臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

「脳死」は人の死ではありません。「脳死」からの臓器摘出に反対します。臓器移植以外の医療の研究・確立を求めます。

第14回市民講座の報告(2019年5月19日) 4-2 心停止後の臓器提供は問題ないのか?生体解剖の恐れあり!

2019-08-06 06:59:47 | 集会・学習会の報告
注:このページの中ほどに掲載しているダブルバルーンカテーテルのイラストは、8月16日22時40分まで異なる画像を掲載していました。現在は訂正済みです。
 


心停止1分で死亡確認、直ちに心臓マッサージ、腎臓摘出開始2分前まで継続
 次は東京医科大学八王子医療センターから2010年の報告です(枠内)。

第1病日=61歳男性、東京医科大学八王子医療センターに救急搬送。自発呼吸は再開せず蘇生後脳症
第3病日=発症より第3病日に臨床的「脳死」と判定、その後、家族の臓器提供の申し出があった。
    19時40分:一般的脳死判定
    21時50分:移植コーディネーターが家族より腎臓、角膜の承諾を得る
    22時03分:承諾書を作成していた時、突然血圧が低下
    22時05分:心停止
    22時06分:死亡確認し、心臓マッサージを直ちに再開
    22時10分:Auto Pulse(胸郭圧迫自動心臓マッサージ器)を装着、使用開始
    23時35分:手術室入室
    23時40分:Auto Pulse(胸郭圧迫自動心臓マッサージ器)を終了
    23時42分:摘出手術を開始



 胸郭圧迫自動心臓マッサージ器のオートパルスについて、販売会社の資料は「骨折発生の閾値を大幅に下回る適正な圧迫力を維持し、ほぼ正常な血流量が得られる」としています。通常の救命目的で心臓マッサージ・胸骨圧迫を行う際は、骨折を起こさないで正常な血流量が得られることは大きな利点ですが、心停止ドナーにおいても「正常な血流量」を得るのならば、より生体に近い状態に維持して、生体解剖による痛み、苦しみ、恐怖を与える心配をしなくていいのでしょうか?
 自動心臓マッサージ器オートパルスやルーカスが作動中の動画は、販売会社サイトやYouTubeで見ることができますが、毎分100回前後の速度で音を立てながら機械的に胸骨を圧迫し続けます。心停止ドナー候補者の家族は、心臓死の死亡宣告後に自動心臓マッサージ器が使われる場合があることを事前に知らされ、蘇生効果があることも理解して、それでも臓器提供を承諾したのでしょうか?
 

心臓マッサージ実施率ほか心停止ドナー関連データ
 心停止ドナーに対する心臓マッサージは、どの程度行われているのか、日本臨床腎移植学会・日本移植学会がまとめた「腎移植臨床登録集計報告」で確認しました。
*日本臨床腎移植学会・日本移植学会:腎移植臨床登録集計報告(2018) 2017年実施症例の集計報告と追跡調査結果、移植、53( 2-3)、89-108、2018
 腎移植臨床登録集計報告(2018)によると、2017年の心停止ドナーによる腎臓移植のうち、心臓マッサージ有15(25.9%)、無32(55.2%)、不明1(1.7%)、未入力10(17.2%)でした 。2017年の心停止ドナーによる腎移植数は65ですから、7腎分は集計漏れと見込まれデータの欠落が大きい統計ですが、入力ずみのデータの範囲で近年の心臓マッサージ実施率をみると2009年~2017年は11.8%~31.7%です(出典は各年の腎移植臨床登録集計報告より)。このほかに心停止ドナーに対する処置として心停止前カニュレーション率は33.3%~61.7%、死体内灌流率63.6%~85%、温阻血時間は平均6.8分~13.9分です。
 
用語説明 温阻血時間(おんそけつじかん)とは、体温に近い温度で、血液による栄養や酸素などの補給がない時間のことです。臓器への血流が停止して温阻血時間が始まり、臓器が体内で冷却灌流されるか、または体外に摘出され保存液に浸されると温阻血時間は終わります。腎臓を摘出する標準的手順からみると、「ドナーの心停止」から「ドナーの腎臓への冷却液注入=大静脈の切断または大静脈からの脱血」までの時間が温阻血時間となります。ドナーの心停止後に心臓マッサージを行っても行わなくとも、温阻血時間は同じ時間が記載されていると見込まれます。
 

心停止の継続時間は、埋葬許可までの100分の1以下
 仮に心停止による死亡宣告後、死体に何も行わず24時間経過後に移植可能な臓器があるとしたら、温阻血時間は24時間以上=1440分以上になります。2009年から2017年までの心停止ドナーの温阻血時間が平均6.8分~13.9分ということは、埋葬が許容される時間よりも100分の1以下の短時間しか、心停止の継続=死亡宣告の確実性を確認していないことになります。
 欧米では心停止ドナーからの臓器摘出にあたり、心停止後に一定時間、ドナーに一切触らない時間=No-touch periodを設けている国もありますが、その時間は最も長いイタリアで20分間、多くの国は10分間です。米国では、心停止後の移植用心臓摘出のために、75秒間しか心停止を確認しなかった施設もあります。しかし蘇生断念から10分後に自然蘇生し社会復帰している人がいますから、10分間のNo-touch periodでは短すぎることは明らかです。20分間の心室細動後にも軽度後遺症で退院できた症例報告も既に紹介しました。20分以上の長時間の心停止があっても、さまざまな脳障害を抱えつつも蘇生しうる患者が想定されること、加えて心停止から数時間経過しても機能し得る神経細胞があることなどの情報を踏まえれば、20分間心停止ドナー候補者の心臓死の確実性を確認しても、生体解剖を回避する目的から見ると無意味なことはいうまでもありません。しかし、欧米では形式的にでも心臓死の死亡宣告を確実性・不可逆性を確認しなければならない、という認識はあった。
 この点について移植医の杉谷 篤(現在、米子医療センター)は「国際学会で『日本の心停止、死の定義はどうなっていて、いつカニュレーションや灌流を始めるのだ。まだ、死んでいないときから灌流を始めているから、こんなに温阻血時間が短くて移植成績もいいんだろう』といった批判まで耳にすることがある」と書いています(枠内)。

 当施設(当時、九州大学)が摘出した腎臓の移植成績を検討した。自験例28例の心停止ドナーの温阻血時間は平均9.6分(0~45分)。脳死ドナー21例の場合、腎摘出まで心停止は起こらなかったので温阻血時間は0.0分。
 英国のBrook Nicholsonらの報告ではノン・ハート・ビーティング・ドナーからの平均温阻血時間は27分(10~75分)なので我々が国際学会で「日本のノン・ハート・ビーティング・ドナーからの献腎移植は厳しいドナー条件であるにもかかわらず迅速に対応して、欧米のハート・ビーティング・ドナーからの献腎移植と劣らない成績を得ている。」というと、あまりに短すぎる温阻血時間を指摘され、「こんなに短い温阻血時間ということは、日本の心停止、死の定義はどうなっていて、いつカニュレーションや灌流を始めるのだ。日本のドナーはマーストリヒト・カテゴリーのどこに当たるんだ?』という質問を受けるし、さらには、『まだ、死んでいないときから灌流を始めているから、こんなに温阻血時間が短くて移植成績もいいんだろう』といった批判まで耳にすることがある。・・・たしかに、心停止後10分間はそのまま放置するという“Ten minutes’ rule”や“Blanket policy”というのは日本では存在していない。

*杉谷 篤:当施設における献腎摘出方法、Organ Biology、13(1)、53-64、2006

 杉谷が、自施設の腎臓摘出について「脳死ドナー21例の場合、腎摘出まで心停止は起こらなかったので温阻血時間は0.0分」と書き、さらに「自験例28例の心停止ドナーの温阻血時間は平均9.6分(0~45分)」と書いている事にも注目してください。「脳死ドナーの場合は心停止が起こらなかったので温阻血時間は0.0分」であったのならば、「自験例28例の心停止ドナーの温阻血時間は0~45分」となっているのは何故か?「脳死ドナーと同じく、心臓の拍動中に腎臓を摘出するか、静脈から脱血しながら冷却液を注入した」あるいは「心停止の継続を60秒間未満しか観察せずに、静脈から脱血しながら冷却液を注入した」という行為によると推測されます。
 

人工心肺で心停止後も血液循環
 救命目的で装着した人工心肺による酸素加された血液循環を、心停止後も行い臓器を摘出したケースもあります。心停止後に一旦、血液循環を停止した後に再開して臓器摘出したケースがある一方で、心停止後も血液循環を継続して腎臓を温阻血時間0分で摘出したケースもあります。
*浅居朋子:PCPS回路から死体内灌流を行って摘出された腎をあっせんした3例、移植、39(5)、567、2004

 岡崎市民病院は、救命目的で挿入した大動脈内バルーンパンピングのバルーンをドナーの心停止後に拡張し、人工心肺の回路と熱交換器を使って12度に冷却した血液を送り込み、さらに4度に冷却した灌流液を注入し脱血して腎臓を摘出しました。
*山田 伸:PCPS装着患者からの献腎摘出法、腎移植・血管外科、23(2)、56-62、2011
 
 埼玉医科大学は「臓器獲得目的で心停止後に人工心肺を接続し、酸素加した冷却血液を循環させて腎臓を摘出する」ことを行ってきました。この方法による腎臓は1987年11月~2003年10月までに28例と報告しています。
*小山 勇:心停止ドナーからの臓器を移植に用いるための人工心肺下コアクーリング法、献腎移植における経験、移植、33(総会臨時号)、133、1998
*會田治男:Core Cooling 法による屍体腎摘出における陰圧脱血法の有用性、体外循環技術、31(2)、165-168、2004

 一旦、心停止したとはいえ、短時間のうちに酸素加された血液を循環させるのですから蘇生効果が見込まれ、その後のバルーンの拡張は蘇生させながら動脈閉塞によるショック死効果、冷却した酸素加血液の送血は蘇生させながら凍死効果、灌流液の注入・脱血は失血死させる効果が見込まれます。

 
血液循環がないと移植可能な臓器を得られないのに、「心停止後の臓器提供」と称する虚構
 心停止前に長時間の低血流状態があると臓器の機能が低下し、さらに低血流状態が続くと壊死する部分が生じるなどにより、臓器を移植しても生着率が低くなります。心停止から30分程度で血液が固まり始める。血液の固まり=血栓は各臓器の機能停止につながるだけでなく、移植したらレシピエント(移植患者)の血管を詰まらせて即死させる。このため血液凝固を阻止するために、抗血液凝固剤・抗血栓薬のヘパリンを投与することが、移植可能な臓器を得るためには必須となります。
 薬は、血液の循環が無いと臓器内の毛細血管まで行き渡りませんから、ヘパリンの投与時期はドナーの心臓が拍動している時=生存中に行うか、心停止後の投与となったら心臓マッサージあるいは人工心肺による血液循環を行う必要があります。ドナーの心臓が拍動しているか、心停止後でも心臓マッサージまたは人工心肺により人工的な血液循環があるならば、いずれの状態でもドナー本人には意識があり、痛み、恐怖を感じる可能性=生体解剖となる可能性を想定しなければならないはずです。
 ヘパリンは血液の凝固を阻止する作用があるため、外傷や脳血管障害の患者への投与は原則禁忌=使用しないことが原則とされていますが、心停止ドナーの原疾患の約6割は外傷か脳血管障害です。生前にヘパリンを投与する場合は再出血による生命短縮につながり、心停止後に投与する場合は重大な死苦を与える可能性があります。
 「心臓の拍動が停止した後に体外に臓器を摘出する」という意味で「心臓が停止した後の臓器提供」はありますが、「臓器摘出手術の術前処置の開始=抗血液凝固剤の投与などは血液循環が無ければ行えない」という生理的メカニズムからは「心臓が停止した死後の提供」ではなく虚構です。
 

