性融 合胚の胚性細胞
4)以上の1~3 の胚から作られた胚性細胞(核を持つ)が、人間の除核卵子、あるい は動物の除核卵子と融合して作られた胚
何を言っているのか、分からなくなってきましたが、これが法律で示されている定義なのです。このように人間と動物のキメラを作るのが動物性集合胚です。主体は動物ですが人間の卵子とか ES細胞とかiPS細胞とかが絡んでくるのです。この動物性集合胚は、移植用臓器づくりが最大の目的です。
それの応用のようなものですが、豚の体内で人の膵臓を作る実験を東大医科学研究所の中内啓光特任教授を中心とした研究チームが行っています。豚の受精卵の中 に人間のiPS細胞を注入して豚の子宮に移植して出産させる方法です。これによ り人間の細胞(膵臓)を持った豚を誕生させることができます。
東京慈恵医大と大日本住友製薬が開発を始める腎臓移植は、人間のiPS細胞と豚の胎児組織を組み合わせて、腎臓の元となる組織を作り出 し、それを患者に移植して患者の体内で腎臓にまで成長させるというものです。腎臓移植というよ り、腎臓の再生医療といった方がよいかもしれません。患者本人の細胞からiPS細胞を作りだし、豚の胎児から腎臓の元になる組織を取り出 し、そこにその iPS 細胞を注入して、腎臓の種を作り出します。その種を患者本人に移植して、腎臓にまで成長したら尿管につなぎ機能させるというのが、その シナリオです。
5、変わる臓器移植の世界
臓器移植の世界
臓器移植自体も大きく変わりつつあるように思います。これまでは他人の臓器、自分の臓器とか機械(人工臓器、ハイブリッド臓器)がありましたが、これに動物の臓器、あるいは動物と人間の臓器を合わせたものを加えることになったわけです。そのために、動物性集合胚という考え方を導入したわけです。さらに政府は、動物そのものの臓器移植を認めたケースもあります。認めたのは、膵臓にあるランゲル ハウス島の移植です。2016年4月10日、厚労省の研究班(異種移植の臨床研究の実施に関する安全確保についての研究班)は、これまで事実上、異種移植を認めてこなかった指針(異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針)を見直し、新指針案が厚労省審議会にかけました。対象は、1 型糖尿病にブタの膵臓にあるランゲルハンス島(膵島)の人間への細胞移植を認めるものでした。改定された指針が同年 6 月 13 日に各都道府県の保健担当者に示されました。それを受けて、大塚製薬の研究者が、アルゼンチンでブタのランゲルハウス島の移植を行う人体実験を行っています。
なぜ動物からの移植が困難だったかというと、人間同士の移植に比べて、拒絶反応が大きいからです。超急性拒絶反応といいます。もうひとつが動物に内在しているウイルスが、人間に持ち込まれるのではないかという問題です。今回動物からの臓器移植を認めた背景に、ゲノム編集技術によって、拒絶反応やウイルス対策が可能なるだろうという考え方が出てきたことがあります。臓器移植の中で、子宮移植・脳移植は移植してはいけない、タブーとされてきた分野です。その中で子宮移植にゴーサインが出ました。タブーが徐々に取り払われています。脳に関しても、外国では、サルで頭部移植を行った例も出ています。
脳死問題(死の操作)に生殖への操作が加わる
何が変わったかというと、脳死問題(死の操作)に生殖操作が加わってきたといっていいのではないでしょうか。ES 細胞、iPS 細胞にゲノム編集技術が加わったこ とで、新たな臓器移植の世界が作られてきた、といえます。まだ ES 細胞、iPS 細 胞は立体構造がとれないので膜とか皮膚移植は得意です。そのため動物性集合胚など動物の臓器を利用して立体構造を作ろうとしているのです。しかし両細胞ともがん細胞と紙一重ですし、拒絶反応の問題は必ず起きるのです。自分の細胞であっても必ず起きます。問題点は残ったまま、推進力ばかりが強まっています。
