最新の追加情報(2025年4月5日)
この「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計」は、3-1(このページ)とともに別ページの3-2、同3-3の計3ページで構成しています。今回の更新情報は1件です。Neurocritical Care電子版、2024年5月15日付記事は以前から3-2に掲載していましたが、より詳細な以下の表現に変えました。
ワシントン大学、フロリダ大学、アーカンソー医科大学、ボストン大学、ニューヨーク大学の研究者が2023年6月から9月にかけて、米国の57の臓器調達機関すべてに「神経学的基準による死亡の検証」についての電子調査を送付した。28機関は調査参加の要請に反応しなかった。調査全体を完了したのは米国の6地域における12の臓器調達機関。
臓器調達機関に潜在的な臓器提供者を報告するreferral hospitals数は21~50病院が3機関、50病院以上が8機関。referral hospitalsから報告を受けた脳死症例について、最終的に臓器調達機関が脳死宣告を覆したことは、12機関のうち10機関が経験していた。脳死宣告が取り消された症例数は、5例未満が3機関、Fewが7機関、Neverが2機関。
臓器調達機関が、2010 年基準(2010 American Academy of Neurology Practice Parameter)または神経学的基準による死亡の病院ポリシーを満たしていないという懸念から、潜在的な臓器提供者を拒絶した経験があるのは6機関。拒絶事例の頻度は年間1例未満が6機関、Neverが5機関、Uncertainは1機関だった。
出典:Neurocritical Care電子版、2024年5月15日付 Verification of Death by Neurologic Criteria: A Survey of 12 Organ Procurement Organizations Across the United States
https://link.springer.com/article/10.1007/s12028-024-02001-6(抄録)
4月5日追加分は以上、以下は3-1の本文です。
臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計
3-1
以下3ページは、移植用臓器の提供について家族(近親者)の承諾が得られた後から臓器摘出術中までに、または臓器提供が拒否された後に、脳死ではないことが発覚した症例、その疑い例、および関連統計、関連情報の概要を掲載する。
検索した資料は日本語または英語(1点のみドイツ語)で表記されたものに限定される。また網羅的に資料を点検できていない。加えて、脳死ではないことが発覚しないまま臓器摘出を完了しているケースが想定されるため、実際に脳死ではないのに臓器摘出手術が敢行された症例は、以下に掲載された事例より多いと見込まれる。
目次
3-1(このページ)の見出し
1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例
2,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが脳死ドナーに投与され効いた!
3-2の見出し
3,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例
4,親族が脳死臓器提供を拒否した後に、脳死ではないことが発覚した症例
5,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、米国で臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後
3-3の見出し
6,脳死とされた成人の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から1カ月以上の長期生存例)
7,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?
8,何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者
9,脳死判定を誤る原因
・各情報の出典は、それぞれの情報の下部に記載した。更新日時点でインターネット上にて閲覧できる資料は、URLをハイパーリンク(URLに下線あり)させた。医学文献のなかには、インターネット上で一般公開している部分は抄録のみを掲載している資料もあり、その場合はURLの後に(抄録)と記載した。登録などしないと読めない記事はURLの後に(プレビュー)と記載した。
1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に脳死ではないことが発覚した症例
米国ケンタッキー州のバプティスト・ヘルス・リッチモンド病院で、2021年10月25日、脳死とされたアンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさんからの臓器摘出手術が中止された。2024年10月現在、アンソニーさんは記憶、言語、運動能力に問題はあるが家事もこなしている。
この事件は2024年9月11日に開催された米国議会の下院エネルギー・商業委員会の公聴会においても取り上げられ、ドナーからの臓器摘出手術に従事している外科医2名が、同様の経験(脳死臓器摘出手術の中止)を証言した。
2021年10月25日、アンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさんは、心停止でケンタッキー州のバプティスト・ヘルス・リッチモンド病院に入院した。10月26日に脳の活動が無いと説明され、翌日、家族は生命維持装置を外すことを決定した。その時、臓器提供を登録していると言われ、その後2日間、提供可能な臓器について検査。金曜日の午後、臓器提供の手術室に向かう名誉ウォークの時にアンソニーさんの目が開き追視していたが、病院側は反射だとした。臓器摘出手術の開始から約1時間後、医者が出てきてドナ・ローラさんにアンソニーさんが目を覚ましたといった。ローラさんはアンソニーさんを家に連れて帰り3年が経過している。
出典:2024年10月18日付 WKYT記事
Kentucky family fights for reform after man wakes up just before organ donor surgery
https://www.wkyt.com/2024/10/18/they-finally-stopped-procedure-because-he-was-showing-too-many-signs-life-family-fights-organ-procurement-organizations-reform/