術前処置からみると7割以上は脳死ドナー
 腎臓摘出の標準的手順では、温阻血時間はドナーの心停止時から始まり、腎臓が体内で冷却灌流される時までです。臓器を体内で冷却灌流するためには、冷却液を注入するための管=カテーテルを腹部大動脈と下大静脈に挿入する必要があります。
 1993年の関西医科大学における心停止下腎臓摘出に関する民事訴訟で「心停止前灌流用カテーテル留置が不法行為に当たる、臓器提供者本人の事前の文書による承諾が必要」という大阪地裁判決が確定しました(1998年)。
 しかし政府は術前処置を継続すべく、「カテーテル挿入等の侵襲は軽微、脳死状態が診断されていれば、ドナー候補者家族の承諾を得て術前処置を行なってよい」という見解をまとめました。竹村泰子参議院議員(1997年)、山本孝史衆議院議員(1998年)、阿部知子衆議院議員(2012年)の質問主意書に対し、この見解を示しています。
 カテーテル挿入=カニュレーションは、ドナーの鼠径部の皮膚、筋膜、血管を切開して動脈、静脈に挿入します。腎臓摘出の動物実験で局部麻酔をかけた後にカテーテルを挿入したとの報告もあり、人間でも同様に麻酔をかけた症例があると見込まれます。これが「侵襲は軽微」ですか?生体内の恒常性を乱す程度が軽いのでしょうか?
 病理解剖を行う際は遺族に承諾を得ることが必須ですが、「小さな切開といえども解剖だから、遺族の承諾をえるべき」とされているそうです。この講演のタイトルは「心停止後の臓器提供は問題ないのか?生体解剖の恐れあり」ですが、臓器摘出目的のカテーテル挿入は、まさに生体解剖を行わないとできない行為です。
 日本臓器移植ネットワークがドナー候補者家族に示している説明文書を、次の項目「3、ドナー候補者家族への説明は適切に行われているのか?」に載せていますが、そのなかに「カテーテルの留置が長期間に及ぶ場合は、足の血流が悪化するため、足の色が変化する場合があります」とあります。下肢の血流を悪化させて変色する可能性があるならば、「侵襲は軽微」であるはずがないでしょう。
 1970年代後半から、左のイラストのダブルバルーンカテーテルが使われています。大動脈に挿入するカテーテルの先端近くと約15cm離れたところに、計2個の風船状に拡張可能なバルーンが設けてあります。カテーテル挿入時に抗血栓剤のヘパリンを投与します。その後も挿入したカテーテルに血栓が生じないように毎日1~2万単位のヘパリンを投与する。カテーテル洗浄を、ヘパリンを加えた生理食塩水で行ないます。このことに関連したとみられる臓器提供施設とドナー候補者家族とのトラブルも、読売新聞の山田博文が書いた単行本の中で報告されています。


カテーテル挿入、洗浄後に容態急変、父親は不信感を表明

 1997年5月、愛知県のK.Kさん(42歳)の次女・実加ちゃん(当時2歳)は交通事故によるクモ膜下出血、病院に妻の親戚が勤務していて、心停止後の腎臓提供を打診される。心停止前のカテーテル挿入、心停止と同時に生理食塩液を体内にめぐらせ、臓器の腐敗を抑える方法を依頼され同意した。Kさんはカテーテル挿入後、別室で控えるコーディネーターや臓器摘出チームの存在が気にかかった。実加ちゃんの心停止をいまか、いまかと待っているかのように映った。
 看病をしている間、体の洗浄をするためと言われ、数回、退室を促された。明け方の洗浄後に容体が急変した。安定していた数値はみな悪化。不信感を強く抱いた。実加ちゃんの心臓は、病院に運び込まれて4日目の午前7時38分、静かに鼓動を停止した。容体の急変から、コーディネーターへの不信感を抱いた。「退室するまでの数値と部屋に戻ってからの数値の差を見れば、だれでもそう思う。おかしいじゃないか、と」。しかし、コーディネーターは言った。「実加ちゃんの容体の変化と退室いただいた時間がたまたま重なっただけです」。ドナーより、臓器摘出が優先されているように感じた。

*山田博文:「黄色い羽根」ひろがれ 移植希望者たちの挑戦(健友館)、2003
 

死亡宣告はできない「一般の脳死判定」で術前処置を許容することに問題あり
 「脳死状態が診断」されていることが前提で、「ドナー候補者に対する治療を断念し、レシピエントに臓器を提供する目的の処置(カテーテル挿入ほか)を開始する」のならば、現行法下では法的脳死判定手続きの下に行うべきでしょう。法的脳死判定ではない「一般の脳死判定」あるいは「治療方針決定のための一般的脳死診断」と称されている脳死判定が、法的脳死判定を大幅に簡略化して行われていることは下記の荒木らによるアンケート調査(枠内)から明らかです。

 全国5類型850施設にアンケート調査票を送付、209施設より回答を得た(回答率24.5%)。回答施設の64.8%は患者家族に対し「脳死である」と説明していた。回答施設の42.5%が無呼吸テストを含まない施設基準で判定を実施、法的脳死判定に準じて一般的脳死を診断していた施設は30.8%であった。15.8%は脳波・脳血流検査のみで診断していた。無呼吸テストを実施しない施設の59.6%は、家族説明や治療方針決定のためにはABR(聴性脳幹誘発反応)や脳波のみでよいと回答した。

*荒木 尚:救急・集中治療における臓器提供を前提としない脳死判定と患者対応の現況について、脳死・脳蘇生、30(1)、33、2017

 法的脳死判定の規定通りに判定しても、原理的に誤診の可能性があることは昨年11月のシンポジウムで指摘しました。その法的脳死判定をさらに簡略・粗雑にした検査で脳死と判定することは一層、危険と指摘せざるをえません。
 また、法律上も問題があります。患者の心身に影響を与える医療行為は、法律的には傷害または暴行ですが①患者の同意②医学的適応性③医術的正当性の3要件が揃えば、正当行為として違法性は阻却される、とされています。
 では移植用に臓器を確保する目的で行われる諸行為、術前処置は、どうなるのか?ドナー候補者にカテーテルを挿入したり、投薬や輸液を行う、人工呼吸器を停止して死なせる、脱血して死なせるなどの行為は、いずれもドナー候補者を救命するための行為ではなく、医学的適応性も医術的正当性もなく(多くはドナーである患者本人の同意もなく)傷害または傷害致死に該当します。
 もしも、これらの行為を開始する以前に、ドナー候補者の法的脳死が確定し死亡宣告がなされていれば、死体の取り扱いについては親族の同意を得れば済む。もはやドナー候補者は(現行法上は)死体ですから、ドナー候補者への医学的適応性も医術的正当性も考慮する必要は無くなり、臓器を移植されるレシピエントにとっての医学的適応性と医術的正当性だけを考慮すればいいことになるでしょう。
 こうした法律上の観点から、ドナー候補者に法的脳死判定を行うことなく、脳死の死亡宣告もなく、ドナー候補者の心臓が拍動している生存中に、移植用臓器を獲得する目的でカテーテル挿入や輸液、投薬などを行うこと、さらには人工呼吸の停止や脱血で心停止に至らしめることなどの術前処置を許容している現状は「臓器移植法をザル法化している」と指摘しなければなりません。
 
 これらの術前処置は、心停止ドナーの何割に実施されているのか?2004年の「日本臓器移植ネットワークからの報告」 は、1995年4月~2003年12月末の心停止下献腎移植1279例についてカテーテル挿入=カニュレーション、人工呼吸の停止=レスピレーターオフ、そして温阻血時間については以下(枠内)を記載しています。

温阻血時間30分以内1214例(94.9%)、31分以上65例(5.1%)
心停止前カニュレーションあり/レスピレーターオフあり=227例
心停止前カニュレーションあり/レスピレーターオフなし=649例
心停止前カニュレーションなし/レスピレーターオフあり= 53例
心停止前カニュレーションなし/レスピレーターオフなし=350例

*日本臓器移植ネットワーク:社団法人 日本臓器移植ネットワークからの報告、移植、39(3)、359-374、2004

 「カニュレーションなし・レスピレーターオフなし」が350例(27.4%)で、これ以外の929例(72.6%)は心停止前カニュレーションまたは人工呼吸停止のどちらかが行われたことになります。カニュレーションが脳死前提であることは既述したとおりです。人工呼吸器の停止も、多くは脳死判定によると見込まれます。しかし脳死と診断されたが、交通事故・犯罪捜査のための検視、あるいは家族が心停止前のカニュレーションや人工呼吸器の停止を許容しなかったケースもあると見込まれ、実際に脳死と診断されたドナーは7割以上と見込まれます。

 1980年~1985年の腎臓摘出について3割が脳死摘出との報告があります(枠内)。

 「ベンチレータ(人工呼吸器)をつけたまま、またはベンチレータを外して直ちに腎臓摘出することを脳死状態での摘出」と分類。1980年から1985年3月までに死体腎の摘出を経験した施設数は43、このうち22(51.2%)は脳死状態で腎を摘出している。
 腎臓摘出総数は314、腎臓の摘出時期にベンチレータをつけたままだったのは75(23.9%)、ベンチレータを外して直ちに21(6.7%)、外して心停止をまち122(38.9%)、つけたまま心停止をまち92(29.3%)、つけないで心停止をまち4(1.3%)。96(30.6%)が脳死状態における摘出だった。

*太田和夫:わが国における死体腎提供の現況と問題点、移植、21(2)、152-158、1986

 臓器移植法が制定される前に、移植医の中には脳死臓器摘出の既成事実をアピールすることにより「臓器移植法整備なしでの脳死による死亡宣告・臓器摘出の定着」または「関連法整備促進」を目指す動きがありました。このアンケート調査も、そうした動きの一環となっています。同調査は次の枠内も報告しています。
 

脳死状態で了解が得られない限り、提供の意志を生かすことができない

 「臓器提供の承諾を得られた時期は97.7%が心停止前、(臓器摘出・移植医が臓器提供側と)同一病院など特殊な条件を備えたもの以外は、脳死状態で了解が得られない限り、実際に提供の意志を生かすことができないことを物語っている」「生着率では、脳死例が68.8%、心臓死例が47.4%と脳死例の方が有意に良好な生着率を示した」