ゲノム編集技術の応用
*臓器生産を動物に、拒絶反応の克服
動物の臓器を人間に移植する場合、2 つの大きな壁があると述べました。超急性拒絶反応が起きるなど、拒絶反応が大きいのです。もう一つが、動物のゲノムの中 に内在するウイルスです。それが人間世界に持ち込まれるという問題です。最初の拒絶反応ですが、それを克服するために、ゲノム編集技術を用いるという考えが示されます。拒絶反応が起き難い臓器移植をハーバード大学は実験しています。それは人間の免疫細胞が豚の臓器を異物ととらえないように、ブタの細胞の表面にあるマーカーの遺伝子を破壊し、認識しないようにする方法です。日本では、ゲノム編集ではなく、ブタの細胞の表面を特殊な膜で包み、免疫細胞が攻撃しないようにする方法を用いて、国立国際医療研究センターが異種移植を計画してきてい ます。
内在ウイルスの対策ですが、これもゲノム編集技術を用いてウイルス遺伝子の不活化を行おうというのです。ハーバード大学の研究チームがやはり、ブタがもつ病 気をもたらす可能性があるウイルス関連遺伝子を同時に多数破壊して、ウイルスの感染力を大幅に低下させる研究を進めてきました。このケースで破壊したのはブタ 内在性レトロウイルスだそうです。異種移植もまた、ゲノム編集技術で進もうとしているのです。
6、では何が問題か?
臓器移植に次いで、新たな形での生命の根本が問われています。
この新たな臓器移植は、生命への介入はどこまで許されるのか? このことが強く突き付けられているのです。同時に生命の始まりはいつかという問題も提起されています。産科婦人科学会が受精卵を培養できる期間は2週間であると言ったことがあります。では生命の始まりは2週間かという質問状を以前に出したことがあるのですが、返事はありませんでした。動物集合胚を見ると、人間と人間以外の動物の境目があいまいになり、人間とは何かと言う問いも突きつけられます。
この臓器移植の世界を見ていくと、生殖操作と一体であり、ゲノム編集と一体であり、生命操作に拍車が加えられ、障害や病気の人を排除する優生学的世界がつくられつつある、ということを強く感じます。また、臓器移植が進めば進むほど臓器をほしがる人が増え、臓器の増産化を図ろうという経済の論理が出てくるのではないかと思うわけです。
質疑
質問) 脳と子宮の移植はこれまでタブーとされてきたということですが、脳の移植の研究も行われているのですか。
天笠) 昔、サルの頭部移植のニュースがありましたが、これは守田さんが詳しいのではと思います。頭部移植がその後進んでいるとは聞いていませんが、子宮移植は進んでいます。日本医学会で検討が始まり、東京女子医大ではサルを使った実験が行われています。
守田) 2年前にイタリア人の学者が中国で死亡した人間の頭部をつなげたという報道がありました。頭部移植は神経や骨や血管もつなぎ合わせるので技術的に難しい。頭をつけ替えても寝たきりで動けないことも想定され、動物実験でも成功していないのをいきなり人間でというのは危ないと、移植を希望していたロシア人の富豪は希望を取り下げました。
質問) ビッグサイエンスはお金がかかるので、個人の探求心ではなくお金をモチベーションとして特許も絡んで、経済の問題になる。経済とは何かというところから議論するべきだと思います。
天笠) 同感です。何万円、何十万円もする薬がありますが、その薬の値段の大半が特許料です。特許を取得することでメーカーは儲けるのです。大学の研究者も今やベンチャー企業を立ち上げて特許を押さえようとするなど、特許は金儲けの源になっています。ゲノム編集も特許の数が多く、クリスパー・キャスナインでは激しい特許権争いが起きています。それを制したのがモンサント社で、同社が最も多く特許権を抑えています。次いで、モンサント社と争ったデュポン社が押さえています。米国を本拠に置く多国籍化学企業はこの分野で、特に特許を押さえてもうけの源泉にしている。ビッグサイエンスになるとお金がかかるので、特許を取得して金儲けをしていかないといけないというのはあると思います。