バプティスト・ヘルス・リッチモンド病院の看護師ナターシャ・ミラーさんは、アンソニーさんから提供される臓器を保存する準備をしていた。アンソニーさんはベッドの上でのたうち回り泣いていた。そのドナーの状態は手術室の全員を驚かせ、臓器摘出担当の医師は「関わりたくない」と拒否した。ドナーコーディネーターは上司にアドバイスを求め、上司は他の医者を見つける必要があるといったが、誰もおらず臓器摘出は中止となった。
臓器調達機関Kentucky Organ Donor Affiliates, Inc. (KODA) の臓器保存後術者ニコレッタ・マーティンは、その日の朝、ドナーの記録を読んだ。ドナーは、その朝、心臓カテーテル検査のための手術中に目を覚まし、テーブルの上でのたうち回っていた。医師はドナーが目を覚ました時に鎮静剤を投与し、臓器を摘出する計画だったという。
臓器調達機関は、この事件は正確に報道されていない。生きている患者から臓器を採取するように圧力をかけたことは一度もない、と述べた。
出典:2024年10月17日付 NPR記事
‘Horrifying’ mistake to take organs from a living person was averted, witnesses say
ネットワークネットワーク・フォー・ホープのウェブサイトhttps://www.networkforhope.org/news-media/ は2021年10月の事件についてA Message From Network for Hopeのなかで、要旨「潜在的な脳死臓器提供症例ではなく、潜在的な心臓死後の臓器提供症例だった。患者家族は、生命維持を中止し、患者が心停止に進行した後にのみ、死亡宣告する事を理解していた」と主張している。
2024年9月11日に開催された米国議会の下院エネルギー・商業委員会の公聴会において、アンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさんの事件についても取り上げられた。
臓器調達プロセスの改革を求める団体の代表であるグレッグ・シーガルは、証人陳述書https://docs.house.gov/meetings/IF/IF02/20240911/117624/HMTG-118-IF02-Wstate-SegalG-20240911.pdf のなかで以下を記載している。
It was during our time at HHS that I became overwhelmed with whistleblower allegations of widespread abuse within the Organ Procurement and Transplantation Network (OPTN), including credible allegations of:(保健福祉省に在籍していたとき、私は臓器調達移植ネットワーク(OPTN)内での広範な虐待の内部告発の申し立てに圧倒されました。これには、次のような信憑性のある申し立てが含まれます)
(中略)Unsafe patient care, including the hastening of death with fentanyl and the falsification of medical records, as well as lying to donor families; The harvesting of organs from patients who whistleblowers believe would otherwise have survived;(フェンタニルによる死の促進や医療記録の改ざん、ドナーの家族への嘘など、安全でない患者ケア;内部告発者が、本来であれば生き延びていたであろうと信じる患者からの臓器摘出;)
公聴会の会議録(2024年10月3日更新版を10月29日に閲覧)https://docs.house.gov/meetings/IF/IF02/20240911/117624/HMTG-118-IF02-Transcript-20240911.pdf によると、アラバマ大学バーミンガム校の肝臓移植外科医であるロバート・キャノンは、脳死判定の誤診については以下を証言した。
会議録p30
I've had an OPO administrator recommend I proceed with organ procurement despite legitimate concerns that the donor was still alive. 私は、ドナーがまだ生きているという正当な懸念にもかかわらず、OPOの管理者に臓器調達を進めることを勧められました)
会議録p46~p47
I've experienced this myself, unfortunately, as a donor surgeon. We went on a procurement, the donor had been declared brain dead. We were actually in the midst of the operation when the anesthetist at the head of the table said they thought the patient breathed, which would essentially negate the declaration of brain death.(残念ながら、私自身もドナー外科医としてこの経験をしています。私たちは臓器摘出に行き、そのドナーは脳死と宣言されていました。臓器摘出手術の真っ最中に、手術台の先にいた麻酔科医が、患者が呼吸したと思うと言いました。それは本質的に脳死宣告を否定するでしょう)
The staff on the ground called their administrator, whose recommendation was, "Oh, I think this is just a brainstem reflex, we recommend you proceed,'' which, of course, would have been murder if we had done so. So yes, we closed the patient, and we got out of Dodge, and wanted nothing to do with it.(現場のスタッフは管理者に電話をかけましたが、その勧告は「ああ、これは単なる脳幹反射だと思います。(臓器摘出を:当ブログの補足)続行することをお勧めします」というものでした。もちろん、そうしていたら殺人になっていたでしょう。ですから、私たちは患者(の腹部:当ブログの補足)を閉じ、手術室から出て、それと関わりたくありませんでした)