 摘出された臓器は、血流が無い状態になるため時間が経つほど機能が落ちます。このため臓器毎に虚血許容時間が設けられており、最も短い心臓は4時間、最も長い腎臓や膵臓は24時間です。許容時間内に「感染症の有無など臓器提供が可能な状態か調べ、ドナー候補者とレシピエント候補者の血液型および組織適合性などを検査し、腎臓移植を受けるレシピエント候補者を選定し、該当者に連絡をとり、候補者に腎臓移植を受ける決断をしてもらって来院して必要な検査を行う。移植を受ける患者には透析を済ませてもらって、さらに数時間待機してもらう(透析中にヘパリンが使われるので、透析終了からヘパリンの作用が無くなるのを待ってからでなければ手術は行なえない)。臓器提供施設と移植施設が異なる場合は臓器を搬送し、移植する」までを完了しなければなりません。
 レシピエントへの腎臓移植前の検査そして透析、そして透析後の待機時間だけで半日はかかります。それ以前のレシピエント候補者の選定と連絡、レシピエント候補者の移植を受ける決断でも半日はかかるでしょう。腎移植臨床登録集計報告(2018)をみると、2017年の心停止ドナーからの腎臓移植58例の総阻血時間(ドナーの心停止からレシピエントに移植後の血流再開までの時間)は11.2時間です。
 従って、臓器提供の承諾を得ることが心停止後となった場合=レシピエント候補者の選定が一切進行していない場合には、「腎臓ドナーが発生した病院と同一施設に、レシピエント候補者も透析のため通院中で、血液型が適合し腎臓移植を受ける決断が可能な患者がいる。しかもその施設は臓器摘出も移植も行える」という特殊な条件がない限り、腎臓移植は困難と見込まれます。
 ドナー候補者が事前に脳死と判定され、「数日以内に心停止が訪れる見込み」と家族に説明される場合に、はじめて多少の時間的余裕をもって腎臓移植が可能になったと判断されます。実際に、1960年代後半から開始された心停止ドナーからの腎臓摘出・移植では、ドナーの病状について脳死との認識があったことが書かれています。
 
 日本臓器移植ネットワーク作成の“心臓が停止した死後の腎臓提供に関する提供施設マニュアル” は、p13に「1)対象となりうる症例 昏睡で終末期にあると判断し、明らかにドナーとならない場合以外のすべての者である」「2)提供意思の確認時期 終末期で不可逆の状態と判断され、家族がそれを受容した時期に臓器提供についての意思の確認を行う。脳死状態と診断した場合は、脳死の説明、今後の予測される経過や治療方針等を話し合う中で意思の確認を行う」「 ②心停止前に臓器提供の意思を確認することについて 腎臓提供の意思があったことを死後に申し出られても提供は間に合わず、せっかくの意思が無駄になってしまう。善意による腎臓提供を実現するためには心停止前から準備が必要なため、この時期に意思確認を行う必要性があることを家族に説明する」と記載しています。
 
 
 

3、ドナー候補者家族への説明は適切に行われているのか?
 日本臓器移植ネットワークは、ドナー候補者家族に用いる説明文書「ご家族の皆様方にご確認いただきたいこと」を2015年になってから一部変更しています。下線部が2015年以降にある表現です。

7.心臓が停止した死後の臓器提供について
(1)心臓が停止する前の処置(カテーテルの挿入とヘパリンの注入)について
 下記の処置は、脳死状態と診断された後、ご家族の承諾をいただいた上で行います。
①カテーテルの挿入
 心臓が停止した死後、腎臓に血液が流れない状態が続くと腎臓の機能は急激に悪化し、ご提供いただいても、移植ができなくなる場合があります。
 そこで、心臓が停止する時期が近いと思われる時点で、カテーテル(医療用の管)を入れさせていただきます。心臓が停止する前に大腿動脈及び静脈(足のつけねの動脈と静脈)にカテーテルを留置し、心臓が停止した死後すぐにこのカテーテルから薬液を注入し、腎臓を内部から冷やすことにより、その機能を保護することが可能となります。なお、この処置を行う時期については、主治医、摘出を行う医師、コーディネーター間で判断し、ご家族にお伝えした後に行います。処置に要する時間は通常1時間半程度です。なお、カテーテルの留置が長期間に及ぶ場合は、足の血流が悪化するため、足の色が変化する場合があります。
②ヘパリンの注入
 心臓が停止し、血液の流れが止まってしまうと腎臓の中で血液が固まってしまい、移植ができなくなる場合があります。そのため、心臓が停止する直前にヘパリンという薬剤を注入して血液が固まることを防ぎます。ヘパリンの使用により血液が固まりにくくなりますので、出血した場合に血液が止まりにくくなることがあります。

 この日本臓器移植ネットワークの説明文書について、阿部知子衆議院議員は2012年の質問主意書で「通常の医療においても、薬剤の副作用についての説明が行われるのは当然である。ドナーが死亡を前提とした臓器提供が検討される場面において、原則禁忌の薬剤投与が検討される場合に、その副作用、侵襲性の大きさを説明しない文書を用いることは、ドナー候補者家族に対して不誠実と考えるが、政府の見解を問う」と指摘しました。政府の答弁書は「臓器提供が検討される場面では、ドナー候補者の家族に対して、適切な説明がなされることが必要であると考えている。このため、説明の際に使用する文書の記載や説明の仕方については、より適切な表現とするよう、ネットワークと検討していきたい」と答え、不適切な説明文書であることを認めました。
 ところが即座に訂正せず、変更した文書の提示まで3年もかかった。下線部が追加されましたが、未だに「抗血液凝固剤ヘパリンが脳出血や外傷患者への投与は原則禁忌とされている薬物であること。投与すると再出血で苦痛を与える危険性」「心停止後の投与となり心臓マッサージをした場合に、蘇生させて苦痛や恐怖を感じる可能性、死亡宣告を実質的に覆す可能性」は記載していません。
 厚労省や日本医師会は、「診療情報の提供に関する指針」において「医療従事者は、原則として、診療中の患者に対して、次に掲げる事項等について丁寧に説明しなければならない」とし、このなかに「処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用」「手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要、危険性」他を例示しています。
 臓器提供を検討する家族へ、日本臓器移植ネットワークが臓器獲得に都合のよい情報のみ提示して、提供を減らしかねない重要情報を提示しないことで得られた臓器提供の承諾は、法的に無効であり非倫理的と断ずるほかありません。すべての臓器提供が不適切に行われてきた、現在も不適切に行われていると判断すべきことになります。

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第14回市民講座の報告(2019年5月18日) 4-3 心停止後の臓器提供は問題ないのか?生体解剖の恐れあり!

2019-08-06 06:59:20 | 集会・学習会の報告
4、死亡宣告前に移植用臓器摘出目的でドナー管理する法的根拠は?
 臓器や組織提供者の全身を移植に用いるために(移植を成功させるために)、臓器・組織の機能を維持する目的で、提供者の血液循環・呼吸・内分泌・体液・体温・免疫(感染予防)などが管理されます。これを「ドナー管理」と言いますが、ドナー本人の病状改善に反する処置まで行われることもあることが大きな人権問題です。
 ドナー候補者とされる患者は、脳浮腫・脳腫脹の予防・治療のため脳圧が高まらないよう輸液を減らすなどされおり、場合によっては二次的に腎不全や他の臓器も機能低下することがあります。そのような患者から腎臓ほかの臓器提供が予定された場合、輸液や昇圧剤も使うことで腎機能等を改善させることが検討されますが、こうした移植用臓器の機能改善目的の処置により、ドナー候補者本人の病状を決定的に悪化させる可能性を生じたり、より苦痛の多い、より長く苦しむ死を与える恐れがあります。

 日本臓器移植ネットワークの“心臓が停止した死後の腎臓提供に関する提供施設マニュアル”は、p18の「第8章 心停止下の腎臓提供に望ましい状態」のなかで以下の枠内部分を記載しています。

1)体液管理 脳蘇生治療の下では、脳浮腫改善の治療努力によって生じる脱水、出血による血液喪失、下垂体不全から生じる尿崩症、電解質組成の変動等による膠質浸透圧変化で体液喪失状態となることが多い。また、脳幹障害による血管緊張低下が原因で低血圧を併発することも多い。これらの因子は腎機能に悪影響を及ぼすため、長期化を避ける。


 脳浮腫改善の治療努力によって生じる「腎機能に悪影響を及ぼす長期化を避けたい状態」は、いつ、どのような理由・法的根拠で変更できるのでしょうか?
 そもそもドナー管理とは、血液循環のあることが前提となります。「心停止後」ではできません。輸液の調節も投薬も、血液循環が無いならば行っても効きませんから。法的脳死判定・臓器摘出ではなく、心停止後と称する臓器摘出においては、血液循環がある状態ではドナー候補者とされる患者は死者ではなく、患者本人の治療しか許されない存在です。死者ではない状態で、患者本人の治療に関わりのない事を行ったら傷害罪に相当し、程度によっては傷害致死罪に相当する。それにもかかわらず、臓器移植法以前から多数のドナー管理例が報告されています。ドナー管理に関連して2文献を紹介します。

 1994年、千葉県救急医療センターから脳死判定し人工呼吸を停止した患者について報告されています 。腎臓を提供しなかった患者171例の人工呼吸停止時の平均収縮期血圧は65.3mmHg、59mmHg以下の患者は68例(39.8%)でしたが、腎臓を提供した患者25例の人工呼吸停止時の平均収縮期血圧は87.0mmHgでした。59mmHg以下の患者は一人もいません。
*野口照義:単独独立型救命救急センター10年間の実績とその検討、救急医学、18(2)、217-225、1994

 2004年、神戸大学医学部附属病院副院長・看護部長の鶴田早苗は次の枠内部分を書いています。

 筆者は以前勤めていた大学病院で20年前も死亡後の死体臓器移植(主に腎臓移植)にかかわっていました(集中治療室、手術室において)。もちろん「脳死による臓器移植」法のできるずっと前のことです。この時、ドナー側の治療に当たる救急医や脳外科医とレシピエント側の移植医の考え方の違いや移植の進め方に倫理的な問題を感じていました。今は現場の細かなことに直接関与はしていませんが、伝わってくる臨床現場の話のなかで“根本的に今も変わっていないなあ”と思うことがあります。
(中略)脳死移植医療においては、例外はあっても、移植医にとっては実績を積んでいくことは重要であるし、一方で脳死判定を受けるドナー側は納得のいく尊厳死のプロセスをとりたいと考えます。移植医にとっては移植できる可能性があれば、脳死判定前からその準備(循環動態のコントロール等)をしていくのは常識であり、そうしなければ成功しません。数日前から情報は飛び交います。しかし表向きはプロトコールにそった移植の流れで進められます。ドナーやレシピエントの家族は、当然このような舞台裏は知る由もありません。

*鶴田早苗:高度先進医療と看護、綜合看護、39(4)、47-50、2004


ドナー家族の承諾がないドナー管理を行う臓器提供施設の罪
 家族から臓器提供が承諾された後に、提供意思の取り下げがあったことが済生会福岡総合病院 救命救急センターから報告されています(枠内) 。

 2010年に改正臓器移植法が施行され、全国で脳死下臓器提供の件数は著明に増加している。当院も臓器提供施設に指定され、臓器提供に必要なソフト・ハード面は整備されているが、実際に、臓器提供情報が出ると、看護師を含め、医療スタッフは心理的に大きなストレスを感じるのが現状である。今回、3つの脳死下臓器提供に至らなかった事例、すなわち「感染症結果により移植不適合となった事例」、「循環維持の為の治療へ切り替わった後、家族より臓器提供の意思取り下げがあった事例」、「法的脳死判定実施までの間に、患者が心停止に至った事例」を提示する。
 これらの経験をもとに、理解しておくべき臓器提供に関する知識、関わる医療スタッフとして心得ておくべきこと、またスタッフのジレンマやストレスなどを整理し、今後の対応への一助とすべく考察を加えたので、ここに報告する。