質問) 今度日本学術会議でもゲノム編集が取り上げられます。日本学術会議は、戦争協力をした反省から戦争協力はしないと表明しつつも、防衛省が汎用性のある研究にお金を出すと誘導する中で部分的に応じる大学が出ており、危機感を持っているようです。そうした中でゲノム編集技術にも注目していく状況のようです。
ところで、スタップ細胞とES細胞の違いはどういうものでしょうか。
天笠) 騒がれたスタップ細胞問題は、結局、ES細胞が混じっていたのではないか、ということになりました。小保方さんの周りにいた人たちがすごい人で、真実性があると思わされたのでしょう。しかし、生命の問題を知っている人なら、現実的には不可能な細胞だということは分かると思います。
質問) 動物で人間の腎臓ができたら、透析より医療費が安くなるし流れは止められないと思いました。
天笠) おそらく臓器が作れるという幻想ができると市場原理が働いて圧力が強まり、倫理感は薄くなると思います。量産すると安くなるからまた広がる。腎臓を痛めても移植すればいいと悪循環が起き、さらに商業化が進めば、必要でない人にまで移植となることも起こりうるでしょうね。
質問) 治る人がいるという建前で脳死臓器移植が進められてきました。それに対して私たちは切り捨てられる命をどうするのかと反撃してきたのですが、ゲノム編集で臓器を作るとなると反撃しにくくなりはしないか。がんとか難病対策として全ゲノム解析を進めるといわれるとどう対抗するのかという思いもあります。当会では臓器移植に頼らない医療をと言ってきたが、今後どういうスタンスをとればいいか苦しむところです。今日の論議の焦点になるところかなと思いながら聞いていました。
拒絶反応を克服する遺伝子を改変してしまうと他の微生物からの感染はどうなるのか。RNAをばらまいて突然死を引き起こすとは実際にどのように起こるということですか。
天笠) 脳死臓器移植問題が、生殖操作や幅広いバイオテクノロジーの問題と重なってきました。生とは何か、死とは何か、生命を操作するとは何か、さらには優生学、人権といった問題をさらに突っ込んで考えなくてはならなくなったといえるでしょう。
拒絶反応は移植された臓器の目印に対して免疫システムが作動して起こします。他人の臓器を移植するとその臓器に対して目印が存在し、免疫システムが作動して拒絶反応が起きる。その目印を認識する遺伝子を壊してしまおうというのです。それとウィルスなどの微生物が感染した時に作動する免疫システムは基本的には異なると思いますが、しかし、同じだったり、近かったりするケースも考えられます。さらに、拒絶反応に係る遺伝子を壊し作動しないようにすると、さまざまな問題が起き、免疫力全体に影響が出る可能性はあります。免疫抑制剤を飲むと免疫力が抑制され病気になりやすい。それと似たような問題が起きる可能性はあります。現在は、動物で作った腎臓を人間に移植した場合どんな拒絶反応が起きるのか、どの遺伝子を壊すと拒絶反応は起きないだろか、という考え方で研究が進んでいるのです。研究や開発が先行すると、さまざまな問題が起きる危険性があります。
RNA干渉法というのはRNAという生体物質を、界面活性剤を加えてばらまき、植物や動物の細胞の中に侵入させます。動物も植物も表面は脂分で守られているので簡単には侵入できませんが、そこで界面活性剤を加え侵入させます。生物には突然死をもたらす遺伝子があります。しかし、それが働くと大変ですので、その遺伝子が働かないように抑える遺伝子もあります。その抑える遺伝子の働きを止めてしまうのです。そうすると突然死が起きる。もし人間に降りかかったらと考えると、大変に怖い技術だと思います。
質問) 安倍やアメリカがゲノム研究を進める目的は何か?須田桃子さんの投稿記事を読みましたが、アメリカ国防省がゲノム研究にお金を出しているというのは事実か。