The patient was ultimately declared later, and they called us two days later. And of course, we wanted nothing to do with that because we couldn't trust the process. Every transplant surgeon has probably got a story of themselves or a colleague who's had something like this.(結局、患者は後で宣告され、2日後に私たちに電話がかかってきました。そしてもちろん、私たちはプロセスを信頼することができなかったので、それとは関わりたくありませんでした。移植外科医なら誰でも、自分自身や同僚がこのような経験をしたことがあるでしょう)
セス・カープ博士(ヴァンダービルト大学医療センター外科医長)も同様の経験を証言した。
会議録p45~p46
I go to a donor hospital, and it's not infrequent that something comes up around the donor and whether or not the donor is dead.(私が臓器提供病院に行くと、臓器提供者について、あるいは臓器提供者が死亡しているかどうかについて何か問題が起きることは珍しくありません。)
会議録p101
Yes. So I want to make it clear that that's very, very rare. But there are times when we feel that a patient is dead, and something happens that makes us wonder about that. And if I'm doing the donor or if one of my colleagues is doing the donor, everything stops immediately. If anybody says, "Wait, I'm uncomfortable with this,'' everything stops. And I have personally made sure that that happens. My colleagues do the same thing, and everybody in our group does exactly the same thing.(はい。ですから、それは非常に稀なことだということを明確にしておきたいと思います。しかし、患者さんが亡くなったと感じ、何かが起こり、それについて疑問に思うことがあります。そして、私または同僚の誰かがドナー(に臓器摘出手術:当ブログの補足))をしている場合、すべてがすぐに停止します。もし誰かが「待って、これは不快だ」と言うと、すべてが止まります。そして、私は個人的にそれが起こることを確認しました。私の同僚も同じことをしていますし、私たちのグループの誰もがまったく同じことをしています)」
United Network for Organ Sharing(UNOS)は9月13日に反論する文章「UNOS fires back at defamatory statements that it has acted unlawfully」をhttps://newsdirect.com/news/unos-fires-back-at-defamatory-statements-that-it-has-acted-unlawfully-990329133 に掲載した。
生命徴候のあるドナーから臓器を摘出した、共謀または過失を犯したとの陳述に対する反論の概要は
「病院の医療スタッフは、適用される州法または規制に従って、独立した臨床的判断を下す。臓器摘出は、病院の医療スタッフによって死亡が宣言されるまで行われない。OPOのスタッフも移植専門家も死亡判定には関与していない。まれに、死亡宣告前にドナー候補の臨床状況が変化した場合、関係するすべてのドナーおよび移植の臨床医は直ちに活動を停止し、病院が必要に応じて支持療法を提供できるようにする」。(当ブログ注:死後に臓器摘出を予定されたドナー候補者の状態が変化しうることを認めている。しかし死亡宣告後に誤診が発覚した場合の対応は記載していない)
原文は以下。
Statement: The OPTN, and/or individual OPOs, have been complicit or negligent in circumstances where potential donors have shown signs of life. (Segal)
False. In any situation involving deceased donation, the medical staff of the hospital make independent clinical determinations as to whether death has occurred or is imminent, according with the hospital’s own policy and applicable state laws or regulation. Organ recovery will not occur until death has been declared by the medical staff at the hospital. Neither OPO staff nor transplant professionals are involved in the determination of death. In the rare occasion that the clinical situation of a potential donor changes prior to a death declaration, all involved donation and transplant clinicians will immediately cease their activity and allow the hospital to provide supportive care as appropriate.