*満園智加:臓器移植に関わるストレスと対策 脳死下臓器提供に至らなかつた3つの事例を経験して、日本集中治療医学会雑誌、22(Suppl)、NP1-4、2015

 もしも「「循環維持の為の治療へ切り替わった」=そのドナー管理の影響が、臓器提供を中止された患者の状態に大きな打撃を与える性質の行為であった場合は、その患者は脳不全を悪化させられて意識を回復することが期待できなくなったり、心停止を避けられなくなる場合がありえます。
 しかし日本臓器移植ネットワークは、ドナー候補者家族への説明文書の最初の段落に「臓器提供を承諾された後でも、ご家族内で臓器提供について意思の変化が生じた場合、また、臓器提供を中止したいと思われた場合には、摘出手術の前であれば いつでも臓器提供の承諾を撤回することができますので、ご遠慮なくお申し出ください」と書いているのです。
 これだけでなく、臓器提供施設の救急医から「脳死確定前からドナー管理を実施した」と報告され、「法的脳死判定が確定するまでの間の管理こそ、本当の意味でのドナー管理がなされるべき」と主張されているのです。以下に杏林大学と長岡赤十字病院の医師が書いたことを紹介します。

(法的脳死判定7例目のドナー管理を報告した後に)本来ドナー管理は、法的脳死が確定してから行われる管理を示す言葉ではあるが、実際の臨床の現場では、むしろ法的脳死が確定するまでの間の管理こそ、本当の意味でのドナー管理がなされるべきであることを実感した。
*田中秀治(杏林大学医学部救急医学):脳死の病態とドナー管理の実際、ICUとCCU、25(3)、155-160、2001

(3例の法的脳死判定を行った)長岡赤十字病院救命救急センターでは、救急医・集中治療室看護師・院内コーディネーターがポテンシャルドナーについて脳死に至る前から情報共有し、集中治療に精通した救急医が早期から全身管理を担当する体制を作った。
 ご家族が臓器提供を決断した時点で全身状態不良によって不可能になっていることを回避する目的で、Nagaoka Red Crossアクションカードに則って全身管理を行った。具体的には、選択肢提示の時点で拒絶の提供意思がないことを確認後、(それまでに行われていなければ)ドパミン開始、後にバソプレシン持続静注を3名とも行った。
 本来、ドナー管理は法的脳死が確定してから行われる管理を示す言葉であるが、実際の臨床現場では、むしろ法的脳死判定が確定するまでの間の管理こそ、本当の意味でのドナー管理がなされるべきである。
*宮島 衛(長岡赤十字病院 救命救急センター):脳死ドナーへの積極的集中治療、長岡赤十字病院医学雑誌、31(1)、21-24、2018


 日本臓器移植ネットワークの「臓器提供施設の手順書  第2版(2014.7)」 は、これは法的脳死臓器提供についての手順書ですが、p34「Ⅱ.ドナー管理の支援」において「本来は第2回目の脳死判定以後の管理となるが、ADHの投与、中枢ラインの確保(可能な限り頚静脈から)、人工呼吸器の条件の改善、体位変換(時にファーラー位)、気管支鏡などによる肺リハ、感染症の管理(抗生剤の投与など)は、提供施設の了解があれば、ドナー家族の脳死判定・臓器提供の承諾の取れた以後可能である」と書いています。法的脳死確定前から、ドナー候補者家族の承諾ではなく、提供施設の了解があればドナー管理が可能としてしまっているために、ドナー候補者家族の臓器提供意思の撤回が実質的に阻まれうる環境にされています。
 そもそも死亡宣告前から臓器摘出目的の処置を許容することが違法です。移植用臓器を多数獲得したいがために、ドナー候補者家族に真実を伝えない移植関係者の態度は、様々な不幸をドナーと家族に押し付けていると思います。
 死体から臓器や組織を摘出して移植する行為は、死体損壊罪を構成しますが、本人または家族の承諾を得た時に限り正当業務として違法性は阻却されると厚生省は1954年に回答しています(医収第三○四号)。この厚生省回答と既述した「診療情報の提供に関する指針」に従えば、日本臓器移植ネットワークほか移植医療関係者は、心臓死または脳死からの臓器提供にまつわる全ての事柄(=脳死判定は間違いがありうる、臓器摘出時に麻酔をかけることもある、心停止しても蘇生することがある、心停止しても心臓マッサージが行われることなど)を、まともに話したら臓器提供数を減らすことにつながりかねないことも隠すことなく説明する義務があることになる。
 しかし、死亡宣告の間違いが有り得るならば「死体損壊罪を回避するために、ドナー候補者家族に誠実に説明して完全な理解を得て、臓器・組織提供の承諾をいただく」という前提は無くなります。
 このような現実があっても、それでも移植用の臓器・組織を確保したいならば「生きている人を、他人に移植する臓器・組織を獲得するために死なせることに承諾を得る。あるいは蘇生しうる状態において、臓器・組織の提供をいただく事について、ドナー候補者家族に誠実に説明して完全な理解を得て、臓器・組織提供の承諾をいただく」ことに転換しなければならなくなるはずです。




5、臓器提供にともなうドナーの苦痛を避ける方法、その問題点
 これまでに見てきた「自然蘇生後の社会復帰例」や「心臓のみの運動再開例」「神経組織の長時間生存例」などの情報は、死が時間をかけて確定していく生理的プロセスであり、「何時何分に死亡した」と時刻を確定させる必要がある死亡宣告とはそぐわない性質があることを示します。死の三徴候を確認した後、さらに数十時間経過した後に埋葬・火葬をするだけならば問題が生じることは少なくなりますが、移植用臓器・組織の獲得が検討される際は、従来の心臓死、三徴候死も脳死も採用してはいけない、ということだと思います。
 移植可能な臓器・組織を獲得できる状態は、同時に条件が揃えば蘇生し社会復帰しうる状態でもあるし、条件が揃わなくとも臓器提供者として扱われることで苦痛、生体解剖される痛みを感じさせる可能性があると想定すべきです。死がプロセスである以上、「何時何分に死亡した」と死亡を宣告することの効力は、長時間経過後の埋葬・火葬・病理解剖・司法解剖に限定すべきと思います。
 従来は、デッド・ドナー・ルール(臓器提供者を死に至らしめるような臓器の摘出は、たとえドナーの承諾があっても許されない。臓器摘出はドナーが死亡している時に初めて許容される)にこだわるあまりに、「心臓死、三徴候死は確実」と断定したり、「脳死と判定されたら心停止に至ることは確実だから、これも人の死だ」と新たな死の診断基準を採用しようと試みられてきました。死がプロセスである以上、移植用臓器・組織の獲得が検討される際は、死亡宣告の対象外とするべき、と思います。
 どうしても移植用の臓器・組織を確保したいならば、臓器を提供して死ぬことが許容される社会的・法的環境が整備され、実際の臓器・組織提供死に至る過程では深く麻酔をかけてドナーに苦痛を与えないことが保証される必要があります。
 私は、臓器提供者に死の苦しみを心停止後も感じさせる危険性、あるいはドナー管理から臓器摘出に至る過程で苦痛、恐怖を感じさせる可能性だけは、絶対に無くしてもらいたいと思います。
 しかし、臓器を提供して死ぬことが許容される社会とは、優生思想が蔓延し、経済的格差にもとづく文明社会における弱肉強食、弱者に死を与える社会でしょう。日本移植学会雑誌「移植」は2005年に「社会存続と臓器獲得のため、社会の規律で生きていても死を与えよ」という松村外志張の論文を掲載しました。患者に死を与えて、臓器を摘出する社会への転回が目論まれています。
*松村外志張:臓器提供に思う 直接本人の医療に関わらない人体組織等の取り扱いルールのたたき台提案、移植、40(5)、129-142、2005


ここまでの講演についての質疑
司会:ここまでのお話では、心臓が止まっても蘇生することもあるし、心停止後24時間以上を経なければ亡くなったことではないこと、心停止後の臓器摘出でも様々な操作が行われていること、本人の同意なくカテーテルを挿入することは傷害行為に当たるという判決がでていること、ヘパリン投与は脳血管障害の患者には禁忌なのにそういう説明もなく措置がされている状況があるというお話などがありました。それではご質問をどうぞ。

質問:心臓マッサージをする割合は3割というのは何に対しての割合ですか?
守田:心停止ドナーから摘出・移植された腎臓数のうち、心臓マッサージを実施した割合です。年により変動があり2015年に31.7%、2014年は11.8%でした。

質問:死亡宣告後の自然蘇生例は、救命処置として心停止前までに蘇生術をしていたから、一旦、心停止した後に心臓が動き出したのですか。
守田:当初、行った心肺蘇生の努力が時間をおいて効いたのではと推測されています。

質問:(医師として遭遇した「不思議な体験」に)モニターを見ていて平坦になり死亡したと判断したのに回復してきたので切ったとありますが、何故切ったのか。
守田:恥ずかしかったのでしょう。死亡宣告が誤ったとなると医師の面目にかかわるからではと想像するしかありません。

司会:宇根岡さんからお話しを頂きます。
宇根岡:夫は臓器移植を否定していました。今日は救急告示の脳神経科外科病院を開業していた時の体験を書かせていただきました。守田さんのお話をうかがっておぞましいというか医師の人間性に期待するしかないと思いました。私がここにいるのは夫が臓器移植を否定していたことが原点になっているからですが、コーディネーターの人の話も8割くらいは疑問をもって聞かないといけないと思います。
司会:70年代の体験ということですが、少しお話をして頂けますか。
宇根岡:19歳の青年がスケートボードで事故を起こし助からない状態と説明した後、親御さんから腎臓を提供したいと申し出がありました。2Fの病棟でモニターがフラットになり死亡宣告をしました。その後1Fの手術室にストレッチャーで連れてきてモニターにつないだら心電図に波形がみられ心臓が動いたというのです。東京から来た臓器摘出医は「早く」と摘出を要求したそうですが、夫は「『まて、まだだ』と怒鳴ったよ」、話すのもおぞましいという雰囲気で私に語りました。その後に北里からのドナーカードを病院に置いてほしいという依頼がありましたが、それもお断りしました。

参加医師:脳死を否定するのは当然と考える医師がいたというお話は心強く思いました。
 助けるべき患者を医者が、ある時点から殺す側になる、その辺の技術が怖いわけです。家族の同意を得た段階から移植用の臓器を守ることが主になり、移植を承諾した人の体に少しずつ悪いことをする、カテーテルを入れるとか灌流液を投与するとか、厚労省もそれにお墨付きを与えている、それが実態なのです。関連して、透析を中止した公立福生病院事件について。脳死は脳障害者は殺してもいいということですが、そこから透析が必要な人まで殺してもいいと、ついにここまで来たと感じています。それを医者がやるということに恐ろしいと感じています。

守田:宇根岡さんの話に関連して、移植医がドナーに対して「心臓マッサージを蘇生を目的とせずに行うことがある」と書いていた文章があったことを思い出しました。
質問:心臓が止まったら心臓マッサージをするけれども、蘇生を目的としない心臓マッサージとは、血流を流すために心臓マッサージをするんですか。
回答:臓器を移植した後にちゃんと機能させるためです。血流が停止すると臓器の機能は低下し、血流が30分程度止まると血液は凝固しはじめて移植に使えなくなるため、血液の循環を維持しようとする。血液が固まらないように抗血液凝固剤ヘパリンを効かせる必要もあります。心停止前にヘパリンを投与できていなかったら、薬剤が摘出する臓器にいきわたるように投与してから心臓マッサージを2分間以上行います。
質問:死亡宣告を受けた人に心臓マッサージをして血液が流れたら、心臓は動いていないのですか。
守田:蘇生目的の心臓マッサージは、最近は胸骨圧迫というようになりましたが、胸骨圧迫も行う心肺蘇生で蘇生できたケースも蘇生できなかったケースもありますから、心臓マッサージを行ったことで心臓が拍動を再開したかどうかはわかりません。しかし、公立昭和病院ほかの報告にあるように心臓マッサージ中にうめき声を発して暴れたケースがあり、脳神経組織への血流維持効果も認められますので、心臓マッサージ後の臓器摘出に生体解剖の危険があると思います。