天笠) 安倍内閣がイノベーションという言葉を使って盛んに科学技術を推進する政策をとってきました。技術革新と言うより科学技術戦略だと思います。ゲノム編集で研究を進める最大の目的は特許だと思います。今のままだと他の国の企業に特許を取られ、経済戦争で遅れをとるから、規制緩和して研究開発をやりやすくして、特許を取得しようという戦略です。イノベーションの目的は経済だと思います。例えば、薬を開発したとき、高額の特許料を請求されると、薬価は高くなり競争力を失い、負けてしまう。経済戦争に打ち勝つために特許を取得し、先行して特許を押さえた企業と、特許権を交換する「クロスライセンス」によって競争力を持つことができる、というものです。世界の経済に打ち勝たないと三流国になるという脅しもよく言われることです。
須田桃子さんは合成生物学が軍事研究に使われるのではないかと危惧しています。DARPA(米国国防総省・国防高等研究計画局)が予算をつけているからです。そのDARPAが、とくに予算を付けて進めているのがゲノム編集技術を応用した「遺伝子ドライブ」という技術です。例えば、猛毒性を高めた蚊を放ち野生の蚊を交雑させると、猛毒を持った蚊が生まれる確率は2分の1です。そのため交雑を繰り返すうちに徐々に数は相対的に減少していきます。しかし、遺伝子ドライブはゲノム編集を使って生まれてくる蚊をすべて猛毒性を持つようにした技術であり、そのためわずかな数の蚊を放出するだけで、あたり一帯のすべての蚊が猛毒性を持ってしまう。すでにネズミを使って太平洋の諸島で、遺伝子ドライブを用いて生物兵器の開発実験をしている。そのような形で軍事研究は進められています。
守田) 先ほどの子宮移植ですが、海外では数十例で、日本ではまだです。私は異種移植はそんなに簡単ではないと思います。異種移植を受けた方は感染症の危険があるので生涯にわたって追跡されると言われている。隔離され、結婚しても子孫を残せないかもしれない。また豚と人間は血圧が違うので、豚で機能する臓器を作ったとしても、そのまま人に移しても機能するかどうかは不明です。移植した途端に破裂するかもしれない。感染症も含めてそんなに簡単にできるものでは無いと思います。
天笠) ご指摘の通りだと思いますが、難しいと思っていた技術的問題が次々と解決されてきているのも事実です。生命は複雑で奥深いので操作できないだろうと思っていたのが、技術的に一歩一歩解決されるのを見て、先を見ておかないとまずいという側面もあると思います。
意見) 蚊の話ですが、地球上で最も多くの人間を殺している生き物は蚊といいます。蚊を絶滅させるのは悪いのかという話も出てくるし、臓器移植も人を死なせて臓器を獲得するより、豚に死んでいただいた方がましではないかという考えもあるかもしれない。利害を調べて技術的なことも踏まえて判断すべきだと思います。
質問) 恐ろしい話ばかりが出ていますが生態系は今後どうなっていくのでしょうか。
天笠) 大きな問題になっています。生態系を守るために生物多様性条約という国際条約があります。そこでは遺伝子ドライブ技術と合成生物学が議論になっています。合成生物学については結論が出てないのですが、遺伝子ドライブに関しては予防原則で、あらかじめ影響を示さないと野外で使用することは控えるという合意が得られています。しかし締約国に、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンなどの推進国が入っていないのが問題です。
蚊の話ですが、途上国の人たちから、ある人たちにとって蚊は害になるかもしれないが、蚊が重要な役割を果たしている人たちもいることを忘れてはいけない、という発言があります。蚊やボウフラを餌にしている生物もいます。蚊がいなくなるとその生物が滅び、さらにその生物が滅びると他の生物が滅び、やがて人間も影響が出てくることが考えられます。生態系全体の中で見ていかないといけない。このように蚊を増やしたり減らしたりすると生物多様性に影響をおこす可能性もあると議論はされていますが、むしろ生命倫理の方が議論されていないのではないかと思います。