OPOs must adhere to a complex framework of rules and regulations generated by CMS, the OPTN, and the states in which they operate. Any potential violations of OPTN policies or bylaws that are reported to the OPTN are investigated by the OPTN’s Membership & Professional Standards Committee (MPSC), a committee on which HRSA representatives serve.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2022年4月24日にチェルトナムの路上で殴られたジェームズ・ハワード・ジョーンズさん(28歳)は、病院に搬送され緊急手術を受けたが、数週間後に医師は家族に「ジェームズさんは脳死です、私たちにできる最も親切なことは彼を死なせることです(Within the first couple of weeks we were told by the doctors treating James that he was brain dead and the kindest thing we could do was to let him die)」と説明した。家族は臓器提供に同意した。家族や友人がジェームズさんに別れを告げることができるように、臓器提供を一週間遅らせた。ジェームズさんは、生命維持装置がオフにされる直前に意識を回復した。
2023年7月現在、ジェームズさんに重度の精神的肉体的障害はあるが毎日、車イスを数時間使うことができる、平行棒を使って歩き始めている。
出典=Man declared brain dead after being punched on a night out wakes up just before his life support was about to be switched off
https://www.dailymail.co.uk/news/article-12269037/Man-declared-brain-dead-wakes-just-life-support-switched-off.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
米国ウェストバージニア州のエリック・エリスさん(36歳)は転落事故後に脳死とされ、家族は臓器提供に同意したものの、臓器摘出の直前に左腕を動かしたためICUに戻された。フェイスブックをみると受傷は2020年9月上旬(9月5日?)、9月11日(金)に回復の徴候。9月13日に開眼、見当識障害。10月23日に自力で食事、会話、トイレまで歩行。11月4日に帰宅。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。
出典=‘Miracle’; WV man comes back to life after ‘officially deemed’ brain dead
https://myfox8.com/news/miracle-wv-man-comes-back-to-life-after-officially-deemed-brain-dead/
出典=フェイスブックhttps://www.facebook.com/eric.ellis.52
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2014年12月初め、ドイツ・ブレーメンの病院で、外科医がドナーの腹部を切開した後、死んでいないことに気付き臓器摘出は中止された。脳死は判定基準に従って証明されていなかった。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。
出典=Schwere Panne bei Organ-Entnahme
http://www.sueddeutsche.de/gesundheit/krankenhaus-bei-bremen-schwere-panne-bei-organ-entnahme-1.2298079(プレビュー、この記事に誤診の詳細な記載はない)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アトランタのエモリー大学病院で心肺停止の55歳男性は発症から78時間後に脳死宣告、家族は臓器提供に同意した。患者は臓器摘出のため手術室に搬送され、手術台に移す時、患者が咳をしたことに麻酔科医が気づいた。角膜反射、自発呼吸も回復しており、患者はただちに集中治療室に戻された。発症から145時間後:脳幹機能が消失、神経学的検査で脳死に矛盾しない状態となった。発症から200時間後:脳血流検査で血流なし。患者家族と人工呼吸器停止の結論、臓器摘出チームとは家族に再び臓器提供でアプローチしないことを決定した。発症から202時間後:人工呼吸器を停止、心肺基準で死亡宣告。
当ブログ注:無呼吸テストは1回だけ10分間人工呼吸を停止した。