質問:埋葬許可は24時間ですね。心臓が止まり死亡宣告され、24時間経過後に臓器を摘出すると思い込んでいる人が一般には多いのではないかと思います。心停止後提供と言うのでなく埋葬許可前の臓器摘出だということを、そうでないと移植はできないのだということをもっと言って行かないといけないのではないかと思いました。
守田:心停止ドナーからの腎臓摘出において温阻血時間は、1995年~2003年は30分以内が95%です。2009年~2017年の温阻血時間は平均6.8分~14分ですから、温阻血時間から臓器摘出に要する時間を30~40分程度加えても、ほとんどは心停止から1時間以内に臓器を摘出しているのでしょう。臓器冷却用のカテーテル挿入にかかる時間は10~15分程度ですから、温阻血時間が10分以下は生前にカテーテルを挿入していないと達成できない短時間です。心停止前カニュレーション率が、2009年~2017年は33.3%~61.7%というデータも示しました。カニュレーションは臓器摘出手術の一環として行われているものですから、33.3%~61.7%は心停止前=心臓死の死亡宣告前から臓器摘出手術が開始された、ということです。
質問:埋葬が心停止から24時間後と決められているのは、24時間以内は生き返るかもしれないからという法制度と理解していいですか。
守田:そうです。


 
 
6、「心臓が停止した死後の臓器提供」と称する行為の実態 その2

 その2では、心停止ドナーに心臓マッサージを行わない臓器摘出を紹介します。

弘前大学第1外科、凍死させて臓器摘出 

 弘前大学第1外科の山本 実による1968年7月23日の腎移植報告
 ドナーは14歳の男子で脳に血管腫、昏睡に入り5日後に自発呼吸が停止し、3日間、人工呼吸器で管理されたが次第に悪化、4日目にいたり血圧は昇圧剤にも反応せず救命不能と考えられた。家族は死後腎臓を提供することを承諾、股動静脈より脱血、送血カニューレを挿入し、抗血液凝固剤のヘパリンほかの薬剤を投与し、人工心肺装置を用いて補助循環を行った。循環を中止すると血圧が30mmHgと低下するため、移植用の腎臓の保護を目的に体外循環による全身冷却を40分間行った。体温31℃で心停止をきたしたので、以後急速に冷却を続け、直腸温25℃、食道温25.6℃で両側腎摘出を行った。

*山本 実:話題提供(2回腎移植臨床検討会〉、移植、43)、218、1969

  私は、弘前大学第一外科がドナーを凍死させて臓器を摘出したのは、この1例だけかと思っていましたがほかにもありました。第一外科学教室の斎藤昭夫は、1978年の論文に「ドナーは交通事故の15歳男児(中略)、腎摘出直前の体温は表面冷却により、直腸温にて26℃であった」と記載しています。図1から体温が30度以下、血圧が50mmHg以下となった以降も人工呼吸を続けていることが明瞭に判ります。
斎藤昭夫:屍体腎保存に関する研究、弘前医学、301)、15401978




















東京女子医大、腎臓を2つとも摘出、人工呼吸を続けて病室に帰し、7時間後に心臓死

 1985年9月29日、新潟県庁職員の中村嘉明(44歳)は、バレーボール試合の後に倒れ、新潟市社会事業協会・信楽園病院に搬入された。脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血。脳死判定の再確認の脳波検査は10月1日10時30分、10時35分手術室に入室。臓器摘出は東京女子医大の高橋公太講師をはじめとする東京女子医大からの医師3人と信楽園の外科医4人。12時38分、両側腎臓が摘出された嘉明のからだは、病室に戻ってきた。妻の良子は「こと切れて出てくるものとばかり思っていましたが、お別れを言って手術室に送り込んだ時のままで・・・・・・・。しかも、もう何もしないのかと思っていましたら、また点滴を続け治療を始めた」のである。
 14時過ぎ、良子は夫の痛ましさに堪えかねて、昇圧剤を使う意味について医師に尋ねた。その結果、やっと昇圧剤が切られ、生理的食塩水を点滴で入れるのみとなった。19時42分、心電図に描かれる線は平坦となった。19時43分、死亡確認。法律上、生きているうちに両腎を摘出したことになる。

中島みち:新々・見えない死 脳死と臓器移植(文芸春秋)、1591801994(文芸春秋19876月号にも掲載されている)
 

死亡宣告前の腎臓摘出、1984年以前にも3例
 1984年に京都府立医大第2外科が行ったアンケート によると「脳死患者からの腎摘出は全国10施設から29例を集計できた。年度別には昭和56年までに2例、57年8例、58年14例、59年は3月中旬までに5例である。提供者の死亡診断書における死亡時刻は、脳死判定時が13例と最も多く、次いで、手術室搬送直前も含め、摘出術開始時が7例、その他、摘出後3例、レスピレーター停止時2例などである」となっています。患者の生存に必要な腎臓を2個とも摘出したのか否か、病室に心臓を拍動したまま戻したのか否かまではわかりませんが、死亡宣告前に腎臓を摘出したことは1984年以前に3例あったことは確認できます。
岡 隆弘:アンケート調査報告 脳死患者からの腎摘出について、移植、196)、4701984


東京医科大学、動脈閉塞によるショック死直前に家族を呼び、心停止後提供を演出

 1993年8月10日、柳田洋二郎氏(25歳)は自殺行為で日本医科大学多摩永山病院救命救急センターに入院。腎臓摘出は、東京医科大学八王子医療センターの移植チームが1993年8月20日に実施。
 移植コーディネーターの玉置 勲は8月17日に「血圧が50を切っても、いつまでも心停止しないときは、腎機能に異常をきたす可能性があるので、その時は心停止前に冷却した腎保存液の注入を開始したい。それによって心停止が数分から10分程度はやまる可能性がある」と説明。
 8月10日午後6時55分:(灌流開始後に)呼ばれてベッドサイドに戻った。顔も手も白くなっていた。頬に手を当てると、冷たかった。・・・・・・心細動の状態。

*柳田邦男:犠牲 サクリファイス(文芸春秋)、1995

 移植コーディネーターが「心停止前に冷却した腎保存液の注入を開始したい。それによって心停止が数分から10分程度はやまる可能性がある」と説明するのは虚偽と判断されます。正しくは「腹部大動脈に挿入しておいたダブルバルーンカテーテルのバルーンを膨張させて動脈を閉塞し、そして下大静脈に挿入しておいた脱血用チューブを開放して血液を流出させて腎臓内の圧力を低下させます。そうすると動脈側のダブルバルーンカテーテルから腎臓に冷却灌流液を注入することが可能になり、腎臓内から血液が静脈側に押し流されるとともに冷却されます。同時に、ドナーは急性動脈閉塞でショック死に至ります」と説明すべきです。


福島県立医科大学、ベッド下に灌流装置を隠し、血圧下降時から腹部臓器を補助循環  
 福島県立医科大学の本多らは「日本外科学会雑誌」79巻11号に「著者らは本邦人に特有な民族的情感を尊重し、また死の尊厳を侵すことなく『死』の宣言後数時間経過後に腎摘出を行なう事が必要と考え、屍体内臓器灌流法を考案」「灌流装置は小型でベッドにかくれており遺族の方々には見えないようにし、灌流を施行した」と書き、この福島医大方式の腎摘出までの経過を下記1~8と記載しています。
1.ドナーの血圧が低下
2.大腿動静脈より、屍体内臓器灌流カテーテル挿入
3.補助循環(注:ダブルバルーンを膨張させないまま)
4.死亡宣告後(内科医師による)
5.(直ちに2つのバルーンを膨張させて)、酸素加し乳酸加リンゲル液で希釈し4℃に冷却した抗凝固剤ヘパリンほかを含む血液で屍体内臓器灌流開始
6.死後の別れ
7.屍体内臓器灌流のまま手術室へ搬入
8.腎摘出

 「移植」13巻5号によると、ドナー3人からの腎臓摘出時の温阻血時間はすべて0分です。上記経過3のとおり、心停止前から補助循環したことを反映しています。
*本多憲児:屍体内灌流腎(福島医大方式)移植6症例について、日本外科学会雑誌、79(11)、1417-1425、1978
*薄場 彰:屍体内臓器灌流による腎の変化、移植、13(5)、235-239、1978
 

現在では生前カテーテル挿入、死体内灌流が一般的
 「コーディネーターのための臓器移植概説」(日本医学館、1997年)は、p85に福島医大の本多らの死体内腎灌流冷却法から引用した図を「遺体内臓器灌流法」として掲載するとともに「従来は心マッサージをしながら手術室に搬送し急いで開腹する方法が行われたが、その移植後腎機能は極めて不良であった。現在は脳死段階で大腿動脈からバルーンカテーテルを腎動脈分岐部の中枢側まで挿入留置しておき、心停止後直ちにそのカテーテルから冷却保存液をポンプまたは灌流保存装置を用いて強制注入しながら手術室に搬送する方法が一般的である。この方法により移植後のATN(急性尿細管壊死)は激減し、諸外国の脳死ドナーによる移植成績と遜色ない結果が得られている」としています。
 1978年の福島県立医科大学からの報告にあるような「灌流装置は小型でベッドにかくれており遺族の方々には見えないようにし灌流したケース」=「遺族が認識していない生前カテーテル挿入」+「死戦期からの補助循環実施」が一般的だとまでは断定できませんが、一部で遺族が認識していない行為が実行されたことは確かであり、そして「死戦期からの補助循環実施」が一般的なことは確かと判断されます。
 この講演録で、心停止前カニュレーション率が年により61.7%~33.7%、死体内灌流率が85%~63.6%であることは既に述べました。
 
 
 

7、胎児ドナー
 胎児ドナーについて4施設からの報告を紹介します。
*諏訪赤十字病院外科
 第1回移植(1966年1月8日)は5か月胎児肝10g、第2回(1月13日)は3ヵ月胎児肝全部、第3回(1月18日)は4ヵ月胎児肝10g。それぞれ均質化し生理的食塩水に希釈して静注した。
*島田 寔:同種胎児造血組織移植により著効の認められた制癌剤由来性骨髄障害の1症例、癌の臨床、13(4)、275-、281、1967

*北海道大学医学部小児科
1977年10月から1980年3月、重症複合免疫不全症の3男児に、胎生9週または12週の胎児胸腺移植を2回、胎生9週から12週の胎児肝細胞を8回、移植または静注した。ドナー胎児数は9人。
 胎児肝細胞移植は、いずれも胎児娩出後2時間以内に行った。
*常田ひろみ:胎児肝ならびに培養胸腺上皮の移植、臨床免疫、13(10)、811-822、1981
*高橋 豊:B細胞を保有する重症複合免疫不全小児対する胎児肝細胞移植の1経験、日本小児科学会雑誌、86(6)、904-910、1982

*東北大学医学部小児科学教室
 1980年4月5日に在胎14週の男児胸腺を得て生細胞を4ヵ月男児の腹腔内に移植。5月21日に在胎17週の男児胸腺を得て生細胞を腹腔内に移植した。
*後藤洋一:胎児胸腺移植で改善したBリンパ球を保有する重症複合免疫不全症、日本小児科学会雑誌、85(11)、1553-1559、1981