質問) 天笠さんと川見さんに質問します。
天笠さんに、ゲノム編集技術の問題点としてオフターゲットの問題、目的でない誤った遺伝子を壊す問題があると言われました。しかし、技術的な問題が解決されるとそれは理由にならなくなるのではないか?技術的問題ではなく、意図的に壊してよい遺伝子はないと訴えた方が説得力があるのではと思っています。そこを自分の言葉で話したいが、広く伝えるためにはどう言う言葉で伝えて行けばいいでしょうか。
川見さんに、市民ネットワークは脳死からの臓器移植を問題にしているが、脳死ではない臓器移植はどう考えているのか?自分が持って生まれた臓器を他人に譲ることに対してどう考えているのか伺いたい。
天笠) 確かに技術的問題というのはやがて解決される可能性があります。説得力のある回答にはならないかもしれませんが、私たちの考え方を少し述べさせてもらいます。私たちDNA問題研究会の内部では、遺伝子不可侵の原則があるのではないかと議論されてきました。そもそも遺伝子への介入に反対と始めた研究会です。この考えは一貫しているが根拠を示すというのはなかなか難しくて、福本さんの言葉を借りれば「いやなものはいや」ということです。それでいいのではないかと思うのです。今の社会は生きることが経済の論理になり、金儲けにつながる社会となっています。それに対して、命は経済の論理ではないといってきました。
川見) 私たちは「脳死を人の死としない、脳死からの臓器移植に反対する、臓器移植以外の治療法の確立を求めていく」という三つを目的に掲げてきました。前回の市民講座では、守田さんが「心停止下での臓器移植は問題ないのか」という問題提起をされました。
心臓移植医で人工心臓の開発も研究している医師は「生きた人から取る(生体移植)のは侵襲があるが死んだ人からならいいのではないか」といい、議論になりました。目の前の自分の患者を救いたいという医師とは、「脳死は人の死か」の見方で違いがありました。脳死からの臓器移植は、他人の命を犠牲にする医療であり、心臓の動いている脳不全患者は死としてもいいという優生的観点にたった医療です。生体移植については、腎臓、肝臓、肺移植が行われていますが、家族間の心情もあるので、黙認する立場を取っています。基本的にはもって生まれた臓器で生きる、臓器不全になっても、透析や人工臓器で長く生きられるようになっているし、そうした開発研究を進めて欲しいと考えています。
古賀) いずれにしても臓器移植は差別医療だと思います。ドナーとレシピエントの命の選別、レシピエント間でも差別があります。生きるために何とかしようよと言うことはあるし、生体移植は提供者の健康状態が悪化する問題もあると思います。今「治る治す」をどう考えるかは、難病患者や障害者運動の中でも問われています。動物の体内で人間の臓器を作るという動きの中で、未来のために人体実験の対象になってくれという脅迫感を感じます。わからないことなのに、「病気を治す」からとなだれ込むのか、せめぎ合いにどう対抗するかを考えていきたい。
質問) 怖いと言うことだけはわかったけれど、お話がよく理解できなかったのです。僕でもわかるサイトがあれば教えていただきたい。
天笠) おそらくサイトは無いと思います。この問題は言葉がまず難しい。動物性融合胚と動物性集合胚をどう説明しようかと悩みました。このような話をしたのは、私も初めてですし、どこにも出ていないテーマだと思います。
質問) 科学の進化や自発的探究心とお金もうけの話は本来関係ないと思いますが、人工透析が増えたのはお金になるから、生体移植もお金になると一気に広がってしまう。臓器売買もある。お金の話で一般化されてしまう現実がある。
天笠) 大義名分をもうける。進める側はそれがうまい。