出典=Adam C. Webb: Reversible brain death after cardiopulmonary arrest and induced hypothermia, Critical Care Medicine,39(6),1538-1542,2011
http://journals.lww.com/ccmjournal/Abstract/2011/06000/Reversible_brain_death_after_cardiopulmonary.44.aspx(抄録)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2009年10月16日、コリーン・バーンズさん(41歳)は、薬物の過剰摂取でニューヨーク州のセントジョセフ病院に入院。10月19日午後6時、看護師がバーンズさんの足を指でなぞったところ足指を曲げた、鼻孔が膨らんで自発呼吸の兆候が見られ唇や舌も動いていた。午後6時21分、その看護師はバーンズさんに鎮静剤を投与したが、医師の記録には鎮静剤も症状の改善もない。10月18日と19日、不完全な神経学的診断と不正確な低酸素脳症との診断で、脳死判定基準の無呼吸に該当していなかったが脳死と診断した。家族は、生命維持を停止して心臓死後の臓器提供に同意した。10月20日午前12時、心停止後の臓器提供のため手術室内の準備室に運び込まれたバーンズさんが目を開けたので、心停止および臓器摘出処置は中止された。
バーンズさんは重度のうつ病のため家族も病院を訴えることはせず、それから16ヵ月後にBurnsさんは自殺した。
出典=St. Joe’s “dead” patient awoke as docs prepared to remove organs
http://www.syracuse.com/news/index.ssf/2013/07/st_joes_fined_over_dead_patien.html
・U.S. Centers for Medicare and Medicaid Services report on St. Joseph's Hospital Health Center
http://ja.scribd.com/doc/148583905/U-S-Centers-for-Medicare-and-Medicaid-Services-report-on-St-Joe-s(プレビュー)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2009年12月16日付のNew York Times magazineは、マサチューセッツ医科大学の医師で医療コラムニストのDarshak Sanghavi氏による“When Does Death Start?”を掲載。同大学神経救急科のDr. Wiley Hallが「脳死ではない患者に死亡宣告し臓器ドナーとするザック・ダンラップ(2007年)と類似のケースが昨年、マサチューセッツでもあった」と話したとのこと。
当ブログ注:脳死判定の詳細は記事では不明。
出典=When Does Death Start?
https://www.nytimes.com/2009/12/20/magazine/20organ-t.html(プレビュー)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2007年11月、オクラホマ州のザック・ダンラップさん(21歳)は4輪バイクの転倒事故でユナイテッド・リージョナル病院に搬送。医師は家族に「脳の中身が耳から出てきている」と告げた。脳血流スキャンで脳に血流が無かった。受傷から36時間後の11月19日11時10分に脳死宣告。別れを告げに来た従兄弟で看護師のダン・コフィンさんが、ダンラップさんの足の裏をポケットナイフで引っ掻くと下肢が引っ込んだ。手指の爪の下にコフィンさんが指の爪をねじ込むと、ダンラップさんは手を引っ込めて自分の身体の前を横切らせたことで、意図的な動きをしており脳死ではないと判断された。ダンラップさんの父母のもとに臓器移植機関の職員が訪れ「すべては中止です」と伝えた。ダンラップさんは、医師が「彼は死んだ」と言ったのが聞こえため後に「狂わんばかりになりました」と語った。
当ブログ注:脳血流検査が行われ脳血流が無いと診断された。
出典=Doyen Nguyen,Christine M. Zainer:Incoherence in the Brain Death Guideline Regarding Brain Blood Flow Testing: Lessons from the Much-Publicized Case of Zack Dunlap,The Linacre quarterly,2025
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/00243639251317690
・'Dead' man recovering after ATV accident. Doctors said he was dead, and a transplant team was ready to take his organs -- until a young man came back to life.