*静岡県立こども病院
重症複合型免疫不全症の1男児例に、生後1歳8ヵ月の時点で、在胎10週の胎児肝から得た肝細胞を静注した。
*瀬戸嗣郎:移植胎児肝細胞がTakeされた重症複合型免疫不全症の1例、日本小児科学会雑誌、86(41)、662、1982
 
 
 

8、無脳児ドナー
 日本の死体肝移植の第一例目は1964年3月20日、千葉大学附属病院で行われ、これは無脳児をドナーとしたものでした。当時は「半脳症」と記載されています。
*中山恒明:中山外科に於ける肝切険119例の経験とその遠隔成績について、日本外科学会雑誌、65(11)、944-945、1964

 無脳児からの移植用臓器摘出で注目を集めたのは1980年代です。「1981年12月11日、名古屋大学医学部附属病院で在胎36週、体重2,000gの無脳児(性別は記載無し)が出生、家族から腎提供の承諾を得て、同夜、温阻血時間0分で腎臓が摘出された」。
*都築一夫:無脳児をドナーとした小児腎移植の1例、小児科臨床、37(6)、1233-1236、1984

 「NHKスペシャル 脳死」 によると、臓器を摘出したのは社会保険中京病院(当時)の大島伸一。ドナーは手動の人工呼吸により、かろうじて呼吸し心臓も脈打っていたが、腎臓を取り出した時、赤ちゃんの心臓はすでに停止していた。
*立花 隆、NHK取材班:NHKスペシャル 脳死(日本放送出版協会)、163-167、1991

 腎臓は2個とも8歳女児に移植されたが、拒絶反応で61病日に再透析となり、77病日に移植腎を摘出した。都築らは、腎臓が生着しなかった主因を「組織適合性が不良だったため」と書いています。無脳児ドナーの臓器は発育が悪く手術手技も難しいために困難が多いことも論文に書いており事前に認識していた。組織適合性の不良は移植前の検査で認識している。あらかじめ、手術に困難が多いことを知っており、しかもレシピエントとドナーの組織適合性の不良も知っているのならば、「今回は腎臓移植手術は行わない」と判断するべきでしょう。和田心臓移植と同じく、必要性のない移植が行われたと指摘しなければなりません。


 「無脳症」や「無脳児」というと、脳がまったく無いかのように受け取られますが、部分的に大脳皮質まで形成され機能し脳波が測定され長期生存する児もあれば、出生日に分単位の短命を終える児や、脳幹部も欠損し死産する患児まで多様です。無脳児に脳波あるいは脳波様活動があったとの報告は、東京女子医大小児科、岡山済生会総合病院 、加古川市民病院小児科からあります。
*関 亨:無脳児の脳波、脳と発達、24)、4574581970
井上英男:無脳症の脳波-特殊な律動波を認めた1例、岡山済生会総合病院雑誌、1875871986
*花房理貞:脳波様所見をえた無脳症の脳構造、脳と発達、72)、1081131975

 浜松医科大学産婦人科の寺尾は、大脳皮質が痕跡ながら存在する2例で健康な胎児と同様に心拍数が sleep-awake の二相性パターンで変動することを報告しています 。この論文に掲載されている解剖所見を簡易化して示すと以下の表になります。大脳から頚髄まで全く欠如している方がいる一方で、大脳皮質が痕跡的にあり、間脳以下は正常な方もいます。
*寺尾俊彦:胎児心拍数の神経制御機構-無脳児10例の解剖と心拍図との関係について、周産期医学、12(3)、371-385、1982
 
 無脳児として示される写真・イラストは眉毛から上が無い赤ん坊ですが、実際には、そのような状態の方がいる一方で、頸から上が無い方もいるのが実態です。自発呼吸など生命維持に重要な働きをしている延髄などまで欠如しているのならば、出産されても生きられないことは止むをえないことです。しかし、延髄~間脳が正常ならば生存できるでしょう。よく示される眉毛から上が無い状態ならば、延髄~間脳は欠如しておらず生存できる可能性がある。なかには脳波を測定できるほどに大脳皮質が方もあり、意識や思考まで期待できます。その実例があります。


無脳症児が1歳、「パパ」「ママ」と呼ぶ
 2015年9月、複数の海外メディアが1歳の誕生日を迎えた米・フロリダ州タベアズに暮らすJaxon Emmett Buell(ジャクソン・エメット・ブエル)ちゃん=写真について報じました。

 ジャクソンちゃんの無脳症が妊娠中に判明し、医師は中絶案を提示した。クリスチャンである両親は出産を選択した。2014年8月17日に誕生したジャクソンちゃんは、脳や頭蓋骨の大部分が存在せず、医師たちは、長くても数日間の命だと告げた。生後数カ月が過ぎると、歯が生え、好き嫌いも主張しはじめるなど、通常の新生児と何ら変わりない成長を示す。1歳の誕生日を迎える頃には、「パパ」「ママ」と呼ぶことさえできるようになった、とのことです。
 このほかにもカトリックなどの信仰から、中絶を拒否して、無脳症児の出産そして養育に取り組んだ報告があります。
 一方で、超音波診断により中絶の選択で無脳症児の出生は減少し、妊娠初期の葉酸摂取の推奨もあり無脳症の発症は減少しています。最近は双子を妊娠して、そのうち1児が無脳症の場合以外は、無脳症児出生の報告文献は国内ではみられません。
 このような無脳症児の多様性、そして長期生存し社会生活を実現している実例の一方で中絶が多い実態は何を示しているのでしょうか?「私たちの社会が、健常者と比べて機能的・外観的に何らかの違いを認めた場合に、最初から社会に受け容れないという選択をしている場合がある」「産婦人科医の言う『無脳症だから長くは生きられない』という説明をそのまま受け取り、個別の赤ん坊の状態を考慮することなく中絶している」あるいは「一般的なレベルの知的活動が期待できない赤ん坊は要らないという選択をしている」ということだと思います。
 無脳児を臓器提供者とすることは、無脳症発症の減少と移植後の成績の悪さから取り上げられることは無くなっています。今後は、前出の池上の報告(心停止無脳児ドナーから成人への死体腎移植の1例、移植、26(6)、646-653、1991)のように、移植医が勝手に無脳児定義を拡大して、より長期生存して臓器機能が確認できる人を臓器獲得源(ドナープール)とみなし与死を試みる可能性のほうが大きいでしょう。
 

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第14回市民講座の報告(2019年5月18日) 4-4 心停止後の臓器提供は問題ないのか?生体解剖の恐れあり!

2019-08-06 06:53:51 | 集会・学習会の報告
9、臓器移植を推進する医学的根拠は
 他人に臓器を求めざるをえない臓器移植は、人権侵害を引き起こす可能性が高いため、過剰に実施されることがないように他の治療法と優劣を比較し続ける必要があります。臓器移植を行う以上は、患者の生存率向上と高いQOLを実現していることを社会に証明し続けることが移植医の責務です。しかし、最も多数行われてきた腎臓移植は、日本国内のデータで透析療法との比較が行われていません。
 日本腎臓学会は「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン 2009」のなかで、「腎移植の位置づけ」 として「腎移植は生命予後を改善する可能性があり,CKD ステージ4,5で医学的に腎移植手術が可能と考えられるすべての患者およびその家族に,腎移植というオプションの提示を行う必要がある」としていますが、同時に「ただ,本邦におけるエビデンスはなく,逆に本邦の透析患者の生命予後が欧米に比較して優れていることから,移植による生命予後改善は欧米ほど顕著ではない可能性もある」と指摘しています。


腎臓移植患者の6割は消息不明=生死不明、QOL調査なし
 腎移植臨床登録集計報告(2011) によると2009年末までの腎移植実施23,616症例のうち、過去の調査で追跡不能(死亡を含む)と判明した7,135例を除外した16,481症例を対象とし、10,461例のデータが回収された。調査対象としながら未回収となった6,020例(16,481-10,461)と、回収した10,461例に含まれる追跡不能4,025例を合計すると消息不明例は10,045例、消息判明例は6,436例。2011年追跡調査対象16,481症例に対する消息判明率は39.0%(6,436/16,481=0.3905102)になります。実に腎臓移植を受けた患者の6割が、生きているのか死んでいるのか分かりません。
*日本臨床腎移植学会:腎移植臨床登録集計報告(2011)-2、移植、46(6)、506-523、2011

 日本透析医学会は毎年「わが国の慢性透析療法の現況」をまとめています。2017年末時点における年次調査は、4,413施設を対象に実施され,施設調査票に関しては4,360施設(98.8%)、患者調査票に関しては4,188施設(94.9%)など、長年にわたり全数調査に近い回収率を達成しています。この実績に比べると、いかに移植外科医の仕事がお粗末か判ります。

 これだけ腎臓移植を受けた患者の生死不明が多いと、移植患者の生存率、腎臓の生着率が正しいのか疑いを持たざるを得なくなります。腎移植臨床登録集計報告(2018)は、2010~2016年に生体腎移植を受けた患者の生存率は99.2%、献腎移植では98.0%としていますが、正確なのでしょうか?
 2005年に透析で15年1カ月生きてきた43歳女性が、山梨大学医学部付属病院で死体腎移植手術を受けた翌日に肺梗塞で死亡した。
*座光寺秀典:ネットワーク発足後の当院における献腎移植症例の検討、移植、40(2)、179、2005

 2015年には透析療法で15年間生きてきた60歳男性が、岐阜大学医学部附属病院で生体間腎移植を受けた翌日に死亡したことが報告されています。
*熊澤昌彦:術後1病日に心停止した末期腎不全の1例、蘇生、34(3)、255、2015

 透析療法があるため腎臓移植はQOLの変化も比較されるべきですが、日本移植学会はレシピエントのQOL調査を行っていません。個別施設の研究者が、主に自施設への通院者を対象にした調査結果を散発的に報告しているのが実情です。
 過去に最も多数の施設および患者の協力を得て行われた調査は、太田和夫らにより1991年に行われた「わが国における腎移植施設の現状と患者および施設に対する実態調査」と見込まれます(「腎と透析」35巻4号(第1報)から37巻1号(第10報)に掲載)。アンケート回収枚数は移植腎生着例用が2584枚、拒絶例用が670枚、生体腎提供者用が2066枚、腎移植施設用が91枚。送付数に対する回収率は施設が67.4%、生着例が43.1%、拒絶例が22.3%、提供者が34.4%でした。
 移植された腎臓が機能している患者に「移植してよかったと思うか」尋ねたところ、思う99.1%、思わない0.9%。よかったと思わない理由は25.0%が合併症、22.2%が拒絶反応、21.3%が精神不安と回答(第4報・腎と透析36巻1号)。移植された腎臓が機能しなくなった患者に「再移植の希望」を尋ねたところ、希望する63.1%、希望しない16.0%、考えている20.9%。再移植を希望しない理由は36.4%が「手術が大変」、23.9%が「透析で満足」でした(第6報・腎と透析36巻3号)。
 2003年、神戸大学から慢性腎不全患者へのアンケート調査にもとづき「移植腎生着群のQOLの良さは、多くの同様の調査をさらに裏付けする結果であったが、低QOL群の存在についてはさらなる調査が必要と思われた。移植をしてもQOLが向上しない、もしくはむしろ低下した患者がいる可能性は否定できない。『移植をすれば必ずQOLが向上する、透析患者にとっては移植が常に最善の方法である』とは結論づけられない」と報告されています。