質問) 幼稚園児が車にひかれた事件がありましたが、事故に遭った子供の臓器を提供しますかと聞かれたとすると、命の尊さが、そういう局面にたった時にわかるのではないか。
川見) 6歳未満の臓器提供者が15件ですか、これまでにありましたが、その親のコメントが「自分の子供の命が誰かの体の中で受け継がれている」というものがほとんどです。心臓が動いている状態なのに臓器を取り出すことに親が同意できるのかどうか、その辺は私は疑問に思いますね。
天笠) 難病の方が血液を提供して将来的に難病の克服のために情報提供を行っているという話が出たましが、それは議論すべき重要な課題だと思います。南大西洋のトリスタンダ・クーニャ島は、近親結婚でぜんそくの方が多かった。それに目を付けたカナダの大学の研究者が、住民から血液を採取し喘息の遺伝子をつき止めた。それに資金を提供していたのが米国のベンチャー企業で、その企業がぜんそくの遺伝子を特許にし、企業が特許料でもうけることになった。喘息の遺伝子が分かったのだからいいのでは、という意見があるかもしれませんが、特許料が高いと診断とか治療を受けられない事態になります。島の人は血液だけ持っていかれて何のメリットもありませんでした。将来の治療に役立てたいと言うが、実際の構造は、企業の金もうけが優先されて、そうなっていません。
質問) 雨宮処凛さんの「生命倫理」の中で、イギリスのALS患者は人工呼吸器を切ると書いてあったが、ALS患者への治療は日本は先進国なのですか。
古賀) 欧州では人工呼吸器をつけずに死んでしまう人が多いようです。日本はつける人の割合が多いと言われますがそれでも2-3割。社会保障的にやっていけば人工呼吸器をつけていても生きていかれるし橋本みさおさんは、人工呼吸器をつけたら終末期というなら私は終末期を20年やっていますといっていますね。
質問) 生態系という話があったが、人間の意識がどこで作られているかは置いておいて、臓器を部品化する形で進んできていると思うがどう考えられるか。
天笠) 人体部品化というか人類最後の資源は人体そのものではないかと言ってきました。資源化は進んでいるという認識です。生命を操作するのは限界があると言い続けてきました。体細胞クローンはあり得ないと思っていたのに出てきたし、歯止めをかけないとどうしようもない。進めたい人がいっぱいいるのに批判する人がいない。慎重にと言う科学者声明に協力してくれる人は大半が人文系の人です。自然科学系の人はほんのわずかです。真面目に研究している人で協力してくれる人は皆無です。原発の事故が起きながら原発に批判的な人は限られているでしょう。それでも原発に対して批判的な科学者はかなりいます。しかし、この分野はごくわずかです。
大塚) バクバクの会(人工呼吸器と共に生きる)をやっています。日本が一番人工呼吸器をつけているというのは事実です。他の国では選択もさせてくれずに看取るという報告が多いですね。ALSの患者もつけてもらえない。日本では訪問介護の制度を利用して人工呼吸器をつけて生活する人もいるので、まだ住みやすいのかなと思います。今後薬の開発で難病の子に呼吸器をつけなくてすむ子供も出てくるのかなという期待もありますが、まだまだ発展途上です。それより社会が受け入れてくれる状況を作った方がいいと思っています。
司会) 長時間にわたってありがとうございました。「ゲノム編集技術を取り入れた新しい臓器作りが病気を治す、移植用の臓器が足りない」を大義名分にして研究が行われていること、国も容認認可して推進されていること、他国との経済戦争に負けないように特許を取ることにやっきになり、一部には軍事研究も進められているなどのお話がありました。私たちは、人と人との関係の中に命があり、いのちを操作するのはいやだと自分の言葉で言えるように、今後の市民講座でも議論を深めたいと思います。また当市民ネットワークの三つの目的がこれでいいのかということについても、議論していきたいと思います。