https://www.nbcnews.com/id/wbna23768436
・2008年3月23日に放送されたNBC News動画の短縮版がhttp://medicalfutility.blogspot.com/2018/11/brain-death-no-no-no-to-apnea-test.htmlで視聴可能(再生開始から2分53秒~5分27秒の部分)
・2019年公開の動画https://www.youtube.com/watch?v=ZXFM9INV-bQ Declared Brain Dead – the story of Zack Dunlapにザック・ダンラップさんと妻と娘、そしてダン・コフィンさんが出演した。
ダン・コフィンさんが脳死判定を疑ったのは、ザック・ダンラップさんの血圧と心拍数の変化、そして人工呼吸器の設定とザック・ダンラップさんの呼吸が合わなかったことから。また、疼痛刺激よりも強い刺激としてポケットナイフは開かないで使った、爪の下に爪を押し込んだ、対光反射も部屋を明かりを暗くして行うように頼んだ、と語った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・30歳の重傷頭部外傷患者は脳死が宣告され、19歳の肝不全患者への肝臓移植が計画された。麻酔医は、そのドナーが自発呼吸をしていることに気づいた。麻酔医が脳死判定に疑問を呈したところ、脳死判定した医師は患者は回復しないから脳死である、そして肝臓のレシピエントは移植なしには死が差し迫っているからと述べた。麻酔医の抗議に関わらず、臓器摘出は行われた。ドナーは、皮膚切開時に体が動き高血圧になったため、チオペンタールと筋弛緩剤の投与が必要になった。肝臓のレシピエントは急性内出血のために、肝臓の採取が完了する前に別の手術室で亡くなった。肝臓は移植されなかった。
・頭蓋内出血後に脳死が宣告された多臓器ドナー=頻脈があったためネオスチグミン(抗コリンエステラーゼ)が投与されていたドナーは、「大静脈が結紮され、肝臓が取り出された」と外科医が知らせた瞬間に自発呼吸を始めた。そのドナーは無呼吸テストの終わりに喘いでいたのだけれども、脳外科医は脳死判定基準を満たしていると判定していた。
・麻酔科医は臓器摘出予定日に、挿管された若い女性に対光反射、角膜反射、催吐反射のあることを発見した。それまでの管理が見直されエドロホニウム10mgを投与したところ、患者は咳き込み、しかめつらをし、すべての手足を動かした。臓器提供はキャンセルされた。頭蓋内圧が治療により徐々に下がり、患者は意識を最終的に取り戻し帰宅したが、神経学的欠損に苦しんだ。
出典=Gail A Van Norman:A matter of life and death: what every anesthesiologist should know about the medical, legal, and ethical aspects of declaring brain death、Anesthesiology、91(1)、275-287、1999
https://pubs.asahq.org/anesthesiology/article/91/1/275/37321/A-Matter-of-Life-and-Death-What-Every
当ブログ注:著者の所属はDepartment of Anesthesiology, University of Washingtonだが、上記3症例の発生した施設名の明確な記載は無い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
台湾では法務部が1990年に「執行死刑規則」を改訂し、臓器寄贈を同意する受刑者に対し、心臓でなく、そのかわりに頭部(耳の下の窪の部分、脳幹辺り)を撃つことができるようになった。1991年に病院での2回目の脳死判定を省略し、執行場での1回目の判定でよいと規則を変えた。1991年に、ある脳死判定された死刑囚が栄民総医院の手術室で息が戻り、病院側が余儀なく当該「脳死死体」を刑務所に送り返すという不祥事が発生した。
出典=町野 朔:移植医療のこれから(信山社)、325-326、2011
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1990年9月25日、ノースカロライナ州のカート・コールマン・クラークさん(22歳)は自動車事故でフライ地域医療センターに入院。血管に放射性物質を注射して頭部の血管を調べた。脳内出血で脳がはれ、心臓が送られてくる新鮮な血が脳内に流れていなかった。26日午前10時21分に脳死宣告。家族の意向を確認し、「遺体」をハイウェーで1時間余りのバブティスト病院に運んだ。バブティスト病院の移植チームは、クラークさんのまぶたが動くことを見て、体をつねるとクラークさんは痛みを避けるような動作をした。人工呼吸器を外すと、かすかながら自発呼吸をしていた。臓器摘出手術は中止された。クラークさんは脳内の出血を取り除く緊急措置がとられた。6日後、この患者は改めて死亡宣告を受けた。その間、意識を回復することはなかった。家族は、二度目の死亡宣告時に臓器提供はしなかった。
当ブログ注:脳血流検査が行われ脳血流が無いと診断された。
出典=息をした米の脳死患者 臓器摘出直前 体が動いた!!:朝日新聞、1990年10月26日付朝刊3面
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マーガレット・ロックが面接した医師5名のうち1名が、研修医時代の経験として以下のように語った。
「私たちには、移植用の臓器を確保しなければならないというプレッシャーがあったと思います。私たちは無呼吸テストを30秒間行いましたが、自発呼吸はみられませんでした。それで、私たちはその患者をドナーとして手術室に送りました。ところが、手術室で人工呼吸器が外されたとき、彼は呼吸しはじめたのです。私たちは、ICUに戻されてきた彼のケアに努めました。結局彼は、2ヵ月後に死亡したのですが、私たちは悪夢を見ているような気がしました。弁解の余地のないこの事件が起きたのは、脳死に関するはっきりしたガイドラインのなかった70年代初めのことです。私はいつも研修医たちにこの話をし、けっして性急に判定を下してはならないと注意しています」
出典=マーガレット・ロック:脳死と臓器移植の医療人類学、みすず書房、196-197、2004
2,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが、脳死ドナーに投与されて効いた!