 以上から「腎臓移植で多くの患者はQOLが改善するが、なかには低下している患者もいる」「移植まで年単位で待機し、移植を受けたら数日で死亡した」などのマイナス情報の頻度が知られることなく腎臓移植が推奨されていると指摘できるでしょう。

 今回の第14回市民講座のお知らせのなかで“「救急患者・脳不全患者への救命は尽くされているのか?」「臓器提供者は本当に死んでいるのか?」「臓器移植は必要な患者に行われているのか?」という疑問は、和田心臓事件だけにあるのではなく、すべての臓器移植、そして「心臓が停止した死後の臓器提供・心停止ドナー」についても検証されるべきことと考えています”と書きました。心臓が停止した死後の臓器提供についても、検証すべき理由がお分かりいただいたでしょうか。




10、二つの死があるのか?医学的事象としての脳死はあるか?
 三徴候死、心臓死の話をしてきたので、脳死との関係を整理しておかなければなりません。辞書では、短い文章で脳死の説明を「脳幹を含めた脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した状態(広辞苑)」など記載しているため、「脳死は、心停止、心臓死とは異なる死だ」と思っている人もいる。各国で法律に「心臓が不可逆的に停止した者は死亡、脳死と判定された者も死亡したと認定される」と定めていることをもって「脳死が人の死であることを認めることが世界の常識、日本は遅れている」と言う人もいます。死が複数あるのか、死とは何か、を検討すべきことになります。


生命と死の定義、概念
 ヒト以外の生物全般も対象として共通して言えそうな生命、生命現象、死の定義は
「生命、生命体とは、外界とは区別できる形があり(物質性・形態)、その形を同じ状態に保つことができること(恒常性・自己保存)、同じものを創り出すことができること(生殖・自己保存)、外界に適応して変化していけること(進化・自律性)、以上の特徴がある」「生命現象とは、生命体に観察できる物質性・形態、恒常性・自己保存、生殖・自己保存、進化・自律性のこと」「死とは生命現象が終わりやむ・終止することである。それは、生命体が恒常性を維持することができなくなった時に始まり、恒常性を維持するために不可欠な細胞の構造が破壊された時をもって完結する」と定義することが可能でしょう。
 従ってヒトの場合は、脳、心臓、肺、肝臓、腎臓などの重要な臓器が機能を大きく低下したことがきっかけとなり全身の機能低下に波及し、心臓の拍動または呼吸が長時間停止した時(人工的に血液循環や呼吸を補助している場合は、それを停止した時)に恒常性を維持できなくなることで死が開始され、腐敗をもって完結することが多いでしょう。圧死や体幹部離断などの場合は、いきなり恒常性の維持に不可欠な大部分の臓器の破壊に至ったことになります。
 「死とは生命現象が終止すること」ならば、脳死判定対象とされる全ての患者は生きています。脳死判定結果は関係がありません。脳死判定を開始する前に心拍、血圧、体温というバイタルサイン=生命徴候があることを確認して判定するからです。この明確な生命徴候が消えるのは、心停止の後です。

 一方で「脳死は人の死だ」という人のなかには、「人の生死は、生命現象の有無には関係が無い。人の個性を特徴づけるものは人格であり、人格を形作るのは大脳である。大脳の機能が回復できないまでに失われた状態は、人の死と認定すべきである。脳死と診断された人だけでなく、人工呼吸器を付けていない遷延性意識障害・植物状態の人も死んでいる」という大脳死説や人格死説に分類される主張もあります。
 この主張の問題点は、診断が難しいことです。遷延性意識障害・植物状態と診断されていた人のなかに、後に意識が回復した、あるいは内的意識があるなど証明された人がいます。私のサイト内=遷延性意識障害からの回復例では、1970年代以降の439症例を掲載しています。脳死判定の難しさについては、2018年11月開催のシンポジウム「和田心臓移植から50年」で「臓器提供に関連して脳死判定の誤りが発覚する頻度は米国で1%~5%であること」を指摘しました。
 このような実態から「人格がない」「精神活動が見られない」「意識がない」など大脳死あるいは人格死で人の死を認定することは採用すべきではないと思われ、従って「死とは生命現象が終止すること」という定義のみ採用すべきと思われます。


脳死判定から心停止までの期間の延長傾向
 脳死判定の対象となる方には全て生命徴候がありますので、判定結果にかかわらず死んでいるとは言えませんが、それでも「脳死は人の死」という主張には「脳死と診断される状態になったら、必ず数日のうちに心停止に至るから」というものがあります。「脳死になったら、生命現象が終止することが確実だ」という主張です。
 1992年の脳死臨調答申は“「脳が死んでいる」場合、すなわち意識・感覚等、脳のもつ固有の機能とともに脳による身体各部に対する統合機能が不可逆的に失われた場合、人はもはや個体としての統一性を失い、人工呼吸器を付けていても多くの場合数日のうちに心停止に至る。これが脳死であり、たとえその時個々の臓器・器官がばらばらに若干の機能を残していたとしても、もはや「人の生」とは言えないとするのが、わが国も含め近年各国で主流となっている医学的な考え方である”というものでしたから、いずれにしても心停止が必ず起こらないといけないことになります。
 しかし、下記枠内の資料にみるとおり心停止までの期間は延長しています。

 1985年、厚生省脳死に関する研究班:59年度研究報告書(日本医事新報№3187p104~p106、№3188p112~p114)によると、人工呼吸器を停止しなかった日本脳波学会脳死判定基準を満たすA群167例の脳死期間(脳死またはその疑いが濃いと判定した時から心停止までの期間)について“初日に約29%、3日までに58%、7日までに86%、14日までに96%が心停止した。脳死期間の平均は4.79日、最長は32日であった”

 2000年、厚生省“小児における脳死判定基準に関する研究班”平成11年度報告書:小児における脳死判定基準(日本医師会雑誌124巻11号p1623-1657)によると、6歳未満の脳死および脳死が疑われる、人工呼吸器停止が心肺停止以後であることが明記された無呼吸テスト2回以上実施・神経学的検査2回以上実施の第Ⅰ群は20例。第1回脳死判定時より心停止に至るまでの期間は0~6日までが30%、14日までが50%、29日までが65%、99日までが80%。100日以上が4例あった。第1回の脳死判定時から心停止までに30日以上を要した症例を長期脳死症例と定義。第Ⅰ群20例のうち心停止までに30日以上を要した長期脳死症例は7例(35%)。
 2006年、竹内一夫は「脳死妊産婦管理の問題点」(周産期医学36巻7号p837~p841)において、“最近の高度集中治療の進歩によって、以前より長く脳死状態を維持することも時には可能になった。もともと種々の合併症に悩まされる脳死判定から心停止までの期間の長短は、すでに廃絶した脳の機能の問題ではなく、全身的要因に左右されることになる。したがって成人に比べて基礎疾患の少ない小児では、脳死の期間が有意に長いことが知られている。(中略)脳死状態でも循環、呼吸、内分泌機能が良好な状態に保たれていれば、心停止は何とか避けることができる。そして多くの臓器はそれぞれ独自のペースメーカーを持っているので、栄養と酸素が補給されている限り機能し続けることができる。”と記述。
 2018年、荒木 尚は「小児の脳死と臓器提供」(小児外科50巻7号p723~p728)において、“現在は脳死患者でも呼吸管理や循環管理を積極的に行い、感染症予防や栄養管理などに留意すれば「長期にわたる心拍動の維持は可能」という見解が一般的である” と記述。
 上記のように、成人において心停止までの時間は、当初の時間単位から日単位に延び、さらに「循環、呼吸、内分泌機能が良好な状態に保たれていれば、心停止は何とか避けることができる」となりました。小児では、脳死論議の当初から脳死と判定されても必ず心停止に至るとはいいきれず、近年ではさらに「積極的な管理で長期にわたる心拍動の維持は可能」と変わってきました。小児における傾向は、成人へも拡大していくと見込まれます。
 このように数十年間におよぶ経過をみると、医師が患者家族に「脳死と判定されたので、近いうちに必ず亡くなられます・心停止は避けられません」と説明することは、成人患者の場合は歴史的に「徐々に虚偽説明になってきた」、小児患者では「最初からウソだった」ことになります。
 「脳死と判定されたら人の死」であるかのように受け取られたのは、1960~1970年代当時の医療水準を反映した脳不全患者の致死率の高さ・生命維持技術の低さに原因があったのではないでしょうか。




11、死亡宣告としての脳死判定の不安定性
 臓器提供に関連して脳死判定の誤りが発覚する頻度は米国で1%~5%です。判定を誤る原理として、脳死判定が低感度・低刺激検査であり科学的根拠のない検査も採用しているためと考えられます。

低刺激検査の側面
 ザック・ダンラップ事件では、深昏睡を確認する疼痛刺激よりも激烈な刺激(=ナイフで患者の足の裏を切る、患者の爪の下に検査者の爪を押し込む)が加えられて反応があり脳死ではないことが発覚した。
 無呼吸テストにおいても、規定されているよりも長時間の(=呼吸困難死に至るまでの)人工呼吸停止を試みると反応して呼吸をする可能性がある。日本胸部疾患学会肺生理専門委員会ほかが提案した低酸素刺激を加えるテスト法は採用していない。
 対光反射も、強光を長時間照射すると反応が見られる可能性がある。
 しかし、患者に永続的な傷を負わせる検査は許容されない。移植用臓器獲得の目的があった場合も、ドナー候補者に長時間の無呼吸テストを行うことで不整脈・心停止など臓器にダメージを与える可能性のある強烈な刺激を与える検査は許容されない。


低感度検査・非客観的検査の側面
【脳波】頭皮上に電極を置く現状の脳波測定ではなく、頭蓋内に電極を置いたらより高感度に脳波を測定できる。
 脳幹部に近接した鼻咽頭後壁に電極を設置して記録する脳波=鼻腔脳波が、脳死判定5日後に測定されたケースが日本大学医学部救命救急医学教室から報告されている 。
*林 成之:脳死状態における脳温と脳循環代謝変動の臨床的意義、臨床脳波、39(11)、715-721、1997
 関西医科大学脳神経外科学教室も「脳死判定基準を満たし、標準脳波は平坦化し、脳幹聴覚誘発電位も消失していた20症例のうち6例に、鼻腔導出法による脳波が低電位ではあるが徐波がみられた」と報告している。
*河本圭司:鼻腔導出法による脳死判定、臨床脳波、39(11)、722-725、1997

【呼吸】無呼吸テスト時に、呼吸運動の有無は胸の動きに現れるとして目で見て判断しているが、目視観察で呼吸をしていないと思っても、各種センサーを使うと呼吸が確認される時がある。呼吸筋の筋電図を測定すると高感度に呼吸運動を感知できることは、脳死判定法が検討された1960年代から指摘されていたが、実際の脳死判定に採用した施設は少ない。
【対光反射】瞳孔散大、対光反射の有無は、ペンライトで照射して観察されるが、近年、採用されるようになった定量的瞳孔計を使うと、目視では確認できない対光反射が定量的瞳孔計では検出されることが報告されている。
*石原まな美:脳神経救急・集中治療における定量的瞳孔計活用の効果と課題 試用アンケート調査の結果から、日本神経救急学会雑誌、27(3)、42-46、2015

 大阪府三島救命救急センターの小畑は「対光反射の判断は検者の主観に委ねられている。このため検者間の差異が大きく客観性に乏しいことが指摘されてきた」と書いている 。
*小畑仁司:脳神経モニタリングとしての定量的瞳孔計の導入、日本集中治療医学会雑誌、22(3)、221-222、2015

科学的根拠のない検査
 ヒトの脳が壊死する(血流量×その継続時間)が不明のため、脳血流検査をしても脳が一時的に機能停止しているだけなのか、壊死したのか判断できない。脳血管撮影など、そもそも血流量を測定できない検査を採用している施設もある。

 1993年、脳死判定された柳田洋二郎氏の兄、柳田賢一郎氏は「脳死判定というから、どんなことをするのかと思ったら、耳に水を入れてみたり、顔や眼をつついてみたり、意外と原始的な方法で調べるんだなあ。それで脳のなかがわかるんだから不思議だ」と語ったそうです(犠牲 サクリファイス、第13刷p116)。脳死判定基準は、1991年の厚生省基準からほとんど変わらないまま30年近くにおよび、この間の医療技術の進歩と比べて古めかしいものになり続けています。
 今後、高感度そして客観的な検査を採用することは歓迎すべきですが、新しい検査を採用すると、過去の検査結果に疑義を生じることがある。従来は不確か、微妙だった生命現象の有無を、新しい検査法・機器が明確に存在を証明することもありうる。
 過去数十年の間にも脳死判定基準は変わってきました。「以前の基準で脳死と判定された患者の病状・重症度」と「新しい基準で脳死と判定された患者の病状・重症度」は異なる可能性を孕みます。
 

10分間無呼吸テストをしてきたが、27分間無呼吸に耐える患者がいた!
 脳死判定のなかで最重要とされる無呼吸テストは以下のように変遷しています。

1974年の日本脳波学会基準=人工呼吸器を3分間とめ、自発呼吸の出現しないことを確かめる。
1985年の厚生省基準=無呼吸テスト前に10分間100%酸素で換気して、血液を分析して動脈血二酸化炭素分圧が少なくとも40mmHgであること確認する。テスト中は毎分6Lの100%酸素を投与し続け、人工呼吸器を10分間とめ、自発呼吸の出現しないことを確かめる。
 1991年の厚生省基準=無呼吸テスト前に10分間100%酸素で換気して、血液を分析して動脈血二酸化炭素分圧が少なくとも40mmHgであること確認する。テスト中は毎分6Lの100%酸素を投与し続ける。人工呼吸器をとめている間に動脈血二酸化炭素分圧が60mmHg以上になっても、自発呼吸の出現しないことを確かめる。

 厚生省の1985年基準と1991年基準は、無呼吸テスト開始前とテスト中の酸素投与は同じなので、テストを受ける患者は同じ条件になります。大きく異なることは1985年基準が人工呼吸器を止める時間を10分間としていることに対し、1991年基準は「人工呼吸器をとめている間に動脈血二酸化炭素分圧が60mmHg以上になっても、自発呼吸の出現しないことを確かめる」としたことです。現在の法的脳死判定もテストをやめる際の規定は1991年基準と同じです。

 1991年基準以降の無呼吸テストが想定していることは「人工呼吸を止めたら、血液中の二酸化炭素が増えていく。脳死判定を受ける患者が、脳死ではなく自発的に呼吸をする能力があるならば、動脈血に含まれる二酸化炭素が60Hgまで増えるまでに脳が高炭酸ガスの刺激に反応して呼吸をするはず。呼吸をしないならば、その脳機能は失われていると判断する。それ以上、人工呼吸を止めたままにしておくと、患者の容態を悪化させる可能性があるから無呼吸テストは終了する」ということです。

 では法的脳死判定ではなにが起こったのか?2013年5月公表の「脳死下での臓器提供事例に係る検証会議 200例検証のまとめ」は、無呼吸テストに要した時間が平均5.7分(最長27分、最短1分)と報告しています。公表されている報告書をみると11分、12分、13分、15分、16分、20分などの症例もある。

 脳を高濃度の炭酸ガスで刺激するために11分~27分かかる患者がいるならば、1985年の厚生省基準にもとづいて無呼吸テストを10分間で終えた患者のなかには、炭酸ガス刺激が弱すぎた患者がいた可能性があります。もう少し長く無呼吸テストを行えば、呼吸をして脳死ではないと判断された患者がいた可能性があることになる。
 一方で、患者によってはわずか1分間で十分な刺激を加えたことになり、残り9分間は長すぎる人工呼吸の停止になり患者の容態を悪化させた可能性、脳死作成法となった可能性を認識しなければならなくなります。長すぎる無呼吸テストは、過剰な二酸化炭素を体内に留めることによって炭酸ガス昏睡(CO2ナルコーシス)を起こし意識障害、自発呼吸の抑制を起こすからです。
 いずれにしても1985年の厚生省基準にもとづいて脳死と判定された患者については「有効な無呼吸テストは実施されていなかったかもしれない」との疑念がついて回ることになります。厳粛であるべき死亡宣告が、死亡を判定した検査の部分的変更により疑いを持たれることになっていいのでしょうか?
 1974年の日本脳波学会基準にもとづく3分間無呼吸テストは、無呼吸テスト前とテスト中の酸素投与は規定していませんので同じ条件で比較はできませんが、無呼吸テストによって体内に二酸化炭素が溜まる原理にもとづく検査であるため、やはり無呼吸テスト時間が短すぎて誤って脳死と判定された患者もいたと見込まれます。


2002年に3分間無呼吸テストを許容した臓器斡旋業者
 日本臓器移植ネットワークと沖縄米国海軍病院、横須賀米国海軍病院、海軍・陸軍臓器移植委員会は、日本の領土内にいる、米国国防総省の医療施設において治療を受けた患者の臓器摘出・移植についての了解覚書を2002年5月28日に取り交わしています。「脳死の判定は、 米国国防総省海軍医療局指令5360.24に規定される不可逆的脳死の基準に従い、両米国海軍病院の担当医師および副担当医師が行う。(中略)人工呼吸器をはずしてから3分間、呼吸運動が見られないことを確認する。少なくとも1時間以上の間隔をあけて、2回以上、この確認を行う」としています。
*中山太郎:国民的合意を目指した医療 臓器移植法の成立と改正までの25年(はる書房)、224―232、2011

 2002年の時点で1970年代の3分間無呼吸テストを採用するとは、「移植用臓器の獲得は簡単にできるほどいい」という臓器斡旋業本位の姿勢の現れでしょう。


カナダ基準で脳死、アメリカ基準で判定したら脳死ではなかった
 各国の脳死判定基準は細部で異なり、他国の基準で判定して脳死判定が覆ったケースもあります。

 37週で出生した2530gグラムの女児が、生後41時間後にカナダの脳死判定基準を満たした。動脈血二酸化炭素分圧を54mmHgまで上昇させて、自発呼吸がなかった。米国の移植組織により 心臓の利用が検討され、60時間後に米国の脳死判定基準(無呼吸テスト時に動脈血二酸化炭素分圧を60mmHgまで上昇させる)にもとづいてテストされた。
 この女児は動脈血二酸化炭素分圧が59mmHgまでは無呼吸だったが、その後64mmHgに上昇するまでsteadilyな(しっかりとした)呼吸をした。臓器提供の同意は、両親により撤回された。
*Simon D.Levin(McMaster University Medical Center):Brain death sans frontieres、The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE,318(13)、852-853、1988

 もともと無呼吸テストの刺激の強さについては議論があります。厚労省基準は、動脈血二酸化炭素分圧が60mmHg以上になっても自発呼吸をしなければ、自発呼吸なしとして無呼吸テストを終了してよいとしていますが、60mmHgを越えて呼吸をした患者がいます。60mmHgに近い値としては、日本大学付属病院で2例、64.7mmHgと72.2mmHgで自発呼吸しています。
*林 成之:脳死診断の現場と無呼吸テスト、脳蘇生治療と脳死判定の再検討(近代出版)、83-98、2001

 最も大きな値では、公立昭和病院で小児期より気管支喘息の36歳男性患者に、呼吸刺激薬ドキサプラムを併用した無呼吸テストで119.6mmHgで呼吸をしました。
*坂本哲也:喘息大発作による蘇生後脳症に対するdoxapramを併用した無呼吸テスト、脳死・脳蘇生研究会誌、10、64-66、1997
 
 患者の容態を悪化させる可能性を厭わず、規定の60mmHgを超える無呼吸テストを行ったら、やはり呼吸する患者が出るでしょう。ナイフで足裏を切るなど規定より激烈な疼痛刺激で脳死ではないことが発覚したザック・ダンラップ事件も同様の問題を示します。検査方法の小さな変更で、「死体(脳死)」とされた人が「生きている(脳死ではない)」に変わりうる、そのような不安定な死亡宣告の基準を採用していいのでしょうか?
 検査は、それぞれに測定原理、測定できる限界があり、登場の瞬間から陳腐化し続けるものです。正確にいえば、検査機器の日常の管理(較正)を怠ったり検査の手順や検体の扱い方を誤ることによっても、標準との数mmHg、数%の差は生じうる。
 測定機器の管理不備や検査者のエラーから誤った値を表示したり、測定原理・測定限界のために微妙な検査結果が出てくる可能性があったり、さらには数年~数十年で過去の検査結果に疑義が生じる検査で死亡宣告をするのではなく、「死後硬直を確認した後に解剖を許容し、さらに数時間~数十時間経過後に埋葬・火葬を許容する」という、誰にでも間違いなく判断できる、今後も長年月にわたり蘇生不可能と判断できる状態を、人の死亡を判定する基準に採用すべきと思います。


後半の質疑
質問:心停止後の臓器摘出は多くが脳死を経ているのですか。
守田:「ドナーが生存している時・心臓が拍動している時に臓器を摘出する目的でカテーテルを挿入すること」は、厚労省は脳死状態と診断されていることを条件としています。「死を予期して人工呼吸器を取り外す・人工呼吸を停止すること」も脳死前提とみられます。このため、カテーテル挿入・カニュレーションまたは人工呼吸の停止・レスピレーターオフが行われた心停止ドナーは、脳死を経ていると見込まれます。1995~2003年の腎臓摘出で「カニュレーションなし・レスピレーターオフなし」が3割弱で、これ以外の約7割は脳死判定され心停止前カニュレーションまたは人工呼吸停止のどちらかが行われたことになりますので、約7割が脳死を経ての心停止と考えられます。「臓器移植法を改訂しても、死体ドナー総数は大きな変化がなく、改定前の心停止ドナーが改訂後は脳死ドナーとして臓器が提供されていること」にも現れています。近年は心停止前カニュレーション率が3~6割です。こちらが近年の脳死を経た心停止ドナー率を反映しています。「心停止から平均11.2時間で腎臓移植を完了していること」も、それ以前に脳死診断にもとづき家族へ説明し、移植患者の選定などを進めているためと見られます。

質問:無脳児を中絶しているが産んでドナーにしようという海外ニュースがあったのですが、その後どうなっているかご存知ですか。
守田:それはよくわからないですが、無脳症の方は出産直後の臓器提供だと、母体から離れた直後で臓器があまり機能していない、そして染色体異常も多いなど臓器の状態が移植にはよくないので、日本ではここのところは出ていないと思います。
(後日、確認しました。2018年12月24日、米テネシー州の女性が無脳症の女児を出産。両親は医師から「赤ちゃんは生まれても、30分も生きられないでしょう」と伝えられたそうですが、1週間生き続けた。死後、両肺は研究病院へ提供され、心臓弁は2人の赤ちゃんに移植されたとのことです。長期生存後の臓器提供となったことで、懸念したとおり無脳症の診断に疑義があります)

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