脳死判定の補助検査にアトロピンテストがある。脈が遅くなった場合の治療薬として使われているアトロピンが効く患者は、脳が正常に働いている人だけ、という原理を用いる検査だ(アトロピンは迷走神経性徐脈に適応があるが、心臓迷走神経中枢は延髄にある)。
患者の脳機能が正常ならばアトロピンを投与すると脈が速くなるため、脳死を疑われる患者に投与して「脈が速くなったら脳は正常に働いている」「脈が変わらなかったら脳に異常が生じている」と診断する。
このためアトロピンが脳死患者に効かないことは、この薬剤を使う医師には常識だが、日本医科大学付属第二病院における法的脳死30例目では「(脳死ドナーの)徐脈時にはアトロピンは無効とされるが、我々の症例では有効であった」と報告された。
出典=大島正行:脳死ドナーの麻酔管理経験、日本臨床麻酔学会第24回大会抄録号付属CD、1-023、2004
出典=大島正行:脳死ドナー臓器摘出の麻酔、LiSA、11(9)、960-962、2004は「プレジア用のカニュレーションを行った際、心拍数40bpmという徐脈となった。アトロピン0.5㎎を投与したところ、心拍数は回復した」と記載している。
伊勢崎市民病院における法的脳死582例目でもアトロピンが効き、「副交感神経系以外のM2受容体を遮断することで血圧上昇に寄与した可能性」が提示された。
出典=飯塚紗希:脳死下臓器摘出術の管理経験、日本臨床麻酔学会第39回大会抄録号、S292、2019
そもそも薬が効かない患者と見込まれるのに、敢えて投与したことが異常だ。(「臨床麻酔」24巻3号に「脳死ドナーの麻酔管理」が掲載され、p514に脳死ドナーの徐脈について「とくに徐脈はアトロピンには反応しないので、直接心臓に対して作用するドパミンやイソプロテレノールを用いる」と書いている。「LiSA」11巻9号によると、大島正行は臓器摘出手術の前にこの文章を読んだ)
もし脳死臓器摘出の現場で、ドナーにアトロピンを投与して効いたら脳死ではないことになり、臓器摘出は中止しなければならなくなるはずだ。臓器提供施設に臓器を摘出するために赴いた移植医が、施設側の脳死判定を確かめる検査を行い、そして脳死を否定することになる結果を得たならば、以後は臓器提供への協力を期待できなくなるであろう。
こうした事情から、臓器摘出時にアトロピンを投与した理由は2つ考えられる。1つは「臓器を摘出する移植外科医が薬効そして人体生理に無知なため、本当に脳死ならば効かないはずの薬の投与を麻酔科医に指示してしまった。麻酔科医は外科医の指示に反論しなかった」、2つめは「臓器提供施設側の承諾の下に、臓器を摘出するドナーを薬物の実験台に使っている」。
いずれにしても法的脳死30例目、582例目ともに、臓器摘出手術を中止することなく、移植用臓器の摘出を完遂しており、異様なことが行われたことに違いはない。
注:脳死ではないことが発覚した時点が、上記の各症例よりも若干早いと見込まれる情報「3,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例」を、3-2に掲載しています。